2014年ねんの渡辺わたなべ淳之介じゅんのすけ（前編ぜんぺん）

取材しゅざい・文ぶん / 小野田おのだ衛まもる

大おおきかったのは、でんぱ組ぐみ.incの存在そんざい

2010年ねんからのアイドルシーンを振ふり返かえる当とう連載れんさいの中なかで「絶対ぜったいに登場とうじょうしていただきたい」と狙ねらいをつけていた人物じんぶつ、それがWACK代表だいひょうの渡辺わたなべ淳之介じゅんのすけである。近年きんねん、破竹はちくの快かい進撃しんげきを続つづけるBiSHの生うみの親おやであり、現在げんざいはほかにもBiS、EMPiRE、豆まめ柴しばの大群たいぐん、GO TO THE BEDS、PARADISES、ASPといった多おおくのグループをプロデュース。間違まちがいなくカリスマと呼よべる音楽おんがくプロデューサーの1人ひとりだ。

渡辺わたなべの方法ほうほう論ろんは極きわめてセンセーショナルで、BiS「My Ixxx」でメンバーが全裸ぜんらとなるミュージックビデオを撮影さつえいするなど、常つねに世間せけんの度肝どぎもを抜ぬき続つづけてきた（参照さんしょう：アイドルなのに野外やがいで全裸ぜんら、BiSが初はつシングルの衝撃しょうげきPV公開こうかい）。WACK所属しょぞくグループはそれぞれに個性こせいがあるものの、時代じだいの空気くうき感かんを読よみながら型かたにはまらないアプローチで話題わだいを強引ごういんに振ふり撒まく姿勢しせいは一貫いっかんしている。WACK勢ぜいの中なかでも出世頭しゅっせがしらのBiSHは幕張まくはりメッセや大阪城おおさかじょうホールなどの大会たいかい場じょうで公演こうえんを行おこなうようになり、新譜しんぷをリリースするたびにオリコン1位いを獲得かくとくするほどの人気にんきグループに成長せいちょうした。

渡辺わたなべのプロデュースは過去かこのロックカルチャーへのオマージュが目立めだつのも特徴とくちょうで、アイドルに興味きょうみを持もたない層そうも取とり込こむことでメジャー化かに成功せいこう。その一方いっぽうで渡辺わたなべは毀誉きよ褒貶ほうへん相しょう半なかばする人物じんぶつでもある。メンバーやファンが渡辺わたなべに心酔しんすいする様子ようすが宗教しゅうきょう的てきであると揶揄やゆされたり、合宿がっしゅくでの言動げんどうがパワハラではないかと批判ひはんされた過去かこもあった。

しかし今回こんかい、ここで取とり上あげたいのはこうした渡辺わたなべの特異とくいな人間にんげん性せいについてではない。「2014年ねんの渡辺わたなべ淳之介じゅんのすけに何なにが起おこったのか？」というのが本稿ほんこうのテーマなのである。

渡辺わたなべがBiSでアイドルのプロデュースに乗のり出だしたのが2010年ねんの話はなし。その時点じてんで彼かれは川嶋かわしまあいや水曜日すいようびのカンパネラなどが所属しょぞくする、つばさレコーズの正社員せいしゃいんだった。その後ご、2014年ねんに第だい1期きBiSは解散かいさん（※のちに再始動さいしどうするBiSと区別くべつするため、本稿ほんこうでは便宜上べんぎじょう「第だい1期きBiS」と表記ひょうきする）。同どう時期じきにつばさレコーズを退社たいしゃした渡辺わたなべは新あらたにWACKを設立せつりつする。当初とうしょ、WACKではロックバンド・This is not a businessなどを運営うんえいしていたものの、2015年ねんに入はいると「BiSをもう一度いちど始はじめる」と再ふたたびアイドルのプロデュースを開始かいし。これがBiSHの出発しゅっぱつ点てんとなっている。現在げんざいのアイドルシーンにおいてWACKが一大いちだい勢力せいりょくとなっているのは明あきらかだが、となると2014年ねん前後ぜんこうの渡辺わたなべの動うごきが歴史れきしの変換へんかん点てんだったのではないかというのがナタリー編集へんしゅう部ぶの見立みたてだった。

取材しゅざい当日とうじつ、「今日きょうはなんでもしゃべりますよ」と明あかるい調子ちょうしで椅子いすに腰こしかけた渡辺わたなべに対たいし、「2014年ねんの渡辺わたなべさんは何なにを考かんがえていたのか？ 伺うかがいたいのはズバリそこなんです」と切きり出だす。「2014年ねんか……」としばらく考かんがえ込こんだ目めの前まえの敏腕びんわんプロデューサーは、「とにかく大おおきかったのは、でんぱ組ぐみ.incの存在そんざいなんですよね」と意外いがいな角度かくどから話はなしを始はじめた。

「あの頃ころ、でんぱ組ぐみ.incとBiSはスプリットCDを出だしたりして、シーンを一緒いっしょに作つくっていこうという機運きうんがあったんです。いわゆる独立どくりつ系けいというか、“インディーズ事務所じむしょの最さい有力ゆうりょくサブカル系けいアイドル”みたいな立たち位置いちでしたから。それで2組くみが『ここから行いくぞ！』とやっていく中なかで、明あきらかにBiSはコアな方向ほうこうに向むかい、でんぱ組ぐみはマスに向むかっていった。これで明確めいかくな差さをつけられたんです。それがすごく悔くやしかった思おもい出でがありますね。結局けっきょく、彼女かのじょたちはもっと先さきを見みていた。彼女かのじょたちというか、もっとはっきり言いっちゃうと、もふくちゃん（福嶋ふくしま麻衣子まいこ＝でんぱ組ぐみ.incプロデューサー）ですよね」（渡辺わたなべ）

渡辺わたなべのコメントには補足ほそくが必要ひつようだろう。これまで当とう連載れんさいでも繰くり返かえし触ふれてきたように、アイドル戦国せんごく時代じだいが本格ほんかく化かしたのが2010年ねん。そこからグループが雨後うごの筍たけのこのように誕生たんじょうし、ローカル系けいアイドルやインディー系けいアイドルにも注目ちゅうもくが集あつまるようになった。ファンの熱狂ねっきょうを目まの当あたりにして、「これはいける！」と運営うんえいスタッフの闘志とうしに火ひがついたのも当然とうぜんの話はなしである。今いまだったら天下てんかが獲えれるかもしれない。世よの中なかの価値かち観かんを覆くつがえせるかもしれない。時代じだいを自分じぶんの手てに手繰たぐり寄よせるために、メンバーも死しに物狂ものぐるいでライブやイベントに臨のぞむようになっていく。

アイドルバブルはすでに弾ひけていた

だが渡辺わたなべは当事とうじ者しゃでありながらも、どこか醒さめた目線めせんでこの現象げんしょうを受うけ止とめていたようだ。彼かれの歴史れきし認識にんしきでは「2014年ねん時点じてんで、アイドルバブルはすでに弾ひけていた」ということになる。2014年ねんといえば、3月にはAKB48やももいろクローバーZが国立こくりつ競技きょうぎ場じょうでコンサートを開催かいさいし、まさにアイドルブームの絶頂ぜっちょう期きと見みなされていた頃ころだ。いったい、どういうことなのか？

「でんぱ組ぐみ.incが突つき抜ぬけて、BiSが解散かいさんした。これが2014年ねんの出来事できごとなわけです。僕ぼくたちBiSは、横浜よこはまアリーナの観客かんきゃく動員どういん数すうが公称こうしょう7000人にんというところで解散かいさん。一方いっぽうのでんぱ組ぐみは2014年ねんに日本武道館にほんぶどうかんをやったあと、2015年ねんに代々木よよぎ第だい一いち体育館たいいくかん2デイズ。これが公称こうしょうでトータル2万まん人にんくらいだったのかな。ところが、この2組くみに続つづくクラスのグループがいなかったんですよね。武道館ぶどうかんライブを開催かいさいするものの、集客しゅうきゃく面めんで苦戦くせんするグループもありましたし。そんな中なか、きちんとした形かたちで武道ぶどう館かんを埋うめられたのが、でんぱ組ぐみ。僕ぼくたちBiSは結果けっか的てきに横浜よこはまアリーナを埋うめられなかったけど、たぶん武道館ぶどうかんのキャパでやっていたら埋うまっていたように見みえたとは思おもうんです」（渡辺わたなべ）

AKB48などに代表だいひょうされる大手おおてを除のぞいて考かんがえた場合ばあい、ブームと騒さわがれるわりに層そうが薄うすかった。トップと地下ちか群ぐんは存在そんざいしたものの、先頭せんとう集団しゅうだんを追つい走はしすべき中なか間あいだ層そうがごっそり抜ぬけていた──。このような渡辺わたなべの指摘してきはライブの観客かんきゃく動員どういん数すうだけでなく、CD販売はんばい枚数まいすうというデータ上じょうでも確たしかに裏付うらづけされている。現場げんばに立たっていた人間にんげんならではの鋭するどい分析ぶんせきは続つづく。

「ひめキュンフルーツ缶かんなどの地方ちほう発はつアイドルが注目ちゅうもくされた流ながれも、2014年ねん時点じてんではもうひと段落だんらくしていましたしね。2015年ねんの『TOKYO IDOL FESTIVAL』で大阪おおさか☆春夏秋冬しゅんかしゅうとうが『見みつかった！』と騒さわがれましたけど、あれが最後さいごの花火はなびだったのかもしれない。今いま考かんがえると僕ぼくたちがBiSを始はじめてから2012年ねんくらいまでが本当ほんとうのバブルで、地下ちかアイドルはどこでも客きゃくが入はいるといった感かんじだったんです。平日へいじつの月曜げつようから金曜きんようまで300人にんから400人にん規模きぼの地下ちかアイドルイベントが乱立らんりつしていて、そこで僕ぼくたちも荒稼あらかせぎしてたんですよね（笑）。チケットバックがありましたから。とにかく毎日まいにち現場げんばがあるみたいなイメージ。もっとも、今いまやそれもなくなりましたけど。

のちにBiSを解散かいさんさせてBiSHを始はじめるようになると、最初さいしょこそほかのグループとツーマンもやっていたんですけど、圧倒的あっとうてきにBiSHのほうが対たいバン相手あいてよりも客きゃくを連つれてくるという状況じょうきょうが続つづいたんです。こうなると、やっぱり考かんがえちゃいますよね。でんぱ組ぐみと一緒いっしょにやっていた頃ころは、口くちでは『一緒いっしょに盛もり上あげようぜ！』と言いっておきながら、実際じっさいはでんぱ組ぐみに頼たよっていた部分ぶぶんも大おおきかった。だけど逆ぎゃくの立場たちばになってみると、あまり自分じぶんたちとしては“うまみ”が感かんじられない。それどころか、メジャーを目指めざすうえで遠回とおまわりになるような気きもしてきて……。こういうことばかり言いってるから俺おれはすぐ叩たたかれちゃうんだけど、でもこれはリアルな話はなし。だから2015年ねん以降いこうのBiSHはアイドルとの対たいバンをほとんど行おこなわず、ワンマンで突つっ走ぱしっているんですよ。フェスには出でてきましたけどね。このアイドルシーンに頼たよる必要ひつよう性せいがないというのが正直しょうじきなところなんです」（渡辺わたなべ）

アイドル戦国せんごく時代じだいの終焉しゅうえんを敏感びんかんに感かんじ取とった渡辺わたなべは、戦略せんりゃくを大おおきく転換てんかんさせていく。ここからは共存きょうぞん共栄きょうえいの考かんがえは捨すてたほうがいい。下手へたしたら共倒ともだおれに終おわる恐おそれもある。歯はに衣ころも着きせぬ発言はつげんからとかく誤解ごかいを受うけやすい渡辺わたなべだが、「メリットがない以上いじょう、やる必要ひつようがない」というプロデューサーあるいは経営けいえい者しゃとしてのシビアなジャッジは至極しごく真まっ当とうだと言いえよう。事実じじつ、BiSHのみならずほかのグループも含ふくめ、現在げんざいのWACKはアイドル対たいバンをほとんど行おこなっていない。一種いっしゅの鎖国さこく政策せいさくと見みなすこともできる。

アイドルは大人おとなのおもちゃのようなもの

ところで渡辺わたなべ自身じしんはアイドルを手てがけたくて業界ぎょうかい入いりした人間にんげんではない。音楽おんがく好すきではあったものの、リスナーとしてもアイドルに興味きょうみなど一切いっさいなかったという。そんな渡辺わたなべをアイドルの世界せかいに引ひきずり込こんだキーパーソンが、長年ながねんにわたる盟友めいゆうのプー・ルイである。2010年ねんにBiSが結成けっせいされた経緯けいいを本人ほんにんが次つぎのように解説かいせつしてくれた。

「私わたしはハロプロ（ハロー！プロジェクト）が大好だいすきなんですけど、渡辺わたなべさんの頭あたまにはアイドルのことなんて1mmもなかったと思おもいます。最初さいしょに出会であった頃ころの渡辺わたなべさんって、今いまよりも貫禄かんろくがあって怖こわかったんですよ。見みた目的もくてきにもカート・コバーンみたいなロン毛げだったし。それで私わたしもつばさレコーズのオーディションに受うかってソロデビューしたはいいけど、どうしていいのかわからないような状態じょうたいが続つづいていて……。そんな中なか、（音楽おんがくニュースサイト）『OTOTOY』さんの連載れんさい企画きかくの打うち合あわせがあり、そこでアイドルが好すきだという話はなしをしたら、編集へんしゅう長ちょうの飯田いいだ（仁一郎にいちろう）さんが『そんなに好すきなら、アイドルグループやっちゃえば？』と言いってくださいまして。当時とうじ、私わたしは渡辺わたなべさんのことが大嫌だいきらいだったので、困こまらせたいという気持きもちも大おおきかったですね。それで『アイドルやります！』と宣言せんげんしたんです」（プー・ルイ）

「OTOTOY」編集へんしゅう部ぶでの“三さん者しゃ会談かいだん”が終おわったあと、喫茶店きっさてんに連つれていかれたプー・ルイは「考かんがえ直なおせ」と渡辺わたなべから詰つめられた。しかしプー・ルイの意思いしは意外いがいに固かたく、あれやこれやという間あいだにメンバー選考せんこうオーディションに突入とつにゅうしてしまう。こうなると、もう渡辺わたなべもあとには引ひけなかった。右みぎも左ひだりもわからなかったが、とにかく本気ほんきでアイドルグループを売うろうと覚悟かくごを決きめていく。再ふたたびプー・ルイが証言しょうげんする。

「第だい1期きBiSの頃ころは今いまほど世間せけんに知しられていなかったから、常つねに焦あせっていたんですよね。でもそれは私わたしだけじゃなくて、渡辺わたなべさんも同おなじだったと思おもう。常つねに面白おもしろいことを仕掛しかけていかなくてはいけないと、ずっとBiSのことを考かんがえてくださっていました。あの当時とうじ、渡辺わたなべさんもBiSを売うらなければ未来みらいがないという気持きもちでいたのは間違まちがいないです。渡辺わたなべさんはプロデューサー。私わたしはメンバー。だから立場たちばは違ちがっていたものの、勝手かってに共犯きょうはん者しゃのような気持きもちで私わたしはいましたね」（プー・ルイ）

一方いっぽうの渡辺わたなべは、BiSが結成けっせいされた2010年ねん当時とうじのことを次つぎのように述懐じゅっかいする。

「確たしかに僕ぼくはアイドルに関かんする予備よび知識ちしきなんて一切いっさいなかったです。そんな中なかで感かんじたのは、い方いかたは悪わるいですけど、何なにもできない奴やつらが調子ちょうしに乗のっているなということ。普通ふつうのアーティストは自分じぶんで曲きょくを作つくって歌詞かしを書かいてステージに立たつわけです。ただアイドルは何なにもできない女おんなの子こが楽曲がっきょくを渡わたされて、会場かいじょうを用意よういされて、『武道館ぶどうかんに行いきたいです』とか言いってる。もちろん才能さいのうがある子こたちも中なかにはいると思おもうんですけど、基本きほん的てきには何なにもできないし、すべてやってくださいという甘あまえたスタンスで来くる。これは2010年ねんだけじゃなく、2014年ねんにも感かんじていたし、2021年ねん現在げんざいも感かんじることです。こういうい方いかたをすると、ファンの人ひとからは怒おこられるかもしれませんね。でも逆説ぎゃくせつ的てきに彼女かのじょたちが何なにもできないからこそ、可能かのう性せいが広ひろがるという部分ぶぶんは確実かくじつにあるんですよ。何なにもできないからこそ、自分じぶんたちの夢ゆめを試ためせたと感謝かんしゃしている気持きもちはすごく強つよい。

例たとえば僕ぼくとずっとタッグを組くんでいるサウンドプロデューサーの松隈まつぐまケンタにしたって、志こころざし半なかばで自分じぶんのバンドが活動かつどう休止きゅうしに追おい込こまれたという過去かこを持もっているんですね。だけど自分じぶんの音楽おんがくを世よの中なかに届とどけるという意味いみでは、アイドルほど便利べんりなものはない。僕ぼくから言いわせれば、アイドルというのは大人おとなのおもちゃなんです。大人おとなのおもちゃなんだから、最大限さいだいげんまで自分じぶんたちで利用りようできる方向ほうこうを考かんがえましょうというのが基本きほん理念りねん。BiSが解散かいさんしたあと、いよいよ本格ほんかく的てきに好すき勝手かってに動うごこうぜとやっているのはそういうことなんです」（渡辺わたなべ）

「何なにもできない奴やつらが調子ちょうしに乗のっている」とはひどいい草いぐさだが、これは多分たぶんに渡辺わたなべ特有とくゆうのシニカルなコメントである可能かのう性せいも高たかいため、額面がくめん通どおりに受うけ取とるのは早計そうけいかもしれない。それよりも重要じゅうようなのはプー・ルイに巻まき込こまれただけの渡辺わたなべが、アイドルという沼ぬまの魔力まりょくに引ひき込こまれていく過程かていである。早稲田大学わせだだいがく卒業そつぎょう後ご、ロック青年せいねんだった渡辺わたなべは音楽おんがく事務所じむしょデートピア就職しゅうしょくを経へて、つばさレコーズの中なかで「何なにかを成なし遂とげよう」ともがき続つづけていた。アイドルというフォーマットだったら、自分じぶんも何者なにものかになれるのではないか。それは一種いっしゅの光明こうみょうだったに違ちがいない。