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教理きょうり

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア（Wikipedia）』

教理きょうり（きょうり、ラテン語らてんご: doctrina, 英語えいご: doctrine、ドクトリン）は、宗教しゅうきょう上じょうの教おしえ[1]。ここではキリスト教きりすときょうにおける「教理きょうり」（英語えいご: doctrine）の語義ごぎとその指さす内容ないようとを、おもに教派きょうは別べつに扱あつかう。「教義きょうぎ」（英語えいご: dogma）と同義どうぎの場合ばあいもあれば、異ことなる意義いぎを持もつ場合ばあいもある。キリスト教きょうにおける「教理きょうり」の語義ごぎは、教派きょうはや時代じだいによって異ことなっている。

近年きんねんのキリスト教きりすときょう関連かんれんの著作ちょさく物ぶつでは、英語えいご: dogmaに「教義きょうぎ」を、英語えいご: doctrineに「教理きょうり」を当あてているが[2][3]、日本にっぽんの和英かずひで辞典じてんでは特とくに使つかい分わけをしていないものもある[4][5]。本ほん項こうでは、訳語やくご「教理きょうり」「教義きょうぎ」が、"doctrine" "dogma" に対応たいおうして使つかい分わけられている用例ようれいを中心ちゅうしんに概念がいねん整理せいりをした上うえで、各かく教派きょうはにおける理解りかいにつき詳述しょうじゅつする。

多義たぎ的てきで一定いっていしない語義ごぎ[編集へんしゅう]

ラテン語らてんご聖書せいしょにおけるdoctrinaの用例ようれい[編集へんしゅう]

ラテン語らてんご: doctrina（ドクトリーナ）の語義ごぎは、「教おしえ」「教育きょういく」「学習がくしゅう」「科学かがく」である[6]。ヴルガータ版ばんラテン語らてんご訳やく聖書せいしょにおいては、テモテへの手紙てがみ一いち4:13[7], 5:17[8]においてギリシア語ご: διδασκαλία（ディダスカリア[9]）の訳語やくごとして、テモテへの手紙てがみ二に4:2[10]においてギリシア語ご: διδαχή（ディダケー[11]）の訳語やくごとしての用例ようれいがある[12][13]。

日本にっぽん聖書せいしょ協会きょうかいの口語こうご訳やく聖書せいしょでは、これらの部分ぶぶんは「教おしえ」等とうと訳やくされており、「教理きょうり」とは訳やくされていない。

過去かこの事典じてんにおける用例ようれい[編集へんしゅう]

昭和しょうわ52年ねん発行はっこうの『キリスト教きりすときょう大だい事典じてん　改訂かいてい新版しんぱん』では英語えいご: dogma, ドイツ語ご: dogmaに「教義きょうぎ」の訳語やくごを当あて[14][15]、2010年ねん発行はっこうの『キリスト教きょう神学しんがく基本きほん用語ようご集しゅう』では英語えいご: dogmaに「教義きょうぎ」を、英語えいご: doctrineに「教理きょうり」を当あてているが[2]、他方たほう、昭和しょうわ42年ねん発行はっこうの『カトリック大だい辞典じてん』ではラテン語らてんご: dogmaに「教理きょうり」の訳語やくごを当あてているほか[16]、カトリック教会きょうかいでは英語えいご: doctrineはカテキズムとほぼ同義どうぎとして語かたられることもある[12]。

正教会せいきょうかいでは英語えいご: dogmaに「定理ていり」（ていり）との訳語やくごも用もちいられている一方いっぽうで[17][18]、教理きょうりとの訳語やくごも古ふるくから使つかわれているが[19]、使つかい分わけは判然はんぜんとしない。

近年きんねんの事典じてんにおける整理せいり・用例ようれい[編集へんしゅう]

メソジストの神学しんがく者しゃであるフスト・ゴンサレスの整理せいりによれば、英語えいご: doctrine（ドクトリン、鈴木すずき浩ひろしによって「教理きょうり」の訳語やくごが当あてられている）という言葉ことばは文脈ぶんみゃくによって以下いかのように違ちがったレベルの意味いみをもつ[20]。

  • 「特徴とくちょう的てきな教おしえ」（tenet）とほぼ同義どうぎの場合ばあい
  • 神学しんがく論ろん義ぎの一ひとつの項目こうもく全体ぜんたいを指さす場合ばあい
  • 教会きょうかい内部ないぶの特定とくていのグループに特徴とくちょう的てきな観点かんてんや信念しんねんを指さす場合ばあい
  • 教義きょうぎ（dogma）とほぼ同義どうぎの場合ばあい（その内容ないようの拒否きょひが正統せいとう性せいから外はずれることを意味いみする - この場合ばあいでも、ニュアンスの違ちがいがある）

ゴンサレスは、「教義きょうぎ」は教会きょうかいの公式こうしきかつ権威けんいある機関きかんから教義きょうぎたる旨むねの布告ふこくをされて成立せいりつするものであり、現代げんだいのプロテスタントはこれを権威けんい主義しゅぎ的てきと捉とらえて「教義きょうぎ」の語彙ごいを避さけ、教会きょうかいの「公的こうてき教理きょうり」というい方いかたを好このんでいるとしている[20]。

他方たほう、正教会せいきょうかいにおいては、「"Dogma"（定理ていり）は、"doctrine"（教理きょうり）のうち、権威けんいづけられ、疑うたがわれたり議論ぎろんされてはならないものを指さす」と整理せいりされる[21]。

まとめ[編集へんしゅう]

以上いじょうを総合そうごうすると、以下いかのようになる。

  • ラテン語らてんごの"doctrina"は、一般いっぱん的てきな単語たんごであって宗教しゅうきょう上じょうの教おしえに限定げんていされる単語たんごではなく、「教おしえ」に係かかる幅広はばひろい概念がいねんを含ふくんでいる。
  • キリスト教きりすときょうにおける日本語にほんごの訳語やくご「教理きょうり」は多義たぎ的てきであり、また時代じだい・教派きょうはによって、用例ようれいおよび概念がいねんに混乱こんらんがある。
  • 一応いちおう、近年きんねんのプロテスタント系けいの日本語にほんご著作ちょさく物ぶつでは英語えいご"dogma"に「教義きょうぎ」を、英語えいご"doctrine"に「教理きょうり」を当あてる訳語やくご上じょうの概念がいねん整理せいりが行おこなわれている。
    • プロテスタントの場合ばあい、"dogma"と"doctrine"を使つかい分わけるケースが多おおい。"dogma"（教義きょうぎ）は権威けんい主義しゅぎ的てきであるとして避さける傾向けいこうにある。
  • 他方たほう、カトリック教会きょうかいの場合ばあい、"doctrine"はむしろカテキズムとほぼ同義どうぎと考かんがえる場合ばあいもある。
  • 正教会せいきょうかいでは、"Dogma"（定理ていり）は"doctrine"（教理きょうり）の中なかで特とくに権威けんいづけられたものであると整理せいりされることがある。

西方せいほう教会きょうかい[編集へんしゅう]

カトリック教会きょうかい[編集へんしゅう]

カトリック教会きょうかいにおいては、真理しんりは教会きょうかいの権威けんいによって教理きょうりとなる[22]。神かみからの啓示けいじとしてカトリック教会きょうかいが提示ていじする教理きょうりが教義きょうぎと認みとめられる[22]。

教会きょうかいが確認かくにんしてきた教義きょうぎ・教理きょうりは、新約しんやく聖書せいしょの信仰しんこうをつきつめて考察こうさつし明確めいかくにしていったものであり、後あとで思弁しべんが作つくり出だした教おしえではないとされる[23]。

なお、英語えいご: doctrineは、カテキズムとほぼ同義どうぎとして扱あつかわれるケースがある[12]。

プロテスタント[編集へんしゅう]

福音ふくいん主義しゅぎにおける捉とらえ方かた[編集へんしゅう]

福音ふくいん主義しゅぎプロテスタントにおいては、教理きょうりは誤あやまりない神かみのことばである聖書せいしょに従属じゅうぞくする[24][25][26]。

宗教しゅうきょう改革かいかく者しゃとそれに続つづくプロテスタント正統せいとう主義しゅぎは、教父きょうふや公おおやけ会議かいぎや教皇きょうこうを上回うわまわる、至高しこうの聖書せいしょの権威けんいを認みとめ[27][25]、聖書せいしょの至上しじょうの権威けんいを主張しゅちょうした[28]。ローマ・カトリックが主張しゅちょうする使徒しと継承けいしょうの教義きょうぎの制度せいど的てき・物理ぶつり的てき連続れんぞく性せいに対たいして、プロテスタントは初代しょだい教会きょうかいからの教理きょうり的てきな連続れんぞく性せいを示しめした[25]。

初代しょだいの異端いたんに対たいして、聖書せいしょの教理きょうりを明あきらかにするために信条しんじょうを作成さくせいし、異端いたんを排除はいじょしたのであり、宗教しゅうきょう改革かいかく時代じだいも同様どうように信仰しんこう告白こくはくを作成さくせいしてローマの教会きょうかいの誤あやまりを排除はいじょした。

プロテスタントにおいては、キリスト教きょうの教理きょうりは、確定かくていされた聖書せいしょ本文ほんぶんを正ただしく解釈かいしゃくして、聖書せいしょの中なかから抽出ちゅうしゅつされ、歴史れきしの試練しれんに耐たえてきたものであるとされ、根拠こんきょは聖書せいしょに求もとめられる[29]。

福音ふくいん派はのマーティン・ロイドジョンズは、エキュメニカル運動うんどうの基盤きばんは、聖書せいしょの教理きょうりを無視むしして交まじわりを重視じゅうしすることだと指摘してきしている[30]。

自由じゆう主義しゅぎ神学しんがく・新しん正統せいとう主義しゅぎにおける諸しょ見解けんかい[編集へんしゅう]

プロテスタント正統せいとう主義しゅぎから離はなれた、自由じゆう主義しゅぎ神学しんがくやカール・バルトらの新しん正統せいとう主義しゅぎの立場たちばでは、誤あやまりない神かみのことばとしての聖書せいしょの客観きゃっかん的てきな権威けんいを認みとめないため、組織そしき神学しんがくの語かたりを用もちいずに、教義きょうぎ学がくと呼よぶ[31]。

日本にっぽんキリスト教きりすときょう協議きょうぎ会かい（NCC）の『キリスト教きりすときょう大だい事典じてん』（1963年ねん）の「教義きょうぎ」「教義きょうぎ学がく」はバルト主義しゅぎ者しゃの熊野くまの義孝よしたかが執筆しっぴつしており、教理きょうりについては項目こうもく自体じたいが無ない。

自由じゆう主義しゅぎ神学しんがく（リベラル神学しんがく）では教理きょうり批評ひひょうがなされる[32]。これをドイツ語ごからの訳語やくごとして「教義きょうぎ史し」「教理きょうり史し」（Dogmengeschichte）と呼よぶ[32]。ヨハン・フリードリヒ・ヴィルヘルム・イェルザレムがその創始そうし者しゃであり、アドルフ・フォン・ハルナックによっても展開てんかいされた[33]。NCCの『キリスト教きょう大だい辞典じてん』の「教理きょうり史し」の項目こうもくでは批判ひはん的てき教義きょうぎ研究けんきゅうであるDogmengeschichteについて解説かいせつされている。[34]

自由じゆう主義しゅぎ神学しんがく者しゃヴァルター・バウアーは、初期しょきキリスト教きりすときょうの教理きょうりは、現代げんだいの異端いたんだと主張しゅちょうしている[35][36]。正統せいとうと異端いたんの区別くべつを認みとめない、万まん人にん救済きゅうさい主義しゅぎの立場たちばも存在そんざいする[37]。

H.シュトラットマンは、聖書せいしょを根拠こんきょとして教理きょうりを立証りっしょうした従来じゅうらいの方法ほうほうを退しりぞけている[38][39][40]。

東方とうほう教会きょうかい[編集へんしゅう]

正教会せいきょうかい[編集へんしゅう]

正教会せいきょうかいにおいては、「"Dogma"（定理ていり）は、"doctrine"（教理きょうり）のうち、権威けんいづけられ、疑うたがわれたり議論ぎろんされてはならないものを指さす」と整理せいりされる[21]。正教会せいきょうかいにおいて、教理きょうり（doctrine）の源泉げんせんとなるものとして以下いかが挙あげられる。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ 大辞林だいじりん
  2. ^ a b ゴンサレス、鈴木すずき浩ひろし、p306
  3. ^ Ａ．リチャードソン編へん、Ｊ．ボウデン編へん、古屋こや 安雄やすお監修かんしゅう、佐柳さなぎ 文男ふみお訳やく 『キリスト教きょう神学しんがく事典じてん』（625頁ぺーじ、1995年ねん、教きょう文ぶん館かん）ISBN 4-7642-4029-7
  4. ^ プログレッシブ和英かずひで中ちゅう辞典じてん
  5. ^ ニューセンチュリー和英かずひで辞典じてん
  6. ^ "Collins Latin Dictionary Plus Grammar", reprint 1999, ISBN 000472092X
  7. ^ 1 Timothy 4:13 Greek Texts and Analysis
  8. ^ 1 Timothy 5:17 Greek Texts and Analysis
  9. ^ 現代げんだいギリシア語ご転写てんしゃ例れい：ジザスカリーア
  10. ^ 2 Timothy 4:2 Greek Texts and Analysis
  11. ^ 現代げんだいギリシア語ご転写てんしゃ例れい：ジザヒー
  12. ^ a b c Christian Doctrine (CATHOLIC ENCYCLOPEDIA) （英語えいご）
  13. ^ Biblia Sacra Vulgata (Stuttgartensia)/ad Timotheum I
  14. ^ 『キリスト教きりすときょう大だい事典じてん　改訂かいてい新版しんぱん』289頁ぺーじ、教きょう文ぶん館かん、昭和しょうわ52年ねん 改訂かいてい新版しんぱん第だい四よん版はん
  15. ^ なお、キリスト教きりすときょう大だい事典じてんにはそもそも「教理きょうり」の項目こうもくが無ない。
  16. ^ 『カトリック大だい辞典じてん I』（688頁ぺーじ、上智大学じょうちだいがく編纂へんさん、冨山とやま房ぼう、昭和しょうわ42年ねん第だい七なな刷さつ）
  17. ^ 本文ほんぶん - 基督きりすと正教せいきょう定理ていり神学しんがく｜近代きんだいデジタルライブラリー
  18. ^ 『正教せいきょう定理ていり神学しんがく』…原題げんだいの"Православно-догматическое богословие"には語彙ごい「ドグマ」（догма）の派生はせい語ごが入はいっている。
  19. ^ 本文ほんぶん - 初はつ進すすむ者しゃの為ためめにハリストス正教せいきょうの教理きょうり略解りゃっかい｜近代きんだいデジタルライブラリー
  20. ^ a b ゴンサレス、鈴木すずき浩ひろし、p72 - p73
  21. ^ a b Dogma - OrthodoxWiki
  22. ^ a b ジョン A.ハードン『現代げんだいカトリック事典じてん』エンデルレ書店しょてん
  23. ^ カトリックの教理きょうりを見直みなおす （岩島いわしま忠彦ただひこ）
  24. ^ 岡田おかだ稔みのる『岡田おかだ稔みのる著作ちょさく集しゅう』いのちのことば社しゃ
  25. ^ a b c アリスター・マクグラス『宗教しゅうきょう改革かいかくの思想しそう』教きょう文ぶん館かん
  26. ^ 宇田うだ進すすむ『現代げんだい福音ふくいん主義しゅぎ神学しんがく』いのちのことば社しゃ
  27. ^ 宇田うだ進すすむ『福音ふくいん主義しゅぎキリスト教きりすときょうと福音ふくいん派は』いのちのことば社しゃ
  28. ^ ケァンズ『基督教きりすときょう全ぜん史し』いのちのことば社しゃ
  29. ^ 尾山おやま令れい仁ひとし著ちょ『日本人にっぽんじんとキリスト教きょう』p.98 恩寵おんちょう社しゃ
  30. ^ マーティン・ロイドジョンズ『教会きょうかいとは何なにか』いのちのことば社しゃ
  31. ^ 『新しんキリスト教きりすときょう辞典じてん』いのちのことば社しゃ ISBN 4264012589
  32. ^ a b アリスター・マクグラス『キリスト教きょう神学しんがく入門にゅうもん』教きょう文ぶん館かん
  33. ^ アリスター・マクグラス『キリスト教きょう神学しんがく入門にゅうもん』p.524
  34. ^ 日本にっぽんキリスト教きりすときょう協議きょうぎ会かい『キリスト教きょう大だい辞典じてん』1963年ねん
  35. ^ アリスター・マクグラス『神かみの科学かがく』教きょう文ぶん館かん p.277
  36. ^ アリスター・マクグラス『キリスト教きょう神学しんがく入門にゅうもん』 p.214
  37. ^ 尾山おやま令れい仁ひとし『クリスチャンの和解わかいと一致いっち』地引網じびきあみ出版しゅっぱん
  38. ^ H.シュトラットマン『教会きょうかいの正せい典てんの危機きき』
  39. ^ ゲルハルト・マイヤー『歴史れきし的てき-批評ひひょう的てき研究けんきゅう方法ほうほうの終焉しゅうえん』
  40. ^ 宇田うだ進すすむ著ちょ『現代げんだい福音ふくいん主義しゅぎ神学しんがく』p.258
  41. ^ a b 教おしえ-聖ひじり伝つたえ：日本にっぽん正教会せいきょうかい The Orthodox Church in Japan
  42. ^ Sources of Christian Doctrine (アメリカ正教会せいきょうかい)

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

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