ブラック企業きぎょうとの“裏うらワザ”的てき戦たたかい方かた…知しらずに入社にゅうしゃし、警察けいさつや労基署ろうきしょにも見放みはなされたら？

　もしもブラック企業きぎょうに入社にゅうしゃしてしまったならば、すぐにでも退社たいしゃすればいい……。

　誰だれしもそう思おもうが、現実げんじつにはなかなかそうもいかない。生活せいかつの糧かてを稼かせぐため、多少たしょうの待遇たいぐう面めんの悪わるさやギスギスした人間にんげん関係かんけいには目めをつぶり、我慢がまんに我慢がまんを重かさねるーーこれが社会しゃかいの厳きびしさだと自みずからにい聞いきかせ、無理むりを重かさねる。

　そんなブラック企業きぎょうにハマってしまった社員しゃいんは、どうすればブラック企業きぎょうでの生活せいかつを乗のり切きれるのか？　その対処たいしょ法ほうについてじっくり考かんがえてみたい。

「社員しゃいんは駒こまにすぎない」（ブラック企業きぎょう社長しゃちょう）

「うちは会社かいしゃを発展はってんさせようとか、そんな大仰おおぎょうなことは考かんがえていない。自分じぶんの食くい扶持ぶちさえ確保かくほできれば、それでいいから。そのお手伝てつだいとして、従業じゅうぎょう員いんを雇やとっているだけ。大体だいたい、正社員せいしゃいんとカッコつけたところで、会社かいしゃが倒産とうさんしたらアウトでしょ」

　従業じゅうぎょう員いん数すう5人にん程度ていどのIT企業きぎょう社長しゃちょう・A氏し（40代だい後半こうはん）はこう話はなす。この企業きぎょうにおける雇用こよう条件じょうけんは、実質じっしつ、

「退職たいしょく金きんなし。ボーナスなし。サービス残業ざんぎょう・休日きゅうじつ出勤しゅっきん当然とうぜん。有給ゆうきゅう休暇きゅうかは取とれない。月給げっきゅう15万まん5000円えん」

だ。従業じゅうぎょう員いんの定着ていちゃく率りつは、過去かこ2人にんを除のぞいて3年ねんを越こえたことがないという。諸々もろもろの条件じょうけん面めんでは、十分じゅうぶんブラック企業きぎょうの要件ようけんを満みたしているといえよう。

　A氏し自身じしんは、ブラック経営けいえい者しゃと呼よばれることを嫌きらうが、現時点げんじてんでの従業じゅうぎょう員いんへの待遇たいぐうから、そう呼よばれても仕方しかたがないとも思おもっている。もっとも、一刻いっこくも早はやくこうした条件じょうけんを改善かいぜんし、企業きぎょうとしてさらなる発展はってんを目指めざそうという発想はっそうは微塵みじんもない。

「俺おれが仕事しごとを取とってきて、その手伝てつだいを社員しゃいんは黙だまってしてくれればいい。俺おれがメインであって、従業じゅうぎょう員いんは俺おれの駒こまにすぎない」（A氏し）

　だが、こうした経営けいえい者しゃの発想はっそうをもし従業じゅうぎょう員いんが初はじめからわかっていれば、また違ちがった対応たいおうも行おこなえるというものだ。事実じじつ、A氏しは次つぎのように話はなす。

「失業しつぎょう保険ほけん狙ねらいで、1年間ねんかんだけ働はたらいて退職たいしょくしようというのもいる。そういう発想はっそうの人材じんざいはまさにウエルカム。うちくらいの会社かいしゃの仕事しごとなら、それで十じゅう分ふん回まわせるから」

　確たしかに世よの中なかにはブラック企業きぎょうは存在そんざいする。そして悩なやむ人ひとは多おおい。しかし、こうしたブラック企業きぎょうへの対処たいしょ法ほうを知しっていれば、少すこしは気持きもちも楽らくになるというものだ。

謝罪しゃざいや土下座どげざを強要きょうよう

　では、従業じゅうぎょう員いん側がわからみたブラック企業きぎょうの対処たいしょ法ほうについて解説かいせつする。

　長年ながねん、派遣はけん社員しゃいんとして勤務きんむしていたB氏しは、ある広告こうこく代理だいり店てんに正社員せいしゃいんとして就職しゅうしょくした。ようやく正社員せいしゃいんになれた喜よろこびもつかの間ま、その就職しゅうしょく先さきがブラック企業きぎょうとわかるのに、さほど時間じかんはかからなかったという。

　仕事しごとは営業えいぎょうと事務じむ。社員しゃいん数すうはB氏しを除のぞいて10名めい、うち男性だんせいは1人ひとり。残のこりの女性じょせい9名めいは、みな社歴しゃれきも浅あさく、入いれ替かわりも激はげしい。女性じょせい社員しゃいんが営業えいぎょうノルマをこなせなければ、社長しゃちょうはその社員しゃいんの上司じょうし格かくである男性だんせい社員しゃいんを厳きびしく叱責しっせきするのみならず、時ときには暴力ぼうりょくも振ふるっていた。

　もっとも、女性じょせい社員しゃいんは暴力ぼうりょくは振ふるわれない。だが、社員しゃいん全員ぜんいんの中なかで満座まんざで怒鳴どなりつけられるなどは日常にちじょう茶飯事さはんじ。ゆえに数多かずおおい女性じょせい同士どうしでも打うち解とけることはなく、社内しゃないは常つねにギスギスした雰囲気ふんいきで、社員しゃいんの気きが休やすまることはない。

ーー女性じょせい社員しゃいんが営業えいぎょうノルマがこなせなかったとき、誰だれからどのように叱責しっせきされるのですか？

B氏し　社長しゃちょうか、女性じょせいの中なかで最もっとも社歴しゃれきの長ながい2年ねん目めの社員しゃいんです。

――どのように叱責しっせきされるのですか？

B氏し　ノルマが達成たっせいできなかったのは努力どりょくが足たりなかったからということで、社員しゃいんみなの前まえで「私わたしの努力どりょくが足たりず、みなさんの働はたらきのおかげでお給料きゅうりょうをいただきます。本当ほんとうに申もうし訳わけございませんでした」と謝罪しゃざいさせられます。ひどい場合ばあいは、強要きょうようはされませんが、土下座どげざしなければ、場ばが収おさまらない空気くうきで、無言むごんのプレッシャーがかけられます。

動うごかない労基署ろうきしょ、警察けいさつ

　こうした暴力ぼうりょく的てきな経営けいえい者しゃも、世よの中なかには数多かずおおく存在そんざいする。今いまの時代じだいなら、パワハラで労働ろうどう基準きじゅん監督かんとく署しょに訴うったえ出でれば何なんとかなるだろうと思おもわれがちだが、実際じっさい、労基署ろうきしょはまず動うごくことはない。

ーー典型てんけい的てきなブラック企業きぎょうですが、労基署ろうきしょなどに相談そうだんは？

B氏し　労基署ろうきしょに相談そうだんすると「暴力ぼうりょく事案じあんは警察けいさつに行いってください」と言いわれました。でも警察けいさつに行いっても解決かいけつしませんでした。警察けいさつでは「事件じけんにならないと動うごけない」と言いわれ、もうどうしようもありません。

診断しんだん書しょや新聞しんぶん社しゃを活用かつよう

　では、こうした場合ばあい、どういう対応たいおうを取とればよいのか？

　まずひとつの方法ほうほうとして、いつ、どのようなことがあったのかをきちんと記録きろくに残のこしておくこと。そして病院びょういんの精神せいしん科かや心療内科しんりょうないかで、「こうした事案じあんによってうつ症状しょうじょうが出でて、勤務きんむに耐たえられない」という診断しんだん書しょを書かいてもらうことだ。

「うつ病びょうの診断しんだん書しょがあれば、傷害しょうがい罪ざいで刑事けいじ告訴こくそも可能かのうです。また、これが原因げんいんで働はたらけなくなったならば、民事みんじでも損害そんがい賠償ばいしょう請求せいきゅうを行おこなうこともできます」（労働ろうどう問題もんだいに詳くわしい弁護士べんごし）

　とはいえ、日頃ひごろから記録きろくをつけることは、結構けっこう手間てまのかかるものだ。なので、ボイスレコーダーを活用かつようすればいい。このボイスレコーダーは、今いまでは携帯けいたい電話でんわにも機能きのうとしてついているものも多おおい。

　満座まんざの中なかで謝罪しゃざいさせられる時ときや、言葉ことばの暴力ぼうりょくを浴あびせられそうになった時とき、ボイスレコーダーに記録きろく。これを証拠しょうこに病院びょういんで診断しんだん書しょを取とり、警察けいさつに駆かけ込こむというわけだ。

　もし警察けいさつの動うごきが鈍にぶければ、新聞しんぶん社しゃの支局しきょくに駆かけ込こむという手てもある。官かんの側がわが動うごかなければ、世論せろんに問とうしかあるまい。事実じじつ、ある地方紙ちほうし記者きしゃは「（こうした事案じあんについて）遠慮えんりょなく、支局しきょくや社会しゃかい部ぶに連絡れんらくしてほしい」と話はなす。

　まずは証拠しょうことなる記録きろくを携たずさえ、そして警察けいさつや新聞しんぶん社しゃに駆かけ込こめばいい。

ブラック企業きぎょうにつく社員しゃいん

　こうしたブラック企業きぎょうで注意ちゅういすべきは、必かならず経営けいえい者しゃ側がわにつく社員しゃいんがいるということだ。先さきの例れいだと、上司じょうし格かくの男性だんせい社員しゃいんや社歴しゃれきの最もっとも長ながい女性じょせい社員しゃいんがそうだ。そうした社員しゃいんは、どこの企業きぎょうでも必かならず生うまれるものである。前出ぜんしゅつのIT企業きぎょう社長しゃちょう・A氏しに、このような状況じょうきょうについても話はなしを聞きいてみた。

ーーたとえ理不尽りふじんな待遇たいぐうであっても、社長しゃちょうや経営けいえい側がわに味方みかたする社員しゃいんは出でてくるものですか？

A氏し　辞やめないで長ながく会社かいしゃに残のこっている従業じゅうぎょう員いんは、いつの間まにか働はたらく目的もくてきが「（社長しゃちょうである）俺おれに怒おこられないために」となってくる。俺おれに気きに入いられると、もしかしたら自分じぶんは社員しゃいんとして、会社かいしゃに踏ふみとどまれるかもしれないと思おもうからだろう。そうなると、こっちが言いわなくても、新入しんいりの指導しどうも厳きびしくやってくれるようになる。

　社会しゃかい心理しんり学がくにおける「いじめの構造こうぞう」に関かんする通説つうせつに、数少かずすくない人員じんいんで構成こうせいされたコミュニティでは、そこに所属しょぞくする人ひとのうち、自己じこ決定けってい意識いしきの乏とぼしい者ものは「社会しゃかい的てきに何なにが正ただしいか」ではなく、「このコミュニティでは何なにが正ただしいか」と考かんがえるようになるというものがある。

　つまりコミュニティに所属しょぞくする者ものは、まずコミュニティのボスの考かんがえていることにできるだけ沿そうことで、その内部ないぶでの自みずからの立場たちばを確保かくほしようとの意識いしきが働はたらくということだ。もちろんボスによる情報じょうほう遮断しゃだんもあり、広ひろい視野しやで物事ものごとを判断はんだんすることができなくなる場合ばあいもある。

「嫌いやなら辞やめろということだね。こっちからお願ねがいして入社にゅうしゃしてもらったというわけではないのだから」（A氏し）

　人ひとの心理しんりに巧たくみにつけこむブラック企業きぎょうの経営けいえい者しゃから身みを守まもるためには、まず一旦いったんその場ばから離はなれ、安全あんぜんな場所ばしょに逃のがれるしか方法ほうほうはないのかもしれない。

　こうした現状げんじょうに、労働ろうどう基準きじゅん監督かんとく行政ぎょうせいは対処たいしょしきれていない。
（文ぶん＝秋山あきやま謙一郎けんいちろう／経済けいざいジャーナリスト）