(Translated by https://www.hiragana.jp/)
ラショーン・メリット - Wikipedia

ラショーン・メリット

2024ねん6がつ4にち (火) 13:48; Jogungagon (会話かいわ | 投稿とうこう記録きろく) によるはん日時にちじ個人こじん設定せってい設定せっていならUTC

(差分さぶん) ふるはん | 最新さいしんばん (差分さぶん) | あたらしいはん → (差分さぶん)

ラショーン・メリット(LaShawn Merritt, 1986ねん6月27にち - )は、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく陸上りくじょう競技きょうぎ選手せんしゅおもに400mを得意とくいとしている。メリットは2007ねんおこなわれた世界せかい陸上りくじょう4×400mリレーきむメダリストであり、どう大会たいかい400mでは、ジェレミー・ウォリナーアメリカ)にいでぎんメダルを獲得かくとくした。北京ぺきんオリンピックの400mではウォリナーをくだし、きんメダルを獲得かくとくした。

ラショーン・メリット Portal:陸上競技
選手せんしゅ情報じょうほう
フルネーム ラショーン・メリット
国籍こくせき アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく
種目しゅもく 短距離たんきょりはし
大学だいがく ひがしカロライナ大学だいがく
生年月日せいねんがっぴ (1986-06-27) 1986ねん6月27にち(38さい
生誕せいたん バージニアしゅうポーツマス
身長しんちょう 188cm
体重たいじゅう 84kg
プロ転向てんこう 2005ねん2がつ
コーチ担当たんとうしゃ ドゥエイン・ミラー
自己じこベスト
100m 10びょう56(2007ねん
200m 19びょう74(2016ねん
400m 43びょう65(2015ねん
獲得かくとくメダル
陸上りくじょう競技きょうぎ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく
オリンピック
きむ 2008 北京ぺきん 400m
きむ 2008 北京ぺきん 4x400mリレー
どう 2016 リオデジャネイロ 400m
きむ 2016 リオデジャネイロ 4x400mリレー
世界せかい陸上りくじょう選手権せんしゅけん
ぎん 2007 大阪おおさか 400m
きむ 2007 大阪おおさか 4x400mリレー
きむ 2009 ベルリン 400m
きむ 2009 ベルリン 4x400mリレー
ぎん 2011 大邱たいきゅう 400m
きむ 2011 大邱たいきゅう 4x400mリレー
きむ 2013 モスクワ 400m
きむ 2013 モスクワ 4x400mリレー
ぎん 2015 北京ぺきん 400m
きむ 2015 北京ぺきん 4x400mリレー
編集へんしゅう テンプレートのヘルプを表示する
2011ねん世界せかい陸上りくじょうのメリット(一番いちばんみぎ

来歴らいれき

編集へんしゅう

おさなころからあに影響えいきょうけてそだつ。5さいから野球やきゅうはじめ、アメリカンフットボールでも自慢じまん俊足しゅんそくかしていたほか、トランペットが抜群ばつぐん上手うまかったあに影響えいきょう中学ちゅうがく時代じだい吹奏楽すいそうがく所属しょぞく。トランペットやホルンを演奏えんそうし、自身じしん作曲さっきょくしたきょく吹奏楽すいそうがく提供ていきょうしていた。

メリットが13さいの1999ねん11月、あに事故じこまれ19さい死去しきょ大学だいがくりょうまどから何者なにものかにとされたという)。ショックからあに影響えいきょうはじめたスポーツはやめてしまうが、陸上りくじょうをしていたいもうとすすめで陸上りくじょうはじめることとなった。

15さいとき陸上りくじょう本格ほんかくてきはじめ、翌年よくねんしゅう大会たいかいでは400m優勝ゆうしょう、100mと200mで2という成績せいせきのこした。同年どうねんウッドロウ・ウィルソン高校こうこう陸上りくじょうのアシスタントコーチをつとめていたドゥエイン・ミラーと出会であって本格ほんかくてき練習れんしゅう開始かいしはじめてったさいにドゥエイン・ミラーは「一緒いっしょにオリンピックにこう!」とい、当時とうじ10代だったメリットは大笑おおわらいしたという。ひがしカロライナ大学だいがく在籍ざいせきの2005ねん2がつにプロへ転向てんこうしたときは、契約けいやくするナイキから指定していされたプロコーチのしたでトレーニングをしていたが、そのコーチはまだからだ出来上できあがってないメリットにのプロ選手せんしゅおなじトレーニングを強制きょうせいさせたためにうまくいかず、2005ねんのオフに故郷こきょうもどったメリットはドゥエイン・ミラーにコーチを依頼いらいした。

2004ねんにインターハイの400m、全米ぜんべいジュニア選手権せんしゅけんの200mと400mをせいし、世界せかいジュニア代表だいひょう選出せんしゅつされた。7月の世界せかいジュニアでは400m、4×100mリレー、4×400mリレーで優勝ゆうしょうし、3つのきんメダルを獲得かくとく。そのらしめる。しかも、400mは当年とうねんジュニア世界せかいランク1、リレーはともにジュニア世界せかいしんであった。本来ほんらいはロングスプリンターのかれだが、このとしは200mでも20びょう72の記録きろく当年とうねん全米ぜんべいジュニアランク4)をしていて、4×100mリレーのアンカーにも起用きようされた。

2005ねん室内しつない史上しじょう2にんの44びょうだいした。しかし、屋外おくがい全米ぜんべい選手権せんしゅけんでは400m4だったため、個人こじんでは世界せかい陸上りくじょう代表だいひょうになれなかったが、本戦ほんせんのリレーでは予選よせんの3はしつとめた。2006ねんワールドカップ優勝ゆうしょう。ジェレミー・ウォリナーが無敵むてきほこっている状態じょうたいのため、2番手ばんてかたちだった。

上述じょうじゅつとおり、メリットは400mを得意とくいとしているが、それだけではなく、200mでも19びょう98というこう記録きろくっている。200mの19びょうだい、400mの43びょうだいという記録きろくは、短距離たんきょりはしの「大台おおだい」とわれているが、これら2種目しゅもくでこの記録きろく達成たっせいしたのは、マイケル・ジョンソン(200m:19びょう32、400m:43びょう18)以来いらいで、史上しじょう2にん快挙かいきょとなった。

2008ねん北京ぺきんオリンピックと2009ねんベルリン世界せかい陸上りくじょうで400mと4×400mリレーできんメダルを獲得かくとくしたが、2010ねんドーピング検査けんさ禁止きんし薬物やくぶつテストステロン陽性ようせい反応はんのうしめし、暫定ざんていてき出場しゅつじょう停止ていし処分しょぶんれた[1]出場しゅつじょう停止ていしとなれば通常つうじょう2年間ねんかんであるが、のちに21ヶ月かげつらされ、2011ねん世界せかい選手権せんしゅけん出場しゅつじょうすること可能かのうとなった。2011ねん7がつ29にちダイアモンドリーグだい11せん復帰ふっき。2011ねんテグ世界せかい陸上りくじょうで400mでぎん、4×400mリレーできんメダルを獲得かくとくした。しかし、ロンドンオリンピック400mでは途中とちゅう脹脛ふくらはぎいたみをうったえ、途中とちゅう棄権きけんした。2015ねん北京ぺきん世界せかい陸上りくじょうではぎんメダルにわった。

自己じこ記録きろく

編集へんしゅう
  • 100m 10びょう56 (2007ねん3がつ31にち
  • 200m 19びょう74 (2016ねん7がつ8にち
  • 300m 31びょう23 (2016ねん6がつ11にち世界せかい歴代れきだい4
  • 400m 43びょう65 (2015ねん8がつ26にち世界せかい歴代れきだい9

おも実績じっせき

編集へんしゅう
とし 大会たいかい 場所ばしょ 種目しゅもく 結果けっか 記録きろく 備考びこう
2004 世界せかいジュニア陸上りくじょう選手権せんしゅけん グロッセートイタリア 400m 1 45びょう25
4×100mリレー 1 38びょう66 4はし、ジュニア世界せかい記録きろく
4×400mリレー 1 3ふん01びょう09 2はし、ジュニア世界せかい記録きろく
2005 世界せかい陸上りくじょう選手権せんしゅけん ヘルシンキフィンランド 4×400mリレー 予選よせん 3ふん00びょう48 3はし、2くみ1ちゃく決勝けっしょう進出しんしゅつ[2]
2006 世界せかい室内しつない陸上りくじょう選手権せんしゅけん モスクワロシア 400m 予選よせん 記録きろくなし 失格しっかく
4×400mリレー 1 3ふん03びょう24 2はし
IAAFワールドアスレチックファイナル シュトゥットガルトドイツ 400m 3 44びょう14 自己じこ記録きろく
IAAF陸上りくじょうワールドカップ アテネギリシャ 400m 1 44びょう54
4×400mリレー 1 3ふん00びょう11 3はし
2007 世界せかい陸上りくじょう選手権せんしゅけん 大阪おおさか日本にっぽん 400m 2 43びょう96 自己じこ記録きろく
4×400mリレー 1 2ふん55びょう56 1はし
IAAFワールドアスレチックファイナル シュトゥットガルトドイツ 400m 1 44びょう58
2008 オリンピック 北京ぺきん中国ちゅうごく 400m 1 43びょう75 自己じこ記録きろく
4×400mリレー 1 2ふん55びょう39 1はし大会たいかい記録きろく
IAAFワールドアスレチックファイナル シュトゥットガルトドイツ 400m 1 44びょう50
2009 世界せかい陸上りくじょう選手権せんしゅけん ベルリンドイツ 400m 1 44びょう06
4×400mリレー 1 2ふん57びょう86 4はし
IAAFワールドアスレチックファイナル テッサロニキギリシャ 400m 1 44びょう93
2011 世界せかい陸上りくじょう選手権せんしゅけん 大邱たいきゅう韓国かんこく 400m 2 44びょう63
4×400mリレー 1 2ふん59びょう31 4はし
2012 オリンピック ロンドンイギリス 400m DNF 記録きろくなし
2013 世界せかい陸上りくじょう選手権せんしゅけん モスクワロシア 400m 1 43びょう74
4×400mリレー 1 2ふん58びょう71 4はし
2014 世界せかいリレー ナッソーバハマ 4×400mリレー 1 2ふん57びょう25 4はし大会たいかい記録きろく
IAAFコンチネンタルカップ マラケシュモロッコ 400m 1 44びょう60
4×400mリレー 3 3ふん02びょう78 4はしアメリカ大陸あめりかたいりく代表だいひょう
2015 世界せかいリレー ナッソーバハマ 4×400mリレー 1 2ふん58びょう43 4はし
世界せかい陸上りくじょう選手権せんしゅけん 北京ぺきん中国ちゅうごく 400m 2 43びょう65
4×400mリレー 1 2ふん57びょう82 4はし
2016 オリンピック リオデジャネイロブラジル 200m 6 20びょう19
400m 3 43びょう85
4×400mリレー 1 2ふん57びょう30 4はし
2017 世界せかいリレー ナッソーバハマ 4×400mリレー 1 3ふん2びょう13 4はし
世界せかい陸上りくじょう選手権せんしゅけん ロンドンイギリス 400m 7sf 45びょう52

参考さんこう

編集へんしゅう

脚注きゃくちゅう

編集へんしゅう
  1. ^ 陸上りくじょうメリットが薬物やくぶつ違反いはん 北京ぺきん五輪ごりん男子だんし400でかね
  2. ^ 決勝けっしょう出場しゅつじょう決勝けっしょうのアメリカは2ふん56びょう91で1

外部がいぶリンク

編集へんしゅう