女子じょし砲丸投ほうがんなげソーンダーズ選手せんしゅがハルクのマスクつける理由りゆう　ボルトにみたアスリート像ぞう

レーベン・ソーンダーズ（26）は、ウサイン・ボルトが高たかみに上のぼりつめていくのを間近まぢかで見みていた。

女子じょし砲丸投ほうがんなげのソーンダーズ（米国べいこく）は、ボルト（ジャマイカ）のようにはなれないことをよく分わかっていた。

陸上りくじょう競技きょうぎでは、右みぎに出でる者ものがこれからもいないだろうといわれるほどの人気にんきを誇ほこり、最もっともよく知しられる選手せんしゅの一人ひとりとなったあの男おとこだ。それでも、ソーンダーズはボルトの手法しゅほうを頭あたまに刻きざみ込こんだ。

ボルトは短距離たんきょり選手せんしゅとして数々かずかずの世界せかい記録きろくを打うち立たてた。

しかし、陸上りくじょう競技きょうぎ界かいでは例れいがないほどの裕福ゆうふくさをき上ずきあげることができたのは、単たんにその速はやさのおかげだけではなかった。人ひとを引ひきつけるカリスマ性せい。それに、勝利しょうりを祝いわうあの独特どくとくなポーズ。これらが相あいまって、人気にんきと市場いちば価値かちを生うみ出だした。

砲丸投ほうがんなげは短距離たんきょりと違ちがってテレビに登場とうじょうすることはあまりない。だから、「注目ちゅうもくされるには目立めだつしかないのは明あきらかだ」とソーンダーズはいう。

「この競技きょうぎでは自分じぶんは最高さいこうの選手せんしゅなのに、なぜ画面がめんに映うつらないのか。映うつるには、何なにをすればよいのか」。あれこれ考かんがえることがよくあった、とソーンダーズは振ふり返かえる。

2021年ねんの東京とうきょう五輪ごりん。ソーンダーズは髪かみを紫むらさきと緑みどりに染そめ、（訳注やくちゅう＝米べいコミックのスーパーヒーロー）「超人ちょうじんハルク」をあしらった緑みどりのマスクをして銀ぎんメダルに輝かがやいた。

2位いを確定かくていさせると、誇ほこらしげに腰こしを振ふって踊おどり、喜よろこびを爆発ばくはつさせた。ハルクの愛称あいしょうを持もつソーンダーズは「腰こし振ふりダンスをして五輪ごりんのテレビ放映ほうえいに登場とうじょうしたのは自分じぶんだけ。それが気分きぶんをいっそう高たかめてくれた」と語かたる。

「陸上りくじょう競技きょうぎで稼かせげるお金かねの出でどころは限かぎられている。自分じぶんの種目しゅもくではなおさらのこと」とソーンダーズ。「自みずからの個性こせいと競技きょうぎ中ちゅうの行動こうどうが、市場いちば価値かちを生うむことは自覚じかくしている。自身じしんの価値かちは、世界せかいの短距離たんきょりトップクラスの何人なんにんかと同おなじぐらいはある。『世界せかいの』が大おおげさなら、少すくなくとも『米国べいこくの』ね」

ソーンダーズは2021年ねん、応用おうよう科学かがく・エンジニアリングのレイドス社しゃ（米国べいこく）とスポンサー契約けいやくを結むすんだ。（訳注やくちゅう＝自分じぶんのうつ病びょう経験けいけんを明あかしており）メンタルヘルスの意識いしきについて正面しょうめんから論ろんじるのに、こうした枠組わくぐみをよく利用りようしている。

陸上りくじょう競技きょうぎの選手せんしゅが稼かせぐには、自分じぶんの種目しゅもくを制せいするだけではしばしば不十分ふじゅうぶんとなる。多おおくの選手せんしゅは自分じぶんの市場いちば価値かちも問とわれることを意識いしきする。勝利しょうりの祝いわい方かたや髪形かみがた、ファッションが独自どくじブランドを高たかめる要素ようそとなる。

ボツワナの男子だんし短距離たんきょり選手せんしゅレツィレ・テボゴ（19）も、ボルトの手法しゅほうを研究けんきゅうした一人ひとりだ。2022年ねん8月がつ初はじめ、20歳さい未満みまんの100メートルで世界せかい記録きろくを出だした。9.91秒びょう。陸上りくじょう競技きょうぎ界かいに衝撃しょうげきが走はしった。

タイムのすごさとともに、フィニッシュのスタイルも目めを見張みはらせた。そのパフォーマンスは、急速きゅうそくに世界せかいに伝つたわった。

フィニッシュラインまでまだ半分はんぶん近ちかく。テボゴは、二ふたつ離はなれたレーンを走はしっていた2位いの選手せんしゅ（ジャマイカ）の方ほうを向むいた。指ゆびをこきざみに動うごかしながら、この選手せんしゅに向むかって大声おおごえを上あげ、残のこる40メートルを疾走しっそうした。2位い以下いかは、引ひき離はなされまいと必死ひっしだった。

テボゴは、滑すべるようにラインをかけ抜ぬけた。手てをこぶしに握にぎり直なおし、それを活発かっぱつに振ふって勝利しょうりを祝いわった。自分じぶんのシャツを掲かかげ、両手りょうてを上あげて観客かんきゃくの声援せいえんを求もとめながら、さらに100メートルを走はしった。

その姿すがたは、世界せかい記録きろくの走はしりが終おわる前まえから勝利しょうりのポーズに入はいるボルトを連想れんそうさせた。

大おおきなレースでは、石いしのように無表情むひょうじょうな顔かおになる選手せんしゅが多おおい。ボルトなら、中継ちゅうけいカメラをのぞき込こみ、自宅じたくでテレビを見みている視聴しちょう者しゃに語かたりかけようとしたり、五輪ごりんのボランティアとこぶしを突つき合あわせてあいさつをしたりするだろう。

勝利しょうりを決きめると、ボルトは胸むねを張はりながら弓ゆみを引ひくようにして手てで空そらを示しめした（母国ぼこくの国旗こっきをまとっていることが多おおかった）。そして、その勝利しょうりのポーズを2022年ねん8月がつ、商標しょうひょうとして申請しんせいした。

「自分じぶんの個性こせいをさらして楽たのしんだだけ」とボルトはメールで筆者ひっしゃに答こたえた。とくに指摘してきしたのは、勝利しょうりのポーズを最初さいしょに披露ひろうしたときのことだった。2002年ねんの世界せかいジュニア選手権せんしゅけん。200メートルを制せいし、このパフォーマンスで観客かんきゃくに応こたえると大おおきな歓声かんせいがわいた。

「みんな楽たのしもうと思おもって見みにくる。もし、速はやく走はしって、勝かって、楽たのしければ、ショーとしてもよりよいものになる」とボルトはいう。

2018年ねんの米べい経済けいざい誌しフォーブスの「スポーツ選手せんしゅ長者ちょうじゃ番付ばんづけ」で、ボルトは45位いになった。年収ねんしゅう3100万まんドルのうち100万まんドルを除のぞけば、すべては数すう十じゅうものスポンサー契約けいやくによるものだった。陸上りくじょう競技きょうぎから番付ばんづけに入はいったのはボルトだけ。この競技きょうぎでは、年としに5千せんドルしか稼かせげない仲間なかまも多おおい。

シャカリ・リチャードソンは2021年ねんの米べい五輪ごりん代表だいひょう選考せんこう会かいでスターになった。女子じょし100メートルの準決勝じゅんけっしょう。まだフィニッシュははるか先さきなのに、長ながいネイルで時計とけいを指さしし、オレンジ色しょくの髪かみをなびかせて走はしった。

決勝けっしょうも制せいし、今度こんどは（訳注やくちゅう＝インスタグラムなどSNSで話題わだいの）「that girl（その娘むすめ）」とは自分じぶんだということを世界中せかいじゅうに知しってもらいたい、と話題わだいを振ふりまいた。

しかし、東京とうきょう五輪ごりんへの出場しゅつじょうはかなわなかった。薬物やくぶつ検査けんさで大麻たいま使用しようの陽性ようせい反応はんのうが出でたからだ。にもかかわらず、そのスター性せいがむしろ高たかまったかのような展開てんかいになった。

米べいスポーツ用品ようひん大手おおてナイキのコマーシャルに出でて、自分じぶんの思おもいを表あらわす決きまり文句もんくを再ふたたび唱となえた。「なぜ自分じぶんが『THAT GIRL』なのか。みんなに明あかす機会きかいが来くるのを待まっている」と。

さらに、東京とうきょう五輪ごりんが始はじまる数日すうじつ前まえには、ラッパーのカニエ・ウェストが編集へんしゅうした（オーディオブランドの）Beats by Dr. Dreのコマーシャルに出演しゅつえんし、ウェストのアルバムのプロモーションに一役ひとやく買かった。

陸上りくじょう競技きょうぎの女子じょしで、トラックを（訳注やくちゅう＝ニューヨークのメトロポリタン美術館びじゅつかんで毎年まいとし開ひらかれるファッションの祭典さいてん）メットガラ同然どうぜんにした最初さいしょの一人ひとりはフローレンス・グリフィス・ジョイナーだろう。

100メートルと200メートルの世界せかい記録きろく保持ほじ者しゃ。スタートに着つくと、6インチ（15センチ強きょう）もあるカラフルなネイルが目立めだった。上下じょうげのトラックスーツの下したは片足かたあししかなく、顔かおには濃こいメイクをしていた。

スポーツとポップカルチャーに与あたえた影響えいきょうは大おおきかった（2018年ねんのハロウィーンで、世界せかい的てきな歌手かしゅビヨンセはスプリンターに扮ふんした）。触発しょくはつされた選手せんしゅとしては、リチャードソンや（訳注やくちゅう＝やはり短距離たんきょりの）シェリー・アン・フレーザープライス（ジャマイカ）らを挙あげることができるだろう。

その中なかには、米国べいこくのタラ・デイビス（23）も入はいる。東京とうきょう五輪ごりんの女子じょし走はしり幅跳はばとび決勝けっしょうで、デイビスはカウボーイハットをかぶり、ゆっくりとカメラの前まえに歩あゆみ出でた。帽子ぼうしに沿そって大おおきくなぞるように指ゆびを動うごかしながらほほ笑えむと、カメラに向むかってウィンクしたのだった。

グリフィス・ジョイナーと、やはり米国べいこくのブリトニー・リース（訳注やくちゅう＝女子じょし走はしり幅跳はばとびで2012年ねんロンドン五輪ごりんでは金きむ、2021年ねん東京とうきょう五輪ごりんで銀ぎんを獲得かくとく）に刺激しげきされ、東京とうきょうにはパフォーマンスをする気きでやってきた。

「これは私わたしたちの仕事しごとでもある。仕事しごとをしようと思おもえば、メイクアップだってする。競技きょうぎ者しゃなのにメイクをするなんて、変へんな人ひとたちと思おもわれるかもしれないけれど」とデイビス。「そう、これは仕事しごと。よく見まみえれば、気分きぶんもいい。気分きぶんがよければ、やることもうまくいく」

デイビスは、東京とうきょう五輪ごりんでは6位いに終おわった。自分じぶんのショーマンシップがもたらすかもしれないお金かねのことは、「それほど深ふかく考かんがえてはいない」と話はなす。「いずれにせよ、選手せんしゅは祝いわうスタイルも着きこなしも、思おもうように決きめればよい。成功せいこうすべき者ものは、成功せいこうするのだから」

そして、こう続つづけるのだった。「みんながどう考かんがえるかをあれこれ気きにするのは、もうやめた。そのとき、その瞬間しゅんかんを楽たのしめれば、それでいいんじゃないの」（抄しょう訳やく）

（Kris Rhim）©2022 The New York Times

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