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静電発電機 - Wikipedia

しずかでん発電はつでんもしくは起電きでんえい: electrostatic generatorelectrostatic machine)とは発電はつでん一種いっしゅで、静電気せいでんきもしくはこう電圧でんあつひく電流でんりゅう電気でんき生成せいせいするものである。

透明なプラスチック性の円柱の上に大きな金属球が載せられている。円柱の中には輪になったゴムベルトが見える。金属の支柱の先に付けられた小さめの金属球が大きな金属球の傍らに置かれている。二つの柱が取り付けられている基板には、ゴムベルトを駆動するための小型モーターも設置されている。
教材きょうざいようヴァンデグラフ起電きでん

静電気せいでんき存在そんざい文明ぶんめい黎明れいめいからられていたが、その性質せいしつ説明せつめいする理論りろんすうせんねんにわたって確立かくりつされず、磁気じきとの区別くべつもあいまいであり、好奇心こうきしんをそそる奇妙きみょう現象げんしょうでしかなかった。17世紀せいきまつまでに自然しぜん科学かがく研究けんきゅうしゃは、摩擦まさつによって静電気せいでんきつく実用じつようてき方法ほうほう発見はっけんした。18世紀せいきになると機械きかいてきせいでん発電はつでん作製さくせいされはじめ、電気でんきがくというあたらしい学問がくもん研究けんきゅう不可欠ふかけつ実験じっけん器具きぐになった。

しずかでん発電はつでん人力じんりきなどの動力どうりょく利用りようして力学りきがくてき仕事しごと電気でんきエネルギー変換へんかんする装置そうちである。電気でんきてきちからさそえおこした電荷でんかを、金属きんぞくばん円筒えんとう・ベルトなどにせてこう電位でんい電極でんきょくまではこ仕事しごとにより、ふたつの導体どうたいぎゃく符号ふごうせいでん電荷でんか蓄積ちくせきしていく。電荷でんか発生はっせいする方法ほうほうには摩擦まさつ帯電たいでんおよびしずかでん誘導ゆうどうの2種類しゅるいがある。

概要がいよう

編集へんしゅう

しずかでん発電はつでん科学かがく理科りか)の教材きょうざいとして静電気せいでんきりょくこう電圧でんあつ現象げんしょうえんじしめせするために使つかわれることがおおい。またおおきな電位差でんいさられることから、実用じつようじょうでもXせんかん電源でんげん医療いりょう食品しょくひん殺菌さっきんかく物理ぶつりがく研究けんきゅうなど様々さまざま用途ようともちいられてきた。現在げんざい実用じつようてきこう電圧でんあつ電源でんげんとしてはしずかでん発電はつでんよりも半導体はんどうたい回路かいろによるものが主流しゅりゅうだが[1]:960ヴァンデグラフ起電きでんやその発展はってんがたであるペレトロンなどはいまなお物理ぶつりがく研究けんきゅうもちいられている。また近年きんねんでは、環境かんきょう存在そんざいする微小びしょう振動しんどうのエネルギーを利用りようするナノ発電はつでんにおいて、ふるくてあたらしい方法ほうほうであるせいでん発電はつでんきゅう浮上ふじょうしてきている[2]

しずかでん発電はつでん電荷でんか生成せいせいする方式ほうしきによって2種類しゅるいけられる。

  • 摩擦まさつ起電きでんfriction machine)は摩擦まさつ帯電たいでんことなる物質ぶっしつどうしの接触せっしょく摩擦まさつによって発生はっせいする静電気せいでんき)を利用りようする。
  • 誘導ゆうどう起電きでんinfluence machine)はしずかでん誘導ゆうどう利用りようする。かつては感応かんおう起電きでん[3]ばれていた。

摩擦まさつ起電きでん

編集へんしゅう
18世紀せいきひろ普及ふきゅうしていた、ガラスだま回転かいてんさせる方式ほうしき摩擦まさつ起電きでん
静電気せいでんきびた女性じょせいとのキス。

史上しじょうはつせいでん発電はつでん摩擦まさつ電気でんきこす摩擦まさつ起電きでんであった。1663ねんごろにオットー・フォン・ゲーリケ発明はつめいした最初さいしょ摩擦まさつ起電きでんは、回転かいてんじくけた硫黄いおうだま摩擦まさつする仕組しくみだった。実際じっさい回転かいてんさせて使用しようしていたかどうかはさだかではなく、またゲーリケには「電気でんき」をこしているという意識いしきはなかったが(かれにとっては「Weltkrafte = 世界せかいりょく」であった)[4]時代じだい回転かいてんだまそなえた起電きでん数多かずおおつくられたのはゲーリケの影響えいきょうである。アイザック・ニュートン硫黄いおうわりにガラスだまもちいることを提案ていあんした[5]。ニュートンによって王立おうりつ協会きょうかい実験じっけんいん任命にんめいされたフランシス・ホークスビーはゲーリケの設計せっけい改良かいりょう[6]、ガラスだま高速こうそく回転かいてんさせて毛織けおりぬのこす仕組しくみの摩擦まさつ起電きでん作製さくせいした[7]。ガラスだまこすられると、たまない真空しんくうかみなりのような紫色むらさきいろひかりち、そのあかるさで読書どくしょができるほどだったという[8]

ヴィッテンベルク大学だいがく教授きょうじゅだったゲオルク・マチアス・ボーゼ英語えいごばんは、せいでん発電はつでんに「主導しゅどうたい」(prime conductor)をけることでその効果こうかなんばいにもたかめてみせた[9]主導しゅどうたいとは電荷でんか蓄積ちくせきするためのおおきな導体どうたい(コレクター)のことで[10]、ボーゼの典型てんけいてきなデザインでは、絹糸けんしって絶縁ぜつえんしたつつじょう主導しゅどうたいをガラスだまちかづけ、電荷でんからせていた[9]。ボーゼは絶縁ぜつえんだいたせた女性じょせいからだ電荷でんかめ、観衆かんしゅう一人ひとり接吻せっぷんさせて電気でんきショックをあたえるという見世物みせものおこなった[11]

1746ねんウィリアム・ワトソン作製さくせいした装置そうちおおきな車輪しゃりんまわすことで複数ふくすうのガラスだま回転かいてんする仕組しくみになっており、主導しゅどうたいとして絹糸けんしるしたけん銃身じゅうしんそなえられていた。なお、同年どうねん、オランダのピーテル・ファン・ミュッセンブルークによってライデンびん発明はつめいされ、発生はっせいした静電気せいでんきをためることができるようになった。ライプツィヒ大学だいがく物理ぶつりがく教授きょうじゅだったJ・H・ウィンクラーは、摩擦まさつするわりにかわせいのクッションにこすりつける仕組しくみと、足踏あしぶしき高速こうそく回転かいてん装置そうち導入どうにゅうした[3][12][13]。 ガラスばん両面りょうめん金属きんぞくはくったものを起電きでんりょくげん接続せつぞくすることで相当そうとうりょう電気でんきめておけることが発見はっけんされると、このたね実験じっけん容易よういになった。

ウィンクラーの改良かいりょうつづき、スコットランドじんエアフルト大学だいがく教授きょうじゅだったアンドリュー・ゴードン英語えいごばんはガラスだまわりにガラス円筒えんとうもちいることで摩擦まさつ起電きでん発展はってんさせた。 ベンジャミン・ウィルソン は1746ねんごろにくしじょうしゅうでん電極でんきょく考案こうあんし、1762ねんには英国えいこくジョン・カントン英語えいごばんたまけん電器でんき[14]発明はつめいしゃでもある)が摩擦まさつぬのすずアマルガムをりかけることで発電はつでん効率こうりつ向上こうじょうさせた[15]。1760年代ねんだいには、ジェシー・ラムスデン英語えいごばんヤン・インゲンホウスをはじめとする研究けんきゅうたちのにより、たま円筒えんとうではなくガラスえんばん回転かいてんする方式ほうしき標準ひょうじゅんてきなものとなった[16]:336[13]:223[3]

回転かいてんするたま摩擦まさつする初期しょき起電きでんアントワーヌ・ノレ英語えいごばん著書ちょしょより。
ガラスの円筒えんとう水平すいへいじくまわりで回転かいてんする方式ほうしき摩擦まさつ起電きでん中央ちゅうおう前方ぜんぽうのパッドで摩擦まさつする。
ラムスデンによる洗練せんれんされた摩擦まさつ起電きでん
 
摂津せっつ名所めいしょ図会ずえよんかんじょう異国いこく珍品ちんぴんあきなう「蝙蝠かわほりどう」の店頭てんとうでエレキテルが実演じつえんされている[17]。1796 - 1798ねん

1773ねん公式こうしき記録きろくのこかぎはじめてオランダじんによって摩擦まさつ起電きでん江戸えど時代じだい日本にっぽんまれた[18]。ただしそれ以前いぜんの1765ねん刊行かんこうされた『紅毛こうもうだん』のなかで「エレキテリセイリテイ」という摩擦まさつ起電きでん紹介しょうかいされており、一部いちぶではすでにられた存在そんざいだった[17][19]。オランダで"Electriciteijt"は電気でんきもしくは起電きでん意味いみし、日本にっぽんではこれがなまって「エレキテル」とばれるようになった[18]当時とうじ博物はくぶつ学者がくしゃ平賀ひらが源内げんない長崎ながさき入手にゅうしゅしたこわれたエレキテルを1776ねん複製ふくせいし、見世物みせものもちいておおいに巷間こうかんひろめた[1]源内げんないさくとされるエレキテルは2だい現存げんそんしている[18]。そのうち逓信ていしん総合そうごう博物館はくぶつかん所蔵しょぞうされていたものは「調車しらべぐるま」(プーリー)によってガラス円筒えんとう高速こうそく回転かいてんさせる方式ほうしきのもので、銀紙ぎんがみった「まくら」(摩擦まさつようクッション)と電荷でんかめるライデンびんそなえていた[19]みなもとない門下生もんかせいもり島中しまなかりょうが『紅毛こうもう雑話ざつわ』(1787ねん)でエレキテルの正確せいかく構造こうぞう解説かいせつしたことで、一般いっぱん作製さくせい販売はんばいおこなわれるようになった[17]蘭学らんがくしゃ橋本はしもと宗吉そうきちは1811ねん著書ちょしょ『エレキテル究理きゅうりばら』において、エレキテルは玩具おもちゃなどではなく天地てんち原理げんり再現さいげんする器具きぐだとべ、みずかおこなった様々さまざま静電気せいでんき実験じっけん紹介しょうかいした[1]。このほか、大槻おおつき玄沢げんたくらによる『厚生こうせい新編しんぺん』(1811-1839)には、サンプトペテルブルクおとずれた大黒屋だいこくや光太夫こうだゆうからの伝聞でんぶんとして、ロシアではエレキテルをもちいた着火ちゃっか装置そうちがアルコール飲料いんりょう純度じゅんど検査けんさもちいられているという逸話いつわしるされている[18]

 
マルティン・ファン・マルムが設計せっけいした「大起だいき電機でんき」。テイラーズ博物館はくぶつかん展示てんじされている。

1783ねんにオランダのハールレム科学かがくしゃマルティン・ファン・マルム英語えいごばん直径ちょっけい1.65 mのガラスえんばんそなえた精妙せいみょうな「だい起電きでん英語えいごばん」を設計せっけいし、みずからの実験じっけん使用しようしようとした[1]。この装置そうち正負せいふどちらの電圧でんあつつくれるように設計せっけいされており、ながさ61 cmもの火花ひばな放電ほうでん発生はっせいさせることが可能かのうだった(その電圧でんあつは600 kVと見積みつもられる)[1]。ファン・マルムの依頼いらいてをおこなったのは、アムステルダムの機器きき職人しょくにんジョン・カスバートソン英語えいごばんであった[1]現在げんざいこの起電きでんはハールレムのテイラーズ博物館はくぶつかん英語えいごばん展示てんじされている。

1785ねん、N・ローランドは接地せっちした2ほん円筒えんとう野兎やと毛皮けがわつつみ、きぬのベルトをかけて回転かいてんさせる仕組しくみの起電きでん作製さくせいした[20][21]エドワード・ナイアン英語えいごばんが1787ねん開発かいはつした医療いりょうようせいでん発電はつでんせいまけ電荷でんかをどちらも生成せいせいすることが可能かのうで、せい電荷でんかしゅう電器でんきにつながれた主導しゅどうたいに、電荷でんか摩擦まさつパッドにつながれた主導しゅどうたいにそれぞれめられた[22]。1850ねんごろにウィーンの科学かがくしゃゲオルク・K・ヴィンターが作製さくせいした起電きでんはそれ以前いぜん装置そうちよりも効率こうりつたかく、ひろ普及ふきゅうした[21][23][24]。 1830年代ねんだいゲオルク・オームおこなった電気でんき実験じっけんでは、ファン・マルムの装置そうちおなじく正負せいふ電圧でんあつつくれる起電きでんもちいられていた[20]装置そうち現在げんざいミュンヘンのドイツ博物館はくぶつかん所蔵しょぞうされている)。1840ねんにラムスデンの方式ほうしき改良かいりょうしてつくられたウッドワードの装置そうちでは、主導しゅどうたいえんばんうえ設置せっちされていた。

摩擦まさつによる帯電たいでん

編集へんしゅう

物体ぶったい表面ひょうめんにある電荷でんか英語えいごばんのつりいがくずれると、物体ぶったいたいして引力いんりょくもしくは斥力せきりょくおよぼす。それがこうじると静電気せいでんきとしてかんじることができるまでになる。ふたつのことなる表面ひょうめんれさせてからはなすと、接触せっしょく帯電たいでん英語えいごばんないし摩擦まさつ帯電たいでん現象げんしょうによって一方いっぽうから他方たほう電荷でんか移動いどうし、電荷でんかつりいがしょうじる。

おおきな静電気せいでんきすには絶縁ぜつえんせい物体ぶったいふたつをこすりわせるとよい。ただし、摩擦まさつ本質ほんしつてき役割やくわりたしているわけではなく、たん絶縁ぜつえんせい表面ひょうめんわせるだけでも帯電たいでんきる。しかし、おおくの場合ばあい物体ぶったい表面ひょうめんあらいため、物体ぶったいどうしをたんにあてがうだけでは十分じゅうぶん接触せっしょく面積めんせきられず、帯電たいでんなが時間じかんがかかる。物体ぶったいをこすりあわせれば凝着ぎょうちゃくせい接触せっしょくめんひろがることで帯電たいでん促進そくしんされる。

絶縁ぜつえんたい、すなわち電気でんきとおさない物体ぶったい表面ひょうめん電荷でんか発生はっせいさせてめておくのにてきしている。よくもちいられる絶縁ぜつえんたいにはゴムプラスチックガラスずいがある。導電性どうでんせい物体ぶったい接触せっしょく帯電たいでんこすが、外界がいかいたいして絶縁ぜつえんされていないかぎり、電荷でんか保持ほじしておくことはできない。

接触せっしょく帯電たいでんによって一方いっぽう物体ぶったいからもう一方いっぽうへと移動いどうした電荷でんかはその表面ひょうめんにとどまる。物体ぶったい電流でんりゅうながれていても、静電気せいでんきりょくスパーク英語えいごばん発生はっせいコロナ放電ほうでんなどの現象げんしょうそこなうことはなく、おなけい両立りょうりつすることができる。

誘導ゆうどう起電きでん

編集へんしゅう
電気でんきぼん下方かほう誘電ゆうでんたいいたまけ帯電たいでんしており、上方かみがた導体どうたいばんなか電荷でんか均衡きんこうしょうじさせる(せいでん誘導ゆうどう)。導体どうたいばん上面うわつらから電荷でんかれば、正味しょうみせい電荷でんかさそえおこりできたことになる。
電気でんきぼん応用おうようしたA・ベネットの「ダブラー」[25]最初さいしょ誘導ゆうどう起電きでんとされる。はくけん電器でんき端子たんしねた金属きんぞくばんAと、しゅがついた金属きんぞくばんB、Cからなる。いたAがまさ帯電たいでんしていたとして、電気でんきぼん同様どうよう手順てじゅんいたBにまけ電荷でんかさそえおこし、いでいたBをもちいていたCにせい電荷でんかさそえおこりする。いたCの電荷でんかいたAにうつすと、電荷でんかはじめよりえたことになる。
ダブラーから発展はってんしたT・カヴァッロの増幅器ぞうふくき

摩擦まさつ起電きでん年月としつきとともにゆっくりと、だい2の種類しゅるい起電きでん、「誘導ゆうどう起電きでん」にってわられていった。こちらの方式ほうしきしずかでん誘導ゆうどう応用おうようしたもので、はじめに存在そんざいしていたわずかな電荷でんか利用りようして機械きかいてき仕事しごとしずかでんてきなエネルギーに変換へんかんし、結果けっかとして電荷でんか継続けいぞくてき増加ぞうかしていく。その発想はっそうアレッサンドロ・ボルタひろめた電気でんきぼんからしょうじたとおもわれる。電気でんきぼんいちまい導体どうたいばんからなる一種いっしゅコンデンサで、せいでん誘導ゆうどう過程かていもちいて電荷でんかかたよりをしょうじさせることができた。

機械きかいしき誘導ゆうどう起電きでんけて最初さいしょいちしたのは、はくけん電器でんき発明はつめいしゃでもあるアブラハム・ベネット英語えいごばん報告ほうこくした「ダブラー」(doubler of electricity)であった[26]。ベネットのダブラーは3まい導体どうたいばんち、電気でんきぼん一連いちれん操作そうさおこなうことではじめに蓄積ちくせきされていた電荷でんかやく2ばいやすことができた。ベネットは大気たいきからわずかな電荷でんか採取さいしゅし、かえ増幅ぞうふくしてけん電器でんき観察かんさつできるようにしたうえで、電荷でんかりょう符号ふごう記録きろくして気象きしょう条件じょうけんとの関係かんけい研究けんきゅうした[25]

エラズマス・ダーウィン、ウィリアム・ウィルソン、G・C・ボーネンベルガー、またのちJ・C・E・ペクレ英語えいごばんはそれぞれベネットのダブラーに改良かいりょうくわえた[27]:575-576[28]:75,82,83[27]。1816ねんフランシス・ロナルズ英語えいごばんは、導体どうたいばんの1まいのおもりでえ、ぜんまいや蒸気じょうき機関きかんらせることで発電はつでんプロセスを自動じどうした。ロナルズはこの起電きでん電信でんしん装置そうち電源でんげんとした[29][30]

これらのこころみをて、1788ねんウィリアム・ニコルソン報告ほうこくした回転かいてんしきのダブラーは、連続れんぞく回転かいてんによる誘導ゆうどう起電きでんかんがえられる[27][26]。ニコルソンの記述きじゅつによれば「クランクをまわすことで、摩擦まさつ大地だいちとの接続せつぞく必要ひつようとせずに2種類しゅるい電気でんき生成せいせいできる装置そうち」であった[31]。ニコルソンはのちに「回転かいてんしき蓄電器ちくでんき」(spinning condenser[16]:525という、微小びしょう電荷でんか増幅ぞうふくすることができ、より測定そくていてきした装置そうち報告ほうこくしている。

ほかにも、ティベリウス・カヴァッロ英語えいごばん(1795ねんに「カヴァッロぞうばい英語えいごばん」を開発かいはつ)、ジョン・リード、シャルル・デゾルム、ジャン・ニコラ・アシェット英語えいごばんらは、様々さまざま工夫くふうされたかたち回転かいてんしきダブラーを製造せいぞうした。1798ねん、ドイツじん科学かがくしゃ説教せっきょうでもあったゴットリープ・クリストフ・ボーネンベルガーは、著書ちょしょでベネットやニコルソンのダブラーを紹介しょうかいするとともに、自分じぶん考案こうあんしたボーネンベルガー起電きでん[32]について記述きじゅつした。これらのこころみのうち重要じゅうようなものはAannalen der physik(1801ねん[1]記載きさい

ジュセッペ・ベッリは1831ねん単純たんじゅん構造こうぞう対称たいしょうがたダブラーを作製さくせいした。2まい金属きんぞくえんばんりょうはしけたぼう回転かいてんさせることで、Uがたしゅう電器でんき内側うちがわえんばん交互こうご通過つうかする仕組しくみになっていた[27][33]両極りょうきょくがすべておな構造こうぞうつくられた対称たいしょうがた装置そうちはこれがはじめてだった。同型どうけい装置そうちなんさい発明はつめいされている。クロムウェル・ヴァーリー英語えいごばんはこの方式ほうしき発展はってんさせてだい出力しゅつりょく装置そうち作製さくせいし、1860ねん特許とっきょ取得しゅとくした。これは実用じつようてきこうあつ誘導ゆうどう起電きでんとしてはじめてのものだった[34]。20世紀せいきまつにはA・D・ムーアが教材きょうざいようとしてこの方式ほうしき装置そうちひろめ、ディロッド(dirod)とんだ[26][34]。また、1868ねんに「さい充電じゅうでん」(replenisher)として開発かいはつおこなった[27] ケルヴィンげられる。ケルヴィンはそのほかにも、誘導ゆうどう起電きでんマウスミルモータ英語えいごばんわせてサイフォンレコーダー英語えいごばんばれる電信でんしん受信じゅしん発明はつめいした[27]帯電たいでんしたインクがほそいサイフォンから吐出はきだされ、せいでんてき引力いんりょく記録きろくけてんでいく仕組しくみだった。さらにまた、1867ねんには水滴すいてき利用りようした一種いっしゅ誘導ゆうどう起電きでん後述こうじゅつ)を発明はつめいして「水滴すいてき蓄電器ちくでんき」とんだ。

 
ホルツの回転かいてんえんいたしき起電きでん

1864ねんから1880ねんまでのあいだヴィルヘルム・ホルツドイツばん製作せいさくし、論文ろんぶん報告ほうこくした数々かずかず誘導ゆうどう起電きでんは、当時とうじもっとも進歩しんぽした起電きでんだとかんがえられていた。そのひとつでホルツ起電きでんばれるものは、ガラスのえんばんぞうそくギアによって高速こうそく回転かいてんしながら、固定こていえんばんけられた誘導ゆうどう相互そうご作用さようする仕組しくみだった。1865ねんアウグスト・テプラ―ドイツばんは、2まいえんばんが1ほんじく固定こていされてどう方向ほうこう回転かいてんする構造こうぞう誘導ゆうどう起電きでん作製さくせいした[27]:590-593。1868ねん出力しゅつりょく電流でんりゅうやすために奇抜きばつ構造こうぞう採用さいようしたシュウェドフ起電きでんつくられた。同年どうねんにはクント起電きでんやキャレ起電きでんなど、摩擦まさつしき誘導ゆうどうしきわせて動作どうさ安定あんていさせた起電きでん作製さくせいされた[27]:607-608。1866ねんにはピシェ起電きでん(バーチュ起電きでんとも)が作製さくせいされた。1869ねん、H・ジュリアス・スミスは携帯けいたい可能かのう火薬かやく点火てんか装置そうちとして気密きみつせい起電きでん作製さくせいし、アメリカで特許とっきょ取得しゅとくした[35]。また1869ねん、ドイツのヨハン・クリスティアン・ポッゲンドルフ英語えいごばん回転かいてん円盤えんばんにセクター(扇形せんけい金属きんぞくばん)をりつけない形式けいしき起電きでん研究けんきゅうした。

 
1881ねん、パリの博覧はくらんかい展示てんじされたヴォス起電きでん

フランチェスコ・ロゼッティ英語えいごばんアウグスト・リーギフリードリッヒ・コールラウシュらは誘導ゆうどう起電きでんのはたらきと効率こうりつをさらに研究けんきゅうした[27]エルテール・マスカールアントニオ・ロイティイタリアばん、エミール・ブーショットらもまた誘導ゆうどう起電きでん効率こうりつ電流でんりゅう出力しゅつりょく研究けんきゅうした[27]。1871ねんにムーゼウスはセクターのない装置そうち研究けんきゅうした[36]。1872ねん作製さくせいされた「リーギの電位でんいけい[37]ヴァンデグラフ起電きでん源流げんりゅうひとつとなった。1873ねん、レーザーはホルツ起電きでん改良かいりょうしたいわゆるレーザー起電きでん作製さくせいした[38]。1880ねん、ロバート・ヴォス(ベルリンの機器きき職人しょくにん)はテプラ―とホルツの原理げんりわせてあたらしい起電きでん考案こうあんしたと主張しゅちょうした[27]:608-609同型どうけい構造こうぞうはテプラ―=ホルツ起電きでんとしてもられるようになった。

ウィムズハースト起電きでん

編集へんしゅう

英国えいこく発明はつめいジェームズ・ウィムズハースト英語えいごばんは1878ねんしずかでん発電はつでん研究けんきゅう着手ちゃくしゅし、ホルツ起電きでん改良かいりょうして2まい回転かいてんばん強力きょうりょく起電きでんつくした。 ウィムズハースト起電きでん基本形きほんけいが1883ねん科学かがくかいたいして報告ほうこくされると、そのはもっぱらこのたね起電きでんもちいられるようになった[34][39]。ただし、それ以前いぜんによく構造こうぞう起電きでんがホルツとムーゼウスによって報告ほうこくされていた。1885ねん英国えいこく史上しじょう最大さいだいきゅうのウィムズハースト起電きでん建造けんぞうされた(現在げんざいシカゴ科学かがく産業さんぎょう博物館はくぶつかん展示てんじされている)。

ウィムズハースト起電きでん。2まいえんばんぎゃく方向ほうこう回転かいてんし、えんばんじょう小板こいた(セクター)にさそえおこされた電荷でんかがブラシによってられ、左右さゆうのライデンびんめられる。
表側おもてがわ小板こいた(A 1など)は裏側うらがわ小板こいた(B1など)にたいする誘導ゆうどうとしてはたらき、導体どうたいYY1かいして対向たいこうする2まいしょういた電荷でんかさそえおこりする。ここで帯電たいでんしたしょういたつぎ導体どうたいXX1位置いちひょう小板こいたたいする誘導ゆうどうとなる。
しょういたたず、絶縁ぜつえんえんばん自体じたい電荷でんかはこ方式ほうしきのウィムズハースト起電きでん

ウィムズハースト起電きでんいちじるしく単純たんじゅん装置そうちで、あらゆる誘導ゆうどう起電きでんがそうであるように、電荷でんかせいでん誘導ゆうどう利用りようして発電はつでんおこなう。ようするに、はじめに存在そんざいしていたごくわずかな電荷でんか利用りようしてあらたな電荷でんかさそえおこし、それをあつめてはじめの電荷でんかくわえ、おなじプロセスをなんかえす。 ウィムズハースト起電きでん構成こうせい以下いかのとおりである。絶縁ぜつえんされた2まいえんばんはプーリーにけられ、同軸どうじくぎゃく方向ほうこうまわるようになっている。えんばん外側そとがわめんには、金属きんぞくなど導電性どうでんせいしょういたえんじょうならんでけられている。それぞれのえんばんには両側りょうがわがブラシとなった導体どうたいぼう付属ふぞくしており、このぼうでつながれた2まい小板こいたあいだしずかでん誘導ゆうどうきてあらたな電荷でんかさそえおこされる。それぞれのえんばんさそえおこされた電荷でんかかく1ついくしがたコレクター電極でんきょくによってあつめられる。ふたつのライデンびん電荷でんかめるコンデンサとしてもちいられる。1つい電極でんきょく十分じゅうぶんまった電荷でんか放電ほうでんするためにある。 構造こうぞう構成こうせい要素ようそ単純たんじゅんであるため、静電気せいでんき実験じっけんえんじしめせもちいる機器きき自作じさくする場合ばあい、ウィムズハースト起電きでんえらばれることがおおい。ひろ普及ふきゅうしたのもこれが理由りゆうである[40]

1887ねん、A・F・ヴァインホルトはレイザー起電きでん改良かいりょうし、垂直すいちょく金属きんぞくぼう木製もくせいつつめたものを誘導ゆうどうとしてえんばんちかくにくことで極性きょくせい反転はんてんふせいだ[41]。M・L・ルビエはルビエ起電きでん作製さくせい報告ほうこくした[42]。これは基本きほんてきにヴォス起電きでん簡略かんりゃくしたものであった。1893ねん、ボネッティはえんばんにセクター(金属きんぞく小板こいた)をけないタイプのウィムズハースト起電きでん特許とっきょ取得しゅとくした[43][44]。ボネッティの装置そうちはセクターつきのタイプよりはるかに強力きょうりょくだったが、外部がいぶから電荷でんかあたえてやらなければ運転うんてんはじめることができなかった。

1898ねんW・R・ピジョン英語えいごばん独自どくじ機構きこうそなえたピジョン起電きでん作製さくせいした。1890年代ねんだいとおして起電きでん研究けんきゅうんできたすえ成果せいかだった。同年どうねん10がつ28にち、ピジョンはこれをロンドン物理ぶつり学会がっかい英語えいごばん発表はっぴょうした。またのちPhilosophical Magazine (1898/12, p.564, [2]) およびElectrical Review (Vol. XLV, p.748) で報告ほうこくした。ピジョン起電きでん特色とくしょくは、せいでん誘導ゆうどう効果こうかたかめるために、対向たいこうえんばんのセクターを誘導ゆうどうとするのにくわえて固定こてい誘導ゆうどうもちいたことと、各部かくぶ絶縁ぜつえんせいたかめたことだった。とく電荷でんかはこぶセクターは端子たんしのぞいて絶縁ぜつえんたいまれていた[45]。ピジョン起電きでんはウィムズハースト起電きでんとヴォス起電きでんわせたうえ電荷でんかのリークを低減ていげんしたものだといえるが、前身ぜんしんとなった装置そうちのいずれよりも容易ようい電位でんいたかめることができた。またこれにくわえ、ピジョンは「トリプレックス」・ウィムズハースト起電きでん(3まい回転かいてんばんからなる、中央ちゅうおう回転かいてんばん共有きょうゆうする2くみ起電きでん)のセクターを絶縁ぜつえんざいんで出力しゅつりょく電流でんりゅう増加ぞうかさせる方式ほうしき研究けんきゅう[21]特許とっきょ(British Patent 22517 (1899))を取得しゅとくした。

19世紀せいきまつから20世紀せいきはじめにかけて、複数ふくすう回転かいてんばんからなる起電きでんと、「トリプレックス」起電きでん(3まい回転かいてんばんつ)がおおきく発展はってんした。1900ねん、フレデリック・タズベリーは、起電きでん金属きんぞく容器ようきおさめて空気くうき二酸化炭素にさんかたんそ加圧かあつすると、放電ほうでんたいあつ向上こうじょうするとともに、プレートあいだ支柱しちゅうへのリークが低減ていげんすることで性能せいのう向上こうじょうすることをしめした[39][46]。1903ねん、アルフレート・ヴェールゼンはセクターばんエボナイト回転かいてんばんみ、表面ひょうめんには端子たんしだけが突出とっしゅつしている方式ほうしき起電きでん特許とっきょった[47]。1907ねん、ハインリヒ・ワメルズドルフは一種いっしゅのホルツ起電きでんで、ヴェールゼンとおな方式ほうしき回転かいてんばん誘導ゆうどうセルロイドいたんだタイプのものを報告ほうこくした(DE154175、「ヴェールゼン起電きでん」)。ワメルズドルフはそのほかにも高性能こうせいのう起電きでん作製さくせいしたが、そのうちもっと有名ゆうめいなのは「コンデンサーマシン」(1920)とばれるものである。単一たんいつ回転かいてんばんにセクターがまれており、えんばんえんからセクターのはし露出ろしゅつしている方式ほうしきだった[48][49]

回転かいてんしき誘導ゆうどう起電きでん原理げんり

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ディロッド起電きでんしき文献ぶんけん[34]もとづく)。

回転かいてんしき誘導ゆうどう起電きでんれいとして、アメリカ静電気せいでんき学会がっかい創立そうりつしゃA・D・ムーアが20世紀せいきなかばに設計せっけいしたディロッド起電きでん原理げんり説明せつめいする[26][34]みぎ参照さんしょうのこと。

えんばんDは絶縁ぜつえんたいつくられ、矢印やじるしきに回転かいてんする。えんばんには6ほん金属きんぞくロッドR1~R6垂直すいちょくてられており、両側りょうがわから金属きんぞくのコレクターばんC1、C2はさまれている。

動作どうさ開始かいしするには、はじめにコレクターC1とC2あいだ電荷でんか均衡きんこう存在そんざいしなければならない。しかし、人間にんげん装置そうち絶縁ぜつえん部品ぶひんれると静電気せいでんきしょうじるため、コレクターには自然しぜんにわずかな電荷でんかさそえおこされているのがつねである。ここではC1まけに、C2まさ帯電たいでんしていたとする。

コレクターが帯電たいでんしているため、導体どうたいでつながれている誘導ゆうどうI1、I2もそれぞれ電荷でんかち、ちかづいてきた金属きんぞくロッドR1とR4しずかでん誘導ゆうどうおよぼす。すなわち、R1とR4固定こてい導体どうたいN(ニュートラライザー)をかいして電荷でんかをやりりすることで、たがいにぎゃく電荷でんかつようになる。Nのりょうはしにはロッドと導通どうつうるためのブラシがついている。

えんばんDが回転かいてんしていくと、電荷でんかったロッドはR3(R6)の位置いちでブラシによってコレクターと接続せつぞくされる。電荷でんかには電気でんき容量ようりょうおおきい物体ぶったいうつ性質せいしつがあるため、ロッドがっていた電荷でんかはコレクターにあつめられる。この過程かていかえされることにより、それぞれのコレクターが正負せいふ電荷でんかはますますえていく。

せい電荷でんかびたロッドをせいのコレクターにちかづけるには、せいでん反発はんぱつりょくこうして仕事しごとをしなければならない。この力学りきがくてき仕事しごと帯電たいでんせいでんエネルギーに変換へんかんされることになる。

20世紀せいき以降いこうせいでん発電はつでん

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ヴァンデグラフ起電きでん

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ヴァンデグラフ起電きでんしき上側うわがわのローラー (3) とベルトがこすりわされて正負せいふ電荷でんか発生はっせいし、せい電荷でんか電極でんきょく (2) であつめられて端子たんし (1) に蓄積ちくせきされ、電荷でんかはベルト (5) によって下方かほう接地せっち電極でんきょく (7) におくられる。

19世紀せいきまつからはじまった物質ぶっしつ構造こうぞう探究たんきゅうにおいて、せいでん発電はつでん不可欠ふかけつ役割やくわりたした。1920年代ねんだいにはこれまで以上いじょうこう電圧でんあつ生成せいせいする装置そうち必要ひつようだということがあきらかになっており、これにこたえるべく、1929ねんからおもMITにおいてヴァンデグラフ起電きでん開発かいはつされた。だい1号機ごうき動作どうさ確認かくにんされたのは1929ねん10がつである。基本きほんてきなアイディアは、電荷でんか絶縁ぜつえんせいのベルトにせて、絶縁ぜつえん支柱しちゅうささえられた中空なかぞら端子たんし内部ないぶおくみ、そこで電荷でんか端子たんしうつすというものだった。端子たんし電位でんいがどれほどたかくなろうと、端子たんし内部ないぶにはまった電場でんじょうしょうじないので電荷でんか移動いどうさまたげられない。このアイディアはあたらしいわけではなかったが、べつ電源でんげんもちいてベルトを帯電たいでんさせたてん革新かくしんてきで、それまでの起電きでん過去かこのものとしてしまった。ヴァンデグラフが作製さくせいしただい1号機ごうきやす雑貨ざっか入手にゅうしゅしたきぬのリボンをベルトとしていた。1931ねんかれた特許とっきょ明細めいさいしょでは、100まんボルトの電圧でんあつ生成せいせいすることができると記述きじゅつされていた。

ニコラ・テスラは1934ねんの『サイエンティフィック・アメリカンに「せいでん発電はつでん可能かのうせい」とだいしてヴァンデグラフ起電きでんかんする記事きじ[50]、「(ヴァンデグラフ起電きでんの)新型しんがた装置そうち開発かいはつされ、十分じゅうぶん改良かいりょうされれば、素晴すばらしい未来みらい保証ほしょうされているはずだ」とべた。より出力しゅつりょくおおきい装置そうちはすぐに開発かいはつされた。大気たいきイオン化いおんかすることなく表面ひょうめん電荷でんか密度みつどたかめられるように加圧かあつ容器ようきおさめられていた。ヴァンデグラフ起電きでんのバリエーションもまれ、物理ぶつり研究けんきゅうもちいられた。絶縁ぜつえんたいしるべでんたい継手つぎて交互こうごにつないだチェーンをもちいて電荷でんか輸送ゆそうするペレトロン英語えいごばんはそのひとつである。構造こうぞう単純たんじゅんなタイプのヴァンデグラフ起電きでん静電気せいでんきえんじしめせひろもちいられている。こう電圧でんあつ生成せいせいできることから、絶縁ぜつえんだいってこう電位でんい端子たんしれると頭髪とうはつ逆立さかだつという面白おもしろ効果こうかこせることで人気にんきがある。

SAMESがた発電はつでん

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1945ねんから1960までのあいだに、フランスじん研究けんきゅうしゃノエル・フェリシフランス語ふらんすごばんだい出力しゅつりょく誘導ゆうどう発電はつでん数多かずおお発展はってんさせた。加圧かあつ水素すいそガスによって絶縁ぜつえんおこない、高速こうそく回転かいてんする円筒えんとうによって電荷でんか輸送ゆそうする仕組しくみだった[51]。この方式ほうしき装置そうちはSAMESしゃによって製品せいひんされ[1]、おもにヨーロッパで加速器かそくき研究けんきゅうこう電圧でんあつケーブルのテストよう使用しようされた[34]

EHD発電はつでん

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アームストロングしき水力すいりょく発電はつでん装置そうち。ボイラーから噴出ふんしゅつした蒸気じょうきびている電荷でんか電極でんきょくBであつめる。

イオンを注入ちゅうにゅうした液体えきたい帯電たいでん粒子りゅうしふく気体きたいなど、荷電かでん流体りゅうたいによって電荷でんかはこ発電はつでん方式ほうしきはEHD発電はつでんelectrohydrodynamics電気でんき流体りゅうたい力学りきがく英語えいごばん)とばれる。EHD発電はつでん研究けんきゅうはじまりは1840ねん発表はっぴょうされたアームストロングしき水力すいりょく発電はつでん装置そうちだとされる[52]。これはボイラーから噴出ふんしゅつするこうあつ蒸気じょうき電荷でんかびていることを利用りようして、蒸気じょうきしゅうでん電極でんきょくけることで電荷でんか集積しゅうせきするものだった[53]。Steutzer、Secker、Hughesらは、絶縁ぜつえんせい流体りゅうたい電荷でんかあたえ、ポンプでこう電位でんい端子たんしまでおくりこむことで電荷でんか蓄積ちくせきする方式ほうしき起電きでん発明はつめいした[1]。この方式ほうしき構造こうぞう単純たんじゅんであり、液体えきたい絶縁ぜつえん破壊はかい強度きょうどおおきいことなどにより装置そうち小型こがたできるなどの利点りてんがある[1]

1980年代ねんだいはじめ、風力ふうりょくをエネルギーげんとするEHD発電はつでんのアイディアがMarksによって提案ていあんされたが、実用じつよういたらなかった[52]。2006ねんデルフト工科こうか大学だいがくのDjairamらはEWICON(Electrostatic WInd Energy CONverter、「せいでん風力ふうりょくエネルギー変換へんかん」)という風力ふうりょくEDH発電はつでん試作しさくした。機械きかいてき可動かどうたず、大気たいきちゅう噴霧ふんむされた帯電たいでん水滴すいてきふうこう電位でんい電極でんきょくまではこ構造こうぞうになっており、風力ふうりょくのエネルギーを直接ちょくせつ電気でんきエネルギーに変換へんかんする方式ほうしきである[54][55]発電はつでん効率こうりつ回転かいてんつばさがた発電はつでんおよばないが、構造こうぞう単純たんじゅんなためていコストであり強風きょうふうにもえられることから、実用じつようけたみがおこなわれている[52]

境界きょうかい科学かがくとの関連かんれん

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しずかでん発電はつでん様々さまざま境界きょうかい科学かがく研究けんきゅうもちいられたことがあり、ときには不適切ふてきせつ方法ほうほう利用りようされたために議論ぎろんんだ。1991ねん、ジョージ・ピゴットは無線むせん電信でんしんや「はん重力じゅうりょく実験じっけんのために作製さくせいした起電きでん特許とっきょ取得しゅとくした。小型こがた加圧かあつ容器ようきおさめられた2じゅうしき装置そうちであった。

時代じだいくだった1960ねん、ドイツじん時計とけい職人しょくにんパウル・バウマンは発電はつでん「テスタティカ」(Testatika)を発明はつめいした[56]。バウマンが設立せつりつしたスイスの宗教しゅうきょうてきコミュニティ、メテルニッサ英語えいごばんはテスタティカに形而上けいじじょうてき意味いみあたえ、周囲しゅうい環境かんきょうから直接ちょくせつフリーエネルギー」をすことができると主張しゅちょうした[56]実際じっさいにはテスタティカは1898ねんのピジョン起電きでんをベースにしたせいでん発電はつでんだったとかんがえられている。

関連かんれん項目こうもく

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脚注きゃくちゅう

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参考さんこう資料しりょう

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  • Antonio Carlos M. de Queiroz, "Doublers of Electricity", Phys. Educ. 42 (2007) 156-162.

外部がいぶリンク

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