(Translated by https://www.hiragana.jp/)
ラドミル・エリシュカ - Wikipedia コンテンツにスキップ

ラドミル・エリシュカ

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
ラドミル・エリシュカ
Radomil Eliška
生誕せいたん (1931-04-06) 1931ねん4がつ6にち
チェコスロバキアの旗 チェコスロバキア ズデーテン地方ちほう
死没しぼつ (2019-09-01) 2019ねん9月1にち(88さいぼつ
学歴がくれき ブルノ音楽おんがく大学だいがく
ジャンル クラシック音楽おんがく
職業しょくぎょう 指揮しきしゃ

ラドミル・エリシュカ(Radomil Eliška、1931ねん4がつ6にち - 2019ねん9月1にち[1])は、チェコ出身しゅっしん指揮しきしゃである。

略歴りゃくれき

[編集へんしゅう]

チェコの北東ほくとうズデーテン地方ちほうまれ、8さいからヴァイオリンならはじめる。ブルノ音楽おんがく大学だいがくヤナーチェク高弟こうていブルジェティスラフ・バカラ師事しじする[2]大学だいがく卒業そつぎょうはチェコの交響こうきょう楽団がくだん同地どうち軍楽隊ぐんがくたいなどを指揮しきしながら研鑽けんさんむ。

1968ねんカルロヴィ・ヴァリ交響こうきょう楽団がくだん首席しゅせき指揮しきしゃえらぶためのコンクールに参加さんか優勝ゆうしょうし、1969ねんから首席しゅせき指揮しきしゃけん音楽おんがく監督かんとくつとめた。このあいだチェコ・フィルハーモニー管弦楽かんげんがくだんプラハ交響こうきょう楽団がくだんなどにも客演きゃくえんし、プラハのはる音楽おんがくさいにもたびたび出演しゅつえんしている。1989ねんビロード革命かくめいののち、チェコ国内こくないのオーケストラでチェコじんのシェフが解任かいにんされるという事態じたいなかで、1990ねんにカルロヴィ・ヴァリ交響こうきょう楽団がくだんのポストをした。

1978ねんからプラハ芸術げいじゅつアカデミー指揮しきほう教鞭きょうべんり、1996ねんから2008ねんまで指揮しき教授きょうじゅつとめた。また、プラハ芸術げいじゅつアカデミーではヤクブ・フルシャ指揮しきおしえた。2001ねんから2013ねんまでチェコ・ドヴォルザーク協会きょうかい会長かいちょうつとめた。東西とうざい冷戦れいせん時代じだい西側にしがわ活動かつどうできなかったことが一因いちいんとなり、奇抜きばつさや器用きようさが評価ひょうかされる現代げんだい風潮ふうちょうとは対照たいしょうてきに、意味いみ素朴そぼくふるいタイプの指揮しきしゃで、本場ほんば一番いちばん正統せいとうてき音楽おんがく解釈かいしゃくけていた[3]活動かつどうがチェコ国内こくない中心ちゅうしんであったために、日本にっぽんでは最近さいきんまでそのられていなかった。2004ねんはつ来日らいにち以後いご日本にっぽんにおいて活発かっぱつ指揮しき活動かつどうおこなった(次項じこうのとおり)。

2019ねん9月1にち死去しきょ享年きょうねん88[1]

日本にっぽんでの指揮しき活動かつどう

[編集へんしゅう]

2004ねんはつ来日らいにちし、東京とうきょうフィルハーモニー交響こうきょう楽団がくだん(2010ねんにも客演きゃくえん)と名古屋なごやフィルハーモニー交響こうきょう楽団がくだん指揮しきしている。2006ねん札幌さっぽろ交響こうきょう楽団がくだん大阪おおさかセンチュリー交響こうきょう楽団がくだん2008ねん東京とうきょう交響こうきょう楽団がくだん大阪おおさかフィルハーモニー交響こうきょう楽団がくだんどうオケには2011ねん、2013ねん、2015ねん、2017ねんにも客演きゃくえん)、2009ねんNHK交響こうきょう楽団がくだん(2012ねんにも客演きゃくえん)、九州きゅうしゅう交響こうきょう楽団がくだん(2011ねんにも客演きゃくえん)、2013ねん東京とうきょう佼成ウインドオーケストラ2014ねん東京音楽大学とうきょうおんがくだいがくフェスティバル・オーケストラ、読売よみうり日本にっぽん交響こうきょう楽団がくだん2016ねん京都きょうと交響こうきょう楽団がくだん指揮しきするひとし積極せっきょくてき日本にっぽんのオーケストラと共演きょうえんし、「おくれてきた巨匠きょしょう」としてあつ注目ちゅうもくあつめた。

「2009ねん しんのこったNひびきコンサート コンサートへん」では、「わが祖国そこく全曲ぜんきょくのプログラムでだい1選出せんしゅつされた[4]2012ねん、NHK交響こうきょう楽団がくだん定期ていき演奏えんそうかいさい登場とうじょう、ドヴォルザーク、ヤナーチェクなどを指揮しき


2008ねん4がつから札幌さっぽろ交響こうきょう楽団がくだん首席しゅせき客演きゃくえん指揮しきしゃ2015ねんから名誉めいよ指揮しきしゃ)。どう楽団がくだんドヴォルザークヤナーチェクブラームスチャイコフスキーのチクルスにみ、すうおおくの録音ろくおんのこした。2016ねん2017ねんどう楽団がくだん東京とうきょう公演こうえんおこな成功せいこうおさめる。

大阪おおさかフィルハーモニー交響こうきょう楽団がくだんとも共演きょうえんかさね、ドヴォルザークの「スターバト・マーテル」を録音ろくおん

健康けんこうじょう理由りゆうから、2017ねん10月札幌さっぽろ交響こうきょう楽団がくだん大阪おおさかフィルハーモニー交響こうきょう楽団がくだんへの出演しゅつえん最後さいご来日らいにち公演こうえんとすることが発表はっぴょうされた[5]

2017ねん10月大阪おおさかフィルハーモニー交響こうきょう楽団がくだんとはオール・ドヴォルザーク・プログラム(ほん公演こうえん文化庁ぶんかちょう芸術げいじゅつさい優秀ゆうしゅうしょう受賞じゅしょう)、札幌さっぽろ交響こうきょう楽団がくだんとは2006ねんはつ共演きょうえん話題わだいんだリムスキー=コルサコフシェエラード曲目きょくもく変更へんこうしたプログラムで、しまれつつ最後さいご来日らいにち公演こうえんえた。

ラドミル・エリシュカと札幌さっぽろ交響こうきょう楽団がくだんは、2006ねんはつ共演きょうえん相思相愛そうしそうあいおちい奇跡きせきめい演奏えんそうひろ偉大いだい足跡あしあとしるしたとして、2017年度ねんどだい30かいミュージック・ペンクラブ音楽おんがくしょう特別とくべつしょう受賞じゅしょうした。[6]

2018ねん4がつプラハのドヴォルザーク記念きねんかん開催かいさいされた講演こうえんかいで、みずからの日本にっぽんにおける指揮しき活動かつどうなどについてかたった。

生誕せいたん90ねんとなる2021ねん4がつに、母国ぼこくチェコのラジオ・チャンネルD-durが、特集とくしゅう番組ばんぐみ「ラドミル・エリシュカ―札幌さっぽろ指揮しきしゃ伝説でんせつ」を放送ほうそうした。

生誕せいたん90ねん札幌さっぽろ交響こうきょう楽団がくだん創立そうりつ60周年しゅうねんとなる2021ねん10月彫刻ちょうこく遠藤えんどうたけふとしがエリシュカのくびぞう製作せいさく札幌さっぽろ交響こうきょう楽団がくだん寄贈きぞうした[7]。また12月にはBlu-ray Disc「ザ・フェアウェエルコンサート・イン・札幌さっぽろ」がリリースされた。

ディスコグラフィ

[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう

[編集へんしゅう]

出典しゅってん

[編集へんしゅう]
  1. ^ a b Zemřel český dirigent a pedagog Radomil Eliška”. Opera Plus. 2019ねん9がつ2にち閲覧えつらん
  2. ^ Černušák, Gracián (ed.); Štědroň, Bohumír; Nováček, Zdenko (ed.) (1963). Československý hudební slovník I. A-L. Prague: Státní hudební vydavatelství. pp. p. 295 (チェコ
  3. ^ “エリシュカ「最後さいご来日らいにち公演こうえん」”. 北海道新聞ほっかいどうしんぶん (北海道新聞社ほっかいどうしんぶんしゃ). (2017ねん11月4にち)
  4. ^ 結果けっか発表はっぴょうもっとしんのこったNひびきコンサート&ソリスト2009
  5. ^ “10がつ最後さいご来日らいにち公演こうえん”. 北海道新聞ほっかいどうしんぶん (北海道新聞社ほっかいどうしんぶんしゃ). (2017ねん6がつ23にち)
  6. ^ だい30かいミュージック・ペンクラブ音楽おんがくしょう 決定けっていのおらせ
  7. ^ 札幌さっぽろ交響こうきょう楽団がくだん60ねんデジタルアーカイブ 2022, p. HISTORY2011-2021>.

参考さんこう文献ぶんけん

[編集へんしゅう]