道成寺どうじょうじ (能のう)

月岡つきおか耕こう漁りょう「道成寺どうじょうじ」

道成寺どうじょうじ
作者さくしゃ（年代ねんだい）
観世かんぜ小次郎こじろう信光のぶみつ説せつ有ゆう（室町むろまち時代じだい後期こうき）
形式けいしき
複式ふくしき現在げんざい能のう
能のう柄がら<上演じょうえん時じの分類ぶんるい>
四よん・五ご番目ばんめ物ぶつ、鬼女きじょ物ぶつ
現行げんこう上演じょうえん流派りゅうは
観世かんぜ、宝生ほうしょう、金春こんぱる、金きむ剛つよし、喜多きた
異称いしょう
なし
シテ<主人公しゅじんこう>
白拍子しらびょうし
その他たおもな登場とうじょう人物じんぶつ
道成寺どうじょうじの住僧じゅうそう、能力のうりょく
季き節ぶし
春はる(３月がつ)
場所ばしょ
紀州きしゅう道成寺どうじょうじ
本ほん説せつ<典拠てんきょとなる作品さくひん>
大だい日本国にっぽんこく法華ほっけ経験けいけん記き 道成寺どうじょうじ縁起えんぎなど
能のう
このテンプレートの使つかい方かたはこちら

『道成寺どうじょうじ』 (どうじょうじ) は、紀州きしゅう道成寺どうじょうじに伝つたわる、安やす珍ちん・清姫きよひめ伝説でんせつに取材しゅざいした能楽のうがく作品さくひん。観世かんぜ小次郎こじろう信光のぶみつ作さくといわれる『鐘巻かねまき』を切きり詰つめ、乱拍子らんびょうしを中心ちゅうしんに再さい構成こうせいしたものという。後のちにこの能のうの『道成寺どうじょうじ』を元もとにして歌舞伎かぶきの『娘道成寺むすめどうじょうじ』や浄瑠璃じょうるりの『道成寺どうじょうじ』、琉球りゅうきゅう組踊くみおどりの『執心しゅうしん鐘がね入いれ』などが作つくられた。

内容ないよう

• シテ: 白拍子しらびょうし（実じつは女おんなの怨霊おんりょう）
• ワキ: 住僧じゅうそう
• ワキツレ：ワキの従したがえ僧そう
• 間狂言あいきょうげん：寺男てらおとこ 能力のうりょく 二に人にん

安やす珍ちん・清姫きよひめ伝説でんせつの後日ごじつ譚たんに従したがい、白拍子しらびょうしが紀州きしゅう道成寺どうじょうじの鐘かね供養くようの場ばに訪おとずれる。女人にょにん禁制きんせいの供養くようの場ばであったが、白拍子しらびょうしは舞まいを舞まい歌うたを歌うたい、隙すきをみて梵鐘ぼんしょうの中なかに飛とび込こむ。すると鐘かねは音おとを立たてて落おち、祈祷きとうによって持もち上あがった鐘かねの中なかから現あらわれたのは白拍子しらびょうしが蛇体じゃたいに変化へんかした姿すがたであった。蛇へびは男おとこに捨すてられた怒いかりに火ひを吹ふき暴あばれるが、僧侶そうりょの必死ひっしの祈いのりに堪こたえず川かわに飛とび込こんで消きえる。

小鼓こつづみとの神経しんけい戦せんである乱拍子らんびょうし（間あいだをはかりながら小鼓こつづみに合あわせ一いち歩ほずつ三角さんかくに回まわる。大おおきな間あいだをとるので、ラジオ放送ほうそうでは放送ほうそう事故じこ - 無音むおん時間じかん過か長ちょう - になったこともある）から一転いってん急きゅうノ舞まいになる迫力はくりょく、シテが鐘かねの中なかに飛とび込こむや鐘かね後見こうけんが鐘かねを落おとすタイミング、鐘かねの中なかで単身たんしん装束しょうぞくを替かえ後ごジテの姿すがたとなる変かわり身みと興趣きょうしゅが尽つきない能のうである。

装束しょうぞく・面めん・作つくり物もの

装束しょうぞく

前ぜんシテ

長ちょう鬘かずら、鬘かずら帯たい（鱗うろこ 鬼おにを表あらわす）、翼つばさ元結もとゆい、唐織からおり壺つぼ折おり、着付きつけ＝摺すり箔はく［白地しろじ鱗うろこ］、腰巻こしまき＝縫紋ぬいもん［黒地くろじ］、腰帯こしおび［鱗うろこ］所持しょじ品ひん＝鬼おに扇おうぎ。前ぜん折烏帽子おりえぼし(物もの着ぎ)

後こうシテ

折おり壺つぼにした唐織からおりを脱ぬいで腰こしに巻まく。所持しょじ品ひん＝打だ杖つえ

ワキ

位いの高たかい僧侶そうりょ。金きむ緞角帽子ぼうし、紫水しすい衣ころも　着付きつけ＝白はく厚あつし板いた、白しろ大口おおぐち、白しろ腰帯こしおび 所持しょじ品ひん＝数珠じゅず、扇おうぎ。

ワキツレ

角帽かくぼう子こ、茶ちゃ水すい衣ころも　着付きつけ＝無む地熨斗じのし目め、白しろ大口おおぐち、腰帯こしおび　所持しょじ品ひん＝数珠じゅず、扇おうぎ。

間狂言あいきょうげん

能力のうりょく頭巾ずきん、縷水衣ころも 着付きつけ＝無む地熨斗じのし目め、括くく袴はかま 脚絆きゃはん 所持しょじ品ひん＝扇おうぎ。

面めん

前ぜんシテ

近江おうみ女おんな、白しろ曲きょく見み、深井ふかい、若わか女おんな。泥どろ眼めは使用しようしない。前まえは普通ふつうの女おんなのため。

後こうシテ

般若はんにゃ。小書しょうしょや流儀りゅうぎによって真ま蛇へびになる(より強つよいことを示しめす）

作つくり物もの

鐘かね。本ほん曲きょくにしか使つかわれず。この中なかに打だ杖つえ、鏡かがみ、にょうばち、後こうシテの面めんなどが収納しゅうのうされており、鐘かね入いりしたシテはここで着替きがえる。

全文ぜんぶん 観世かんぜ流りゅうの場合ばあい

名な宜むべ ワキ：『これハ紀州きしゅう道成寺どうじょうじ乃住僧そうにて候こう。さても当とう寺てらに於おいてさる、子細しさいあって。久ひさしく撞鐘退転たいてん、仕つかまつりて候こうを。この程ほど再興さいこうし鐘かねを、鋳いさせて候こう。今日きょう、吉日きちじつにて候こう程ほどに。鐘かね乃供養くようを致いたさばやと、存ぞんじ候こう。

ワキ：『（、）いかに能力のうりょく

狂言きょうげん：『御前ごぜんにて候こう

ワキ：『はや鐘かねをば鐘楼しゅろうへ、上あげてあるか

狂言きょうげん：『さん候こうはや鐘楼しゅろうへ上あげて候こう御覧ごらん候こうへ

ワキ：『今日きょう鐘かね乃供養くようを致いたさう（そう）ずるにてあるぞ。又またさる、子細しさいある間あいだ。女人にょにん、禁制きんせいにてあるぞ。構へて一人ひとりも、入いれ候こうな。その分ぶん心得こころえ候こうへ

狂言きょうげん：『畏かしこって候こう

次第しだい シテ：『作つくりし罪つみも消きえぬべし。つくりし罪つみも消きえぬべし。鐘かねの供養くように参まいらん

サシ シテ：『これハこの国くに乃傍に住すむ白拍子しらびょうしにて候こう。さても道成寺どうじょうじと申もうす、御寺おてらに。鐘かねの供養くよう乃御入いり候こう由ゆかり

道行みちゆき シテ：『月つきハ程ほどなく入汐いりしおの。月つきハ程ほどなく入汐いりしおの。煙けむり満みち来くる小松原こまつばら。急いそぐ心しんかまだ暮くれぬ。日にち高だかの寺てらに着つきにけり日にち高だかの寺てらに着つきにけり

シテ：『急いそぎ候こう程ほどに。日高ひだか乃寺に着つきて候こう。軈やがて供養くようを、拝おがまう（もう）ずるにて候こう

狂言きょうげん：『セリフあり

シテ：『これハこの国くに乃傍に住すむ、白拍子しらびょうしにて候こう。鐘かねの供養くようにそと舞まいを、舞まいひ候こうべし。供養くようを拝おがませて、賜たまものはり候こうへ

狂言きょうげん：『セリフあり

シテ：『あら嬉うれしや。涯分がいぶん舞まいを、舞まい候こうべし

シテ：『物もの着ぎ （ここで前ぜん折烏帽子おりえぼしを付つける）

シテ：『嬉うれしやさらば、舞まわんとて。あれにまします、宮人みやびと乃。烏帽子えぼしを暫しばし、假かりに著しるて。

カカル シテ：『既すでに拍子ひょうしを進すすめけり

次第しだい シテ：『花はなの外そとにハ松まつばかり。花はな乃外にハ松まつばかり暮くれ初はじめて鐘かねや響ひびくらん　　

〜〜乱拍子らんびょうし〜〜

ワカ シテ：『道成みちなりの卿きょう。うけたまはり。初はじめて伽藍がらん。たちばなの。道成みちなり興行こうぎょう乃寺なればとて。道みち。

ノル シテ：『成なり寺てらとハ名なづけたりや

地謡じうたい：『山寺やまでらのや

〜〜急きゅう之これ舞まい〜〜

ワカ シテ：『春乃はるの夕暮ゆうぐれ。来きて見みれば

ノル 地謡じうたい：『入相いりあいの鐘かねに花はなぞ散ちりける。花はなぞ散ちりける花はなぞ散ちりける

シテ：『さる程ほどにさる程ほどに。寺てら々の鐘かね

地謡じうたい：『月つき落おち鳥とり啼ないて霜雪そうせつ天てんに。満まん汐しお程ほどなく日にち高だかの寺てら乃。江村えむらの漁火ぎょか。愁うれいに対たいして人々ひとびと眠ねむれば好すき隙すきぞと。立たち舞まいふ様さまにて狙ねらえひ寄よりて。撞つかんとせしが。思おもへばこの鐘かね恨うらめしやとて。龍頭りゅうずに手てを掛かけ飛とぶとぞ見みえし。引びきかづきてぞ失うせにける　　中入なかいり

狂言きょうげん：『セリフあり

ワキ：『言語道断ごんごどうだん。かやうの儀ぎを、存ぞんじてこそ。固かたく女人にょにん禁制きんせいの由よし申もうして候こうに、曲事きょくじにてあるぞ。

狂言きょうげん：『ワキとの問答もんどうあり

ワキ：『なうなう皆みな々かう（こう）、渡わたり候こうへ。この鐘かねに就ついて女人にょにん禁制きんせいと申もうしつる謂いいはれの候こうを、御存ごぞんじ候こうか

ワキツレ：『いや何なんとも、存ぞんぜず候こう

ワキ：『さらばその謂いいはれを語かたって、聞きかせ申もうし候こうべし

ワキツレ：『懇こんに、御ご物語ものがたり候こうへ

語かたり ワキ：『昔むかし、この所ところに。真砂まさごの荘司しょうじと、云うんふ者しゃあり。かの一人ひとりの息女そくじょをもつ。又またその頃ころ、奥おくより熊野くまのへ年とし詣もうでする、山伏やまぶし乃ありしが。荘司しょうじが許もとを、宿坊しゅくぼうと定さだめ。いつも、かの所ところに来きたりぬ。荘司しょうじ娘むすめを、寵愛ちょうあいの餘あまりに。あの、客僧きゃくそうこそ。汝なんじがつまよ 夫おっとよなんどと、戯じゃれしを幼心おさなごころに眞しんと思おもひ、年月としつきを送おくる。また幾いく時じか客僧きゃくそう荘司しょうじが許もとに、来きたりしに。かの女おんな夜更よふけ、人ひと静しずまって後ごえ。客僧きゃくそうの、閨ねやに行くだり。何時いつまでわらはをばかくて、置おき給きゅうふぞ。急いそぎ迎むかえ給きゅうへと、申もうししかば。客僧きゃくそう大おおきに騒さわぎ。（、）ざあらぬ由よしにもてなし。夜よるに紛まぎれ忍しのび出でで、この寺てらに来きたり。ひらに頼たのむ由ゆかり、申もうししかば。隠かくすべき、所ところなければ。撞鐘を下くだしその内うちにこの客僧きゃくそうを隠かくし置おく。さてかの女おんなハ、山伏やまぶしを。逃のがすまじとて、追おっかくる。折節おりふし日高川ひだかがわ乃水以っての外そとに、増ふえりしかば。川かわの上下じょうげを彼方此方おちこちへ、走はしり廻まわりしが。一念いちねんの、毒蛇どくへびとなって。川かわを易々いいと泳およぎ越こし、この寺てらに来きたり。此処ここら　彼処あそこを、尋たずねしが。鐘かねの下くだりたるを怪あやしめ。龍頭りゅうずを銜へ七ななまとひ纏まといひ。焔ほのおを出だし、尾おを以って叩はたけば。鐘かねは即すなわち、湯ゆとなって。終ついに山伏やまぶしを、取とり畢んぬ。なんぼう恐おそろしき、物語ものがたりにて候こうぞ

ワキツレ：『言語道断ごんごどうだん。かかる恐おそろしき、御ご物語ものがたりこそ候こうはね

ワキ：『その時ときの女おんな乃執心こころ残のこって。又またこの鐘かねに障礙しょうがいをなすと、存ぞんじ候こう。我人われひとの、行くだり劫こうも。かやうの為ためにてこそ候こうへ。涯分がいぶん祈いのって。この鐘かねを二に度ど鐘楼しゅろうへ上あげう（ぎょう）ずるにて候こう

ワキツレ：『尤もっとも、然しかるべう（びょう）候こう

カカル ワキ：『水すいかへって日高ひだか川原かわらの。真砂まさごの数すうハ盡つきくるとも。行者ぎょうじゃの法力ほうりき盡ことごとくべきかと

ワキツレ：『皆みな一同いちどうに聲こえを上あげ

ワキ：『東方とうほうに降くだ三さん世せい明王みょうおう

ワキツレ：『南方なんぽうに軍ぐん荼利夜叉やしゃ明王みょうおう

ワキ：『西方せいほうに大だい威徳いとく明王みょうおう

ワキツレ：『北方ほっぽうに金剛夜叉こんごうやしゃ明王みょうおう

ワキ：『中央ちゅうおうに大日だいにち大聖たいせい　不動ふどう

ワキ ワキツレ：『動うごくか動うごかぬか索さく乃。(曩)莫三曼多縛曰羅赦。戰せん拏摩訶路灑拏。娑しゃば破やぶ吨也吽うん怛羅吨悍(牟含)聴我説せつ者しゃ得え大だい智慧ちえ。知し我わが心しん者しゃ即そく身成みなり彿と。

ワキ：『何なんの恨うらみか有明ありあけの。撞鐘こそ

地謡じうたい：『すはすは動うごくぞ祈いのれただ。すはすは動うごくぞ祈いのれただ。引ひけや手てん手てに千せん手ての陀羅尼だらに。不動ふどう乃慈救すくいの偈げ。明王みょうおう乃火焔ほのおの。黒くろ煙けむりを立たててぞ祈いのりける。祈いのり祈いのられ撞つかねどこの鐘かね響ひびき出でで。引ひかねどこの鐘かね躍おどるとぞ見みえし。程ほどなく鐘楼しゅろうに引ひき上あげたり。あれ見みよ蛇体じゃたいハ。現あらわれたり 「祈いのり」

キリ 地謡じうたい：『謹請東方とうほう青あお龍りゅう清浄せいじょう謹請西方せいほう白しろ帝みかど白龍はくりゅう謹請中央ちゅうおう黄き帝みかど黄き龍りゅう一大いちだい三さん千せん大子だいご世界せかいの恒つね沙すな乃龍王おう哀あい愍納受のうじゅ。哀あい愍じきんの砌みぎりなれば。何処どこに大蛇おろちのあるべきぞと。祈いのり祈いのられかっばと転ころぶが又また起おき上のぼって忽たちまちに。鐘かねに向むかって吐はく息いきハ。猛火もうかとなってその身みを焼やく。日にち高乃たかの川波かわなみ深渕ふかぶちに飛とんでぞ入いりにける。望のぞみ足たりぬと験者げんじゃ達たちはハ和わが本ほん坊ぼうにぞ帰かえりける　我わが本ほん坊ぼうにぞ帰かえりける

不適切ふてきせつな仮名遣かなづかいや送おくり仮名がな等とうがあるが、謡うたい本ほんの通とおりに記しるした。

外部がいぶリンク

• 能のうの解説かいせつ、フォトストーリー：the能のう.com
• 『道成寺どうじょうじ（能のう）』 - コトバンク