形態けいたい論ろん

形態けいたい論ろん（けいたいろん、英えい: morphology）とは言語げんご学がくにおける概念がいねんの1つで、ヒトの言語げんごの「語かたり（単語たんご）」を構成こうせいする仕組しくみのこと。また、それを研究けんきゅうする同学どうがく門もんの一いち分野ぶんや。

基本きほんとなる概念がいねん

形態素けいたいそ

詳細しょうさいは「形態素けいたいそ」を参照さんしょう

多おおくの語かたりは意味いみを持もつ複数ふくすうの部分ぶぶんから構成こうせいされている。例たとえば「青空あおぞら」は「青あお」と「空そら」の二ふたつの部分ぶぶんで構成こうせいされている。意味いみを持もつ最小さいしょうの構成こうせい要素ようそのことを形態素けいたいそ（けいたいそ、morpheme）という。「あ」や「お」も「あおぞら（青空あおぞら）」の一部いちぶだが、これらは意味いみを持もたないため形態素けいたいそではない。

言語げんご学がくでは、形態素けいたいそと形態素けいたいその境目さかいめはハイフン「-」で示しめす。

語彙ごい素もとと語形ごけい

詳細しょうさいは「語彙ごい素もと」を参照さんしょう

形態けいたい論ろんでは、辞書じしょの見出みだし語ごのような抽象ちゅうしょう的てきな意味いみでの語かたりと実際じっさいに発音はつおんできる具体ぐたい的てきな語かたりの区別くべつが重要じゅうようであり、それぞれ「語彙ごい素もと」、「語形ごけい」と呼よぶ。

例たとえば「食たべろ」と「食たべた」は、それぞれ実際じっさいに発音はつおんできる具体ぐたい的てきな語かたりである。命令めいれいするときに使つかうか、過去かこの出来事できごとを述のべるときに使つかうかという点てんで異ことなるが、どちらも同おなじ種類しゅるいの行為こういを表あらわすことができ、辞書じしょではふつう同おなじ見出みだし語ごとして扱あつかわれている。

このように、文法ぶんぽう的てきな意味いみ機能きのうは異ことなるが、具体ぐたい的てきな意味いみは共有きょうゆうしていると考かんがえられるAとBについて、AとBは同おなじ語彙ごい素もと（ごいそ、lexeme）であり、AとBは同おなじ語彙ごい素もとの二ふたつの語形ごけい（ごけい、word-form）である、という。

語彙ごい素もとは、一ひとつ以上いじょうの語形ごけいの集合しゅうごうであり、それぞれの語形ごけいは語彙ごい素もとに属ぞくする。例たとえば、「食たべる、食たべた、食たべよう、食たべて、食たべろ」などは、それぞれ同おなじ語彙ごい素もとタベルに属ぞくする語形ごけいである。「リンゴ」のように、語形ごけいが一ひとつしかない語彙ごい素もともある。一ひとつの語彙ごい素もとに属ぞくする全すべての語形ごけいをまとめたもののことを、その語彙ごい素もとのパラダイム (paradigm) という。

屈折くっせつと派生はせい

同おなじ語彙ごい素もとに属ぞくする複数ふくすうの語形ごけい同士どうしの関係かんけいを、語形ごけい変化へんか（ごけいへんか）または屈折くっせつ（くっせつ、inflection）という。例たとえば、「食たべる、食たべた、食たべよう、食たべて、食たべろ」などの語形ごけいは、語形ごけい変化へんかの関係かんけいにある。

一方いっぽう、語形ごけい同士どうしではなく、語彙ごい素もと同士どうしが形式けいしきと意味いみを一部いちぶ共有きょうゆうしている場合ばあい、それらは派生はせい（はせい、derivation）の関係かんけいにある、という。例たとえば、英語えいごのinstall「インストールする」とinstaller「インストーラー」は、派生はせいの関係かんけいにある。

なお、実際じっさいに使つかわれて、見みたり聞きいたりすることのできる語かたりのことは、語かたりの具現ぐげん形がた（ぐげんけい、token）という。

接辞せつじと語かたり基もと

詳細しょうさいは「接辞せつじ」を参照さんしょう

形態素けいたいそのうち、文法ぶんぽう的てきな機能きのうを担にない、それ自体じたいでは語かたりとして自立じりつしえないものを接辞せつじ（せつじ、affix）という。例たとえば、日本語にほんごの「食たべる」の「る」、「お花はな」の「お」などは、具体ぐたい的てきな意味いみを持もたず、単体たんたいでは使つかわれないので、接辞せつじである。屈折くっせつに関かかわる接辞せつじは屈折くっせつ接辞せつじ、派生はせいに関かかわるものは派生はせい接辞せつじという。

語かたりの、接辞せつじを除のぞいた部分ぶぶんを語かたり基もと（ごき、base）という。語かたり基もとは具体ぐたい的てきな意味いみを持もつ。それ自体じたいで語かたりとなることもあるが、そうでないこともある。

接辞せつじは語かたり基もとに付つく。屈折くっせつ接辞せつじが付つく語かたり基もとのことを、特とくに語幹ごかん（ごかん、stem）という。例たとえば「お花はな」において、「花はな」は接辞せつじ「お」の付つく語かたり基もとである。また、「食たべる」において、「食たべ」は屈折くっせつ接辞せつじ「る」の付つく語かたり基もとであり、語幹ごかんである。

それ以上いじょう分解ぶんかいできない、一ひとつの形態素けいたいそからなる語かたり基もとを、語根ごこん（ごこん、root）という。「お花はな」の「花はな」はそれ以上いじょう分解ぶんかいできない語かたり基もとなので、語根ごこんである。一方いっぽう、「お花畑はなばたけ」の「花畑はなはた」は、語かたり基もとではあるが、「花はな」と「畑はたけ」に分解ぶんかいできるので、語根ごこんではない。

接辞せつじは、語かたり基もとに対たいする位置いちによって分類ぶんるいされる。例たとえば、「お」は語かたり基もとの前まえに付つくので接頭せっとう辞じ（せっとうじ、prefix）であり、「る」は語かたり基もとの後うしろに付つくので接尾せつび辞じ（せつびじ、suffix）である。その他たに、接せっ中ちゅう辞じ、接せっ周しゅう辞じなどがある。

異い形態けいたい

詳細しょうさいは「異い形態けいたい」を参照さんしょう

一ひとつの形態素けいたいそに複数ふくすうの異ことなる形かたちがあるとき、それらの形かたちはその形態素けいたいその異い形態けいたい（いけいたい、allomorph）である、という。例たとえば日本語にほんごの「書かいた」と「嗅かいだ」の「た」と「だ」は、形かたちは違ちがうが両方りょうほうとも過去かこの意味いみを表あらわすので、それぞれ一ひとつの形態素けいたいそタの異い形態けいたいである。

異い形態けいたい同士どうしがある一ひとつの形態素けいたいそに属ぞくすると見みなされるのは、それらが相補そうほ分布ぶんぷを示しめすからである。

異い形態けいたいは、日本語にほんごの「た」と「だ」のように、音韻おんいん的てきに似にている場合ばあいもあるが、朝鮮ちょうせん語ごの「이」と「가」のように、そうでない場合ばあいもある。音韻おんいん的てきな共通きょうつう点てんの少すくない異い形態けいたいを補充ほじゅう的てきな異い形態けいたいという。

複数ふくすうの異い形態けいたいを持もつ形態素けいたいそが実際じっさいにある文脈ぶんみゃくでどちらの異い形態けいたいを選えらぶかを決きめる条件じょうけんには、音韻おんいん的てき、形態けいたい的てき、語彙ごい的てきの3種類しゅるいがある。

形態けいたい論ろん的てきプロセス

「語かたり形成けいせい」も参照さんしょう

屈折くっせつ・派生はせいの具体ぐたい的てきな手段しゅだんは、形態けいたい論ろん的てきプロセスと呼よばれる^[1]。形態けいたい論ろん的てきプロセスは連結れんけつ的てきであるか非ひ連結れんけつ的てきであるかのいずれかである (後述こうじゅつ)。最もっとも一般いっぱん的てきな方法ほうほうは接辞せつじ化か (affixation) であるが、言語げんごによってはその他ほかにも次じのような手段しゅだんが用もちいられる^[2]。

重複じゅうふく (reduplication)
複ふく合あい (compounding)
語かたり基もと変化へんか
語かたり基もと短縮たんしゅく (clipping)
混成こんせい (blending)
補充ほじゅう (suppletion)
転換てんかん (conversion)
頭字かしらじ語ご (acronym)

非ひ連結れんけつ的てき形態けいたい論ろん

詳細しょうさいは「非ひ連結れんけつ的てき形態けいたい論ろん」を参照さんしょう

接辞せつじ付加ふかや複ふく合あいのように、形態素けいたいそを組くみ合あわせて語かたりを構成こうせいする仕組しくみを、連結れんけつ的てき（れんけつてき、concatenative）な形態けいたい論ろんという。非ひ連結れんけつ的てきな形態けいたい論ろんも存在そんざいするが、連結れんけつ的てきなものにくらべると珍めずらしい。非ひ連結れんけつ的てき形態けいたい論ろんには以下いかのようなものが含ふくまれる。

語かたり基もとの交替こうたい (言語げんご学がく)：形態素けいたいそを付加ふかせずに語かたり基もとの形かたちを変かえる。
- 調音ちょうおん位置いち、調音ちょうおん様式ようしきの変化へんか
- 音おとの長ながさの変化へんか
- 声調せいちょう、強つよ勢いきおいの変化へんか
- 音おと位い転換てんかん
重複じゅうふく：語かたり基もとの一部いちぶあるいは全部ぜんぶを複製ふくせいして語かたり基もとに付加ふかする。
品詞ひんし転換てんかん：語かたり基もとの形かたちは全まったくそのままで品詞ひんしを変かえる。

形態けいたい論ろんのモデル

形態けいたい論ろんには、以下いかのような複数ふくすうのモデルがあるが、それぞれに一長一短いっちょういったんがあり、適宜てきぎ組くみ合あわされて説明せつめいすることが多おおい。

IA モデル

IA（Item and Arrangement）モデルは、語かたりの形式けいしきと意味いみを、それを形成けいせいする形態素けいたいその形式けいしきと意味いみから導みちびこうとするモデルである。このモデルでは、形態素けいたいそというアイテムをアレンジし結合けつごうすることで語かたりの形成けいせいを説明せつめいできると考かんがえる。例たとえば、「あおい」は「あお」＋「-い」から形成けいせいされ、unhappiness は un- + happi- + -ness から形成けいせいされる、という説明せつめいの仕方しかたである。

IA モデルにはいくつかの問題もんだい点てんが指摘してきされている。まず、形態素けいたいその融合ゆうごう（fusion）を説明せつめいすることができない。融合ゆうごうとは、普通ふつうは複数ふくすうの形態素けいたいそとして現あらわれるものが、単一たんいつの形態素けいたいそとなって現あらわれることである。例たとえば、トルコ語ごにおいて、

gel-ir-im（来くる - 現在げんざい - 1人ひとり称しょう単数たんすう）「私わたしは来くる」

で「-ir-」「-im」として現あらわれている形態素けいたいそは、その否定ひてい文ぶんで、

*gel-me-r-im（来くる - 否定ひてい - 現在げんざい - 1人ひとり称しょう単数たんすう）

というようにはならないで、

gel-mem（来くる - 否定ひてい・現在げんざい・1人ひとり称しょう単数たんすう）「私わたしは来こない」

というように、否定ひていの形態素けいたいそ「me」と融合ゆうごうして現あらわれる。IA モデルでは、形態素けいたいそを単純たんじゅんに繋つなげれば語かたりを形成けいせいできると考かんがえるので、このように形態素けいたいそが融合ゆうごうする場合ばあいを説明せつめいできない。また、

see - saw；sing - sang - sung - song

などの変化へんかも、形態素けいたいその結合けつごうによらないので、単純たんじゅんな説明せつめいができない。

IP モデル

IP（Item and Process）モデルは、IA モデルの問題もんだい点てんを克服こくふくするモデルで、形態素けいたいそをプロセスとして捉とらえる。例たとえば、see - saw、sing - sang で、過去かこを表あらわしているのは母音ぼいんの変化へんかであるが、それを捉とらえるために、英語えいごの動詞どうしが過去かこ形がたになるプロセスとして、形態素けいたいそ「-ed」の付加ふかと同時どうじに、「母音ぼいんの変化へんか」というものがあると考かんがえる。

IP モデルも万能ばんのうではないことが指摘してきされている。補充ほじゅう法ほう的てきな語形ごけいを含ふくむ語かたりの場合ばあい、語形ごけいと語形ごけいの間あいだに全まったく類似るいじ点てんが無なく、合理ごうり的てきなプロセスを提示ていじできない場合ばあいがある。例たとえば、go の過去かこ形かたち went は、動詞どうし wend に由来ゆらいする補充ほじゅう形がたで、現在げんざい形がたの go との間あいだに形態けいたい的てきな類似るいじが皆無かいむである。IP モデルでは、この語形ごけい変化へんかを説明せつめいできない。

WP モデル

WP（Word and Paradigm）モデルは、ある語かたりについて、全すべての語形ごけいをパラダイム（範はん列れつ）として列挙れっきょする方法ほうほうである。これによれば、補充ほじゅう形がたも含ふくめて、あらゆる語かたりについてもっとも正確せいかくな記述きじゅつが可能かのうだが、同時どうじにもっとも煩雑はんざつなモデルでもあり、説明せつめいとしてすっきりしない場合ばあいが多おおい。

脚注きゃくちゅう

^ 長屋ながや 2015, p. 60.
^ 長屋ながや 2015, pp. 60–61.

参考さんこう文献ぶんけん

長屋ながや, 尚なお典のり著ちょ「屈折くっせつ・派生はせい」、斎藤さいとう, 純男すみお、田口たぐち, 善久ぜんく、西村にしむら, 義樹よしき編へん『明解めいかい言語げんご学がく辞典じてん』三省堂さんせいどう、2015年ねん、54頁ぺーじ。
長屋ながや, 尚なお典のり著ちょ「形態けいたい論ろん的てきプロセス」、斎藤さいとう, 純男すみお、田口たぐち, 善久ぜんく、西村にしむら, 義樹よしき編へん『明解めいかい言語げんご学がく辞典じてん』三省堂さんせいどう、2015年ねん、60-61頁ぺーじ。