制空権せいくうけん

制空権せいくうけん（せいくうけん、英語えいご: control of the air および、その段階だんかいである air supremacy および air superiority）とは、航空こうくう戦せんにおいて味方みかたの航空こうくう戦力せんりょくが空そらにおいて敵てきの航空こうくう戦力せんりょくを撃破げきはまたは抑制よくせいして優勢ゆうせいであり、所望しょもうの空域くういきを統制とうせいまたは支配しはいし、敵てきから大おおきな妨害ぼうがいを受うけることなく、陸りく・海うみ・空そらの諸しょ作戦さくせんを実施じっしできる状態じょうたいおよびその力ちからである^[1]。

一般いっぱん的てきに「空そら（大気圏たいきけん内うち）」での「航空こうくう戦せん」においての概念がいねんであり、弾道だんどうミサイルやそれに対たいするミサイル防衛ぼうえい、「宇宙うちゅう（大気圏たいきけん外そと）」の戦闘せんとうは含ふくまれない。

概念がいねん

北大西洋きたたいせいよう条約じょうやく機構きこう（NATO）及およびアメリカ国防総省こくぼうそうしょうは「control of the air」を、完全かんぜんに航空こうくう脅威きょういを取とり除のぞき制圧せいあつした状態じょうたいである「Air supremacy」と、一時いちじ的てきに航空こうくう脅威きょういを排除はいじょして諸しょ作戦さくせんを実施じっししやすくする「Air superiority」の段階だんかいに分わけている。日本にっぽんでは、前者ぜんしゃの段階だんかいを「制空権せいくうけん」、後者こうしゃの段階だんかいを「航空こうくう優勢ゆうせい(こうくうゆうせい、英えい: Air superiority）」と区別くべつすることもある^[2]。

また、戦史せんし叢書そうしょでは、航空こうくう兵力へいりょくで所要しょよう空域くういきを制圧せいあつする状態じょうたいを「制せい空そら（せいくう）」、制せい空そらの実みを持続じぞくすることを「制空権せいくうけんを取とる」と区別くべつしている^[3]。

なお、現在げんざいの日本にっぽんにおいては「制空権せいくうけん」(Control of the air) という用語ようごは、防衛ぼうえい白書はくしょ等ひとしにおいて公式こうしきには使つかわれず「航空こうくう優勢ゆうせい」(Air superiority) が用もちいられる。日本語にほんごのこの二ふたつはほぼ同義どうぎだが、米国べいこく軍事ぐんじ用語ようごでは各々おのおの、別べつの意味いみで用もちいられて来きた経緯けいいがあるため、齟齬そごが発生はっせいしている^[4]^[5]。

変遷へんせん

「航空こうくう戦せん」も参照さんしょう

第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせんから第だい二に次じ世界せかい大戦たいせん期き

飛行機ひこうきが開発かいはつされ、第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせんにおいて初はじめて本格ほんかく的てきな「空そらからの攻撃こうげき」始はじまり、航空機こうくうき同士どうしの戦たたかいとして「航空こうくう戦せん」が繰くり広ひろげられていく。1916年ねんのヴェルダンの戦たたかいでドイツが戦場せんじょう上空じょうくうの制せい空そら獲得かくとくのために行いった空中くうちゅう阻塞、駆逐くちく戦法せんぽうといわれた数すう層そうに戦闘せんとう機きを配置はいちした防御ぼうぎょ的てき阻塞幕まくを構成こうせいする方法ほうほうなどに現あらわれていた。戦闘せんとう機きの発達はったつとともに敵てき機き撃墜げきつい、航空こうくう優勢ゆうせいを獲得かくとくする戦法せんぽうに発展はってんし、空中くうちゅうアクロバット戦せんが展開てんかいされていったが、航続こうぞく距離きょりが短みじかかったこともあり、侵攻しんこうして攻撃こうげきするような戦法せんぽうは未熟みじゅくだった^[6]。

イタリアの軍人ぐんじんジュリオ・ドゥーエの著書ちょしょ『制せい空そら』（1921年ねん）によって制せい空そら (英えい: Command of the air) の概念がいねんは注目ちゅうもくされた。『制せい空そら』は、航空こうくう戦力せんりょくは攻勢こうせいを本質ほんしつとするものであり、空中くうちゅうから敏速びんそく、決定的けっていてき破壊はかい攻撃こうげきを連続れんぞくして敵てきの物心ぶっしんの両面りょうめんの資源しげんを破壊はかいして勝利しょうりするというもので世界せかい的てきに反響はんきょうを呼よんだ。ドゥーエの制空権せいくうけん獲得かくとく徹底てってい第だい一いち主義しゅぎは航空こうくう撃滅げきめつに終始しゅうしして航空こうくう戦力せんりょくを撃滅げきめつし、航空こうくう優勢ゆうせいの保持ほじによる地上ちじょう作戦さくせんであった^[7]。ドゥーエやウィリアム・ミッチェルに代表だいひょうされる制せい空そら獲得かくとく、政戦せいせん略りゃく的てき要地ようち攻撃こうげき重視じゅうしするために戦略せんりゃく爆撃ばくげき部隊ぶたいの保持ほじが好このましく、1930年代ねんだいには技術ぎじゅつ的てきにも可能かのうとなり、列強れっきょうは分科ぶんか比率ひりつで爆撃ばくげき機きを重視じゅうしするようになった^[8]。

当時とうじは先制せんせい爆撃ばくげきによって敵てきの航空こうくう基地きちを壊滅かいめつさせ無力むりょく化かし、制空権せいくうけんを獲得かくとくできると考かんがえていたが、地上ちじょう基地きちを無力むりょく化かすることが困難こんなんであることが分わかった。1937年ねん9月がつの南京なんきん空襲くうしゅう作戦さくせんで日本にっぽん海軍かいぐんの源田げんた実み参謀さんぼうが戦闘せんとう機きを主体しゅたい的てき攻撃こうげき的てきに運用うんようし、敵てき戦闘せんとう機きを撃滅げきめつして制空権せいくうけんを獲得かくとくする「制せい空そら隊たい」を考案こうあんした。戦闘せんとう機きを中心ちゅうしんとする積極せっきょく的てきな作戦さくせんで戦術せんじゅつ思想しそうとしても画期的かっきてきであった^[9]。

制空権せいくうけんを得えるには航空こうくう撃滅げきめつ戦せんが有力ゆうりょくであり、海上かいじょうでは航空こうくう母艦ぼかんの撃滅げきめつで決定的けっていてきな成果せいかがある。しかし陸上りくじょうの航空こうくう基地きちを半永久はんえいきゅう的てきに使用しよう不能ふのうにするのは困難こんなんで、また基地きちも広範囲こうはんいに分散ぶんさんしているため、爆撃ばくげきによる航空こうくう撃滅げきめつでは目的もくてきを達たっしえない。敵てき機きを空地くうちで撃滅げきめつし敵てきの勢力せいりょく回復かいふくに支障ししょうを与あたえ、文武ぶんぶに長たけた人材じんざいを必要ひつようとし養成ようせいに時間じかんのかかるパイロットの消耗しょうもうを図はかると効果こうかが大おおきいため、戦闘せんとう機きの積極せっきょく的てき運用うんようが最もっとも効果こうか的てきであった^[10]。

1940年ねん7月がつから1941年ねん5月がつにかけて、ドイツ空軍くうぐんがイギリスに上陸じょうりくする目的もくてきの為ためにドーバー海峡かいきょう上うえ繰くり広ひろげたバトル・オブ・ブリテンがある。本来ほんらい、ドーバー海峡かいきょうはわずか40km程度ていどの広ひろさしかなく特とくに制空権せいくうけんを取とらなくても支障ししょうがない海峡かいきょうであるが、ドイツは海軍かいぐん力りょくを増強ぞうきょうせずに開戦かいせんせざるを得えなくなったため、やむを得えず挑いどむ形かたちになった。当時とうじのイギリス空軍くうぐんはドイツ空軍くうぐんより装備そうび数すうや機体きたいの性能せいのうで劣おとっていたが、ドイツ空軍くうぐんは戦略せんりゃく爆撃ばくげき機きや長距離ちょうきょり侵攻しんこうを可能かのうとする戦闘せんとう機きを持もたない華奢きゃしゃな組織そしきであったため（これも開戦かいせんが早はやまったことと戦術せんじゅつ空軍くうぐんという陸軍りくぐんの補助ほじょを目的もくてきとして作つくられた点てんが悪影響あくえいきょうを与あたえた）、イギリスにとっては有利ゆうりな動うごきで進すすむ形かたちになった。また、ドイツの首脳しゅのう部ぶの誤あやまりによって空軍くうぐん基地きちを攻撃こうげきしていたのを都市とし部ぶを空襲くうしゅうするという流ながれに移うつったため、イギリス空軍くうぐんの再建さいけんの時間じかんを与あたえてしまい、ドイツは最終さいしゅう的てきに英えい本土ほんど侵攻しんこうを断念だんねんせざるを得えなくなった。

「制空権せいくうけん」から「航空こうくう優勢ゆうせい」へ

従来じゅうらいアメリカ空軍くうぐんにおいて、制空権せいくうけんを獲得かくとくした状態じょうたいを表あらわす類似るいじ語ごは複数ふくすう存在そんざいした。制空権せいくうけん (英えい: Control of the air) の語かたりはアメリカ陸軍りくぐん軍人ぐんじんウィリアム・ミッチェルの『空軍くうぐんによる防衛ぼうえい』の中なかで使つかわれた。1965年ねん以降いこう、実際じっさいに発生はっせいしやすい「Air superiority」が主おもに使つかわれるようになり、日本にっぽんにおいてもその訳語やくごである「航空こうくう優勢ゆうせい」が「制空権せいくうけん」に代かわりよく使つかわれるようになった。

現代げんだい戦せんにおいて、空そらからの脅威きょういを無視むしした作戦さくせんは成立せいりつしえず、敵てきの航空こうくう戦力せんりょくを排除はいじょすることによって、陸上りくじょうにおける作戦さくせんを有利ゆうりに実施じっしすることができる。

1973年ねんの第だい四よん次じ中東ちゅうとう戦争せんそうでは、イスラエル空軍くうぐんが当初とうしょの劣勢れっせいを克服こくふくして敵てきの航空こうくう戦力せんりょくに対たいし、攻撃こうげきを繰くり返かえし、やがて航空こうくう優勢ゆうせいを獲得かくとくし、作戦さくせんの主導しゅどう権けんを握にぎり、アラブ側がわを敗退はいたいさせた。これについて、アメリカ統合とうごう参謀さんぼう本部ほんぶ議長ぎちょうムーアは「航空こうくう戦力せんりょく投入とうにゅうの優先ゆうせん権けんは、戦場せんじょうでの航空こうくう優勢ゆうせいを獲得かくとく、維持いじすることに与あたえなければならないという伝統でんとう的てきドクトリンは、今回こんかいの戦争せんそうで再ふたたび立証りっしょうされた」と述のべており、航空こうくう作戦さくせんの運用うんようでは、航空こうくう優勢ゆうせいの獲得かくとく・維持いじが重視じゅうしされる^[2]。

2022年ねんロシアのウクライナ侵攻しんこうでは、ロシアは侵攻しんこう初日しょにちから航空こうくう優勢ゆうせいの獲得かくとくに失敗しっぱい。その後ごも航空こうくう優勢ゆうせいを獲得かくとくできないまま地上ちじょう部隊ぶたいを進すすめたため大おおきな損害そんがいを生しょうじるきっかけとなった^[11]。

脚注きゃくちゅう

[脚注きゃくちゅうの使つかい方かた]

^ 防衛ぼうえい学会がっかい『国防こくぼう用語ようご辞典じてん』朝ちょう雲くも新聞しんぶん社しゃ171頁ぺーじ、真ま邉正行ぎょう『防衛ぼうえい用語ようご辞典じてん』国書刊行会こくしょかんこうかい121頁ぺーじ
^ ^a ^b 防衛ぼうえい学会がっかい『国防こくぼう用語ようご辞典じてん』朝ちょう雲くも新聞しんぶん社しゃ104頁ぺーじ
^ 戦史せんし叢書そうしょ102陸海りくかい軍ぐん年表ねんぴょう付づけ・兵器へいき・兵へい語ごの解説かいせつ358頁ぺーじ
^ 『Winged Defense』(空軍くうぐんによる防衛ぼうえいウィリアム・ミッチェル(Dover Pubilications,Inc.Mineola, New York,1988),p.222
^ 第だい63回かい国会こっかい衆議院しゅうぎいん会議かいぎ録ろく第だい十じゅう三さん号ごう「防衛庁ぼうえいちょう設置せっち法ほう等とうの一部いちぶを改正かいせいする法律ほうりつ案あんの趣旨しゅし説明せつめいに対たいする大出おおいで俊しゅん君くんの質疑しつぎ」(昭和しょうわ45年ねん3月がつ26日にち)379頁ぺーじ
^ 戦史せんし叢書そうしょ52陸軍りくぐん航空こうくうの軍備ぐんびと運用うんよう(1)昭和しょうわ十じゅう三さん年ねん初期しょきまで57-59頁ぺーじ
^ 戦史せんし叢書そうしょ52陸軍りくぐん航空こうくうの軍備ぐんびと運用うんよう(1)昭和しょうわ十じゅう三さん年ねん初期しょきまで59、233、553頁ぺーじ
^ 戦史せんし叢書そうしょ52陸軍りくぐん航空こうくうの軍備ぐんびと運用うんよう(1)昭和しょうわ十じゅう三さん年ねん初期しょきまで373頁ぺーじ
^ 戦史せんし叢書そうしょ72中国ちゅうごく方面ほうめん海軍かいぐん作戦さくせん(1)昭和しょうわ十じゅう三さん年ねん四よん月がつまで 405-407頁ぺーじ、源田げんた実み『海軍かいぐん航空こうくう隊たい始末しまつ記き発進はっしん篇へん』文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう新しん社しゃ206-215頁ぺーじ
^ 戦史せんし叢書そうしょ95海軍かいぐん航空こうくう概がい史し124頁ぺーじ
^ “｢信しんじられないくらい未熟みじゅくでお粗末そまつ｣元もと自衛隊じえいたい幹部かんぶが読よみ解とくロシア軍ぐんの"決定的けっていてきな弱点じゃくてん"”. プレジデント (2022年ねん6月がつ8日にち). 2022年ねん6月がつ27日にち閲覧えつらん。

参考さんこう文献ぶんけん

防衛大学校ぼうえいだいがくこう・防衛ぼうえい学がく研究けんきゅう会かい編へん『軍事ぐんじ学がく入門にゅうもん』（かや書房しょぼう、2000年ねん）
柳田やなぎだ修おさむ (June, 2020). “米べい軍ぐんにおける「制空権せいくうけん」と「航空こうくう優勢ゆうせい」” (PDF). ブリーフィング・メモ. 防衛ぼうえい研究所けんきゅうじょ. 2020年ねん10月がつ29日にち閲覧えつらん。