西洋では物を収納する蓋付きの大型の箱を〈チェストchest〉とよび,収納家具の原初的な形態を示す。すでに古代エジプトやギリシアには表面を象嵌細工や塗料で装飾した芸術的にも質の高い作品がみられた。中世前期の不安定な社会情勢の中では,移動に便利な持ち運びできるチェストが家具のなかで最も重要な種目であった。とくにロマネスク時代のチェストは一般に小型で,オークの板張りに鉄帯をまいたものが多い。中世後期になると,社会制度が固まり,人々の生活が落ち着くにつれて,チェストはしだいに大型化し,豪華なトレーサリー(はざま飾り)や襞(ひだ)模様の彫刻で飾られた。さらに上流貴族の生活様式が多様化するに従い,目的に応じて〈チェスト・オブ・ドロワーズchest of drawers〉とよぶ引出し付きの簞笥や高価な食器を収納する〈クレデンツァcredenza〉とよぶ戸棚,サイドボードなどに発展した。また,中世の城館では家臣たちが寝台の代りに長いチェストの上に寝る習慣であったので,長い箱型寝台はチェストから発展したものとみられる。中世期の椅子の多くが座部に蓋付きの箱型をとりいれていることも,チェストが中世の椅子の出発点であることを示している。ルネサンス時代のイタリアでは豪華な彫刻に金鍍金(めつき)を施した〈カッソーネcassone〉とよぶ装飾用の櫃が作られたが,これはとくに婚礼用調度として重要なものであった。アメリカでもチェストは家庭で最も重要な家具であった。17世紀末にコネティカット州で作られた下部に引出しを備え,表面にヒマワリやチューリップを浮彫りにした素朴な櫃は〈コネティカット・チェスト〉,18世紀のペンシルベニア地方で作られたダーク・グリーンの地に花文様と果物や鳥などを組み合わせたペイント塗りの素朴な櫃は〈ペンシルベニア・チェスト〉とよばれ,ともに婚礼調度として愛用された。 執筆者:鍵和田務