ブレイクダンサー石川いしかわ勝之かつゆき、世界せかいの頂点ちょうてんを極きわめた先さきに見みる「次つぎの景色けしき」

中学生ちゅうがくせいでブレイキンに出合であった。「人ひとができないような動うごきをしてみたい」とマイケル・ジャクソンのムーンウォークにはまっていた頃ころ。テレビで頭あたまや肩かたを使つかって力強ちからづよく回転かいてんするダンスを見みかけ、衝撃しょうげきを受うけた。「めっちゃかっこいいな」

ブレイキンには、立たって踊おどる「トップロック」、かがんだ状態じょうたいで足あしを動うごかす「フットワーク」、頭あたまや肩かた、背中せなかなどで回転かいてんしたり跳とびはねたりする「パワームーブ」、体からだの動うごきをピタッと止とめる「フリーズ」の四よっつの基本きほん的てきな動うごきがある。当時とうじはそんな動うごきの名前なまえも、ブレイキンという名前なまえも知しらないまま、放課後ほうかごの体育館たいいくかんなどで友人ゆうじんらと遊あそび半分はんぶんで踊おどった。

本格ほんかく的てきにやってみたい。その思おもいは体育たいいく教師きょうしを目指めざして大学だいがくに進学しんがくした後のちに実現じつげんした。ダンス教室きょうしつに通かよいながら、友人ゆうじんらと大学だいがくや路上ろじょうで練習れんしゅうに明あけ暮くれた。「毎日まいにち7、8時じ間あいだ、時間じかんがあれば練習れんしゅうするという生活せいかつだった」。ブレイキンの世界せかい大会たいかいでアジアのチームとして初はじめて優勝ゆうしょうした経験けいけんがあり、教室きょうしつの講師こうしだった唐澤からさわ剛史たけし(TSUYOSHI、44)は「感覚かんかくで踊おどる生徒せいとが多おおいなかで、真面目まじめに質問しつもんしてメモを取とる姿すがたが印象いんしょう的てきだった。足あしを振ふる角度かくどや体からだの支ささえ方かたなど踏ふみ込こんだ内容ないようが多おおく、自分じぶんで考かんがえて質問しつもんしているとよく分わかった」と振ふり返かえる。

■海外かいがいに広ひろがるB―BOYの輪わ

ダンスの腕うでを磨みがきながら石川いしかわが出合であったもう一ひとつのものが海外かいがいだ。大学だいがく1年ねんの冬休ふゆやすみ、ブレイキンの本場ほんば・米国べいこくを訪おとずれた。ロサンゼルスで開ひらかれた世界せかい大会たいかいに出場しゅつじょうする友人ゆうじんらのチームに同行どうこう。ビデオでしか見みたことがなかったスーパースターたちのダンスを目まの当あたりにして、向上心こうじょうしんをかき立たてられた。

当初とうしょは見学けんがくだけの予定よていが、会場かいじょうで仲良なかよくなった日本人にっぽんじんや韓国かんこく人じんのダンサーと即席そくせきチームを作つくり、飛とび入いり参加さんか。予選よせん落おちはしたものの、「アメリカの人ひとたちは下手へたでもガンガン前まえに出でてきて、その気持きもちに心しんを打うたれた。ダンスは下手へたでも気持きもちで行いけばいいと思おもえた」。

続つづく春休はるやすみは単身たんしんでオーストラリア・シドニーへ。街まち行いく人ひとに声こえをかけてダンサーたちが練習れんしゅうするスタジオにたどり着つき、輪わに加くわわった。練習れんしゅう後ごも交流こうりゅうは続つづく。「身みぶり手しゅぶりで、うちにメシ食ぐいに来こいよとか、うち泊とまっていいよとか。同おなじB-BOYだからこそ得えられた経験けいけんが心しんに刺ささった」

仲間なかまができたシドニーを、その後ごも長期ちょうき休やすみのたびに訪おとずれ、練習れんしゅうを積つんだ。気きづくと大学だいがく4年生ねんせい。同級生どうきゅうせいは就職しゅうしょく活動かつどうを終おえていた。その時ときは「ちょっと焦あせった」が、「今いましかできないことをしよう」と思おもい直なおし、卒業そつぎょう後ごもダンスを続つづけることに。アルバイトでお金かねをため、韓国かんこくや米国べいこく、デンマーク、ノルウェーにも足あしを延のばし、仲間なかまを増ふやした。

当然とうぜんのように両親りょうしんや親戚しんせきは心配しんぱいした。「親おやの金かねで大学だいがくに行いって、何なに、ダンスなんかやっているんだ」「食たべていけるのか」。それでも大学だいがく卒業そつぎょうの1年ねん後ご、ニュージーランドであった大会たいかいで優勝ゆうしょうし、地元じもと紙しの1面めんを飾かざると風向かざむきが変かわった。「マジでやっているんだな、とりあえず頑張がんばれ、となってくれた」

この大会たいかいはダンサーとしての転機てんきにもなった。「世界せかい最高峰さいこうほうのチーム」とも呼よばれる「MIGHTY ZULU KINGZ(MZK)」のリーダーが審査しんさ員いんとして来きており、新しんメンバーに、とスカウトされたのだ。自信じしんをつけ、ダンス一本いっぽんの生活せいかつに切きり替かえた。

世界せかいで勝負しょうぶする石川いしかわのダンスの特長とくちょうは音楽おんがく性せいだ。MZKの現げんリーダー、タイクアン(TYQUAN、39)は「個性こせい豊ゆたかで音楽おんがくと一体いったいになる。ブレイキンの神髄しんずいを体現たいげんしているダンスだ」。さらに、自みずからも世界せかい大会たいかいで優勝ゆうしょうを重かさねる後輩こうはいダンサーの津つ雲くも勇いさむ太ふとし(STEEZ、33)は「遊あそび心ごころ」も挙あげる。「本気ほんきでふざけられるし、一緒いっしょに踊おどる相手あいての動うごきにうまく反応はんのうできる。キャラクターが際きわだっているので、まねできない」

07年ねんには、米国べいこくの権威けんいある大会たいかい「FREESTYLE SESSION」で優勝ゆうしょう。その後ごも、W杯はいとも位置いちづけられる「R-16」(09年ねん)など、多おおくの世界せかい大会たいかいで優勝ゆうしょうを重かさね、各地かくちの大会たいかいからゲスト出演しゅつえんや審査しんさ員いんの依頼いらいが舞まい込こんだ。

■スポーツ化かが新あらたな挑戦ちょうせん

ただ、ダンサーとしての夢ゆめをかなえるなかで、ダンス一本いっぽんの生いき方かたを続つづけることに疑問ぎもんも感かんじ始はじめた。生活せいかつのため、実際じっさいに踊おどることに割さける時間じかんは限かぎられる。

30歳さいを目前もくぜんにした10年ねん、違ちがう環境かんきょうを求もとめ、ワーキングホリデーでオーストラリアに移住いじゅう。そのなかで心しんを動うごかされたのが、旅行りょこう先さきのベトナムで出会であったストリートチルドレンだった。物売ものうりの少年しょうねんと仲良なかよくなり、1個いっこ2円えんほどの菓子かしを買かおうとしたら、地元じもとの友人ゆうじんに止とめられた。「『その金かねは子こどもを使つかうマネジャーに渡わたり、ストリートの子こどもが増ふえるだけだ』と言いわれ、貧困ひんこんの実態じったいを知しらなかった自分じぶんを恥はじた」。ブレイキンを生うんだストリート文化ぶんかをもっと知しり、発展はってんさせ、子こどもたちの力ちからにもなりたいと、帰国きこく後ごの13年ねん、ブレイキンのイベント企画きかくなどをてがける会社かいしゃ「IAM」を設立せつりつ。合宿がっしゅく形式けいしきで子こどもにダンスを指導しどうしたりしている。

ブレイキンが、ユース五輪ごりんの正式せいしき競技きょうぎになってからは、ブレイキンのスポーツ化かに深ふかく関かかわる。17年ねんに日本にっぽんダンススポーツ連盟れんめい(JDSF)に「ブレイクダンス部ぶ」が新設しんせつされ、初代しょだい部長ぶちょう(現げん本部ほんぶ長ちょう)に就任しゅうにん。JDSF専務せんむ理事りじの山田やまだ淳あつしは「広ひろいネットワークがあり、行動こうどう力りょくもある。世界せかいをまとめられる人ひと」と信頼しんらいを寄よせる。

スポーツになり審査しんさに点数てんすう制せいが取とり入いれられると、個性こせいや多様たよう性せいを重視じゅうしするブレイキンの文化ぶんかが損そこなわれる─。スポーツ化かをめぐって、仲間なかまや先輩せんぱいからそんな声こえが上あがると説得せっとくに回まわった。「五輪ごりんはたくさんある大会たいかいの一ひとつ。新あたらしいムーブメントができれば、逆ぎゃくにラッキーだと思おもう」と期待きたいを語かたる。

パリ五輪ごりんに向むけ、選手せんしゅの支援しえん体制たいせいの強化きょうかが目下もっかの課題かだい。踊おどることよりも裏方うらかたの仕事しごとが増ふえてきたが、ブレイキンにかける熱量ねつりょうの大おおきさは健在けんざいだ。「ブレイキンの魅力みりょくは?」と尋たずねると、「一言ひとことでは難むずかしいな」と考かんがえ込こんだ後のちでこう答こたえた。「一ひとつが出会であい。その中なかで学まなびが得えられる。この文化ぶんかは想像そうぞうするよりもパワーを持もっていることを、みんなに知しってほしい」(文中ぶんちゅう敬称けいしょう略りゃく)

■Profile

• 1981 福井ふくい県けん生うまれ。川崎かわさき市しで育そだつ
• 2000 日本体育大にほんたいいくだいに入学にゅうがく。本格ほんかく的てきにブレイキンを始はじめる
• 2005 ニュージーランドで開ひらかれた国際こくさい大会たいかいで初はつ優勝ゆうしょう
• 2007 米国べいこくでの大会たいかい「FREESTYLE SESSION」で優勝ゆうしょう
• 2009 韓国かんこくで開催かいさいの「R-16」で優勝ゆうしょう
• 2010 オーストラリアに移住いじゅう。13年ねんに永住えいじゅう権けんを取得しゅとくし帰国きこく
• 2013 株式会社かぶしきがいしゃ「IAM(アイアム)」を設立せつりつ
• 2017 公益社こうえきしゃ団だん法人ほうじん「日本にっぽんダンススポーツ連盟れんめい」のブレイクダンス部長ぶちょう(現げん・本部ほんぶ長ちょう)に就任しゅうにん
• 2018 ユース五輪ごりんブエノスアイレス大会たいかいでブレイキン日本にっぽん代表だいひょう監督かんとくを務つとめる
• 2020 ブレイキンがパリ五輪ごりん(24年ねん)の追加ついか種目しゅもくとして正式せいしき採用さいよう

練習れんしゅう場所ばしょは聖地せいちに…ブレイキンを本格ほんかく的てきに始はじめた頃ころの練習れんしゅう拠点きょてんは、JR武蔵溝ノ口むさしみぞのくち駅前えきまえ(川崎かわさき市し)。高校こうこうへの通学つうがく経路けいろにあり、大学だいがく入学にゅうがく後ご、ダンスグループの活動かつどうに加くわわった。ストリートダンスが盛さかんな川崎かわさき市しの中なかでも、「溝口みぞぐち(みぞのくち)」をかつての拠点きょてんとして世界せかいで活躍かつやくするダンサーは多おおく、海外かいがいでも知しられる「ブレイキンの聖地せいち」となっている。

発祥はっしょうの地ちを訪たずね…ブレイキンのユース五輪ごりんへの採用さいようが決きまり、スポーツ化かの是非ぜひが議論ぎろんされるなか、石川いしかわが訪たずねたのがニューヨーク・サウスブロンクス地区ちく。縄張なわばり争あらそいの暴力ぼうりょくをやめようとダンスバトルを始はじめた当時とうじのギャングに会あい、意見いけんを求もとめた。「(スポーツ化かは)いいじゃないか。私わたしたちはブレイキンのおかげで自由じゆうになれたんだ。そういう考かんがえを持もった君きみがやるべきだ」と言いわれ、迷まよいが吹ふき飛とんだという。