乳鉢にゅうばち

乳鉢にゅうばち（にゅうばち、英えい: mortar）は、固体こたいを粉砕ふんさいまたは混和こんわするために使用しようする鉢はちである。乳棒にゅうぼう（にゅうぼう、英えい: pestle）と共ともに使用しようされる。

世界せかい各地かくちで古代こだいから使つかわれており、食品しょくひんの加工かこうや調剤ちょうざい・実験じっけん器具きぐとして用もちいられる。

語源ごげん

英語えいごのmortar、ドイツ語ごのMörser、フランス語ふらんすごのmortierなどの語源ごげんはラテン語らてんごのmortariumである^[1]。日本語にほんごでの「乳鉢にゅうばち」という用語ようごの使用しようは、ヘンリー・エンフィールド・ロスコーの著作ちょさく^[2]などを基もとに、1874年ねん（明治めいじ7年ねん）に翻訳ほんやく刊行かんこうされた『小學しょうがく化學かがく書しょ』^[3]にまで遡さかのぼれることが知しられており、それ以前いぜんは「薬局やっきょくの臼うす」「石臼いしうす」といった臼うすに関連かんれんした訳語やくごや用語ようごが用もちいられていた^[1]。この「臼うす」から「鉢はち」への変遷へんせんは、様々さまざまな形状けいじょうや材質ざいしつによる乳鉢にゅうばちが導入どうにゅうされ、粉砕ふんさいする器具きぐとしてだけでなく、混和こんわする器具きぐとしての使用しよう法ほうも認識にんしきされていったからではないかと考察こうさつされている。一方いっぽう、「乳ちち」の由来ゆらいについては俗説ぞくせつとして女性じょせいの乳房ちぶさに似にている、乳香にゅうこうを加工かこうするための器具きぐなどが理由りゆうとして伝つたえられているが、証拠しょうことなる資料しりょうは報告ほうこくされていない^[1]。五位野ごいの政彦まさひこは中国ちゅうごく古典こてん籍せきに現あらわれる「乳鉢にゅうばち」の用法ようほうから、「乳ちち」はその形状けいじょうから来きたものではなく、固かたいものを柔やわらかくすることに由来ゆらいすると仮定かていした考察こうさつを行おこなっており^[4]、また乳棒にゅうぼうにつては、乳鉢にゅうばちとともに使つかう棒ぼうとして「乳鉢にゅうばち」にちなんで名付なづけられたとする仮説かせつを提起ていきしている^[1]。

実験じっけん器具きぐとしての乳鉢にゅうばち

化学かがく実験じっけんなどで試薬しやくを粉砕ふんさいするなど比較的ひかくてき硬度こうどが低ひくい試料しりょうを調整ちょうせいする場合ばあいには、磁製せい、ガラス製せいの乳鉢にゅうばちと乳棒にゅうぼうが使用しようされる。これら磁製、ガラス製せいの乳鉢にゅうばちと乳棒にゅうぼうは粉砕ふんさいに使用しようされる面めんは粗あら面めんに仕上しあげられており、乳棒にゅうぼうで試料しりょうを圧搾あっさく粉砕ふんさいするのに（いわゆる「こじる」ように）回転かいてんを加くわえるので試料しりょうが逃にげ難がたいようになっている。一方いっぽう、鉱物こうぶつなど硬かたい試料しりょうを粉砕ふんさいする際さいにはステンレス、メノウまたはアランダム製せいの乳鉢にゅうばちが使用しようされるが、これらの乳鉢にゅうばち・乳棒にゅうぼうの面めんは平滑へいかつに加工かこうされており、主おもに試料しりょうを打うち付つけることで粉砕ふんさいするので深ふか鉢はちになっているものも多おおい。混合こんごうを目的もくてきとして乳鉢にゅうばちを用もちいる場合ばあい、乳鉢にゅうばちを手てに持もち、乳棒にゅうぼうではなく乳鉢にゅうばちを動うごかして擂すると、よく混まざる^[5]。

擂す潰つぶせ機き

食品しょくひん加工かこうなどに用もちいられる擂す潰つぶせ機き（らいかいき）は乳鉢にゅうばちの原理げんりを応用おうようした機械きかいで摩ま砕と圧縮あっしゅくによって粉砕ふんさいや混こん練ねりを行おこなう^[6]。臼うすに1 - 3本ほんの鉢はち棒ぼう（杵きね）を上部じょうぶから差さし込こみ鉢はち面めんとの摩擦まさつで原料げんりょうを噛かみ込こみすりつぶす^[7]。

脚注きゃくちゅう

^ ^a ^b ^c ^d 五位野ごいの政彦まさひこ「『小學しょうがく化學かがく書しょ』(明治めいじ7年ねん)に見みられる「乳鉢にゅうばち」の語かたりとその背景はいけい」『薬くすり史学しがく雑誌ざっし』第だい47巻かん第だい1号ごう、2012年ねん、90-93頁ぺーじ。
^ Henry Roscoe (1872), Chemistry, London: Macmillan, OCLC 458197349 D. Appleton and Company, New York, NYが出版しゅっぱんした1876年版ねんばん[1]
^ ロスコウ撰せん、市川いちかわ盛もり三郎さぶろう訳やく、保田やすだ東ひがし潜せん校こう『小学しょうがく化学かがく書しょ』巻まき1-2、文部省もんぶしょう、1874年ねん。
^ 五位野ごいの政彦まさひこ「「乳鉢にゅうばち」の語源ごげんを示唆しさする中国ちゅうごく古典こてん籍せき」『日本にっぽん薬やく学会がっかい第だい133年ねん会かい』議事ぎじ録ろく、2013年ねん3月がつ30日にち。
^ 日本薬剤師会にほんやくざいしかい『調剤ちょうざい指針ししん』（第だい12改訂かいてい増補ぞうほ版ばん）薬事日報社やくじにっぽうしゃ、2008年ねん、118頁ぺーじ。ISBN 978-4-8408-1051-7。
^ 赤尾あかお, 林はやし & 安口はだかす 1988, p. 36.
^ 赤尾あかお, 林はやし & 安口はだかす 1988, p. 37.

参考さんこう文献ぶんけん

赤尾あかお剛つよし; 林はやし弘通ひろみち; 安口はだかす正之まさゆき『固体こたい・粉こな体たい処理しょり』光琳こうりん〈食品しょくひん工学こうがく基礎きそ講座こうざ, 3〉、1988年ねん。ISBN 4-7712-8815-1。 NCID BN0295004X。