“完全かんぜんオリジナル作品さくひんの開拓かいたく者しゃ”細田ほそだ守まもるが描えがいてきたもの

文ぶん / 氷川ひかわ竜介りゅうすけ

細田ほそだ守まもる監督かんとく作品さくひんの全体ぜんたい像ぞうと最新さいしん作さく

細田ほそだ守まもる監督かんとくをアニメ映画えいが史しに位置いちづけるなら、「完全かんぜんオリジナル作品さくひんの開拓かいたく者しゃ」になると思おもいます。これは「スタジオ地図ちず」の命名めいめいにも通つうじるものです。なぜ原作げんさくのない「完全かんぜんオリジナル作品さくひん」が大事だいじなのか。ここでは「中身なかみのよく分わからないアニメ映画えいがに入場にゅうじょう料りょうを払はらう観客かんきゃくは少すくない」とだけ述のべておきます。例外れいがいはスタジオジブリ作品さくひんでしたが、2016年ねんに新海しんかい誠まこと監督かんとくの「君きみの名なは。」が歴史れきし的てきヒットとなったことで、他ほかにも意欲いよく的てきなアニメ映画えいがが続々ぞくぞくと出でてくる状況じょうきょうになりました。

そこに至いたる道筋みちすじを考かんがえると、細田ほそだ守まもる監督かんとくが東映とうえいアニメーションから独立どくりつして2006年ねんの「時じをかける少女しょうじょ」を小規模しょうきぼながらもヒットさせたことが、ひとつの起点きてんと言いえます。続つづく作品さくひんの多おおくが「不思議ふしぎな青春せいしゅんストーリー」であることもひとつの表あらわれですし、ジャンルに近ちかいものを築きずいたとも考かんがえられます。

細田ほそだ監督かんとく自身じしんは以後いご3年ねんおきに「オリジナル作品さくひん」を発表はっぴょうし、2009年ねんの「サマーウォーズ」では全国ぜんこく規模きぼの公開こうかいでヒットメーカーとして認知にんちされます。2011年ねんには制作せいさく基盤きばんのスタジオ地図ちずが出来できたこともあり、テーマは次第しだいに「前例ぜんれいのないもの」となっていきました。2012年ねんの「おおかみこどもの雨あめと雪ゆき」では「母ははと子こ」、2015年ねんの「バケモノの子こ」では「血縁けつえんのない父性ふせい」、2018年ねんの「未来みらいのミライ」では「4歳児さいじの抱かかえる葛藤かっとう」と、誰だれでも共有きょうゆうできるような関係かんけい性せいを物語ものがたり化かしました。

特筆とくひつすべきは「アニメ表現ひょうげんでなければ到達とうたつできない地平ちへい」をエンターテインメント映画えいがの枠組わくぐみで目指めざし、芸術げいじゅつ性せいと娯楽ごらく性せいのバランスが取とれていること。そしてテーマは言語げんごや文化ぶんかの差違さいを超越ちょうえつして、全ぜん人類じんるい普遍ふへんのものとなっています。だからこそ「未来みらいのミライ」が米国べいこくアカデミー賞しょう長編ちょうへんアニメーション部門ぶもんにノミネートされ、2021年ねんに公開こうかいされる最新さいしん作さく「竜りゅうとそばかすの姫ひめ」がカンヌ国際映画祭かんぬこくさいえいがさいへ招聘しょうへいされたのでしょう。細田ほそだ作品さくひんに限かぎらず、国内こくないではとかくSNSでの話題わだいや興行こうぎょう成績せいせきで映画えいがの評価ひょうかが決きめられてしまいがちですが、世界せかい的てき視野しやに立たてば評価ひょうかの点てんでも先陣せんじんを切きっているのです。

その内外ないがいの差さは何なにに起因きいんするのか、見直みなおす必要ひつようもあると思おもいます。たとえば「未来みらいのミライ」は「子育こそだてあるあるアニメ」あるいは「ファミリーツリーもの」として受容じゅようされましたが、決けっしてそれだけではない神話しんわ的てきな構造こうぞうを持もっています。主人公しゅじんこうの4歳児さいじくんちゃんは、ストレスを感かんじると日常にちじょうの世界せかいから飛翔ひしょうして「ここではないどこか」に旅立たびだつ。過去かこと未来みらい、血縁けつえんでつながってはいるが、物理ぶつり的てきには目めに見みえないものを通つうじて「因果いんがの連鎖れんさ」が浮うかび上あがってくる……。

5歳さいまで育そだてば「言葉ことばが律りっする世界せかい」に支配しはいされてしまうので、4歳児さいじでないと分わからない世界せかいがあるはずです。その神秘しんぴ的てき体験たいけんを、テレビシリーズと同等どうとうの短みじかい5つのエピソードで立体りったい的てきに提示ていじしている映画えいがです。特とくに最さい終章しゅうしょうでは「墓穴ぼけつ世界せかいからの帰還きかん」が示しめされていることで、映画えいがの本質ほんしつが成長せいちょうに必要ひつような「通過つうか儀礼ぎれい」であり、神話しんわで言いう英雄えいゆう譚たんにも連つらなることは、明あきらかです。

「もう一度いちど4歳児さいじに戻もどって、成長せいちょう過程かていを神秘しんぴ的てきにリフレインしてみよう」ということだな……と思おもうものの、実じつは筆者ひっしゃも「細田さいだ家かの日ひ記帳きちょうかな」みたいな先入観せんにゅうかんを捨すてることで、ようやく分わかったのです。やはり本質ほんしつを見抜みぬくには、アニメーションの伝統でんとうに敬意けいいを払はらい、教養きょうようをもって「芸術げいじゅつ」として読よみ解とく訓練くんれんをしている諸しょ外国がいこくの識者しきしゃが進すすんでいるのだろうか。そんなことを考かんがえさせてくれる点てんでも、細田ほそだ守まもる監督かんとくの活動かつどうは注目ちゅうもくに値あたいしますし、刺激しげきをあたえ続つづけてくれるものと捉とらえています。

さて、これから公開こうかいされる「竜りゅうとそばかすの姫ひめ」は、「細田ほそだ守まもる監督かんとくの集大成しゅうたいせい」を宣伝せんでん的てきにも打うち出だしています。たしかに仮想かそう世界せかい＜U＞へ投影とうえいされた“もうひとりの自分じぶん”という設定せっていは「サマーウォーズ」の発展形はってんけいに見みえますし、「竜りゅう」の獣人じゅうじん的てきなキャラクター造形ぞうけいは「おおかみこどもの雨あめと雪ゆき」や「バケモノの子こ」を連想れんそうさせます。画面がめんを横切よこぎって地面じめんと空そらを分断ぶんだんする川かわの構図こうずや高校こうこう生活せいかつでの淡あわい恋愛れんあい模様もようは「時じをかける少女しょうじょ」か、などなど……。表層ひょうそう的てきにはいくつでも数かぞえあげられることでしょう。

しかし、もっと重要じゅうようなことがあります。そうした諸しょ要素ようそを集大成しゅうたいせいすることで「この時代じだいに何なにを示しめそうとしたか」です。

細田ほそだ守まもる監督かんとくの作家さっか性せいには共通きょうつう的てきな特徴とくちょうがあります。ひとつは「神話しんわにも通つうじる普遍ふへん性せい」、そしてもうひとつは「いま現在げんざいをどう切きりとるか」です。

前者ぜんしゃの手法しゅほうは、5作品さくひん（「時じをかける少女しょうじょ」「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨あめと雪ゆき」「バケモノの子こ」「未来みらいのミライ」）を総覧そうらんすれば見みえてきます。「現在げんざいと未来みらい（または過去かこ）」「リアル世界せかいと電脳でんのう空間くうかん」「人ひとと獣しし」など対立たいりつ軸じくの明あきらかな世界せかいを配置はいちし、主人公しゅじんこうたちを往還おうかんさせる。違ちがう価値かち観かんの世界せかいを体感たいかんすることで「常識じょうしき」とスルーされることを見直みなおし、冒険ぼうけんの中なかで絶望ぜつぼうを乗のりこえて帰還きかんする。誰だれかに背中せなかを押おされることで、自分じぶんでも分わからなかった「本当ほんとうのこと」に気きづき、ささやかな成長せいちょうを遂とげる……これは、あらゆるエンターテインメント映画えいがに通つうじるセオリーであり、その点てんで神話しんわ的てきなのです。

より大事だいじなのは、個々ここの物語ものがたり化かを通つうじて照てらし出だされる「いま現在げんざい」のほうです。ことに主人公しゅじんこうが乗のりこえるべき「問題もんだい点てん」が何なになのかです。「竜りゅうとそばかすの姫ひめ」に関かんして言いえば、インターネット世界せかいの「光ひかりと闇やみ」ではないかと推察すいさつします。「サマーウォーズ」から12年ねんが過すぎたことでネット社会しゃかいはよりネイティブに身近みぢかになり、体験たいけん性せいも高度こうど化かして、まさに「ここではないどこか」が全ぜん人類じんるいに提供ていきょうされる入いり口くちに来きています。

であれば、ネットは人ひとの可能かのう性せいを解放かいほうするものとして多様たよう性せいに対たいして寛容かんようであるのが好このましいはずだ。しかしそれをみんな分わかっていながら、現実げんじつには「炎上えんじょう」「バッシング」「誹謗ひぼう中傷ちゅうしょう」が横行おうこうし、行いきすぎた正ただしさが他者たしゃを抑圧よくあつする事件じけんが多発たはつしています。そんな負まけの要素ようそも見みすえたうえで、人ひとに内在ないざいする普遍ふへん的てきな「真善美しんぜんび」を照てらし出だし、インターネットも肯定こうてい的てきな世界せかいとして再さい定義ていぎしたい。

そんな意識いしきを最新さいしん作さくから感かんじとることが出来できます。さらに今回こんかいのコラボレーションは、過去かこにない新あたらしい挑戦ちょうせんを感かんじさせるものとなったのも、嬉うれしいポイントです。米国べいこくアカデミー賞しょうノミネートを通つうじて、細田ほそだ守まもる監督かんとくが敬愛けいあいするディズニー・スタジオのクリエイターたちと出会であい、「アナと雪ゆきの女王じょおう」に通つうじる国際こくさい的てきなキャラクター“ベル”を獲得かくとくしたことを筆頭ひっとうに、建築けんちく、フラワーデザイン、美麗びれいな歌唱かしょうとさまざまな才能さいのうを取とりこんで、その連鎖れんさから美意識びいしきを研とぎ澄すませたアニメーション世界せかいに結晶けっしょう化かさせる。その点てんでは「集大成しゅうたいせいにして最先端さいせんたん」と呼よべる映画えいがが誕生たんじょうしたのではないでしょうか。

映画えいが世界せかいもまた、現実げんじつと対置たいちされた「異い世界せかい」です。扉とびらをくぐり、暗闇くらやみの中なかで光ひかりと音おとをダイレクトに浴あびるとき、「映画えいがの中なかへ」魂たましいが解放かいほうされる体験たいけんは格別かくべつなものとなると確信かくしんしています。何なにかと閉塞へいそく的てきな情況じょうきょうが世よをおおう一方いっぽう、「世界せかい全体ぜんたいをみすえた視野しや」や「これからどう世界せかいを再建さいけんするか」の点てんで、肯定こうてい的てきな希望きぼうのパワーをあたえてくれる作品さくひんになるかもしれません。公開こうかい後ごの動向どうこうに、注目ちゅうもくしていきたいと思おもいます。

氷川ひかわ竜介りゅうすけ（ヒカワリュウスケ）

1958年ねん生うまれ、兵庫ひょうご県けん出身しゅっしん。アニメ・特撮とくさつ研究けんきゅう家か、明治大学めいじだいがく大学院だいがくいん特とく任にん教授きょうじゅ、NPO法人ほうじんアニメ特撮とくさつアーカイブ機構きこう（ATAC）副ふく理事りじ長ちょう。文化庁ぶんかちょうメディア芸術げいじゅつ祭さい審査しんさ委員いいん、毎日まいにち映画えいがコンクール審査しんさ委員いいんなどを歴任れきにん。第だい29回かい東京国際映画祭とうきょうこくさいえいがさいアニメーション特集とくしゅう「映画えいが監督かんとく 細田ほそだ守まもるの世界せかい」ではプログラミング・アドバイザーを担当たんとう。主おもな編著へんちょ：「日本にっぽんアニメーションガイド ロボットアニメ編へん」（文化庁ぶんかちょうメディア芸術げいじゅつカレントコンテンツ）、「細田ほそだ守まもるの世界せかい──希望きぼうと奇跡きせきを生うむアニメーション」（祥伝社しょうでんしゃ、2015年ねん）など。