(Translated by https://www.hiragana.jp/)
古代ペルシアにおける伝統的な水源 - Wikipedia コンテンツにスキップ

古代こだいペルシアにおける伝統でんとうてき水源すいげん

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

古代こだいペルシアにおける伝統でんとうてき水源すいげん(こだいペルシアにおけるでんとうてきなすいげん)とは、具体ぐたいてきには、イランペルシア)におけるカナート(ペルシアقنات (ghanāt))、カーリーズ(ペルシア کاریز,(kārīz))としてられる用水路ようすいろ特殊とくしゅなネットワークを意味いみする。

古代こだいペルシアの広大こうだい土地とちにおいては、おおきな河川かせんアルヴァンドがわアラスがわザーヤンデルードがわセフィードルードがわアトラクがわ英語えいごばんなど)はごくまれな存在そんざいであった。ほとんどの河川かせんぶしてきなものであり、伝統でんとうてき都市とし集落しゅうらくのニーズにこたえることはできなかった。なんねんにもわたり都市とし集落しゅうらく成長せいちょうしていくなかで、局所きょくしょてきられたふか井戸いどふかさ100メートルほど)では需要じゅよう対応たいおうできなくなり、 カナートやカーリーズの体系たいけいてき掘削くっさくにつながっていった。

伝統でんとうてきなペルシア建築けんちくにおいて、カーリーズはちいさなカナートで、通常つうじょう都市とし内側うちがわにある。カーリーズはカナートを最終さいしゅう目的もくてきとどけていくものである。

カナートとカーリーズの歴史れきし

[編集へんしゅう]
テヘランのニアヴァランにあるカーリーズ。 イラン国立こくりつ図書館としょかん敷地しきちみずをまくために使用しようされていた。

カナートの起源きげんはじめて研究けんきゅうしたのはヘンリー・ゴブロで、その著書ちょしょ『カナート―みず技術ぎじゅつ』において、古代こだいのペルシアじんは、坑夫こうふたちにとっては邪魔じゃまとなっていたみず利用りようして、カナートまたはカーリーズという基本きほんシステムを設立せつりつし、農地のうち必要ひつようみず供給きょうきゅうしていたことをべている。ゴブロによると、この技術ぎじゅつ革新かくしん現在げんざいのイランの北西ほくせい、トルコとの国境こっきょうせっする地域ちいきおこなわれ、のち隣接りんせつするザグロス山脈さんみゃく導入どうにゅうされていったという。

ペルシアのカナートの歴史れきしは、なに世紀せいきときにはなんせんねんまえにさかのぼるもので[1]、イラン中央ちゅうおう都市としザールチには、最古さいこ最長さいちょうのカナート(3,000ねん以上いじょうまえ全長ぜんちょう71 km)があり、の3,000ねんまえのカナートがイラン北部ほくぶ発見はっけんされている [2] 。カナートはほとんどが標高ひょうこうたか場所ばしょからきて、都市としたっすると カーリーズとよばれるちいさな地下ちか運河うんが分散ぶんさんしたネットワークに分割ぶんかつされていった。 カナートと同様どうように、これらのちいさな運河うんが地下ちか(~20だん)にあり、汚染おせん非常ひじょうすくなくなるように建設けんせつされた。 かずせんねんまえ建設けんせつされたこれらの地下水ちかすいは 、蒸発じょうはつによる損失そんしつがなく、汚染おせんのおそれがないため、飲料いんりょうすいてきしていた [3]

しかしその、ペルシアの土地とちでは都市としがさらに成長せいちょうし、カナートでは住民じゅうみんのニーズにこたえることができなくなる。 この時期じきには、裕福ゆうふく住民じゅうみんがアーブ・アンバール(ペルシアآبانبار)とよばれる私有しゆう貯水池ちょすいち建設けんせつはじめていた [4]

フィン庭園ていえん にあるこのカナートはソロモンのいずみ("Cheshmeh-ye Soleiman")とよばれ、すうせんねんながれているとかんがえられているいずみからのもの。 古代こだいからシアルク地域ちいきみず供給きょうきゅうしていたとかんがえられている。

20世紀せいきなかばには、およそ50,000 のカナートがイランで使用しようされていたと推定すいていされ、それぞれ地域ちいき人々ひとびとによって維持いじ管理かんりがなされてきた。これらのうち、1980ねん時点じてんでは、25,000のカナートがつづ使用しようされている。

カナートの分布ぶんぷ

[編集へんしゅう]

イランの東部とうぶ中央ちゅうおうでは、降水こうすいりょうすくなく永久えいきゅうてき河川かせんながれないために、カナートがもっとおおくみられるが、降水こうすいりょうおお恒久こうきゅうてきかわながれている北部ほくぶ西部せいぶにはカナートはすくない。とくラザヴィー・ホラーサーンしゅうみなみホラーサーンしゅうイスファハンしゅうヤズドしゅうおおくのカナートがみられるが、排水はいすいめんではイスファハンしゅう、ラザヴィ・ホラーサーンしゅうファールスしゅうケルマーンしゅうじゅんとなっている。

ペルシアしきカナートと水時計みずどけい使用しよう

[編集へんしゅう]

最古さいこかつ最大さいだいのカナートの1つはイランのラザヴィー・ホラーサーンしゅうゴナーバード英語えいごばんにあるゴナーバードのカナート英語えいごばんで、このカナートは「カイ・ホスロウのカーリーズ」ともよばれている。建設けんせつされたのは紀元前きげんぜん500ねんから紀元前きげんぜん700ねんあいだで、2700ねんても、いまだに4まんにんちかくに飲料いんりょうすい農業のうぎょう用水ようすい提供ていきょうしている。 427の井戸いどがあり、中心ちゅうしんにある井戸いどは360メートル以上いじょうふかさがある。全長ぜんちょうは33,113メートルにおよぶ [5] 。2007ねんユネスコ暫定ざんてい世界せかい遺産いさんのリストに追加ついかされ、2016ねんには正式せいしきに「ペルシアしきカナート」という登録とうろくめいのもと、のいくつかのカナートとともに登録とうろくされた [6]

カリステネス英語えいごばんによると、ペルシアじん紀元前きげんぜん328ねんには水時計みずどけい使用しようして、農業のうぎょうよう灌漑かんがいのためにカナートから株主かぶぬしみず公正こうせいかつ正確せいかく分配ぶんぱいしていた。 とくにゴナーバードとズィーバッドのカナートでの水時計みずどけい使用しようは、紀元前きげんぜん500ねんにまでさかのぼる[7][8]水時計みずどけいは、ペルシアではフェンジャーン(「わん」の)とよばれ、より正確せいかく現在げんざい時計とけいえられるまで、農民のうみん灌漑かんがいのためにカナートまたは井戸いどからみず供給きょうきゅうされるべきりょうまたは時間じかん計算けいさんするためにもっと正確せいかく一般いっぱんてき使用しようされる計時けいじ装置そうちであった[9][10][11]のちにはノウルーズヤルダーなど、イスラーム以前いぜん宗教しゅうきょう正確せいかく祭日さいじつ決定けっていするためにも使用しようされていた。

フェンジャーンは、カナートの権利けんりしゃたちがそれぞれの農地のうち供給きょうきゅうするみず時間じかんながさを計算けいさんするための実用じつようてき有用ゆうよう道具どうぐであった。カナート(カーリーズ)は乾燥かんそう地域ちいきにおける農業のうぎょう灌漑かんがいのための唯一ゆいいつ水源すいげんであったので、公正こうせい公平こうへいみず分配ぶんぱい非常ひじょう重要じゅうようであった。そのため、非常ひじょう公平こうへいかしこ年輩ねんぱいしゃがミールアーブ(MirAab)とよばれる管理かんりしゃえらばれた。すくなくとも2人ふたり常勤じょうきん管理かんりしゃがフェンジャーン(時間じかん)のかず制御せいぎょおよびかんし、から日没にちぼつまで、ひるよる正確せいかく時間じかん告知こくちする必要ひつようがあった。なぜなら、権利けんりしゃたちは通常つうじょうにちちゅうみず権利けんりしゃ夜間やかんみず権利けんりしゃかれていたためである[12]

フェンジャーンは、みずたされたおおきなポットと中央ちゅうおうちいさなあなのあるわん構成こうせいされていた。わんみずたされていき、いっぱいになるとポットのそこしずむ。すると管理かんりしゃわんそらにしてふたたびポットのみずうえき、びんちいさないしれてわんしずんだ回数かいすう記録きろくした[12]水時計みずどけいかれていた場所ばしょとその管理かんりしゃは、まとめてハーネ・フェンジャーン(「フェンジャーンのいえ」の)とよばれていた。通常つうじょう、このハーネ・フェンジャーンは公共こうきょういえ最上階さいじょうかいにあり、にちいれ時間じかん確認かくにんすることができるよう西にしおよびひがしきのまどがあった。 アストロラーベというべつ時間じかん管理かんり道具どうぐもあったが、それらはおも迷信めいしんてき信仰しんこう使用しようされ、農民のうみんこよみとしての使用しようには実用じつようてきではなかった。

ズィーバッドとゴナーバードの水時計みずどけいは1965 ねん[9]まで使用しようされて、現代げんだい時計とけいえられていった[13]

古代こだいペルシアの水時計みずどけい
ゴナバードのカナートの水時計みずどけい
ゴナーバードのカーリーズ

関連かんれん項目こうもく

[編集へんしゅう]

参考さんこう文献ぶんけん

[編集へんしゅう]
  1. ^ Memarian, Gholamhosein. Asar: Memari-ye ab anbar haye shahr e Qazvin. Vol 35. Iran Cultural Heritage Organization publications. Tehran. p.188
  2. ^ p. 4 of Mays, L. (2010-08-30). Ancient Water Technologies. Springer. ISBN 978-90-481-8631-0 
  3. ^ http://www.dtic.mil/cgi-bin/GetTRDoc?AD=ADA444101&Location=U2&doc=GetTRDoc.pdf(英語えいご
  4. ^ Nikravesh, Ardakanian and Alemohammad, Institutional Capacity Development of Water Resources Management in Iran: Archived 2016-10-18 at the Wayback Machine.
  5. ^ Qasabeh Qanat: A UNESCO World Heritage Site” (英語えいご). SURFIRAN (2017ねん6がつ10日とおか). 2020ねん5がつ12にち閲覧えつらん
  6. ^ The Persian Qanat英語えいご
  7. ^ Tehran university science magazine(ペルシア”. 2020ねん5がつ14にち閲覧えつらん
  8. ^ Water Sharing Management in Ancient Iran, with Special Reference to Pangān (cup) in Iran(ペルシア)(PDF)”. 2020ねん5がつ14にち閲覧えつらん
  9. ^ a b Qanat is cultural and social and scientific heritage in Iran(英語えいご”. 2020ねん5がつ14にち閲覧えつらん
  10. ^ ساعت آبی پنگان در ایران بیش از ۲۴۰۰ سال کاربرد دارد. – پژوهشهای ایرانی(ペルシア”. 2020ねん5がつ14にち閲覧えつらん
  11. ^ Qanat is cultural and social and scientific heritage in Iran(ペルシア”. 2020ねん5がつ14にち閲覧えつらん
  12. ^ a b water clock in persia".”. 2020ねん5がつ14にち閲覧えつらん
  13. ^ "Conference of Qanat in Iran – water clock in Persia 1383". (in Persian).”. 2020ねん5がつ14にち閲覧えつらん

関連かんれん文献ぶんけん

[編集へんしゅう]
  1. mari e Islami e Iran. M. K. Pirnia. ISBN 964-454-093-X
  2. Minudar or Babuljanne. Gulriz, Mohammad Ali. Taha publications. 3rd printing. Qazvin. 1381 (2002). ISBN 964-6228-61-5
  3. Qazvin: ayinah-yi tarikh va tabi’at-i Iran. Hazrati, Mohammad Ali. Sazeman e Irangardi va Jahangardi publications. Qazvin. 1382 (2003). ISBN 964-7536-35-6
  4. Saimaa-yi ustaan-I Qazvain. Haji aqa Mohammadi, Abbas. Taha Publications. Qazvin. 1378 (1998). ISBN 964-6228-09-7
  5. Memari-ye ab anbar haye shahr e Qazvin. Memarian, Gholamhosein. Asar. Vol 35. Iran Cultural Heritage Organization publications. Tehran. (p187-197).
  6. Sair e Tarikhi e banaayi Shahr e Qazvin va Banaha-yi an. Siyaghi, Dr. Seyd Mohammad Dabir. Iran Cultural Heritage Organization publications. Qazvin. 2002. ISBN 964-7536-29-1
  7. Old ways of water management spring up again in arid regions. M.J. Strauss. International Herald Tribune. Aug 20, 2005.
  8. Water Distribution Management in Ancient Iran, Scientific Magazine, Journal of Scientific Research, University of Tehran (in Persian) 
  9. 岡崎おかざきただしこう『カナート イランの地下水ちかすいろんそうしゃ、1988ねん 
  10. 織田おだ武雄たけお「カナート研究けんきゅう展望てんぼう」『人文じんぶん地理ちりだい36かんだい5ごう、433-455ぺーじ、1984ねん 
  11. 小堀こぼりいわお「カナート水利すいり体系たいけい成立せいりつ」『明治大学めいじだいがく社会しゃかい科学かがく研究所けんきゅうじょ紀要きようだい31かんだい1ごう、95-104ぺーじ、1992ねん 
  12. 小堀こぼりいわお乾燥かんそう地域ちいき水利すいり体系たいけい カナート形成けいせい展開てんかい大明だいめいどう、1996.5. 明治大学めいじだいがく社会しゃかい科学かがく研究所けんきゅうじょ叢書そうしょ