青山あおやま美智子みちこさん「リカバリー・カバヒコ」インタビュー　古ふるびた公園こうえんのカバ、触さわると自分じぶんが変かわっていく

青山あおやま美智子みちこさん=篠塚しのづかようこ撮影さつえい

　作家さっかの青山あおやま美智子みちこさんが、最新さいしん作さく『リカバリー・カバヒコ』（光文社こうぶんしゃ）を9月21日にちに刊行かんこうしました。章あきらごとに異ことなる主人公しゅじんこうを視点してんとして、彼かれらと公園こうえんに置おかれている古ふるびたアニマルライドの「カバヒコ」の交歓こうかんを軸じくに据すえた連作れんさく短たん編集へんしゅうです。今こん作さくが初はつの連載れんさいものだったという青山あおやまさんに、本ほん作さくに込こめた思おもいを聞ききました。（文ぶん：根津ねづ香菜かな子こ　写真しゃしん：篠塚しのづかようこ）

お話はなしを聞きいた⼈

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青山あおやま美智子みちこ(あおやま・みちこ)

1970年ねん生うまれ。愛知あいち県けん出身しゅっしん。大学だいがく卒業そつぎょう後ご、シドニーの日系にっけい新聞しんぶん社しゃで記者きしゃとして勤務きんむした後のち、雑誌ざっし編集へんしゅう者しゃを経へて執筆しっぴつ活動かつどうに入はいり、2017年ねん『木曜日もくようびにはココアを』でデビュー。主おもな著書ちょしょに『鎌倉かまくらうずまき案内あんない所しょ』、『猫ねこのお告つげは樹きの下したで』（いずれも宝島社たからじましゃ）『お探さがし物ものは図書としょ室しつまで』、『月つきの立たつ林はやしで』（ポプラ社ぽぷらしゃ）、『赤あかと青あおとエスキース』（ＰＨＰ研究所ぴーえいちぴーけんきゅうしょ）、がある。
公式こうしきTwitter　https://twitter.com/michicoming

「カバヒコ」誕生たんじょう秘話ひわ

――本ほん作さくの軸じくを「アニマルライド」にされたのは、どんなところから着想ちゃくそうされたのですか？

　最初さいしょにどういう連作れんさくにしようかと考かんがえた時ときに、巣鴨すがもの「とげぬき地蔵じぞう」のような話はなしを書かきたいと思おもったんです。「とげぬき地蔵じぞう」って、自分じぶんの身体しんたいの治なおしたいところと同おなじところを洗あらうと良よくなるといわれているのですが、そこに行いけばみんなが会あいに行いける。そういう対象たいしょうを軸じくにしたテーマの作品さくひんを書かきたいという思おもいは何なん年ねんも前まえからあったんです。でも、先さきに対象たいしょう物ぶつとして頭あたまに浮うかんできたのはアニマルライドではなく公園こうえんだったんですよ。誰だれでも行いけて、誰だれにとっても開ひらかれた場所ばしょにあるものということで、そこにある「アニマルライド」を軸じくにしようと思おもいました。

――何なにも言いわず、動うごきもしない「カバヒコ」ですが、見みる人ひとの心しんの持もちようによって、自分じぶんを受うけ入いれてくれている、見守みまもってくれているなと感かんじました。青山あおやまさんは「アニマルライド」にどのような印象いんしょうがありましたか？

　公園こうえんのアニマルライドって、どれもキャラが濃こいなとずっと思おもっていたんです。モチーフになっているのも、一般いっぱん的てきで子こどもにもなじみがあるような動物どうぶつというより、ひとクセあるようなものが多おおいんだけど、そこはみんな特とくに気きに留とめていないのがおもしろくって。本ほん作さくのアニマルライドをカバにしたのも、実際じっさいのカバって割わりと獰猛どうもうなイメージもあるけど、キャラクターとしての「カバ」と聞きいて多おおくの方ほうが思おもい浮うかぶイメージが、安心あんしん感かんやユーモラスというところが今いま作さくでハマったなと思おもい「カバヒコ」が生うまれました。

――どの短編たんぺんの主人公しゅじんこうも、何なにかしらの関かかわりを持もつのが「サンライズ・クリーニング」のおばあさんです。自身じしんもカバヒコを触さわってヘルニアが良よくなったという彼女かのじょが本ほん作さくのキーパーソンになっているかと思おもいますが、作品さくひん全体ぜんたいにおける彼女かのじょの役割やくわりをどのように捉とらえて描えがかれたのでしょうか。

　何なにしろ、カバヒコがしゃべらないし動うごかないので（笑）、誰だれかと誰だれかをつなぐ役割やくわりの人ひとが必要ひつようでした。それに、彼女かのじょが営いとなむのがクリーニング店てんというのも「服ふくのリカバリー」ということで物語ものがたりにつながるなと思おもったんです。もうひとつは公園こうえんと同おなじで、誰だれでも気軽きがるに行いけて、垣根かきねがないという点てんも合致がっちしたんですね。そのお店みせに行いけば、いつでもそのおばあちゃんがいてくれる。なので、おばあちゃんもある意味いみ「カバヒコ」なんですよ。日常にちじょうにある身近みぢかな存在そんざいとして、いい感かんじでカバヒコとスライドさせることができたかなと思おもっています。

昔むかしの自分じぶんに過剰かじょうにしがみつくよりも

――第だい1～3話わの主人公しゅじんこうたちが「戻もどりたい」「治なおしてほしい」とカバヒコに願ねがうのは、過去かこの輝かがやいていた自分じぶんです。自分じぶんで「ここがおかしいから治なおしてほしい」と思おもっているところは、実じつは思おもい違ちがいだったり、自分じぶんが本当ほんとうにリカバリーしなければいけないところに気きづいていったりします。

　人ひとって調子ちょうしが悪わるくなると「前まえはあんなにできたのに」とか「昔むかしはもっと楽たのしかったのに」と過去かこのことをよく思おもいがちですよね。でも、実際じっさいは意外いがいとそうでもないことが多おおくて、その時ときはその時ときで苦くるしんでいたり、今いまの自分じぶんが記憶きおくしているよりもそんなにいいことばかりじゃなかったりするんです。だけど、今いまが辛つらいと、どうしても過去かこがキラキラしていたように見みえてしまうので、昔むかしの自分じぶんに過剰かじょうにしがみつくよりは、次つぎの自分じぶんに進すすんだ方ほうが効率こうりつ的てきだなということを、私わたしも最近さいきん学まなびました。

――登場とうじょう人物じんぶつたちが抱かかえる「自分じぶんよりも輝かがやいている人ひとを妬ねたむ気持きもち」は、きっと多おおくの人ひとが同おなじような感情かんじょうを持もっていて、そんな自分じぶんが嫌いやになることもあると思おもいます。そういった「自分じぶんの中なかにあるドロドロとしたネガティブな感情かんじょう」との向むき合あい方かたについて、どのようにお考かんがえですか。

　これはもう、生涯しょうがい解決かいけつしない問題もんだいなんじゃないかと思おもうんです。あの手てこの手てでそういう自分じぶんと対話たいわしたり、目めをそらしたりするのが人ひとの一生いっしょうじゃないかな。でも、自分じぶんにそういうドロドロした感情かんじょうがあるから、他人たにんのことも「きっとこうなんだろうな」と想像そうぞうできるんですよ。優やさしさも想像そうぞう力りょくでしかないですし、自分じぶんの中なかに何なにもトゲがなく、つるんとキレイな状態じょうたいだったら、他人たにんの負まけの感情かんじょうを想像そうぞうすることもできないですよね。

　私わたしもよくイベントで読者どくしゃの方ほうから「自分じぶんの中なかにあるドロドロとした感情かんじょうが苦くるしい時ときはどうしていますか」とか「どういう風ふうに前向まえむきになっていますか」という質問しつもんをいただくのですが、最近さいきんは無理むりにポジティブになろうとしないで、自分じぶんのドロドロに踏ふみ込こんでみるようにしています。「私わたしのこのドロドロはどうなっているんだろう？」と行いくとこまで行いってみる。「この感情かんじょうは何なにかに使つかえるかも」と思おもうようにしています。私わたしが作家さっかとして、仕事しごとにつなげられるという得とくな部分ぶぶんではあるかもしれないですが、全すべてのことが「これは何なにかに役やくに立たっている」と考かんがえられたら、少すこし楽らくになるんじゃないかなと思おもいます。

――個人こじん的てきに「第だい３話わ　ちはるの耳みみ」の中なかで「とてつもなく立派りっぱな想像そうぞう力りょくを、私わたしはきっと持もっている。だとしたら、それを使つかって思おもいやりや優やさしさをふくらませていこう。」というセリフがとても心しんに残のこっています。青山あおやまさんは「想像そうぞう力りょく」の大切たいせつさをどのように感かんじていらっしゃいますか？

　私わたしは世界せかいって「イメージ」でできていると思おもうんです。例たとえば、その人ひとにとって想像そうぞうしたことは、もうその時点じてんで半分はんぶん以上いじょうは事実じじつになっていて、実際じっさいは怒おこっていないかもしれないけど、自分じぶんが「この人ひと、私わたしのこと怒おこっている、嫌きらっている」と思おもったら、その人ひとにとっては事実じじつになる。そういう風ふうに自分じぶんを操あやつってしまうところがあるので「想像そうぞう力りょく」ってすごく怖こわいことでもあるんですよね。

　それに、気持きもちや感情かんじょうって、水みずの流ながれみたいなものなのかなと思おもうんです。不安ふあんは下したの方ほうに、ポジティブで楽たのしい感情かんじょうは上うえの方ほうにあって、どうしても「不安ふあん」という水みずが下したに流ながれやすくて、明あかるい方ほうに行いくにはその水みずを上うえにあげなきゃいけないから、その分ぶんエネルギーがいりますよね。そのエネルギーをどうやって自分じぶんで発動はつどうさせていくかということが、人生じんせいが変かわるひとつのポイントなのかなと思おもいます。

今いまの悩なやみは将来しょうらいの伏線ふくせんだから

――これまで「好このみ書しょ好日こうじつ」でインタビューさせていただいた際さい、「人ひとの縁えんは育そだてていくもの」とおっしゃっていました。これまでも「コロナを経へて『見みえないつながり』を強つよく感かんじた」など、折おりに触ふれて「ご縁えん」や「つながり」についてお話はなしされていますが、今いまは何なにか変化へんかを感かんじていますか？　

　「見みえないご縁えん」で言いうと「あれがここでつながっていたの！」ということは年々ねんねん増ふえています。昔むかしの出来事できごとの伏線ふくせん回収かいしゅうみたいなことが本当ほんとうによく起おきていて「ここがああなっていたから、こうなったんだ」ということに気きづいた時ときは、それまでの自分じぶんの人生じんせいを肯定こうていしてもらえたように感かんじるんです。「あの時ときの選択せんたくはあれでよかったんだ」と思おもえるのはうれしくて幸しあわせなことなので、そのためにも、ひとつひとつのご縁えんや出会であいをいい加減かげんにしたくないなと思おもっています。

――そう思おもえる「今いま」があるのは、すてきなことですね。

　そうですね。それに、今いまこうしている間あいだにも私わたしたちの知しらない何なにかが動うごいていて、何なん年ねんかした時ときに「あの時ときのあれがこうなっているの～？」ということが待まっているかもしれない。そう考かんがえたら、今いま悩なやんでいることやちょっと立たち行ゆかないなと思おもっていることも、なんとか未来みらいがいいように回まわるための「今いま」なのかな、という捉とらえ方かたもできるのではないかと思おもいます。

――「張はり巡めぐらされた伏線ふくせんが回収かいしゅうされる」みたいなことって、小説しょうせつやドラマの中なかのことなのかなと思おもっていたのですが、意外いがいと実じつ人生じんせいにもあることなんですね。

　それに気きづいているかいないかだけで、きっとみなさんにも私わたしたちの脳のうみそが思おもいつく以上いじょうのすごいことがたくさん起おきているんですよ。それに気きづけた時ときに「良よかったな」と自分じぶんが思おもえる人生じんせいだといいですよね。そのためには、やっぱり目めの前まえの、ひとつひとつのご縁えんを大切たいせつにすることかなと思おもいます。

――最後さいごに、本ほん作さくを通とおして伝つたえたいことを教おしえてください。

　今回こんかいは、「触さわる」ということが書かきたかったテーマのひとつでした。コロナ禍かがあり、私わたしたちは長ながい間あいだ、人ひとでも物ものでも触さわらないように、距離きょりを置おくことを意識いしきして生活せいかつしていることが多おおかったけれど、「触さわる」ことから受うけ取とるエネルギーというのは本当ほんとうに大おおきいと思おもっています。

　それに私わたしは、本ほんもカバヒコと同おなじ役割やくわりがあると思おもっているんです。本ほんもカバヒコと同おなじで、話はなさないし動うごかないんですけど、何なにかを発信はっしんして、受うけ止とめてくれる気きがするので、ぜひみなさんも本ほんに触ふれてみてほしいし、そこから何なにかを感かんじてもらいたいなと思おもいます。