ジャック・カロ

ファン・ダイクによるカロの肖像しょうぞう（1626年ねん頃ごろ）

ジャック・カロ（Jacques Callot, 1592年ねん - 1635年ねん3月24日にち）は、バロック期きに活動かつどうしたロレーヌ地方ちほう出身しゅっしんの版画はんが家か。オールド・マスター・プリント（old master print、西洋せいようの伝統でんとう的てきな版画はんが）における重要じゅうよう人物じんぶつの一人ひとりである。生涯しょうがいを通つうじ、約やく1400点てんの細密さいみつなエッチングを制作せいさくし、華はなやかな王宮おうきゅう生活せいかつと並ならんで兵士へいしや道化どうけ、酔よっ払ぱらいやジプシー、乞食こじきなどを題材だいざいにした作品さくひんも多おおく残のこした。宗教しゅうきょうや軍隊ぐんたいを題材だいざいにしたものもあり、それらの多おおくは開あけた眺望ちょうぼうを背景はいけいにして描えがかれている。

生涯しょうがい

Burlesque Violinist, 6 x 8.5 cm

ジャック・カロは現在げんざいフランス領りょうとなっているロレーヌ公国こうこくの首都しゅとナンシーで生うまれた。カロは身分みぶんの高たかい家柄いえがらに生うまれ（父ちちはロレーヌ公こうに仕つかえる式部しきぶ官かんであった）、後ごの自作じさくの署名しょめいにも自身じしんを貴族きぞくとして書かき込こんでいる。15歳さいの時ときに金かね細工ざいく師しの徒弟とていとなるが、すぐにローマに出で、ここで国外こくがい追放ついほうされたフランス人じんフィリップ・トマッサンから版画はんがの技術ぎじゅつを学まなんだ。続つづいてカロはフィレンツェでアントニオ・テンペスタからエッチングの技法ぎほうを学まなび、1612年ねんから21年ねんまでこの地ちで過すごした。なお、カロには2000点てんを越こえるスケッチが現存げんそんしているが、すべて版画はんがの下した描えがき用ようのものであり、おそらく絵画かいがの修行しゅぎょうは積つまなかったものと考かんがえられる。

フィレンツェに在住ざいじゅうする間あいだに版画はんが家かとして独立どくりつし、特とくにメディチ家かからの注文ちゅうもんを受うけた。1621年ねんにコジモ2世せいが死去しきょしてのちにナンシーに戻もどり、残のこりの生涯しょうがいをこの地ちで過すごしたが、晩年ばんねんはパリやオランダも訪おとずれている。カロはロレーヌやフランス、スペインの宮廷きゅうていから注文ちゅうもんを受うけたほか、パリの出版しゅっぱん社しゃからも注文ちゅうもんを取とった。ナンシーの僻地へきちにこもっていたにも拘かかわらず、彼かれの絵えはヨーロッパ中ちゅうに広ひろまり、レンブラントは熱心ねっしんなコレクターの一人ひとりであった。

エッチング技法ぎほうの革新かくしん

Massacre of the Innocents, 13.7 x 10.5 cm

Jacques Callot : La Tentation de Saint-Antoine, 2^e version, 1634

カロは卓越たくえつした版画はんが技術ぎじゅつを持もっていたが、それは彼かれ自身じしんがおこなった重要じゅうような技術ぎじゅつ革新かくしんに支ささえられていた。カロは「エショップ（échoppe）」という、先端せんたんが傾斜けいしゃした楕円だえん形がたの断面だんめんになっているエッチング針はりを多用たようし、これによってそれまでエングレービングでしかできなかったような膨ふくらみのある線せんを、エッチングにおいても表現ひょうげんできるようになった。

またカロは、エッチングに用もちいる防蝕ぼうしょく剤ざいをそれまで一般いっぱんに使つかわれていたロウではなく、リュートの制作せいさく者しゃが使つかう硬かたいニスを使用しようした。この変更へんこうによって彫ほられた線せんがより深ふかく腐蝕ふしょくされるようになり、印刷いんさつに使つかう版はんの寿命じゅみょうを伸のばすと同時どうじに、酸さんの過剰かじょうな侵食しんしょくによる失敗しっぱい、ファウル・バイティング（foul-biting）を劇的げきてきに減へらすことに成功せいこうした。ファウル・バイティングはそれまで、版画はんが制作せいさく者しゃが一ひとつのエッチングにあまりに多おおくの時間じかんをかけることを躊躇ちゅうちょさせていたが、この革新かくしんによってそれまでエングレービングの占有せんゆう物ぶつであった高度こうどに細密さいみつな表現ひょうげんが、エッチングによっても可能かのうとなった。

カロはまた「ストッピング・アウト（stoppings-out）」を複ふく数すう回かい行おこなう技術ぎじゅつにおいて卓越たくえつしていた。これは版はん全体ぜんたいを酸さんで腐蝕ふしょくさせる際さい、陰影いんえいのトーンを軽かるくしておきたい部分ぶぶんを防蝕ぼうしょく剤ざいで覆おおっておく技法ぎほうであり、カロはこの工程こうていで入念にゅうねんな調節ちょうせつを行おこない、前例ぜんれいのないほどの微妙びみょうな距離きょり感かんや陰影いんえいの表現ひょうげんに成功せいこうした。

これらのカロの技法ぎほうは、彼かれの弟子でしの一人ひとりであったアブラム・ボス（Abraham Bosse）によって書かかれたエッチングの技法ぎほう書しょによって紹介しょうかいされ、イタリア語ご、オランダ語ご、ドイツ語ご、英語えいごに訳やくされてヨーロッパ中ちゅうに広ひろまった。

『戦争せんそうの惨禍さんか』

『戦争せんそうの惨禍さんか』

カロのもっともよく知しられている作品さくひんは『戦争せんそうの惨禍さんか』と題だいされたシリーズである。これは『大おおきな惨禍さんか』として知しられる1633年ねんの18枚まいの作品さくひんと、それ以前いぜんに作つくられた未完みかんの『小ちいさな惨禍さんか』からなる（名称めいしょうは絵えの大おおきさに由来ゆらいするが、大おおきなものでも8×13cm程度ていどである）。

これらの絵えでは戦争せんそうのさなかで兵士へいしたちが町まちや村むら、修道院しゅうどういんで略奪りゃくだつと放火ほうかを行おこない、その末すえに上官じょうかんによって処刑しょけいされ、あるいは農民のうみんによって私刑しけいにかけられ、あるいは体からだの不自由ふじゆうな乞食こじきに成なり果はてる様ようが描えがかれている。『大おおきな惨禍さんか』のシリーズが出版しゅっぱんされた1633年ねんは三さん十じゅう年ねん戦争せんそうによってロレーヌ地方ちほうがフランス軍ぐんから侵略しんりゃくを受うけていた年としであり、カロの『戦争せんそうの惨禍さんか』はゴヤの『戦争せんそうの惨禍さんか』シリーズと並ならぶ、戦争せんそうの非ひ人間にんげん性せいに対たいする芸術げいじゅつによる告発こくはつの例れいとなっている。

参考さんこう文献ぶんけん

• A Hyatt Mayor, Prints and People, Metropolitan Museum of Art/Princeton, 1971, nos 455-460.ISBN 0-691-00326-2
• DP Becker in KL Spangeberg (ed), Six Centuries of Master Prints, Cincinnati Art Museum, 1993, no 74 (Large Miseries of War), ISBN 0-931537-15-0

日本語にほんご文献ぶんけん

• 『画集がしゅう ジャック・カロ』 谷口たにぐち江里えり也編著ちょ、講談社こうだんしゃ、1985年ねん
• 『ジャック・カロ版ばん画展がてん　神奈川かながわ県立けんりつ近代きんだい美術館びじゅつかんコレクション』 伊丹いたみ市立しりつ美術館びじゅつかん、2005年ねん　
• 『ジャック・カロ　リアリズムと奇想きそうの劇場げきじょう』 国立こくりつ西洋せいよう美術館びじゅつかん、2014年ねん
• 谷口たにぐち江里えり也『ジャック・カロを知しっていますか？』 未知みち谷だに、2023年ねん。ISBN 978-4-89642-688-5

外部がいぶリンク

• Bodkin Prints - Links to over 1,000 Callot prints (see section B)
• Jacques Callot on the Internet from Artcyclopedia.
• Jacques Callot drawings and engravings