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ジオ (自動車じどうしゃ)

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジオ
Geo
本社ほんしゃ所在地しょざいち ミシガンしゅうデトロイト
設立せつりつ 1989ねん8がつ16にち
関係かんけいする人物じんぶつ リサ・ロザンヌ・キャンベル
特記とっき事項じこう:1997ねん7がつ4にち廃止はいし
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ジオGeo)は、かつてGMアメリカとカナダで展開てんかいしていた自動車じどうしゃ販売はんばいチャネルである。ブランドキャッチコピーは「Get To Know」。当時とうじ輸入ゆにゅうしゃ勢力せいりょく拡大かくだいしていた小型車こがたしゃ市場いちばにおいて競争きょうそうりょくたかめるために企画きかくされたチャネルであった。1989ねんから1997ねんまでシボレー代理だいりてんとおして販売はんばいされていた。

概要がいよう

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ジオはGMのかずある販売はんばいチャネルのなかでも、シボレーの下位かい設定せっていされたさい廉価れんかのチャネルであった。設定せっていされた車種しゃしゅは、いずれも当時とうじ日本にっぽんメーカーで生産せいさんされていたモデルがベースとなっているか、または共同きょうどう開発かいはつされたものであり、いわゆるバッジエンジニアリングにあたるものがほとんどであった。各車かくしゃはGMがトヨタ自動車とよたじどうしゃ設立せつりつした合弁ごうべん会社かいしゃである「NUMMI」(ヌーミ)、業務ぎょうむ提携ていけい関係かんけいにあったスズキ、スズキとGMカナダの合弁ごうべん会社かいしゃの「CAMI」(カミ)、かつてのグループ企業きぎょうであったいすゞによって生産せいさんされていた。

販売はんばいラインナップは小型こがたSUVセダンクーペハッチバックひとしであり、日本にっぽんしゃ同等どうとう品質ひんしつでありながら北米ほくべいさん自動車じどうしゃとして販売はんばいされていたために、車体しゃたい価格かかく輸入ゆにゅう課税かぜいされた日本にっぽんしゃくらべても安価あんかおさえられていた。これは完全かんぜん小型車こがたしゃ市場いちば競争きょうそうりょく注力ちゅうりょくしたもので、またこれらの安価あんか小型車こがたしゃはセクレタリーカーとばれ、購買こうばいそうおも若年じゃくねんそうをメインターゲットとしていた。

ジオはシボレー代理だいり店内てんない販売はんばいされていたが、シボレーとはべつチャネルとして展開てんかいしていたいわば姉妹しまいブランドともいえるあつかいであった。安価あんかなシボレーしゃのラインナップのなかでも、購買こうばいそうしぼった別枠べつわく車種しゃしゅぐんとして設定せっていされた。そのためジオのエンブレムはその語源ごげんである「地球ちきゅう」のシンボルの中心ちゅうしんにシボレーのボウタイをあしらったものとなっている。この戦略せんりゃく構想こうそうのちにトヨタが展開てんかいすることになる「サイオン」につうじる部分ぶぶんもあるが、結果けっかとしてこのけは成功せいこうしたとはいえず、ジオはシボレーと同一どういつされることがおおかった。

販売はんばい戦略せんりゃく自体じたいはブランド初期しょきのコンパクトカーブームもあり当初とうしょ成功せいこうおさめた。しかしラインナップ車種しゃしゅでモデル更新こうしんおこなわれたモデルがすくなかった、またべつチャネルによるどういちクラスでのモデル競合きょうごう発生はっせいとうによる販売はんばい戦略せんりゃく迷走めいそう、そして1990年代ねんだい後半こうはんからのSUVブームに販売はんばいされたひとし理由りゆうにより徐々じょじょ衰退すいたいせてゆき、GMの経営けいえい方針ほうしん転換てんかんによる販売はんばいチャネルの統合とうごう整理せいりおりもあり、1997ねんにはブランドとしてのジオはシボレーに吸収きゅうしゅうされ、販売はんばいチャネルは店頭てんとうからえた。

そのいくつかのモデルはシボレー名義めいぎ販売はんばい継続けいぞくされたが、2004ねんの「トラッカー(日本にっぽんめい:エスクード)」の販売はんばい終了しゅうりょうとともにジオの系譜けいふ完全かんぜん消滅しょうめつした。

車種しゃしゅ一覧いちらん

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車種しゃしゅ はつ登場とうじょうねん 販売はんばい終了しゅうりょうねん 世代せだいすう 備考びこう

Storm
ストーム 1990ねん 1993ねん FFのコンパクト2ドアクーペ、および3ドアハッチバック。日本にっぽんめいいすゞ・PAネロ」。クーペモデルはごろな価格かかくはいるスペシャリティカーであり、日本にっぽんとはことなり、月販げっぱん1まんだいえることもあるなど、なかなかの販売はんばい台数だいすうであった。エンジンは1.6リッターSOHCと1.6リッターDOHCのラインナップであり、日本にっぽんにあったターボモデルは展開てんかいされていない。のちにマイナーチェンジで1.8リッターDOHCが追加ついかされている。1993ねん生産せいさんもとであるいすゞ自動車ずじどうしゃ乗用車じょうようしゃ生産せいさんからの撤退てったいにより販売はんばい終了しゅうりょう

Spectrum
スペクトラム 1989ねん FFのコンパクト4ドアセダン、および3ドアハッチバック。日本にっぽんめいいすゞ・ジェミニ」。1ねん販売はんばい終了しゅうりょうした短命たんめいなモデルである。スペクトラムはもともとシボレー名義めいぎ販売はんばいされていたもので、このころにはすでにモデル末期まっきであったが、ジオにブランドにれられた。いわばしん車種しゃしゅ導入どうにゅうまでのつなぎの役割やくわりであった。なお、販売はんばい当時とうじ名称めいしょうはブランド黎明れいめいであったことから「シボレー・ジオ・スペクトラム」となっており、フロントグリルのエンブレムはボウタイ、リアにジオのロゴが表記ひょうきされていた。またシボレー・スペクトラムとはフェイスまわりが若干じゃっかんことなっている。

Tracker
トラッカー 1989ねん 2004ねん 4WDの「コンパクトSUV」。2ドアコンバーチブル、2ドアおよび4ドアメタルトップ。ミニマムクロスカントリーカーとして、様々さまざま意味いみ話題わだいとなった「スズキ・サムライ」(ジムニー北米ほくべい販売はんばいめい)とはことなり、スタイリングとあじ乗用車じょうようしゃテイストとし、ユーザーそうひろげることに成功せいこうした。日本にっぽんめいスズキ・エスクード」。まちりからオフロードまでこなせる万能ばんのうモデルとして、ジオとしてはもっと販売はんばいちからそそいでいた。ジオのなかではもっといきながかったモデルであり、ジオ消滅しょうめつにはシボレーにれられることとなる。そのさいにモデルチェンジし(エスクードの2代目だいめ相当そうとう)「シボレー・トラッカー」として販売はんばい継続けいぞくされた。

Prizm
プリズム 1990ねん 2002ねん FFのコンパクト4ドアセダン。唯一ゆいいつのジオオリジナルモデルであり、スペクトラムの後継こうけい車種しゃしゅとして発売はつばい入門にゅうもんようセダンとしての位置付いちづけで販売はんばいされた。プリズムはトヨタ・スプリンターがベースとなっている。初代しょだいモデルには4A-GEエンジンの設定せっていもあり、ややスペシャリティーしょくつよいモデルである。生産せいさんはGMとトヨタの合弁ごうべん会社かいしゃであるNUMMIでおこなわれた。しかし、GMはこのクラスにシボレーブランドで「キャバリエ」をっており、社内しゃないどういちコンセプトで価格かかくたいちかい2つのモデルが競合きょうごうする事態じたいとなっていた。そのためシボレー販売はんばいてんでは、しばしばプリズムのあつかいに苦慮くりょすることとなる。これはジオのブランド戦略せんりゃくとしての混迷こんめいりを端的たんてきにあらわしていた。ジオ消滅しょうめつにはシボレーブランドに統合とうごうされ、USカローラ110けい前期ぜんきベースの「シボレー・プリズム」としてモデルチェンジし、1.8リッター1ZZ-FEエンジン(VVT-i)を搭載とうさいして2002ねんまで販売はんばい継続けいぞくされた。このような経緯けいいであったが、さすがにベースの素性すじょうかったのかぜんだいとおしてけい99まん8せんだい販売はんばい台数だいすう記録きろくしている。モデルチェンジにはキャバリエと車種しゃしゅ統合とうごうされ「シボレー・コバルト」となった。

Metro
メトロ 1989ねん 2001ねん FFのコンパクト2ドアコンバーチブル、3,5ドアハッチバック、およびカナダ専売せんばいの4ドアセダン。日本にっぽんめいスズキ・カルタス」。北米ほくべいにおいて販売はんばいされていた「シボレー・スプリント」を、ジオにブランドにれた。パワーはすくなかったが、その燃費ねんぴ使つか勝手がってのよさ、そして競合きょうごう車種しゃしゅすくなかったため、サブコンパクトとしては異例いれいのヒットとなった。

関連かんれん項目こうもく

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