黒沢清マスタークラスが開催、「CURE」「回路」の秘話や影響を受けた映画監督を語る
2024年6月12日 19:34
34 映画ナタリー編集部
6月14日に「蛇の道」の公開を控える映画監督・黒沢清のマスタークラスが6月11日に東京・東京日仏学院で開催。フランスの批評家で映画プログラマーのクレモン・ロジェを司会に、2時間近くにわたって自作の思い出や自身が影響を受けた監督、そして映画の魅力を語り合った。
1997年の「CURE/キュア」で世界的な注目を集め、2001年にはカンヌ国際映画祭ある視点部門に出品された「回路」で国際映画批評家連盟賞を受賞。以降も国内外から高い評価を受け、「岸辺の旅」ではカンヌある視点部門の監督賞、「スパイの妻」ではヴェネツィア国際映画祭の銀獅子賞を受賞した。今年は第74回ベルリン国際映画祭で新作中編の「Chime」が上映。自身の同名映画をセルフリメイクした「蛇の道」が公開されるほか、9月には菅田将暉主演の「Cloud クラウド」の公開も控えており、黒沢の新作が3本も観られる貴重な年となる。
日本映画における自分の立ち位置は?
フランスの芸術文化勲章・オフィシエを受章した黒沢は、6月10日に東京・フランス大使公邸で行われた叙勲式に出席したばかり。まずロジェはおいの言葉を述べ「フランスにとっても大変重要なこと。というのも、フランスの我々も1997年の『CURE』のときから、ずっと作品を拝見しているからです」と、その功績をたたえた。フランスでは「CURE」以前の作品も、2012年に行われた黒沢の回顧上映で“発見”される機会があったという。
続いてロジェは「その膨大な作品数に驚くと同時に、さまざまなジャンルを行ったり来たりしながら、製作規模においても、長編を作ったり、時にはあえて短編や中編を作ったり。お手玉をもてあそぶように、さまざまなジャンルや規模を自由に行き来していることに驚嘆を覚えます」と述べながら、黒沢に「日本の映画産業において、ご自身をどのように位置付けているのか。それは産業の中心なのか、それとも端なのか」と質問。黒沢は長年親交のあるロジェとトークをできる感慨を伝えながら、自身の立ち位置については「考えたことがないのでよくわかりません」と切り出す。
現在68歳の黒沢は「この歳になっても雑多な映画を撮り続けているのは多少変わっているのかなと思います。ただ過去には、そういう人はたくさんいた。年を取るごとに、作風が決まってきて同じような主題を撮リ続け、スタイルを確立するような作家。有名なのは小津安二郎ですが、彼も若い頃は雑多なものを撮っていました。そういう作家がいる一方で、歳を重ねるごとに、なんでもかんでも幅を広げていく作家は近年だとスティーヴン・スピルバーグ。僕は明らかに、年を取るごとにいろんなものをやれるだけやっておこうというタイプ。今や日本では、このタイプは少なくなっているのかもしれませんね」と、自身の立ち位置を語った。
物語から死んだ人間の恨みを一切排除した「回路」
マスタークラスでは、黒沢の監督作やロジェがセレクトした映画の抜粋シーンを上映する形で進行。1本目はインターネットを介した恐怖を描いた「回路」から、加藤晴彦演じる主人公のパソコンに奇妙な部屋が連続して映り、「幽霊に会いたいですか」という文字が表示される場面だ。上映が終えると黒沢は「かなり恥ずかしい」と口にしながら、印象的なダイヤルアップ接続のピーという発信音にも触れ「デジタルなのに、すごくアナログな音がしてインターネットにつながる。これはどこにつながっているんだ?と不気味で。懐かしい時代のものです」としみじみ思い出す。
ロジェの「ホラー映画に新しいフォルムをもたらした。幽霊の姿もよく見えないし、役割も漠然としている。なんとなくインターネットを通じて感染していく怖さ」という紹介に対して、黒沢は「まったく新しいホラー映画を作ってやろうという意気込みに燃えていたというよりは、もうやり尽くされているというあきらめにも似たところから発想していった記憶があります。幽霊映画は日本でもたくさん作られましたが、大抵が何かの恨み、悪意に基づいた目的を持って、ぬうっと出てくるのがほぼ主流であったと思います」と当時を振り返っていく。
そして「幽霊がある異様な超自然的な力をもって、人間にのしかかってくる。これを世界的に広めたのは『リング』です。貞子は恨みを持っていますが、人間的な個人の恨みとは違う、ビデオを見たものを呪い殺すという、もっと不可思議な力を持った怪物のような幽霊でした」と述懐。「回路」は黒沢がプロデューサーから「『リング』みたいなものをやってくれない?」と打診されことから企画が生まれたそうで、「あの映画はビデオ画面が恐ろしい。あからさまな(パクリ)ではないですが、じゃあインターネットが恐ろしいということで考えてみます、とスタートしました」と明かした。
さらに「回路」での経験を「死んでしまった人間の個人的な恨み、感情のようなものは一切、物語から排除して作ってみよう、と。それは思い切った決断だったと思います。理由は作っていた自分もよくわからないですが、死んだ人間が幽霊として現実に進出してくる。人間的な感情を持たない、不気味なものが現実に現れる。今思えば、ホラーというジャンルを突き詰めると、文明が破壊されてしまうような、常識がどんどん変わってしまうような近未来SFに近付いていくと実感しました」と振り返った。なお現在、角川シネマコレクションのYouTubeでは「蛇の道」の公開を記念し、「回路」が全編無料公開されている。
黒沢清がもっとも影響を受けた監督は
続いて、ロジェは黒沢がフェイバリットに挙げることも多いリチャード・フライシャーの監督作から「静かについて来い」を上映。黒沢は「凝ったものを出されましたねえ。不意を突かれて動揺しています」と吐露しながら、フライシャーからは、撮影やカット割りの効率を重視する映画監督としての職人的な一面に大きな影響を受けたことを明かす。「彼の『絞殺魔』という映画に、普通であれば、いくつかのカットに割りそうなところ、たったワンカットであっという間に見せてしまう瞬間があります。これは、どうやって撮ったんだ?とびっくりして、フライシャーが特殊な監督だと気付いた瞬間でした」と述べ、「当初は、とても作家的なスタイルであり、個性なのだろうと思っていたのですが、自分がVシネマのようなプログラムピクチャーを撮り始めてから、フライシャーのやり方は個性というよりも、経済的な原則から導き出されたものなんだと気付きました」と思い返す。
そして黒沢は、自身が経験してきた日本の商業映画における撮影の状況を「だいたい1日に10~15カット、多くても20カットしか撮影できません。予算が少なくスケジュールがコンパクトな場合、1日で3シーンを撮らなければならず、ワンシーンにおよそ3カットしかかけられない」と説明。そのうえで、フライシャーの手腕を「例えばヤクザが誰かをピストルで撃って逃げる場面で考えると、ヤクザが撃つカット、誰かが撃たれて倒れるカット、そして逃げるカット。それで3カットは終わり。ところがちょっとした工夫で、ヤクザが撃って、誰かが撃たれて、ヤクザが逃げるのをワンカットで撮れてしまうことがある。フライシャーの映画を観ると、いたるところに、そういうカットがある。その才能は映画史上、フライシャーが断トツですごいと思っております。そして彼の場合、ワンカットであること、編集されていないことが、ある種の驚きとなる。そこには何か経済的なことだけではない、映画という表現の原点があるような気もします」と評価した。
大好きな三隅研次の「桜の代紋」
続いてワンカットで見せることが映画的な興奮をもたらす場面として、「CURE」の取り調べと、三隅研次の「桜の代紋」の取り調べとそれに続く護送車が襲われるシーンが上映された。黒沢は「『桜の代紋』は大好きな映画です。三隅研次はフランスではまだあまり知られてないようなので、三隅研次のことをもっとフランスで紹介したいと思っていた矢先でした。フライシャーと同様に、すごく才能のあるプログラムピクチャーの監督。日本ではマキノ雅弘もそうだと思います」と語りながら、「桜の代紋」から抜粋されたシーンの魅力については「護送車の後ろから突然車が横に出てくる。そう思ったかと思えば、もう1台が護送車の前を遮るように出てきて挟み撃ちにする。この瞬間がたったワンカット。ハリウッド映画のようにたくさんカットを割るのも、それはそれで贅沢な娯楽ですが、護送車が挟み撃ちになった瞬間の、ある種のリアリズムと言っていいのか、この瞬間にこれが起こった!という衝撃と確実性。ワンカットだからこそ伝わる強烈なものがあります」と紐解いた。
「CURE」の取り調べシーンの撮影に関しては、部屋のセットの壁が画面に映っている2面しかなかったことを回想。予算や撮影時間も考慮して、あえて2面しか映さない効率的なカット割りだったとしつつ、「あるシーンを一方向からのみで撮るやり方は、時々やります。そこで見える範囲の中で、そのシーンのドラマをすべてやってしまう。全部は見せられないんですが、その方向からだけ観ることによって何かが湧き上がる。なんと言っていいか……その映画的な興奮のようなものは、時折、自分の映画にも取り入れたいと思っています。それは何に通じているか。やや気恥ずかしいですが、それは世界最初の映画、リュミエール兄弟の『工場の出口』。あれをやりたい。たった一面だけで全部を見せる。映画の基本が、あそこにあるように思うからなんです」と、映画の起源にも通じるこだわりを語った。
エリック・ロメールの影響で生まれた「スパイの妻」
ロジェは黒沢の「スパイの妻」を鑑賞したときに連想したというエリック・ロメールの「三重スパイ」の抜粋も紹介。具体的な諜報活動を描かず、スパイとその妻の会話を中心にした室内劇である同作について、黒沢は開口一番「『三重スパイ』の影響で『スパイの妻』を作ったというのは本当です」と告白する。ロジェは「2人の個人、カップルを通して大きな歴史を描いている」という共通点に触れ、黒沢は「外で大変なことが起こっているにもかかわらず、ほぼ室内の話。外の影響が室内にも及び、室内で画策したことがどうも外にも影響を及ぼしている。『三重スパイ』のように、外が実際にどうなっているのかを、ほとんど描かないまま、戦争というものを描けるだろうか。そこから日本でもできるはずだと考え『スパイの妻』を作りました。改めて『三重スパイ』を観ると、同じようなことをやっていて恥ずかしい」と明かす。
ロジェは「お二人とも感情の浮き沈みをじっと描くことに感心がある作家であると思う。しかし対照的なのは、ロメールは言葉を通して表現するのに対して、黒沢さんは沈黙を通して語る」と指摘。これを受けて、黒沢は「エリック・ロメールと言えば、閉ざされた場所での会話を中心にドラマが進んでいく。そのスタイルはすごいものですが、僕はなかなか会話だけでドラマを成立させてしまう度胸や勇気がない。会話がなくても、観ている人が何かハッとスクリーンに釘付けになる瞬間を作らないとマズイんじゃないのかということに囚われてしまって。なかなかエリック・ロメールのようにはいかないですね」と話した。
レオス・カラックスの捻りの効いた祝福
マスタークラスの最後には、黒沢にゆかりのあるフランスの映画人たちから、芸術文化勲章を受章したことに対する祝福のビデオメッセージが上映。参加したのは、黒沢が「ダゲレオタイプの女」でタッグを組んだタハール・ラヒムとコンスタンス・ルソー、「蛇の道」のプロデューサーであるダヴィッド・ゴキエ、出演者のマチュー・アマルリックとダミアン・ボナール、そして映画監督のアルノー・デプレシャン、クレール・ドゥニら。最後を締めくくったのは、自身のナレーションを吹き込んださまざまな映像や映画のモンタージュを寄せたレオス・カラックス。彼は「Kiyosi Kurosawa」のイニシャル「KK」がフランス語で発音すると「クソ」を意味する「CACA(カカ)」であると説き、それはかつて作品が成功して大入りとなった劇場に多くの馬車が駆けつけ、周辺が馬糞だらけになったことから「幸運」を意味するシンボルであると、祝福にはおよそ相応しくない単語を連発する捻りの効いたメッセージを送った。
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映画「蛇の道」予告編
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