「イギリス人じんは紅茶こうちゃ」は古ふるい？　コーヒーにその座ざを奪うばわれたのか、業界ぎょうかい巻まき込こみ論争ろんそう中ちゅう

「私わたしの心しんは、紅茶こうちゃとともにある。でも、コーヒーなしには生いきていけない」。英えいオックスフォードの老舗しにせ「グランド・カフェ（Grand Cafe）」の金色きんいろに塗ぬられた天井てんじょうの下もとで、リズ・コールマン（31）はいすに深々ふかぶかと沈しずみながらこういった。

アーモンドミルクのカフェラテをすすりながら、カフェインへの渇かわきを満みたしていた。2023年ねん9月がつ、近ちかくであった会議かいぎの休憩きゅうけい時間じかんでのことだった。ペルシャの血ちを引ひく英国えいこく人じん女性じょせいであり、日々ひびの家庭かていでの暮くらしでは紅茶こうちゃが圧倒的あっとうてきに幅はばをきかせている。でも、ひとたび外そとに出でれば、それがコーヒーにとって代かわる、とコールマンは話はなす。

紅茶こうちゃは英国えいこくの文化ぶんかに、深ふかく根付ねついている。オランダの商人しょうにんが中国ちゅうごくから欧州おうしゅうに持もち帰かえり、それが1650年代ねんだいにこの国くににたどり着ついたとされる。何なに世紀せいきもの伝統でんとうに支ささえられて、国民こくみん的てきなホットドリンクの代名詞だいめいしにまでなった。

でも、その地位ちいが長年ながねんのライバルでもあったコーヒーにおびやかされるようになり、ごく最近さいきんのある調査ちょうさではついに紅茶こうちゃはトップの座ざから蹴落けおとされてしまった。いずれの飲のみ物ものの業界ぎょうかいもこぞって自己じこを擁護ようごし、統計とうけい数字すうじをめぐる「熱あつい戦たたかい」が始はじまった。

では、コーヒーは本当ほんとうに英国えいこく人じんの新あたらしい国民こくみん的てきな飲のみ物ものになったのだろうか。

ここオックスフォードは、歴史れきし家かによると、最初さいしょ期きの「コーヒーハウス」（訳注やくちゅう＝コーヒーを出だすレストラン。社交しゃこう場じょうを兼かねた英国えいこく独特どくとくの食しょく文化ぶんかでもある）のいくつかができた場所ばしょだという。しかも、近年きんねんは、最先端さいせんたんのコーヒー文化ぶんかが爆発ばくはつ的てきに広ひろまっている。そんな土地とち柄がらにいる常連じょうれん客きゃくをもってしても、この論争ろんそうは一筋縄ひとすじなわにはいきそうもない。

冒頭ぼうとうのグランド・カフェは、1650年ねんにできたコーヒーハウスの跡地あとちにある。この店みせのオーナー、ハム・ラズ（51）は最近さいきんのある朝あさ、こんな皮肉ひにくな現象げんしょうが起おきていると語かたった。「観光かんこう客きゃくはよく（訳注やくちゅう＝ティーバッグではなく）茶ちゃ葉はでいれるリーフティーを注文ちゅうもんし、店みせのサンドイッチやスコーン、ケーキを食たべる。一方いっぽうの英国えいこく人じん客きゃくは、だいたいはコーヒーを頼たのむ」

ラズが30年ねん前まえにオックスフォードに初はじめて来きたときは、「英国えいこく人じんはあまり（訳注やくちゅう＝コーヒーを飲のむような）リスクを冒おかそうとはしなかった」。それが、「今いまはだれもが『コーヒー』。人間にんげんの好このみって、変かわるもんだ」。

最近さいきんのコーヒーブームは、1990年代ねんだいの終おわりから2000年代ねんだいの初はじめごろに端はしを発はっしているようだ。英えいコスタコーヒーやスターバックスなどの米国べいこくの大手おおてコーヒーチェーンが、この国くにでエスプレッソブームに火ひを付つけた時期じきだ。

英国えいこく人じんが自分じぶんの財布さいふを開ひらいて習慣しゅうかんとして飲のむもので、勢いきおいがあるのはどれか。その動うごきを探さぐるには、オックスフォードの新あたらしいコーヒーハウスを見みた方ほうがよいのかもしれない。その常連じょうれん客きゃくは、高級こうきゅうかつ卓越たくえつした職人しょくにん技わざを駆使くししたコーヒーを求もとめており、店みせ側がわはこれに応こたえようとしているからだ。

その一ひとつ、「ミッシング・ビーン（Missing Bean）」カフェでは、この街まち生うまれのトラベルライター、リズ・フレイザー（48）がノートに走はしり書がきをしながら、ダブルショットのコルタード（訳注やくちゅう＝少量しょうりょうの温あたたかいミルクで薄うすめたエスプレッソ）を味あじわっていた。最初さいしょに「まっとうな」コーヒーと出合であったときのことを、今いまも鮮明せんめいに覚おぼえている。

「1998年ねんに英国えいこくで飲のんだ初はじめてのカプチーノ。長女ちょうじょを産うんで、すぐのことだった」とフレイザー。「まるで、異国いこくに足あしを踏ふみ入いれたような気きがした」。それまでは、インスタントコーヒーしか知しらなかった。

今いまも、英国えいこくの世帯せたいの80％は家庭かていでの消費しょうひ用ようにインスタントコーヒーを買かっている。とくに、65歳さい以上いじょうにその傾向けいこうが強つよい（英えいコーヒー協会きょうかい調しらべ）。もっとも、ひいたコーヒー豆まめとポッドコーヒー（訳注やくちゅう＝ドリップ式しきの機械きかいで手軽てがるに本格ほんかく的てきな味あじを楽たのしめる）の人気にんきも高たかまっており、とくに若わかい世代せだいの間あいだではやっている。英国えいこくでは、毎日まいにち9800万まん杯はいのコーヒーが飲のまれているとされる（訳注やくちゅう＝英国えいこくの人口じんこうは6700万まん超ちょう）。

ミッシング・ビーンでは、温あたたかいコーヒーを2009年ねん（訳注やくちゅう＝開店かいてんした年とし）から出だしている。以来いらい、本格ほんかく的てきなコーヒー文化ぶんかが、街角まちかどのいたるところにあるチェーン店てんに代かわるものとして大人気おとなげとなった、と設立せつりつ者しゃの一人ひとり、オリ・ハルプは話はなす。

「開店かいてん当時とうじは、『いいコーヒー』を出だすのはうちだけだったと胸むねを張はっていえる。それが、今いまは素晴すばらしいコーヒーを出だす店みせが市内しないに10カ所かしょはある。これだけ選択肢せんたくしが増ふえたというのは、すごいことだと思おもう」

この間あいだ、ミッシング・ビーンはカフェを5店てんにまで増ふやし（一部いちぶは市外しがいにある）、さらにコーヒー豆まめの焙あぶ煎せんじ（ばいせん）所しょが1軒けん、ベーカリーが1店てんあり、全ぜん英えいに発送はっそうするオンラインショップも構かまえた。カフェのカウンターに立たつバリスタたちは、一いち杯はいごとに時間じかんをかけて丁寧ていねいに仕立したてる。カフェラテの仕上しあげには、泡立あわだてたミルクで繊細せんさいな模様もようを描えがく。

「家庭かていではできないことで、魔法まほうをかけるみたいに見みえる」とハルプ。「ほとんどの家庭かていには、エスプレッソを入いれる機械きかいなんてないし、グラインダーなどの機器ききもない」

そのハルプも、国民こくみん的てきな感覚かんかくとして紅茶こうちゃが大おおきく立たちはだかっていることを認みとめざるをえない。「今いまもまだ、コーヒーよりも紅茶こうちゃを飲のむ人ひとが多おおいと思おもう。ただ、両者りょうしゃの飲のまれ方かたが違ちがうんだ。外そとで飲のむコーヒーと比くらべて、家庭かていでの紅茶こうちゃはただみたいなものだから」

英国えいこくのコーヒー文化ぶんかが、ついにトップの座ざから紅茶こうちゃを押おしのけてしまったという最近さいきんの報告ほうこくを疑うたがう人ひとは多おおく、ハルプはその一人ひとりにすぎない。

2023年ねん8月がつに出だされたスタティスタ（訳注やくちゅう＝世界中せかいじゅうの統計とうけい調査ちょうさデータや消費しょうひ動向どうこうを提供ていきょうする大手おおてプラットフォーム）の英国えいこくでの調査ちょうさ結果けっかは、対象たいしょう者しゃこそ2400人にんと少すくなかったが、「定期ていき的てきに飲のむもの」については63％が「コーヒー」と回答かいとうした。紅茶こうちゃは59％だった。

すぐに、紅茶こうちゃ業界ぎょうかい側がわが反応はんのうした。「U.K.Tea & Infusions Association（英えい紅茶こうちゃ類るい協会きょうかい）」のCEOシャロン・ホールは声明せいめいを出だし、英国えいこく人じんは毎日まいにち1億おく杯はいの紅茶こうちゃを飲のんでおり、コーヒーの推定すいてい数すうより200万まん杯はい多おおいと反論はんろんした。

コーヒーに有利ゆうりな状況じょうきょう証拠しょうこもある。2022年ねん8月がつから2023年ねん8月がつまでを見みると、英国えいこく人じんはスーパーなどで、パック数すうにして紅茶こうちゃの2倍ばい近ちかくもコーヒーを買かっている（ロンドンに本社ほんしゃがある市場いちば調査ちょうさ・コンサルティング会社かいしゃカンター・グループによる）。

もっとも、これには議論ぎろんの余地よちがある。ティーバッグ200個こ入いりのパックは、ひいてあるコーヒーが200グラム入はいったパック（通常つうじょうは30杯はい分ぶんに相当そうとう）よりはるかに長持ながもちするからだ。

では、消費しょうひ額がくを基準きじゅんにするとどうなのか。英国えいこくのスーパーでは、紅茶こうちゃの2倍ばい以上いじょうの額がくのコーヒーが購入こうにゅうされている。ただし、通常つうじょうはコーヒーの方ほうが紅茶こうちゃより高たかいということも考慮こうりょせねばならない。

英国えいこくで愛飲あいいんされるホットドリンクはどれなのかを正確せいかくにたどることは、常つねに難むずかしかったとジェーン・ペティグリューは語かたる。英えいティー・アカデミー（訳注やくちゅう＝ティーソムリエの資格しかく付与ふよなどをする機関きかん）の設立せつりつ者しゃの一人ひとりで、教育きょういく部門ぶもんの責任せきにん者しゃでもある。

その上うえで、紅茶こうちゃは350年ねん以上いじょうにもわたってこの国くにの文化ぶんかの一部いちぶとなっており、社会しゃかい生活せいかつや法ほうなど多おおくの分野ぶんやに影響えいきょうを与あたえてきたと解説かいせつし、それが近ちかい将来しょうらいに失うしなわれてしまうことは想像そうぞうもつかないと首くびを振ふる。

20世紀せいき半なかばにティーバッグが大量たいりょう生産せいさんされるようになると、「紅茶こうちゃを飲のむロマンチックな雰囲気ふんいきが失うしなわれ、自分じぶんが買かって入いれる紅茶こうちゃとのつながりが絶たたれてしまった」とペティグリューは嘆なげく。

一方いっぽうで、高こう品質ひんしつのリーフティーは、時代じだいの課題かだいにも直面ちょくめんしている、と続つづける。これは品質ひんしつの高たかいコーヒーも同おなじで、生産せいさん倫理りんり（訳注やくちゅう＝児童じどう労働ろうどう・奴隷どれい労働ろうどうなどと無縁むえんであること）や環境かんきょうに負荷ふかをかけない製品せいひんの調達ちょうたつを重視じゅうしする店みせが、英国えいこくのあちこちに出現しゅつげんするようになった。

「『紅茶こうちゃってつまんない』といった類るいいの話はなしをよく聞きく。でも、家庭かていでは今いまもすごくよく飲のまれている」とペティグリュー。「もう何なん年ねんも、『コーヒーの方ほうが本当ほんとうに面白おもしろいし、より多おおく飲のまれるようになった』ということを聞きくけれど、とても同意どういはできない」

「焙あぶ煎せんじ（ばいせん）したてのコーヒーと最さい高級こうきゅうの紅茶こうちゃをお届とどけする、オックスフォードで最もっとも古ふるい店みせ」とうたう販売はんばい店てん「カーデューズ・オブ・オックスフォード（Cardews of Oxford）」では、コーヒーを買かう客きゃくが増ふえていることを店みせ側がわも認みとめる。

しかし、観光かんこう客きゃくとなると「典型てんけい的てきな英国えいこくのもの」を求もとめることが多おおい。

「よく尋たずねられるのが、『最もっともこの国くにらしい英国えいこくの紅茶こうちゃがほしい』」。そんなとき、カウンターにいた店員てんいんのアイザック・ロイド（18）は、優やさしくこう答こたえることにしている。「残念ざんねんながらここにある紅茶こうちゃはどれも英国えいこくで栽培さいばいされたものではありません。でも、英国えいこくでブレンドしたものならあります」

ロイドは、客きゃくが紅茶こうちゃとコーヒーのどちらを買かうか、当あててみるのが好すきだ。だいたいは、世代せだいで分わかれる傾向けいこうにある。

しかし、同僚どうりょうのチャーリー・ジョーダン（28）が、「驚おどろかされることもしばしばある」と口くちをはさんだ。「紅茶こうちゃを入いれるという儀式ぎしきを心しんから楽たのしむ人ひとは、かなりいるようだ。それも、年齢ねんれいを問とわずに」

すると、ロイドはニンマリしながら相あいづちを打うった。「儀式ぎしきというか、ほとんどの人ひとは朝あさ、なるべく早はやく目めを覚さまさせてくれるものが好すきなだけみたいだよね」（抄しょう訳やく）

（Megan Specia）©2023 The New York Times

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