文學ぶんがく界かい新人しんじん賞しょう・旗はた原理げんり沙子いさごさん　自費じひ出版しゅっぱんでブレイクスルー。「いつか小説しょうせつ家かになるってわかってた」　連載れんさい「小説しょうせつ家かになりたい人ひとが、なった人ひとに聞きいてみた。」＃13

「小説しょうせつ」より「小説しょうせつ家か」が先さきだった

　文學ぶんがく界かい新人しんじん賞しょうの結果けっかが発表はっぴょうされると同時どうじに、私わたしのＸには「旗はた原げんさん、おめでとう！」のつぶやきがあふれた。デビュー前まえにこんなに認知にんちされている「旗はた原げんさん」とは、一体いったい……？　

　前回ぜんかい取材しゅざいした大原おおはら鉄平てっぺいさんによると、旗はた原げんさんはこれまで落選らくせんした小説しょうせつを文学ぶんがくフリマやAmazonのKDP（Kindle Direct Publishing：電子でんし書籍しょせきの自費じひ出版しゅっぱんサービス）で販売はんばいし、その界隈かいわいでは名なの知しられた存在そんざいらしい。

「大学生だいがくせいの頃ころから賞しょうへ応募おうぼし続つづけていたのですが、落選らくせんばかりで。友人ゆうじんがせっかくそんなに小説しょうせつ書かいているんだから、出版しゅっぱんしてみたら？ って勧すすめてくれたんです。電子でんし書籍しょせきなら費用ひようもかけずに簡単かんたんに出だせるよってやり方かたをおしえてもらって。でも、実行じっこうするには自分じぶんの殻からを破やぶる必要ひつようがありました。それまで『賞しょうをとって、プロになって、たくさんの人ひとに読よんでもらう』と思おもってやってきたので、その前まえに世よに出でしちゃっていいのかなって。でも今いままでとやり方かたを変かえないと、と思おもい切きりました」

　小説しょうせつ家かを目指めざしたきっかけは。

「子こどもの頃ころから読書どくしょ好すきで、親おやや祖父母そふぼから『あなたは将来しょうらい小説しょうせつ家かになるよ』と言いわれて育そだちました。小説しょうせつを読よむ前まえに先さきに〈小説しょうせつ家か〉という言葉ことばに出会であったほど。小学校しょうがっこうの卒業そつぎょう文集ぶんしゅうでもはっきりと『小説しょうせつ家かになる』と書かいていました。小学しょうがく５年生ねんせいの頃ころだったか、芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけの『蜜柑みかん』を読よんで、それが初はじめて純文学じゅんぶんがくに触ふれた瞬間しゅんかん。知しらない言葉ことばは辞書じしょで調しらべながら読よんで、全然ぜんぜん読よみ取とれたわけではないけれど、世界せかいが広ひろがるのを感かんじて、小説しょうせつってすごい、と思おもいました」

　作品さくひんを応募おうぼしたのは９歳さいの時とき。児童じどう文学ぶんがくだった。

「今いま思おもえば『幸福こうふくの王子おうじ』の丸まるパクリで、当然とうぜん落選らくせんでした。中学ちゅうがくに入はいり、『蜜柑みかん』のような小説しょうせつを書かきたいと思おもったけれど、全然ぜんぜん書かけず。高こう3の受験じゅけん後ご、ようやく1000枚まいほどの小説しょうせつを初はじめて書かき上あげました」

連敗れんぱいも諦あきらめなかった理由りゆう

　大学だいがくに入はいり、小説しょうせつを書かいては群像ぐんぞう新人しんじん文学ぶんがく賞しょうやすばる文学ぶんがく賞しょうに送おくるも、1次じ選考せんこうすら通とおらない。22歳さいごろ、R18文学ぶんがく賞しょうの1次じに初はつ通過つうか。27歳さいのとき、新潮しんちょう新人しんじん賞しょうの1次じ通過つうか。2019年ねん、32歳さいで初はじめて新潮しんちょう新人しんじん賞しょうの最終さいしゅう候補こうほになった。

「18歳さいから応募おうぼし続つづけて、落選らくせん記録きろくなら負まけないぞって感かんじですね」

　順当じゅんとうに成績せいせきが上あがっていったならまだしも、途中とちゅうであきらめようとは思おもわなかったのだろうか。

「自分じぶんは小説しょうせつ家かになるってわかっていたんです。こんなに続つづけているんだからいつかはなれるって。あと、家族かぞくや友人ゆうじんがすごく応援おうえんしてくれて、いい報告ほうこくができるまでは絶対ぜったいやめられないと思おもっていました」

　落選らくせんした時とき、その敗因はいいんを振ふり返かえったり、次つぎに生いかしたりしますか？

「1次じ落おちだと選評せんぴょうをもらえるわけではないから、敗因はいいんがわからないんですよね。自分じぶんは面白おもしろいと思おもったけど、面白おもしろくなかったんだな、と思おもうしかない。次つぎはまったく別べつの新あたらしいのを書かいていました。小説しょうせつの勉強べんきょうは、いい小説しょうせつを繰くり返かえし読よむこと。おすすめは夏目なつめ漱石そうせきの『こころ』です。人ひとを引ひき込こむ仕掛しかけも、しっかりと読よませる文章ぶんしょうも、面白おもしろさも、いい小説しょうせつの全すべてが詰つまっていると思おもいます。あれを何なん度ども読よめばみんな小説しょうせつ家かになれるんじゃないかってくらい。音読おんどくしてみたり、書かき写うつしてみたり、色いろんな読よみ方かたをしました。芥川あくたがわの『蜜柑みかん』もどこがこんなに面白おもしろいのか、自分じぶんなりにノートにまとめたりしていました」

離婚りこんして「絶対ぜったい、小説しょうせつ家かになる」

　その後ご、2023年ねん文學ぶんがく界かい新人しんじん賞しょうでも最終さいしゅう候補こうほとなり、今年ことし「私わたしは無人島むじんとう」で見事みごと受賞じゅしょう。2019年ねん以降いこうの快かい進撃しんげきがすばらしい。どんな変化へんかがあったのだろう。

「ちょうどその頃ころ、離婚りこんしたんです。それまでは扶養ふよう内ないでアルバイトしていたのですが、シングルになったことで絶対ぜったい小説しょうせつ家かにならなくちゃと思おもって」

　ふつうは経済けいざい的てきに不安ふあんだから夢ゆめは諦あきらめようと思おもうのでは……。

「さっき卒業そつぎょう文集ぶんしゅうの話はなしをしましたけど、あのとき本当ほんとうは『小説しょうせつ家かになって、お金持かねもちになる！』って書かいていたんです。私わたしにとって小説しょうせつ家かってお金かねを稼かせぐ〈仕事しごと〉。そうでないと困こまる。なぜなら、自分じぶんの気質きしつ的てきに、会社かいしゃに通勤つうきんしてたくさんの人ひととやり取とりして働はたらく、というのが100％できないとわかっていたから。これまでも、映像えいぞう編集へんしゅうやネット関係かんけいのアルバイトをし、ここしばらくは占うらないのライターをしています。ひとり、椅子いすに座すわって文章ぶんしょうを書かくことなら延々えんえんとできる。逆ぎゃくにいうと、それしかできないんです」

　自費じひ出版しゅっぱんに踏ふみ出だしたのも、根ねっこにその考かんがえがあったのでしょうか。

「そうかもしれません。自費じひ出版しゅっぱんし始はじめたのもちょうどその頃ころで、新潮しんちょうの最終さいしゅう候補こうほになってからなのですが、それまでは自分じぶんの作品さくひんに対たいして自己じこ批判ひはん的てきだったんです。小説しょうせつに対たいして、がり勉べんですごく肩かたの力ちからが入はいっていて。それが思おもい切きって出版しゅっぱんしたら、たくさんの人ひとから感想かんそうをもらって。賞しょうをとらなくても小説しょうせつを仕事しごとにする道みちがあるかもしれない、と思おもったら力りきみがとれて、それから書かくものもよくなった気きがします」

民話みんわは時間じかんを広ひろがらせる

　受賞じゅしょう作さく「私わたしは無人島むじんとう」は、友人ゆうじんの中絶ちゅうぜつのために主人公しゅじんこうが「ミレイジャク」と呼よばれる古ふるくから伝つたわる香こう草くさを探さがしに島しまへいきます。そこでミレイジャクにまつわる民話みんわと出会であいますが、選評せんぴょうによると、これまでの応募おうぼ作さくにも民話みんわや神話しんわが登場とうじょうしていたそうですね。

「アメリカで日本にっぽん文学ぶんがくを教おしえている大叔父おおおじがいて、小説しょうせつについて相談そうだんするなかで、深沢ふかざわ七郎しちろうの『楢山節考ならやまぶしこう』を勧すすめてくれたことがあり、そこから民話みんわに興味きょうみが湧わきました。私わたしたちは狭せまい時間じかんを生いきているけど、民話みんわって時間じかんがうわって広ひろがるんです。民話みんわを書かくことで、その不思議ふしぎな超越ちょうえつした時間じかんを小説しょうせつの中なかに入いれることができるのではと考かんがえました」

　この小説しょうせつは月子げっしが６年ねん前まえのことを振ふり返かえる、というていで進すすみます。それ自体じたいが月子げっしの冒険ぼうけん譚たんが読者どくしゃへ民話みんわのように伝承でんしょうされる構造こうぞうになっていて面白おもしろいですね。

「うれしいです。6年ねん前まえの話はなしにしたのは、ダイナミックに時間じかんをとることで見みえてくることがあると思おもったから。現時点げんじてんのこととして書かくとどうしてもドラマになっちゃうので」

　受賞じゅしょう作さくには同おなじ「ミレイジャク」にまつわる民話みんわが2人ふたりの人間にんげんから語かたられますが、それぞれ切きり口くちや筋すじが異ことなっています。

「文化ぶんか人類じんるい学者がくしゃのレヴィ・ストロースが書かいた『大だい山猫やまねこの物語ものがたり』の中なかにいろんな民話みんわが出でてくるのですが、同おなじモチーフのものでも、真ま逆ぎゃくのことが語かたられることがあって、私わたしがずっと考かんがえてきたことはこれだ、と思おもったんです。やっぱり小説しょうせつって物語ものがたりがくっついているだけなんだって。事実じじつはひとつでも、人ひとが勝手かってに自分じぶんの価値かち観かんに照てらし合あわせて、ある人ひとは物語ものがたりAを作つくり、ある人ひとは物語ものがたりBを作つくる。それを書かいてみたかった」

「私わたしは無人島むじんとう」の主人公しゅじんこう・月子げっしは占うらない師しですが、旗はた原げんさんご自身じしんも占うらないライターとして生計せいけいを立たてているとのこと。それも民話みんわへの興味きょうみに関係かんけいあるのでしょうか。

「占うらないに興味きょうみを持もったのは、民話みんわとの出会であいの前まえのことです。初はじめて新しん潮しおの1次じを通過つうかした後のち、その先さきにつなげられなくて。これは運うんが悪わるいんじゃないかって、占うらない師しさんに視みてもらっているうちに、自分じぶんでも勉強べんきょうするようになったんです」

　面白おもしろい！　今回こんかいの受賞じゅしょうも占うらなっていたんですか？

「やっぱり自分じぶんを占うらなうのって主観しゅかんも入はいってしまうので難むずかしくて。ただ、私わたしの専せん門もんは西洋せいよう占星術せんせいじゅつなのですが、今年ことしは星回ほしまわりでいうと世よの中なかに種たねをまく時期じきで、運気うんきもよかったので、期待きたいはありました」

プールサイドで読よまれたい

　振ふり返かえってみて、なぜ「私わたしは無人島むじんとう」は受賞じゅしょうできたと思おもいますか？

「うーん、昨年さくねん最終さいしゅう候補こうほになった作品さくひんのほうが〈完璧かんぺきだ、これでデビューだ〉って自分じぶんでは思おもっていたんです。だからやっぱりめぐり合あわせというか、今いまこのときに、みんなに読よまれる必要ひつようがあったのかな」

　自費じひ出版しゅっぱんや文学ぶんがくフリマである意味いみすでに〈小説しょうせつ家か〉だったわけですが、旗はた原げんさんにとってこの受賞じゅしょうはどんな意味いみを持もちますか。

「自分じぶんの作品さくひんを好すきな装丁そうていで好すきな時期じきに好すきな価格かかくで出だすという、すごく楽たのしいことをやってきたけれど、それが100年ねん先さきも読よまれる小説しょうせつになるかというとそれは難むずかしい。私わたしの最終さいしゅう目標もくひょうは自分じぶんの小説しょうせつがプールサイドで読よまれることなんです。バカンスにもわざわざ持もっていきたくなるくらいの本ほんを作つくること。でもそれを叶かなえるには、個人こじんではなくもっと大おおきな力ちからを借かりて、小説しょうせつがたくさんの人ひとに知しられるようにしなくちゃいけない。権威けんいがないと開ひらかない扉とびらがある。その足掛あしがかりがこの受賞じゅしょうだと思おもいます。でも文学ぶんがくフリマもKDPも年々ねんねん盛もり上あがっていますし、その道みちで〈小説しょうせつ家かになる〉人にんも今後こんごは増ふえていくんじゃないかな」

　小説しょうせつ家かになりたい人ひとへアドバイスを。

「私わたし、以前いぜんは、〈小説しょうせつ家かになったら○○しよう〉みたいな考かんがえ方かたをしていたんですよ。たとえば、アルバイトをやめて家いえで仕事しごとをしようとか。でも、自分じぶんの好すきに生いきている方ほうが自分じぶんの目標もくひょうって叶かないやすい。〇〇したら～じゃなくて、今いま、それやっちゃったほうが近道ちかみち。ちょっと占うらない師し的てきアドバイスですけど（笑）。もし、行いき詰づまっているなら、自分じぶんがなぜ小説しょうせつ家かになりたいのかを分析ぶんせきするといい。私わたしの場合ばあいは、人ひとと会あわずに家いえで好すきなものを書かいて暮くらしたかった。そこに立たち戻もどったとき、まずライターとして生計せいけいを立たて、自費じひ出版しゅっぱんに踏ふみ切きって、同人どうじんたちとも知しり合あい、道みちがひらけた気きがします」

　そして……、と彼女かのじょは続つづけた。

「自分じぶんの作品さくひんを好すきでいることも大事だいじだと思おもいます。みんなに批判ひはんされても、自分じぶんだけは自分じぶんの書かいたものを好すきでいたほうがいい。私わたしは自分じぶんの作品さくひんを読よむと心しんが落おち着つくんです。その自家じか発電はつでんがあったから、やってこられた気きがします」

　インタビュー序盤じょばんで「自分じぶんは小説しょうせつ家かになるとわかってた」と言いった旗はた原げんさん。このおっとりとしてみえる人ひとのどこにそんな強つよさが……と思おもっていたが、それは、逆境ぎゃっきょうや賞賛しょうさんから得えたものではなく、ただシンプルに、この「好すき」からきているのだろう。

【次回じかい予告よこく】次回じかいは、第だい65回かいメフィスト賞しょうを「死しんだ山田やまだと教室きょうしつ」で受賞じゅしょうした金子かねこ玲れい介かいさんにインタビュー予定よてい。文藝ぶんげい賞しょうやすばる文学ぶんがく賞しょうの最終さいしゅう候補こうほを経へて、純文学じゅんぶんがくからエンタメへと転向てんこうし受賞じゅしょうに至いたった。