公開 こうかい 採点 さいてん 制度 せいど (こうかいさいてんせいど)、またはオープン・スコアリング・システム (Open Scoring System)は、ボクシング を始 はじ めとする格闘技 かくとうぎ において、採点 さいてん の途中 とちゅう 経過 けいか を試合 しあい 中 ちゅう に公開 こうかい する制度 せいど である。
導入 どうにゅう への経緯 けいい [ 編集 へんしゅう ]
公開 こうかい 採点 さいてん 制度 せいど は1999年 ねん に世界 せかい ボクシング協会 きょうかい (WBA)で試験 しけん 導入 どうにゅう されたが、審判 しんぱん 員 いん へのプレッシャーなどもあり本格 ほんかく 採用 さいよう には至 いた らなかった。同年 どうねん 、世界 せかい ボクシング評議 ひょうぎ 会 かい (WBC)でも公開 こうかい 採点 さいてん 制度 せいど について経過 けいか 報告 ほうこく がなされたが、導入 どうにゅう に反対 はんたい の意見 いけん が大勢 おおぜい を占 し めていたために審議 しんぎ はされなかった[1] [2] 。
だが、2006年 ねん 8月 がつ 2日 にち の亀田 かめだ 興 きょう 毅 あつし vsファン・ランダエタ 戦 せん など判定 はんてい を巡 めぐ るトラブルが目立 めだ つようになり、観戦 かんせん 側 がわ にもより分 わ かりやすくなるようなシステムが求 もと められた。WBCは同年 どうねん 11月 がつ 1日 にち のWBC年次 ねんじ 総会 そうかい で採用 さいよう を決定 けってい し、12日 にち 後 ご の2006年 ねん 11月13日 にち の世界 せかい ダブルタイトルマッチ(長谷川 はせがわ 穂積 ほづみ vs. ヘナロ・ガルシア 、イーグル京 きょう 和 かず vs. ロレンソ・トレホ )よりタイトルマッチ での公開 こうかい 採点 さいてん 制度 せいど が運用 うんよう された。しかし、この制度 せいど は専門 せんもん 家 か からさまざまなメリット・デメリットが指摘 してき されている。
現在 げんざい 、WBAなどの他 た 団体 だんたい でもオープン・スコアリング・システムの導入 どうにゅう を検討 けんとう しているが反対 はんたい 意見 いけん も多 おお く、決定 けってい には至 いた っていない。
2008年 ねん にはK-1 でも公開 こうかい 採点 さいてん 制度 せいど 導入 どうにゅう を決 き め、K-1 WORLD MAX 2008 World Championship Tournament FINAL にて試験 しけん 採用 さいよう される。
決 き められた回 かい ごとに審判 しんぱん 員 いん (ジャッジ)が匿名 とくめい によりそれまでの採点 さいてん を会場 かいじょう 内 ない に公開 こうかい する。リングアナウンサー が採点 さいてん を読 よ み上 あ げ、モニターあるいは電光 でんこう 掲示板 けいじばん に表示 ひょうじ する。テレビ放送 ほうそう でもテロップ として表示 ひょうじ される。
第 だい 4ラウンド終了 しゅうりょう 時 じ と第 だい 8ラウンド終了 しゅうりょう 時 じ に公開 こうかい 。
公開 こうかい 採点 さいてん の決定 けってい 権 けん は開催 かいさい 国 こく コミッション委 ゆだ ねられるため、WBCの世界 せかい 戦 せん すべてで採用 さいよう されるわけではなく、米国 べいこく など実施 じっし されない国 くに も存在 そんざい する[3] 。他 た 団体 だんたい との王座 おうざ 統一 とういつ 戦 せん などでは事前 じぜん に協議 きょうぎ を行 おこな い、採用 さいよう するか否 ひ かなどが決 き められる。東洋 とうよう 太平洋 たいへいよう ボクシング連盟 れんめい (OPBF)などWBC傘下 さんか の地域 ちいき 王座 おうざ でも採用 さいよう されている。
女子 じょし も当初 とうしょ は男子 だんし と同様 どうよう であったが、女子 じょし 世界 せかい 戦 せん は10回戦 かいせん で行 おこな われるため、2回 かい 目 め の公開 こうかい (第 だい 8R)後 ご は2Rしかなく公開 こうかい 後 ご の作戦 さくせん を実行 じっこう するには短 みじか すぎるため、2008年 ねん 12月からは2回 かい 目 め の公開 こうかい を第 だい 7R終了 しゅうりょう 後 ご に変更 へんこう した。2012年 ねん よりOPBF女子 じょし 戦 せん は8回戦 かいせん に短縮 たんしゅく されたため、採点 さいてん 公開 こうかい は第 だい 4R終了 しゅうりょう 後 ご の1回 かい のみに変更 へんこう されている。
2009年 ねん 12月6日 にち の多田 ただ 悦子 えつこ vs 富樫 とかし 直美 なおみ のWBA・WBCダブルタイトルマッチは協議 きょうぎ の結果 けっか 、第 だい 5ラウンド終了 しゅうりょう 時点 じてん で採点 さいてん を公開 こうかい する特別 とくべつ ルールが敷 し かれる事 こと になった[4] 。
2012年 ねん 6月 がつ 20日 はつか の井岡 いおか 一 はじめ 翔 しょう vs 八重樫 やえがし 東 ひがし のWBC・WBAダブルタイトルマッチ は両 りょう 団体 だんたい のを折衷 せっちゅう させたルールとなったが、公開 こうかい 採点 さいてん は採用 さいよう された。
2012年 ねん 7月 がつ 17日 にち 、日本 にっぽん 開催 かいさい のソニー・ボーイ・ハロ vs 五十嵐 いがらし 俊幸 としゆき のWBC世界 せかい フライ級 きゅう タイトルマッチでは、運営 うんえい 側 がわ の人員 じんいん 不足 ふそく でポイント集計 しゅうけい に手間取 てまど り、第 だい 4ラウンド・第 だい 8ラウンド終了 しゅうりょう 時 じ の場内 じょうない アナウンスに間 ま に合 あ わず、1回 かい 遅 おく れの第 だい 5ラウンド・第 だい 9ラウンド終了 しゅうりょう 時 じ に発表 はっぴょう された[5] 。
2022年 ねん 6月 がつ 7日 にち の井上 いのうえ 尚弥 なおや vs ノニト・ドネア のWBA・IBF・WBC世界 せかい バンタム級 きゅう 王座 おうざ 統一 とういつ 戦 せん は当初 とうしょ 公開 こうかい 採点 さいてん を採用 さいよう すると発表 はっぴょう していたが[6] 、WBC以外 いがい の団体 だんたい から異論 いろん が出 で たため当日 とうじつ になって中止 ちゅうし になった[7] 。
日本 にっぽん ボクシングコミッション (JBC)では日本 にっぽん タイトルマッチにて2013年 ねん の試験 しけん 導入 どうにゅう を経 へ て本 ほん 採用 さいよう 。10回戦 かいせん のため5回 かい 終了 しゅうりょう の1回 かい のみ。なお、WBOアジア太平洋 たいへいよう タイトルマッチとの2冠 かん 戦 せん は12回戦 かいせん になるが、これについても5回 かい 終了 しゅうりょう の1回 かい のみとなる。
IBA ルールでは、各 かく ラウンド終了 しゅうりょう ごとに採点 さいてん を公開 こうかい しており、観客 かんきゃく 席 せき 前 まえ にもモニターを設置 せっち して採点 さいてん を公開 こうかい するシステムが導入 どうにゅう されている。
K-1の場合 ばあい は基本 きほん 3Rのため、1R・2R各 かく 終了 しゅうりょう 時 じ に公開 こうかい する。
パンクラス は基本 きほん 3RのためK-1と同様 どうよう であるが、ラウンドごとの採点 さいてん として公開 こうかい する。
観客 かんきゃく にとって戦況 せんきょう が的確 てきかく に把握 はあく できる。
セコンドも以降 いこう のラウンドの作戦 さくせん が立 た てやすくなる。
ポイントで挽回 ばんかい することが困難 こんなん になった選手 せんしゅ は積極 せっきょく 的 てき にノックダウン を狙 ねら わざるを得 え なくなり、アグレッシブな試合 しあい を観戦 かんせん できる。
3人 にん のジャッジがどのような傾向 けいこう で評価 ひょうか しているかを掴 つか むことが出来 でき 、いわゆる「不可解 ふかかい な判定 はんてい 」が少 すく なくなる。
ノックダウンではなく、ポイントアウトを狙 ねら った試合 しあい 運 はこ びが容易 ようい になってしまう。
ポイントの挽回 ばんかい もダウンを奪 うば うことも困難 こんなん になった選手 せんしゅ は、諦 あきら めてしまい試合 しあい を投 な げ出 だ してしまう。
ポイントで優勢 ゆうせい になった選手 せんしゅ は守 まも りの姿勢 しせい になってしまい、アグレッシブさがなくなり「倒 たお されなければよい」というボクシングになってしまう。