ダグラス・エムホフ(56)は2021年1月、米議会図書館を訪ねた。1月20日の大統領就任式に向けた宿題に取り組むためだった。
副大統領カマラ・ハリスの夫として、新しい役割をこなさねばならない。そのために、1世紀前のある出会いについて学んでおきたかった。
当時の副大統領夫人(セカンドレディー)ロイス・マーシャルと、その後を継ぐグレース・クーリッジとの(訳注=1921年の)出会いだ。政権は、民主党から共和党に代わろうとしていた。
首都ワシントンへと向かう列車の中で、クーリッジは緊張していた。どんな街なのか。見ず知らずの土地だった。でも、駅に降り立つと、そこにマーシャルが迎えにきていた――2人の出会いを、議会図書館・筆記資料部門の歴史の専門家メグ・マカリーアはこう再現する。
「去りゆく者から来たる者へ、これほど親身な手の差し伸べ方があるだろうか」とマカリーアは語る。「民主党から共和党だろうが、その逆だろうが、政権移行の党派の世界をはるかに超えた行為をそこに見て取ることができる」
それから100年。首都の空気は、まったく変わってしまったようだ。
トランプ大統領が2020年の大統領選の結果を覆そうとする中で、エムホフとセカンドレディーのカレン・ペンスとの直接の接触は一切なかった。
副大統領の伴侶同士として初めて出会ったのは、議事堂での大統領就任式の場となった。
会場の大階段で対面した新旧の副大統領夫妻は、外から見る限り打ち解けていた。そして、ハリスとエムホフは、手を振ってペンス夫妻に別れを告げた。
大きな注目を浴びるとき、政治家の伴侶はいかに品位をもって処すべきか。いつものように、それを学ぶ場であったことは間違いない。
ただし、いつもと違うことが一つあった。エムホフが男性として初めて、副大統領の伴侶の役割を果たすことだ。
妻ハリスの副大統領就任は、女性として、黒人として、さらにはアジア系として初めてのことだった。エムホフにも、二つの「初」があった。まず、男性として。さらには、ユダヤ系として(大統領の伴侶も含めて、これまでユダヤ系はいなかった)。
では、エムホフは、この新しい役割をどうこなそうとしているのか。長年の弁護士であり、「法の世界への橋渡しになる」と漠然と語ったことはあるが、具体的にどうするのかは明らかにされていない。
しかし、その存在そのものが、政治の世界でジェンダー(社会的、文化的な性別)が持つ役割を変え、徐々にその枠を超えて発展していく可能性を示しているように見える。
それは、二つの点でいえそうだ。
まず、先駆者となる責務がある。いずれは後に続く者が現れることを考えれば、男性としてすべきことを決めていく重責と向き合うことになる。さらには、旧来の役割像を刷新する責務がある。注目を集める伴侶として果たすべき務めは何か。伝統的な考えを塗り替える必要も出てくるだろう。
とはいえ、それは常識的な範囲の中で進むことなのかもしれない。
「国民が、そんなにこと細かく彼に注目するとは思えない」。女性史とファーストレディーの歴史に詳しいオハイオ大学の歴史学教授キャサリン・ジェリソンは、こう指摘する。「何を着ていたとか、副大統領公邸の私的な居住区域のカーペットを張り替えたとか。そんなふうには、ならないのではないか」
ハリスとエムホフは、2014年に結婚した。ハリスはカリフォルニア州の司法長官、エムホフはエンターテインメント訴訟専門の弁護士だった。
今回の大統領選でエムホフは、妻の熱心な代理人として選挙運動をよく手伝った。そして、妻が副大統領になると分かると、所属していた弁護士事務所DLAパイパーの職を離れた。在職したままでは利害相反が生じ、バイデン・ハリスの正副大統領にとって好ましくないととりざたされるようになっていた。
(バイデンの当選確定後、エムホフの取材を政権移行チームの担当者に申し込んだが、断られた)
副大統領の伴侶の役割とは何か。セカンドレディーの首席補佐官を経験した何人かに尋ねてみた。
人によって異なるものの、多くの場合は自らの立場を踏まえた様々な取り組みがあった――そんな輪郭が、答えからは浮かんでくる。
では、具体的にはどうか。
例えば、直近のカレン・ペンス。アートを用いたセラピー(芸術療法)に熱心だった。その前のバイデンの妻ジル。夫の副大統領時代は、2期8年の間、ずっと常勤でノーザン・バージニア・コミュニティー・カレッジの教壇に立ち、英語の書き方を(訳注=移民らに)教えた。その一方で、軍人の家族を支援する活動を立ち上げるのも手伝った。
ダン・クエール(第44代副大統領。1989~93年在任)の妻マリリンは、エムホフと同じように法曹界での職を諦めている。88年の選挙で、夫はジョージ・ブッシュ(父)と組んで共和党の正副大統領候補になった。その後になっても、彼女が弁護士事務所で職を得ることにこだわり続ければ、あまりに利害相反が大きくなると助言されたからだった。それなら、セカンドレディーとしての立場で活動する方がよいとの判断になった、とその首席補佐官を務めたマーゲリット・サリバンは本人に確認した上で回答した。
エムホフは、ワシントン近郊のジョージタウン大学で(訳注=非常勤講師として)講座を持つことになった。今学期は、エンターテインメント訴訟について教えている。カレン・ペンスも、バージニア州北部の小学校で美術を教えていた。ジル・バイデンは、先のコミュニティー・カレッジの常勤職を続けることにしており、ホワイトハウスの外で働く初めてのファーストレディーとなる。
「ハリスの偉大な大使」。エムホフのことをジョン・ベスラーはこう呼ぶ。ミネソタ州選出の民主党上院議員エイミー・クロブシャーの夫で、今回の大統領選の遊説ではエムホフとしばし一緒だった。
まだ予備選挙のときだった。候補者への警備は、それほど厳しくなかった。抗議に来た男が、壇上に上がってハリスのところに歩み寄り、手に持っていたマイクをつかみ取った。すると、エムホフも駆け上がり、その男の手からマイクを取り戻そうとした。
当時は、クロブシャーも出馬していた。それだけに、ベスラーは後でメールを送って、エムホフの行動をたたえた。
「それからというもの、カマラ(ハリス)の選挙運動では彼が押しも押されもせぬ警備責任者になった」とベスラーは振り返る。
やはり民主党の予備選に名乗りをあげていたピート・ブティジェッジ(訳注=同性愛者であることを公言し、バイデンの新政権では運輸長官になった)の夫チャステンも、遊説中に交わしたエムホフの言葉が印象に残っている。
チャステンは、最近まで学校で演劇を教えていた(訳注=予備選に出たピートを手伝うために休職していた)。それを知るエムホフは「自分は、役を演じるなんてできない」と断ってからこう続けたのだった。
「私はただの夫。ここにいるのは、なぜカマラを愛しているかをみんなに話すためなんだ」
エムホフの新しい役割で、男性が後ろに引いて女性に主導権を渡せることが、全米の男性に分かるようになるとチャステンは(訳注=自分の立場を重ね合わせながら)見る。
「伴侶の間で女性の方が力を持つという関係もあることが明らかになる。それでいて、愛する伴侶として、相手をしっかりと支えていく。ときには2番手に甘んじ、相手を高みに昇らせる――そんな役回りになるのだろう」
大統領就任式の前日、エムホフは冒頭の議会図書館への訪問について、自分のツイッターアカウントにこんな投稿をしている。そこには、将来の副大統領の伴侶に残せるものをどう創るのか、熟考した様子が(訳注=「私は副大統領になる最初の女性かもしれないが、最後ではない」という妻の言葉に呼応するように)つづられていた。
「これからこの役割を担うにあたって、議会図書館で学んだことをよくかみしめ、わがものとなるように実践したい。最初の(セカンド)ジェントルマンになるが、自分で終わりには絶対にしたくない」(抄訳)
(Hailey Fuchs)©2021 The New York Times
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