杉原すぎはら千せん畝うねを描えがいた映画えいが監督かんとくが問とう「見みざる、聞きかざる…日本にっぽんには4匹ひき目めのサルがいる」

――まもなく戦後せんご80年ねんが経たちますが、ナチス関連かんれんの映画えいがが毎年まいとしのように公開こうかいされています。なぜでしょう。

第だい2次じ世界せかい大戦たいせんの「ナチス」対たい「連合れんごう国こく」という構図こうずは、最初さいしょで最後さいごの、明あきらかな「悪あく」と「善ぜん」があった戦争せんそうだったと思おもいます。数すう年間ねんかんで600万まん人にんともいわれる人々ひとびとが殺害さつがいされたホロコーストは、人類じんるいの歴史れきしでほかにない規模きぼの悲惨ひさんなできごとです。

映画えいがというエンターテインメントをつくる上じょうで、善ぜんと悪あくをしっかり描えがき分わけられる。ホロコーストをテーマにした映画えいががたくさんつくられてきた、理由りゆうの一ひとつだと思おもいます。

――ハリウッドをはじめ、エンターテイメント関係かんけい者しゃにユダヤ系けいのルーツを持もつ人ひとが多おおいから、という人ひともいます。

ホロコーストやナチスを扱あつかった映画えいがが毎年まいとしのように公開こうかいされるのは、ハリウッドの映画えいが関係かんけい者しゃにユダヤ系けいが多おおいから、という人ひともいますが、ユダヤ人じんがハリウッドをコントロールしているなんていうのは、明あきらかにい過いすぎです。

自みずからもユダヤ系けいで、「シンドラーのリスト」（1993年ねん）で知しられるスティーブン・スピルバーグ監督かんとくだって、ホロコーストの映画えいがばかり撮とっているわけではありません。スピルバーグ監督かんとくが杉原すぎはら千畝ちうねの話はなしを調しらべていたという話はなしを聞きいたことがありますが、なぜつくらなかったかというと、「自分じぶんのホロコースト映画えいがはもうつくったから、一本いっぽんで十分じゅうぶんだ」と。

ハリウッドにとって、良よい映画えいがをつくることが当然とうぜん、一番いちばん。エンターテインメントとしておもしろくなければ、誰だれも観みてくれないですし、誰だれも観みてくれない映画えいがをつくってもしかたがない。そこはシビアな世界せかいです。

もちろん善悪ぜんあくがはっきりしていてつくりやすいから、というだけではないし、映画えいがをつくる以上いじょう、何なんらかのメッセージ性せいや、時ときに政治せいじ性せいをはらむこともあります。

――ナチスの犯罪はんざいを裁さばく努力どりょくが続つづけられてきましたが、容疑ようぎ者しゃの高齢こうれい化かも進すすみ、いよいよ最後さいごのときが近ちかづいています。関連かんれんする映画えいがはどうなるでしょう。

80年ねん経たった今いまも新あたらしい作品さくひんが生うみ出だされている背景はいけいには、これまで口くちにできなかったけれど、年としをとって、やっぱり伝つたえておきたいと、ホロコーストの経験けいけん者しゃらが語かたり始はじめたことも大おおきいでしょう。孫まごの世代せだいが、「自分じぶんの親おやは恥はずかしがって何なにも言いわなかったけど、実じつは祖父そふの／祖母そぼのこんな話ばなしがあるんだ」と明あかすこともある。

年月としつきが経たったからこそ出でてきた新あらたな証言しょうげんから、まさに「事実じじつは小説しょうせつより奇きなり」というような話はなしが、未いまだに明あきらかになっている。タイミング的てきに、そういう時代じだいなのだと感かんじます。

ましてポーランドなど東欧とうおうの国々くにぐには、冷戦れいせんが終おわって自由じゆうに語かたれるようになってから、まだ30年ねんしか経たっていません。ホロコーストで600万まん人にんが殺害さつがいされ、同時どうじに、何なん百ひゃく万まん人にんもが生いき延のびました。生還せいかんした人々ひとびとの経験けいけんが、後ごの世代せだいに語かたられる。ホロコーストを扱あつかう映画えいがは、これからもつくられ続つづけると思おもいます。

――グラック監督かんとくは日本にっぽんで生うまれ育そだち、日本にっぽんの映画えいが業界ぎょうかいにも精通せいつうされています。日本にっぽんにおける過去かこの描えがき方かたについて、欧米おうべいと比くらべて感かんじることはありますか。

日本にっぽんの、特とくに戦争せんそうの歴史れきしに焦点しょうてんを当あてた映画えいがは、限かぎられていますね。日本にっぽん社会しゃかいには、「言いっても仕方しかたがないことは話はなさなくていい」「過去かこは語かたらなくていい、忘わすれてしまおう」という風潮ふうちょうがありませんか。

「見みざる、聞きかざる、言いわざる」というけれど、「知しらざる」という4匹ひき目めのサルがいるように思おもいます。

小学しょうがく4年生ねんせいまで通かよった日本にっぽんの学校がっこうで、歴史れきしの教科書きょうかしょを一人ひとりずつ暗唱あんしょうさせられたのを覚おぼえています。いつどこで何なにがあったかは覚おぼえたのだけど、なぜそんなことが起おきたのか、どうすれば起おきなかっただろうか、と考かんがえることはなかった。昭和しょうわ40年代ねんだいの話はなしですから、もちろん、今いまは変かわっていると思おもいますが。過去かこは忘わすれてしまおう、知しらないことは知しらないままでいいだろう、というのにつながっていると思おもいます。

――「見みざる、聞きかざる、言いわざる、『知しらざる』」･･･興味深きょうみぶかいです。

僕ぼくが脚本きゃくほんとアメリカ側がわの監督かんとくを務つとめた映画えいが「太平洋たいへいようの奇跡きせき　フォックスと呼よばれた男おとこ」（2011年ねん）は、第だい2次じ世界せかい大戦たいせん中ちゅうにサイパンで戦たたかったドン・ジョーンズさんという元もと米兵べいへいが、敵てきだった元もと日本にっぽん軍ぐんの大場おおば栄さかえさんを描えがいた小説しょうせつ「Oba, the Last Samurai: Saipan 1944-45」が原作げんさくです。

戦後せんご、ジョーンズさんが来日らいにちし、大場おおばさんについて本ほんに書かきたいと本人ほんにんに求もとめると、「終おわったことなんだから」と当初とうしょ、断ことわられたそうです。それを、「あんなひどい戦争せんそうの中なかで、あなたのような素晴すばらしい人物じんぶつがいたということを、今いまの日本にっぽんの若者わかものに伝つたえないといけない」と、ジョーンズさんが説得せっとくして、記録きろくが残のこされたのです。

――たしかに、「語かたらぬ美学びがく」のようなものがあるようにも感かんじます。映画えいが「杉原すぎはら千畝ちうね　スギハラチウネ」には、日系にっけいアメリカ人じん兵士へいしが登場とうじょうするシーンがありました。

映画えいがの終盤しゅうばん、祖国そこくの兵士へいしとしてヨーロッパの前線ぜんせんで戦たたかった日系にっけいアメリカ人じん兵士へいしが登場とうじょうします。ほんの短みじかいけれど、思おもい入いれのあるシーンです。

僕ぼくの母ははは、日本人にっぽんじんの両親りょうしんのもとアメリカで生うまれ育そだった日系にっけい2世せいで、第だい2次じ世界せかい大戦たいせん中ちゅうに日系にっけい人じん収容しゅうよう所しょに入いれられた経験けいけんをしています。9人にんきょうだいで、中なかには収容しゅうよう所しょから志願しがんして米兵べいへいとしてヨーロッパの前線ぜんせんで戦たたかった兄弟きょうだいもいる。ナチスの絶滅ぜつめつ収容しゅうよう所しょとはまったく別べつの話はなしだけれど、やっぱり自分じぶんの国くにに敵てき扱あつかいされて、強制きょうせい的てきに収容しゅうよう所しょに入いれられた人ひとたち。こうした歴史れきしも知しってほしい。

――「知しらざる」ではなく、むしろ積極せっきょく的てきに知しっていこう、伝つたえていこう、と。

わざと隠かくそうというよりも、過去かこのことを掘ほり返かえす必要ひつようはない、つらい記憶きおく、負まけてしまった戦争せんそうなのだから、もういいじゃないか、忘わすれてしまおう･･････。そんなマインドが日本にっぽんにはあるように感かんじますが、それはやめようと言いいたいですね。

哲学てつがく者しゃジョージ・サンタヤーナの言葉ことばを借かりれば、「過去かこを忘わすれる者ものは、過去かこを繰くり返かえす運命うんめいにある」のですから。