野中親孝

野中のなか親ちかし孝こう（のなか　ちかたか、生なま没年ぼつねん不ふ詳しょう、通称つうしょう：三郎さぶろう左衛門さえもん）は、藤原ふじわら北きた家か道どう兼けんの流ながれ、豊前ぶぜん宇都宮うつのみや氏しの子孫しそん。父ちち野中のなか肥後守ひごのかみ貞吉さだきちのときに、野中のなか家かは土佐とさに移住いじゅうし、山田やまだ氏し、長宗我部ちょうそかべ氏しに仕つかえる。親おや孝こうは長宗我部ちょうそかべ家中かちゅうにおいて若年寄わかどしより衆しゅの一員いちいんであり、国政こくせい奉行ぶぎょうや造営ぞうえい奉行ぶぎょうを務つとめた。芳野よしの城じょう城主じょうしゅであった。

1．戦国せんごく時代じだいにおける野中のなか肥後守ひごのかみ貞吉さだきちとその子こ三郎さぶろう左衛門さえもん親しん孝こう

　野中のなか家かは伝承でんしょうによれば、下剋上げこくじょうの時代じだいに豊前ぶぜん国こく下毛しもげ郡ぐん長岩ながいわ城主じょうしゅで三さん万まん六ろく千せん国こくを領りょうしていた藤原ふじわら頼よりゆき重じゅうが落城らくじょうし、浪人ろうにんとなり、土佐とさに来きて長宗我部ちょうそかべ国親くにちかに仕つかえて、七なな千せん五ご百ひゃく石せきを拝領はいりょうした。この藤原ふじわら氏しが野中のなか家かの祖そといわれる。藤原ふじわら氏しを名乗なのっているのは摂関せっかん家か藤原ふじわら北きた家か道どう兼けんの流ながれであることを意識いしきしてのものであろう。野中のなか肥後守ひごのかみ貞吉さだきちは芳野よしの（吉野よしの）に居城きょじょうし、山田やまだ氏しに仕つかえた。貞吉さだきちは楠目くずめ城主じょうしゅ山田やまだ氏しに仕つかえていたころ、韮にら生せい往還おうかんの要所ようしょを占しめる片地かたじ（旧きゅう土佐山田とさやまだ町まち）の陰かげ山城やましろ主ぬし（現在げんざいの影山かげやま）であった。1562年ねんに貞吉さだきちは山やま﨑山重じゅうを間あいだ（はざま）に住すまわせた。

　長宗我部ちょうそかべ地検ちけん帳ちょうによると、貞吉さだきちは林田はやしだ・大倉谷おおくらたに・佐古藪さこやぶ・陰かげ野村のむらで約やく２町歩ちょうぶを開拓かいたくしたとある。貞吉さだきちには長男ちょうなんの右近うこん重治しげはる（1586年ねんの戸次とつぎ川がわの戦たたかいで戦死せんし）、次男じなんの市し正せい頼綱よりつな（1579年ねん讃岐さぬき藤ふじノ目め城じょう＜観音寺かんおんじ市し＞で戦死せんし）、三男さんなんの三郎さぶろう左衛門さえもん親しん孝こう、四よん男なんの貞さだ俊しゅんがあった。戸次とつぎ川がわの戦たたかいでは信しんじ親おや公こうと共ともに700余よ名めいの土佐とさ兵へいが討うち死じにした。その死しを追悼ついとうして大鑑たいかん板ばんが秦はた神社じんじゃ（高知こうち市し長浜ながはま）に奉納ほうのうされている。大鑑たいかん板ばんは正式せいしきには、「天正てんしょう十じゅう四年丙戌年十二月十二日於豊州信親公忠死御供之衆鑑板」と称しょうし、そこに「野中のなか右近うこん」と刻こく銘めいされている。なお、親おや孝こうも「野中のなか佐たすく左衛門さえもん」と誤あやまって刻こく銘めいされている。また「野中のなか市し正ただし」も誤あやまって刻こく銘めいされている。

　長宗我部ちょうそかべ家中かちゅうにおいて親おや孝こうは国政こくせい奉行ぶぎょうを務つとめ、若年寄わかどしより衆しゅ17人にんの一人ひとりで知行ちぎょう千せん石せきであった。親おや孝こうは元もと親おや公こうに1570年ねんに造営ぞうえい奉行ぶぎょうに任命にんめいされ、大だい川上かわかみ美良みよし布ぬの神社じんじゃを再建さいけんした。親おや孝こうは1574年ねん（天正てんしょう2年ねん）5月がつに吉野よしのの願成寺がんじょうじの厨子ずしをつくった。同どう寺てらは野中のなか氏しの菩提寺ぼだいじであった。親おや孝こうは他たの兄弟きょうだいとともに四国しこく内ないを転戦てんせんし、戸次とつぎ川がわの戦たたかい、豊臣とよとみ秀吉ひでよしの朝鮮ちょうせん出兵しゅっぺいにも参戦さんせんした。1588年ねん（天正てんしょう16年ねん）3月がつ、韮にら良郷よしさとの検地けんちが代官だいかん親おや孝こうによって始はじまり関せき上野尻かみのじりと下野尻しものじりが分離ぶんりされた。天正てんしょう18年ねん、父ちちの貞吉さだきちが芳野よしの（吉野よしの）の願成寺がんじょうじに地蔵堂じぞうどうを建立こんりゅうした。ヶ原ばらの戦たたかいでは豊臣とよとみ方かたとして参戦さんせんし、敗戦はいせん後ごは浪人ろうにんをしたり、播磨はりま国こく池田いけだ家かや紀州きしゅう徳川とくがわ家かに仕つかえたり、大坂おおさかで商人しょうにんをしたといわれている。大阪おおさか冬ふゆの陣じん、夏なつの陣じんにも出陣しゅつじんした。

　野中のなか氏しの没落ぼつらく後ごに移うつってきた別べつの寺てらが願成寺がんじょうじの地蔵堂じぞうどうを引ひき継つぎ、明和めいわ年間ねんかん（1764-1772年ねん）にと改称かいしょうし、現在げんざいに至いたっている。なお、芳野よしの（吉野よしの）の居城きょじょう跡あとには城しろ八幡やはた神社じんじゃが建たっている。四よん男なんの貞さだ俊しゅん（通称つうしょう源助げんすけ）は阿波あわから帰かえり、上野尻かみのじりの庄屋しょうやに任命にんめいされた。その子孫しそんが今いまも美良布びらふ（旧きゅう香北かほく町まち）に居住きょじゅうしている。山本やまもと左衛門さえもん進すすむ（永瀬ながせ城主じょうしゅ）に嫁とついだ貞吉さだきちの娘むすめは男子だんしを儲もうけ、名なを孫まご市しと名乗なのり、彼かれは野中のなか氏しの元もとで育そだてられた。後のちに元もと親おやに仕つかえ、永野ながの・根須ねずに三さん町歩ちょうぶを賜たまわり、長宗我部ちょうそかべ家か没落ぼつらく後ごは下野げやし、農業のうぎょうに従事じゅうじした。永瀬ながせの山本やまもと氏しはその子孫しそんである。

2．野中のなか氏しの由来ゆらいについて

2-1．芳野よしのの野中のなか氏しと長岩ながいわ城主じょうしゅ野の仲なか氏し

　野中のなか氏しの先祖せんぞは豊前ぶぜん国こく下毛しもげ郡ぐん長岩ながいわ城主じょうしゅであったとされている。野中のなか氏しは九州きゅうしゅうでは野の仲なかと称しょうした。野の仲なか氏しの祖そは建けん久ひさ7（1196）年ねんに野の仲郷なかごうに入部にゅうぶした宇都宮うつのみや重房しげふさである。彼かれは長岩ながいわ城主じょうしゅとして本家ほんけ宇都宮うつのみや氏しと共ともに豊前ぶぜんの一大いちだい勢力せいりょくとなり、室町むろまち時代じだいになると豊前ぶぜん守護しゅごになった大内おおうち氏しに臣従しんじゅうして群ぐん代だいとなり、勢力せいりょくを振ふるうようになった。弘治こうじ三さん年ねん（1557）、大内おおうち義長よしながが毛利もうり元就もとなりに滅ほろぼされると、野の仲なかは大友おおとも氏しに反旗はんきを翻ひるがえして長岩ながいわ城じょうに籠城ろうじょうした。しかし、大友おおとも義鎮よししげに攻せめられ降伏ごうぶくした。天正てんしょう10年ねん（1581年ねん）に織田おだ信長のぶながが本能寺ほんのうじで横死おうしし、その後ご豊臣とよとみ秀吉ひでよしが天下てんか統一とういつを目指めざし、九州きゅうしゅうを制圧せいあつして中津なかつに黒田くろだ如水じょすい・長政ながまさ父子ふしを新しん領主りょうしゅとして入部にゅうぶさせた。黒田くろだ父子ふしに対たいして城井しろい宇都宮うつのみや氏しと野の仲なか鎮兼は抵抗ていこうし、滅亡めつぼうさせられた。1570年代ねんだいにすでに芳野よしの城主じょうしゅ野中のなか肥後守ひごのかみ貞吉さだきちの息子むすこたちは元もと親おや公こうとともに土佐とさ統一とういつのために各地かくちを転戦てんせんしていたのであるから、年代ねんだい的てきに齟齬そごが生しょうじている。

2-2．野の仲なか氏しの一族いちぞくが幡多はたへ移住いじゅう

　ここで土佐とさの幡多はたに目めを移うつしたい。土佐とさの幡多はたを治おさめていた一条いちじょう兼定かねさだは1564年ねんに大友おおとも義よし慎まきの娘むすめを娶めとり、大友おおとも氏しと結むすんでいた。長宗我部ちょうそかべ元親もとちかの力ちからが台頭たいとうしてきたために兼定かねさだは妹いもうと婿むこの安芸あき国こく虎とらと呼応こおうして元もと親おやを討うとうとしたが、翌よく永えい禄ろく12年ねん（1569年ねん）に国くに虎とらが逆ぎゃくに元もと親おやに討うたれてしまった。兼定かねさだは暗愚あんぐで遊興ゆうきょうにふけり、家臣かしんから信望しんぼうを失うしなっていった。そのため長宗我部ちょうそかべ氏しが幡多はたに侵攻しんこうしてきたときに一条いちじょう氏しの家臣かしんは先さきを争そうって長宗我部ちょうそかべの軍門ぐんもんに降ふった。長宗我部ちょうそかべ家いえによって領地りょうちが蚕食さんしょくされ、しかも重臣じゅうしんの土居どい宗はじめ珊を無実むじつの罪つみで殺害さつがいしたために兼定かねさだは信望しんぼうを失うしない、他たの三さん家老がろうによって天正てんしょう元年がんねん（1573年ねん）9月がつに隠居いんきょを強制きょうせいされ、天正てんしょう2年ねん（1574年ねん）に豊後ぶんご国こく臼杵きゅうしょへ追放ついほうされ大友おおとも氏しを頼たよった。

　他方たほう、追放ついほう先さきの豊後ぶんごでは弘治こうじ三さん年ねん（1557）、野の仲なか鎮兼が大友おおとも氏しに反旗はんきを翻ひるがえしたが逆ぎゃくに大友おおとも氏しに攻せめられ降伏ごうぶくした。さてここから推測すいそくである。1564年ねん頃ごろに大友おおとも氏しの配下はいかにあった野の仲なか氏し一族いちぞくの有力ゆうりょく者しゃが、大友おおとも氏しと結むすんでいた一条いちじょう兼定かねさだの援護えんご部隊ぶたいとして幡多はたに派遣はけんされたのではないだろうか。そしてその人物じんぶつが藤原ふじわら頼よりゆき重じゅうではないだろうか。この派遣はけんは大友おおとも氏しが野の仲なか氏しの臣従しんじゅうと弱体じゃくたい化かを図はかってのものだったとも考かんがえられなくもない。以後いご、野の仲なか氏しの一族いちぞくが土佐とさに移うつり住すみ、その後ご主君しゅくんを山田やまだ氏しや長宗我部ちょうそかべ氏しに変かえていった。そして最終さいしゅう的てきに野中のなか三郎さぶろう左衛門さえもん親しん孝こうの代だいに長宗我部ちょうそかべ家臣かしん団だんの中なかで若年寄わかどしよりの地位ちいにまで上のぼりつめたと推測すいそくする。

2-3．宇都宮うつのみや氏しについて

　宇都宮うつのみや氏しは、摂関せっかん家か藤原ふじわら北きた家か道どう兼けん流りゅうを称しょうする大だい族ぞくである。その一族いちぞくおよび分流ぶんりゅうが多おおく、北きたは奥羽おううから南みなみは九州きゅうしゅうにまで広ひろく分布ぶんぷしている。しかし、宇都宮うつのみや氏しの出自しゅつじについては諸説しょせつあってにわかには判はんじ難がたい。宇都宮うつのみや氏しは下野げやの中心ちゅうしん地ち宇都宮うつのみやに城しろを構かまえ、鎌倉かまくら御家人ごけにんに列れつらなり、室町むろまち時代じだいになると佐竹さたけ氏しや小山こやま氏しなどとともに関東かんとう八はち家いえのひとつに数かぞえられる下野げや国こくきっての豪族ごうぞくとなった。

　宇都宮うつのみや氏しの活動かつどうが史料しりょうで確認かくにんされるのは、三さん代だい朝あさ綱つな（宇都宮うつのみや倹校左衛門尉さえもんのじょう）の代だいになってからである。朝あさ綱つなは源平げんぺい合戦かっせんのときは、初はじめ平家へいけ方かたに属ぞくしたが、のち源みなもと頼朝よりともに属ぞくして活躍かつやくしたことで、宇都宮うつのみや検校けんぎょう職しょくを安堵あんどされた。この職しょくは神事しんじに奉仕ほうしするものであり、宇都宮うつのみや氏しは鎌倉かまくら幕府ばくふの御家人ごけにんとなった。しかし、建たて久ひさ五ご年ねん（1194）、朝あさ綱つなは公田くでんを押領したとして朝廷ちょうていに訴うったえられた。事件じけんの真相しんそうは不明ふめいだが、朝あさ綱つなは土佐とさへ、孫まごの頼綱よりつなは豊後ぶんごへ、頼綱よりつなの弟おとうと朝あさ業ぎょうは周防すおうへ流罪るざいという朝廷ちょうていによる裁定さいていが下くだされた。ほどなく、朝あさ綱つならは赦ゆるされて下野げやに帰国きこくし、朝あさ綱つなは家督かとくを頼綱よりつなに譲ゆずり、自みずからは出家しゅっけして大だい羽はねに退しりぞいた。その後ご、頼綱よりつなは幕府ばくふから謀叛ぼうほんの疑うたがいをかけられた。この事件じけんは、北条ほうじょう時政ときまさの後妻ごさい牧まきの方ほうが、将軍しょうぐん実じつ朝あさを殺害さつがいして女婿じょせいの平賀ひらが朝ちょう雅みやびを将軍しょうぐん職しょくに付つけようとしたものであった。牧まきの方ほうは頼綱よりつなの実母じつぼにあたり、この関係かんけいから頼綱よりつなも陰謀いんぼう事件じけんに加担かたんしたと幕府ばくふからみられて追討ついとうを受うけたのである。これに対たいし、頼綱よりつなは出家しゅっけして幕府ばくふに異い心しんのないことを示しめしたので、頼綱よりつなの謀叛ぼうほんの嫌疑けんぎはようやくにして晴はれた。出家しゅっけした頼綱よりつなはその後ごも幕府ばくふに出仕しゅっしし、承うけたまわ久ひさし三さん年ねん（1221）の承久じょうきゅうの乱らんには子この頼よりゆき業ぎょうや時とき朝あさらが活躍かつやくした。その勲功くんこうとして伊い予よ国こくの守護しゅご職しょくが与あたえられ、宇都宮うつのみや氏しの地位ちいを安定あんていさせることに成功せいこうした。頼綱よりつなは浄土宗じょうどしゅう信仰しんこうの生活せいかつに入はいり家督かとくを嫡子ちゃくし泰たい綱つなに譲ゆずった。以後いごの宇都宮うつのみや氏しは、将軍しょうぐん近侍きんじの鎌倉かまくら番ばん役やく衆しゅ、文ぶん永なが六ろく年ねん（1269）には引付ひきつけ衆しゅ、ついで評定ひょうじょう衆しゅに加くわえられ、さらに引付ひきつけ頭あたま人じんも務つとめた。このように、宇都宮うつのみや氏しは幕府ばくふの有力ゆうりょく御家人ごけにんとして活躍かつやくした。宇都宮うつのみや氏しは学芸がくげいの家柄いえがらとしても名高なだかく、特とくに蹴鞠けまりと和歌わかの両道りょうどうに秀ひいでていた。そのうち和歌わかは当時とうじにあって京都きょうと歌壇かだんや鎌倉かまくら歌壇かだんにまさるとも劣おとらない宇都宮うつのみや歌壇かだんを形成けいせいしていた。

　時代じだいは下くだって、宇都宮うつのみや国綱くにつなは文ぶん禄ろく元年がんねん（1592）の朝鮮ちょうせん出兵しゅっぺいに出陣しゅつじんして、増田ますだ長ちょう盛もりの指揮しきの下したに釜山ぷさんにおいて戦功せんこうをあげた。初はじめ国綱くにつなは石田いしだ三成みつなりを奏者そうしゃとして秀吉ひでよしに結むすびついていたが、文ぶん禄ろく二に年ねん以降いこう、浅野あさの長政ながまさを奏者そうしゃとすることになった。しかし、国綱くにつなは佐竹さたけ義重よししげと同様どうよう、石田いしだ三成みつなりとの親交しんこうを維持いじし、また、長政ながまさからその子こ長重ながしげを嗣子ししにという提案ていあんを拒否きょひしたため長政ながまさとの関係かんけいを悪化あっかさせた。加くわえて、浅野あさの長政ながまさの手てによって実施じっしされた太ふとし閣かく検地けんちの結果けっか、表高おもてだか十じゅう八はち万まん石せきに対たいして二に倍ばいの三さん十じゅう九きゅう万まん石せき余あまりが打うち出だされたため、宇都宮うつのみや氏しの所領しょりょう申告しんこくに不正ふせいがあったと摘発てきはつされ、慶長けいちょう二に年ねん（1597）九きゅう月がつ、突如とつじょ、秀吉ひでよしの命いのちによって改易かいえきの処分しょぶんを受うけた。その後ご、慶長けいちょうの朝鮮ちょうせん出兵しゅっぺいに際さいし、秀吉ひでよしは戦功せんこう次第しだいによっては宇都宮うつのみや氏し再興さいこうを許ゆるすと約束やくそくした。国綱くにつなは朝鮮ちょうせんに渡わたって必死ひっしの戦たたかいを展開てんかいしたが、秀吉ひでよしの死しによって宇都宮うつのみや氏し再興さいこうの願ねがいは絶たたれ、平安へいあん末期まっき以来いらいの歴史れきしに幕まくを閉とじた。江戸えど時代じだいの宇都宮うつのみや氏しは水戸みと徳川とくがわ家かに仕つかえ三さん千せん石せきを知行ちぎょうする家老がろうとなり、明治維新めいじいしんに至いたったことが知しられる。

2-4．伊予いよ宇都宮うつのみや氏しについて

　宇都宮うつのみや朝ちょう綱つなの子こである宗房むねふさ、その三男さんなんの重房しげふさは1195年ねんに豊前ぶぜん国こく下毛しもげ郡ぐん野の仲郷なかごうに入はいり、1198年ねんに長岩ながいわ城じょうを築きずいた。承うけたまわ久ひさし三さん年ねん（1221）、後鳥羽上皇ごとばじょうこうは鎌倉かまくら幕府ばくふ討幕とうばくの兵へいを京きょうにあげ、反乱はんらんを起おこした。しかし、幕府ばくふ軍ぐんは一いちヶ月かげつ足たらずで都とを制圧せいあつし反乱はんらんを鎮圧ちんあつした。この承久じょうきゅうの乱らんに宇都宮うつのみや一族いちぞくも従軍じゅうぐんし、宇都宮うつのみや氏し五ご代だい朝あさ綱つなの子この頼よりゆき業ぎょうや時とき朝あさが宇治橋うじばし合戦かっせんで活躍かつやくした。朝あさ綱つなは鎌倉かまくらに留とまり兵へいを率ひきいることはなかったが、一族いちぞくの功こうによって伊予いよ国こくの守護しゅご職しょくが与あたえられた。

　伊予いよ宇都宮うつのみや氏しは豊前ぶぜん宇都宮うつのみや氏しから出でた豊房とよふさ（野の仲郷なかごうの豊前ぶぜん宇都宮うつのみや氏しの祖そ重房しげふさの兄あに信房のぶふさから4代目だいめ）以降いこう、大津おおつ（大洲おおす）を拠点きょてんに戦国せんごく末期まっきまで続つづく。豊房とよふさには子こがなく、宇都宮うつのみや貞さだ泰たいの子こ宗そう泰やすしを養子ようしにして守護しゅご職しょくを継つがせた。「大洲おおす宇都宮うつのみや系図けいず」の貞さだ泰たいの項こうに「六郎ろくろう、始はじめ景けい泰たい、美濃みの守まもる、遠江とおとうみ守まもる、野の州しゅう宇都宮うつのみやの住人じゅうにん、後こう京都きょうとに住じゅうす、法名ほうみょう蓮はちす智さとし」とある。貞さだ泰たいには貞宗さだむね・宗そう泰やすしの二子ふたごがいて、貞宗さだむねは伊予いよ守護しゅご職しょくに任にんじられ、宗そう泰やすしは伊予いよ宇都宮うつのみやの二に代だいとして家督かとくしたことになっている。恐おそらく、最初さいしょは泰たい宗むねの子こ、二に代だいの時とき景けいの弟おとうとである貞さだ泰たいに与あたえられたのであろう。貞さだ泰たいの後のちは嫡子ちゃくし貞宗さだむねに継承けいしょうされ、その年代ねんだいは先さきに記しるしたように六ろく波は羅らからの感状かんじょうから元もと応おう元年がんねん（1319）ごろと推定すいていされる。以後いご、天正てんしょう十じゅう三さん年ねん（1585）、土佐とさの長宗我部ちょうそかべ元親もとちかによって滅ほろぼされるまで存続そんぞくした。直接ちょくせつかかわったかどうかは不明ふめいであるが、野中のなか三郎さぶろう左衛門さえもん親しん孝こうはその出自しゅつじの遠縁とおえんの名家めいかを滅ほろぼしたことになる。

3．キリシタンになった親おや孝こうの甥おいたち・・・桑名くわなタミアン古こ庵あん

　野中のなか貞吉さだきちには二に人にんの娘むすめがいたようである。一人ひとりは山本やまもと左衛門さえもん進しんの妻つまとなった。もう一人ひとりの娘むすめ茂しげるは子供こどものいない近隣きんりんの五百蔵いおろい家かに子供こども時代じだいに養女ようじょとなったと推測すいそくされる。五百蔵いおろい左ひだり馬うま進すすむは香北かほくの五百蔵いおろい城主じょうしゅであった。長宗我部ちょうそかべ氏し三さん家老がろうの一人ひとりとして桑名くわな丹後たんご守もり重定しげさだがいた。その長子ちょうしである桑名くわな太郎左衛門たろうざえもん親光ちかみつの子こである藤ふじ次じは元もと親おやの指示しじにより後継あとつぎのなかった五百蔵いおろい左ひだり馬うま進すすむの養子ようしとなり、養父ようふの名なである左ひだり馬うま進すすむを名乗なのり、その養女ようじょ茂しげると婚姻こんいんした。1600年ねん（慶長けいちょう5年ねん）に関ヶ原せきがはらの戦たたかいの後のちに長宗我部ちょうそかべ氏しが改易かいえきしてから、土佐とさを出でて紀伊きい国田こくた辺べの旧知きゅうちの浅野あさの左衛門さえもん佐さに仕つかえた。左ひだり馬うま進すすむと茂しげるとの間あいだには権けん之の丞すすむ、水みず也、古こ庵あん、休きゅう務つとむ（出生しゅっしょう順じゅん）という4人にんの男子だんしが儲もうけられた。権けん之の丞すすむの出生しゅっしょう年ねんは不明ふめいだが、水みず也は1605年ねんに田辺たなべ（紀伊きい国こく）にて出生しゅっしょうした。1609年ねんに古こ庵あんが出生しゅっしょうした。1614年ねんに休きゅう務つとむが出生しゅっしょうした。1615年ねんに大坂おおさかの陣じんで父ちち藤ふじ次じが戦死せんしした。大坂おおさか落城らくじょう後ご、母子ぼしは紀伊きいから母方ははかたの伯父おじ野中のなか三郎さぶろう左衛門さえもん親しん孝こうの住すんでいた姫路ひめじへ移うつり住すんだ。茂しげるは高木たかぎ弥わたる三右衛門さんえもんに嫁とついだ。その後ご、高木たかぎは浪人ろうにんとなり、他国たこくへ出でた。古こ庵あんの兄あにである権けん之の丞すすむは父方ちちかたの桑名くわな姓せいを名乗なのって高松たかまつに住すんでいた。権けん之の丞すすむはいかなる機縁きえんからか定さだかでないがキリシタンになっていた。高松たかまつに移住いじゅうした理由りゆうは、当時とうじのその地ちでは前ぜん領主りょうしゅであった十河そごう氏しがキリシタンであったことから、キリシタンに寛容かんようであり、受うけ入いれる素地そじがあったのではないかと考かんがえられる。

　古こ庵あんはこの兄あにを頼たよって高松たかまつにわたり、西浜にしはまに住すんだ。新来しんらいの水みず也と古こ庵あんも長兄ちょうけい権けん之の丞すすむの導みちびきでキリシタンとなった。古こ庵あんは霊れい名めいをタミアンとつけた。国法こくほうに背そむいてキリシタンになっていた古こ庵あんは、伯父おじの野中のなか三郎さぶろう左衛門さえもん親しん孝こうの説得せっとくによって改宗かいしゅうしたようである。その後ご、古こ庵あんは土佐とさに帰かえり、奈半利なはり（奈半利なはり町まち）で医いを生業せいぎょうとした。その後ご、古こ庵あんは高知こうち帯屋おびや町まち（高知こうち市し帯屋おびや町まち）で医業いぎょうを営いとなんでいた。キリシタンだとの訴人そにんがあり、次兄じけいの水みず也とともに古こ庵あんは捕とらえられた。帰郷ききょう後ご15年ねんして一族いちぞくは迫害はくがいされ、悲惨ひさんな運命うんめいをたどることになった。34歳さいで投獄とうごくされた古こ庵あんはその後ご80歳さいで獄死ごくしした。晩年ばんねんの獄中ごくちゅう生活せいかつは寛大かんだいであり、草花くさばななどを植うえて楽たのしんでいたようである。古こ庵あんの一人娘ひとりむすめである「てう」は当局とうきょくによって縁組えんぐみが許ゆるされず、廿代にじゅうだい町まちにて41歳さいで病死びょうしした。古こ庵あんら一族いちぞくの墓はかは高知こうち市内しないにある（高知こうち市し西久万にしくま高だか野谷のたにの通称つうしょうゴロゴロ堂どう/西宮にしのみや神社じんじゃ西側にしがわに位置いちす）。古こ庵あんの信仰しんこうについては一度いちど改宗かいしゅうしているようだが、これは単たんに表面ひょうめん的てきなものであって事実じじつは使徒しと的てき信仰しんこうをもって生涯しょうがいを送おくったと評ひょうせられている。なお権けん之の丞すすむは江戸えどで亡なくなるまで信仰しんこうと良心りょうしんに忠実ちゅうじつであったという。