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いわあきらひとし

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いわあきら ひとし
本名ほんみょう 岩城いわき ひとし(いわき ひとし)
生誕せいたん (1960-07-28) 1960ねん7がつ28にち(63さい
日本の旗 日本にっぽん東京とうきょう
国籍こくせき 日本にっぽん
職業しょくぎょう 漫画まんが
活動かつどう期間きかん 1985ねん -
ジャンル 青年せいねん漫画まんが
代表だいひょうさく寄生きせいじゅう
ヒストリエ
受賞じゅしょう

だい17かい講談社こうだんしゃ漫画まんがしょう一般いっぱん部門ぶもん
(『寄生きせいじゅう』)
だい27かい星雲せいうんしょうコミック部門ぶもん
(『寄生きせいじゅう』)
だい14かい文化庁ぶんかちょうメディア芸術げいじゅつさいマンガ部門ぶもん大賞たいしょう
(『ヒストリエ』)

だい16かい手塚てづか治虫おさむ文化ぶんかしょうマンガ大賞たいしょう
(『ヒストリエ』)
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いわあきらひとし

いわあきら ひとし(いわあき ひとし、1960ねん7がつ28にち - )は、日本にっぽん漫画まんが東京とうきょう出身しゅっしん男性だんせい和光大学わこうだいがく中退ちゅうたい本名ほんみょう岩城いわき ひとし(いわき ひとし)[1]ちち和光大学わこうだいがく名誉めいよ教授きょうじゅ原始げんし技術ぎじゅつ技術ぎじゅつろん研究けんきゅうしゃ岩城いわき正夫まさお(1930ねん - )[2]

寄生きせいじゅう』で1993ねんだい17かい講談社こうだんしゃ漫画まんがしょう一般いっぱん部門ぶもん、1996ねんだい27かい星雲せいうんしょうコミック部門ぶもん、『ヒストリエ』で2010ねんだい14かい文化庁ぶんかちょうメディア芸術げいじゅつさいマンガ部門ぶもん大賞たいしょう、2012ねんだい16かい手塚てづか治虫おさむ文化ぶんかしょうマンガ大賞たいしょう受賞じゅしょうしている。

人物じんぶつ

高校こうこう3年生ねんせいまで漫画まんがまずにそだ[3]漫画まんが夢中むちゅうになった当初とうしょ漫画まんがうことすらずかしく、やっとったのはちいさな文庫ぶんこサイズの手塚てづか治虫おさむ漫画まんがだったという[3]学生がくせい時代じだいにはちち著書ちょしょ挿絵さしえ提供ていきょうしていた。1984ねん上村うえむら一夫かずおアシスタントはじめる。1985ねんちばてつやしょう入選にゅうせんした「ゴミのうみ」が『モーニングオープン増刊ぞうかん』(講談社こうだんしゃ)に掲載けいさいされ、デビュー[1]以後いごおもに『月刊げっかんアフタヌーン』などの講談社こうだんしゃ雑誌ざっし活動かつどうしている。

漫画まんが須賀すかはら洋行ひろゆきとは親交しんこうがある。ともに『月刊げっかんアフタヌーン』に連載れんさいしていたこともあり、『よしえサン』の単行たんこうほん巻末かんまつ特別とくべつ寄稿きこうとして、須賀すかげんをモチーフにした読切よみき作品さくひん掲載けいさいしたこともある。一方いっぽう須賀すかげんも『寄生きせいじゅう単行たんこうほん巻末かんまついわあかり主人公しゅじんこうにしたフィクション読切よみき漫画まんが寄生きせいOL」を特別とくべつ寄稿きこうしている[4]

作風さくふう

残虐ざんぎゃく描写びょうしゃ特徴とくちょうとするが、ストーリーは哲学てつがくてきかつドラマティックな展開てんかい両立りょうりつさせている。2000年代ねんだい以降いこう歴史れきし題材だいざいった作品さくひんおおい。休載きゅうさいになることもしばしばで作品さくひんりょうおおくなく、本人ほんにん自覚じかくしている[6]

略歴りゃくれき

  • 1985ねん:『ゴミのうみ』がちばてつやしょう入選にゅうせんしデビュー。
  • 1985ねん - 1988ねん:『モーニング』で『風子ふうこのいるみせ』を連載れんさい
  • 1988ねん - 1995ねん:『モーニングオープン増刊ぞうかん』、『月刊げっかんアフタヌーン』で『寄生きせいじゅう』を連載れんさい
  • 1993ねんだい17かい講談社こうだんしゃ漫画まんがしょう受賞じゅしょう(『寄生きせいじゅう』)。
  • 1996ねんだい27かい星雲せいうんしょうコミック部門ぶもん受賞じゅしょう(『寄生きせいじゅう』)。
  • 1996ねん - 1999ねん:『ビッグコミックスピリッツ』で『七夕たなばたくに』を連載れんさい
  • 1999ねん:『モーニングしんマグナム増刊ぞうかん』にて『ゆきとうげ』を短期たんき集中しゅうちゅう連載れんさい
  • 2000ねん:『ヤングチャンピオン』にて『けんまい』を短期たんき集中しゅうちゅう連載れんさい
  • 2001ねん - 2002ねん:『ヤングアニマルあらし』で『ヘウレーカ』を連載れんさい
  • 2003ねん:『月刊げっかんアフタヌーン』で、『ヒストリエ』の連載れんさい開始かいし
  • 2010ねんだい14かい文化庁ぶんかちょうメディア芸術げいじゅつさいマンガ部門ぶもん大賞たいしょう受賞じゅしょう(『ヒストリエ』)。
  • 2012ねんだい16かい手塚てづか治虫おさむ文化ぶんかしょうマンガ大賞たいしょう受賞じゅしょう(『ヒストリエ』)。
  • 2015ねん - 2018ねん:『別冊べっさつ少年しょうねんチャンピオン』にて『レイリ』を連載れんさい作画さくが室井むろいだい)。
  • 2019ねんだい3かいさいとう・たかをしょう受賞じゅしょう(『レイリ』)。

作品さくひんリスト

連載れんさい

アンソロジー収録しゅうろく

  • ネオ・デビルマン(初出しょしゅつたけ書房しょぼうコミックガンマ』1996ねんNo.33)
  • ゆきとうげ初出しょしゅつ講談社こうだんしゃ『モーニングしんマグナム増刊ぞうかん』1999ねん5がつ19にちごう - 1999ねん11月10にちごう
    • 武士ぶしほこり(漫画まんがたちがえがいた日本にっぽん歴史れきし)』(2014ねんかねほししゃ
  • キャラクターがさき物語ものがたりさき?(『手塚てづか治虫おさむ文化ぶんかしょう20周年しゅうねん記念きねんMOOK マンガのDNA ―マンガの神様かみさま意思いしものたち―』(2016ねん朝日新聞あさひしんぶん出版しゅっぱん))

収録しゅうろく作品さくひん

  • 午前ごぜんほし(『モーニング パーティー増刊ぞうかん』 1986ねん7がつ8にちごう、 9月9にちごう
  • 大理石だいりせき(『コミックモーニング増刊ぞうかん OPEN』 1986ねん7がつ29にちごう
  • 酒場さかば紳士しんし(『コミックモーニング特別とくべつ編集へんしゅう THE OPEN B』 1988ねん10がつ25にちごう
  • 反抗はんこうてき生徒せいといちめい(『週刊しゅうかんコミックモーニング』1989ねん11月9にちごうNo.48)
  • 残像ざんぞう(『コミックモーニング』 1991ねん32ごう
  • はなせ(2003ねんエースとく』Vol.1、2008ねんコミックチャージ』4ごうさいろく

インタビュー

  • SPA!』1992ねん2がつ5にちごう
  • 『SPA!』1993ねん8がつ18にちごう
  • ぱふ』1995ねん3がつごう
  • クイックジャパン』Vol.59 (2005ねん3がつ発行はっこう)
  • ジャンプスクエア』2009ねん5がつごう
  • 朝日新聞あさひしんぶん』2012ねん4がつ23にち
  • モーニング』2013ねんNo.10(2013ねん2がつ21にちごう
  • 『モーニング』2013ねんNo.11(2013ねん2がつ28にちごう
  • 『モーニング』2013ねんNo.12(2013ねん3がつ7にちごう
  • ユリイカ』 2015ねん1がつ臨時りんじ増刊ぞうかんごう そう特集とくしゅういわあきらひとし
  • キネマ旬報きねまじゅんぽう』2015ねん5がつ上旬じょうじゅんごう

脚注きゃくちゅう

  1. ^ a b ほねおと』あとがきより
  2. ^ 鶴見つるみ俊輔しゅんすけ鶴見つるみ俊輔しゅんすけぜん漫画まんがろん2』(ちくま学芸がくげい文庫ぶんこ)P.372
  3. ^ a b 風子ふうこのいるみせだい1かんより
  4. ^ そのときいわあかりとしてデザインされたキャラクターは『それはエノキダ!』の主人公しゅじんこう榎田えのきだたもつ」として流用りゅうようされた。
  5. ^ だい14かいメディア芸術げいじゅつさい、マンガ部門ぶもん大賞たいしょうは「ヒストリエ」
  6. ^ だい14かい文化庁ぶんかちょうメディア芸術げいじゅつさい受賞じゅしょうコメントでは、「(『ヒストリエ』)開始かいしから7ねんつのに単行本たんこうぼんがいまだ6さつというのがなんとも面目めんぼくないはなしで、こん現在げんざいもほかのマンガさんがいたらわらってしまうようなわずかな仕事しごとりょう往生おうじょうし、つくえにへばりついておるところです。ご挨拶あいさつにもうかがえずもうしわけありません」として授賞じゅしょうしきにも参加さんかしていない[5]
  7. ^ 雑誌ざっし連載れんさいは「いわあきらひとし名義めいぎだったが、単行本たんこうぼんでは「山石やまいし日月じつげつ名義めいぎ

外部がいぶリンク