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第19回ベルリン国際映画祭 - Wikipedia コンテンツにスキップ

だい19かいベルリン国際こくさい映画えいがさい

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だい19かいベルリン国際こくさい映画えいがさいは1969ねん6がつ25にちから7がつ6にちまで開催かいさいされた。

概要がいよう[編集へんしゅう]

1969ねんのベルリン国際こくさい映画えいがさいではかねぐましょうに1968ねんきたプラハのはる題材だいざいにしたユーゴスラヴィア映画えいが『Rani Radovi』がえらばれた。また俳優はいゆうたいするしょうなどはなく、5ほん作品さくひんぎんぐましょう授与じゅよされた。

受賞じゅしょう[編集へんしゅう]

上映じょうえい作品さくひん[編集へんしゅう]

コンペティション部門ぶもん[編集へんしゅう]

長編ちょうへん映画えいがのみ記載きさい。アルファベットじゅん邦題ほうだいがついていない場合ばあい原題げんだいしたに () きでえいだい
題名だいめい
原題げんだい
監督かんとく 製作せいさくこく
あいのふれあい
A Touch of Love
ワリス・フセイン イギリスの旗 イギリス
あいやつ 羽仁はにすすむ 日本の旗 日本にっぽん
あいいか
Amore e rabbia
カルロ・リッツァーニ
ベルナルド・ベルトルッチ
ピエル・パオロ・パゾリーニ
ジャン=リュック・ゴダール
マルコ・ベロッキオ
イタリアの旗 イタリアフランスの旗 フランス
Balladen om Carl-Henning
(Ballad of Carl-Henning)
リーネ・グロンリュッケ
スヴェン・グロンリュッケ
 デンマーク
Brasil año 2000
(Brazil Year 2000)
ヴァウテル・リマ・ジュニオル ブラジルの旗 ブラジル
Erotissimo ジェラール・ピレス フランスの旗 フランスイタリアの旗 イタリア
グッピーとバグハの冒険ぼうけん
Goopy Gyne Bagha Byne
サタジット・レイ インドの旗 インド
ロバート・デ・ニーロのブルーマンハッタン/BLUE MANHATAN2・黄昏たそがれのニューヨーク
Greetings
ブライアン・デ・パルマ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく
Ich bin ein Elefant, Madame
(I'm an Elephant, Madame)
ペーター・ツァデック 西ドイツの旗 西にしドイツ
Klabautermannen
(We Are All Demons)
ヘニング・カールセン  デンマーク スウェーデン ノルウェー
La Madriguera
(Honeycomb)
カルロス・サウラ スペインの旗 スペイン
La Sua giornata di gloria
(Glory Day)
エドゥアルド・ブルーノ イタリアの旗 イタリア
たのしい知識ちしき
Le gai savoir
ジャン=リュック・ゴダール フランスの旗 フランス西ドイツの旗 西にしドイツ
あいより冷酷れいこくあいよりつめたい)
Liebe ist kälter als der Tod
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー 西ドイツの旗 西にしドイツ
Made in Sweden ヨハン・ベルゲンストラール  スウェーデン
真夜中まよなかのカーボーイ
Midnight Cowboy
ジョン・シュレシンジャー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく
最初さいしょ仕事しごと
Rani radovi
ジェリミール・ジルニク ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア
不思議ふしぎ世界せかい未来みらい戦争せんそう恐怖きょうふ
The Bed Sitting Room
リチャード・レスター イギリスの旗 イギリス
れてるめすねこ
Three Into Two Won't Go
ピーター・ホール イギリスの旗 イギリス
Tiro de gracia
(Coup de Grace)
Ricardo Becher アルゼンチンの旗 アルゼンチン
怪奇かいきこい物語ものがたり
Un tranquillo posto di campagna
エリオ・ペトリ イタリアの旗 イタリア

審査しんさいん[編集へんしゅう]

  • ヨハネス・シャーフ (西にしドイツ/監督かんとく) - 審査しんさいんちょう
  • Agnesa Kalinová (ポーランド/ジャーナリスト・映画えいが評論ひょうろん
  • 小林こばやし正樹まさき日本にっぽん/監督かんとく脚本きゃくほん
  • ウルリッヒ・グレゴール[注釈ちゅうしゃく 1]西にしドイツ/映画えいが史家しか
  • ホセ・P・ドミニアーニ (アルゼンチン/脚本きゃくほん映画えいが評論ひょうろん
  • フランソワ・シャレエ (ベルギー/脚本きゃくほん
  • ジョン・ラッセル・テイラー (イギリス/脚本きゃくほん映画えいが評論ひょうろん
  • ジョヴァンニ・グラッツィーニ (イタリア/作家さっか映画えいが評論ひょうろん
  • アーチー・ウィンステン (アメリカ/映画えいが評論ひょうろん

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ Ulrich Gregor(1932ねん - )。ドイツの映画えいが史家しかねんだい21かいベルリン国際こくさい映画えいがさい(1971ねん)にはじまる「ヤング・フォーラム」部門ぶもん(のちに「フォーラム部門ぶもん改称かいしょう)の創設そうせつしゃ[1]共同きょうどう執筆しっぴつしゃでもあるつまのエリカ[2] とともに2010ねんだい60かい)に「ベルリナーレ・カメラ」受賞じゅしょう[3]

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ 北島きたじま恭子きょうこ (2004ねん11月28にち). “トークショー「だい5かい東京とうきょうフィルメックスの収穫しゅうかくについて」| だい5かい東京とうきょうフィルメックスデイリーニュース”. だい5かい東京とうきょうフィルメックス. 東京とうきょうフィルメックス. 2023ねん2がつ28にち閲覧えつらん
  2. ^ 1にち1作品さくひんを60ねん映画えいが鑑賞かんしょうはぐくんだドイツじん夫婦ふうふあい再掲さいけい”. AFPBB News (2018ねん2がつ19にち). 2023ねん2がつ28にち閲覧えつらん。 “グレゴールさんらは、映画えいがかんするほん記事きじ共同きょうどう執筆しっぴつしてきた。ちいさな映画えいがかんげにもみ、ベルリン映画えいがさいでは、前衛ぜんえいてき作品さくひんあつか部門ぶもんにもかかわった。”
  3. ^ ベルリン映画えいがさい2010”. 公益こうえき財団ざいだん法人ほうじんがわ喜多きた記念きねん映画えいが文化ぶんか財団ざいだん (2010ねん). 2023ねん2がつ28にち閲覧えつらん。 “ウルリッヒ・グレゴール、エリカ・グレゴール夫妻ふさい今回こんかいのベルリナーレ・カメラの受賞じゅしょうしゃであった。1971ねんヤング・フォーラム(現在げんざいのフォーラム部門ぶもん)を創設そうせつ世界中せかいじゅう野心やしんてき独創どくそうてき作品さくひんるいまれなる情熱じょうねつ紹介しょうかいつづけてきた夫妻ふさいのご尽力じんりょくのもと、日本にっぽん作品さくひん数多かずおお旅立たびだっていった。夫妻ふさい今回こんかい受賞じゅしょうたって記念きねん上映じょうえい作品さくひんえらんだのは〔ベルリン国際こくさい映画えいがさいだいいちかいフォーラムで紹介しょうかいされた大島おおしまなぎさ監督かんとく儀式ぎしき』。即座そくざかんだとのことであり、夫妻ふさい日本にっぽん映画えいがへのおもいがつたわってくるうれしい選択せんたくであった。”

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]