いただきますのカーテンコール

プロセスとの関係かんけいが最大さいだいの調味ちょうみ料りょう

自分じぶんで作つくった料理りょうりは特別とくべつ。前回ぜんかいはそういう話はなしをしました。愛あいと執着しゅうちゃくの賜物たまものであり、味あじがどうであれ美味おいしい、そういうものだと。必然ひつぜん的てきにそれは家庭かてい料理りょうりになります。シェフが厨房ちゅうぼうで作つくったものを試食ししょくするのは？ 同おなじかもしれませんが、無償むしょうの愛あいでその料理りょうりを評価ひょうかしていたら、お客きゃくさんが求もとめるものからかけ離はなれていくかもしれません。オーナーは不安ふあんになるでしょう。ゆえにお店みせで作つくる料理りょうりには客観きゃっかん性せいが重要じゅうようですし、“美味おいしさ”という基準きじゅんもある程度ていど自分じぶんの外そとのものを受うけ入いれる必要ひつようがあります。あばたもえくぼではいかんのです。

もちろん家庭かてい料理りょうりも一緒いっしょに食たべる誰だれかがいるでしょうし、一人ひとりだとしても味あじを度外視どがいししていいわけではありません。客観きゃっかん性せいは必要ひつようです。ここでの客観きゃっかん性せいとは、みんなが美味おいしいと思おもう（と思おもわれる）味あじを基準きじゅんとし、そこに寄よせていくということです。誰だれかに作つくってもらって食たべる人ひとは、出来上できあがった料理りょうりとだけ出会であいますから、プロセスは見みえません。味あじが全すべてです。しかし作つくって食たべる美味おいしさは、結果けっか（味あじ）と、プロセスとの関係かんけいが最大さいだいの調味ちょうみ料りょうなのです。そこに見みる因果いんがや偶然ぐうぜん、奇跡きせきが味あじわい深ぶかいのです。

そういう点てんで料理りょうりは、自分じぶん→自分じぶん、他者たしゃ→自分じぶん、では“美味おいしさ”を同おなじように測はかることはできないのかもしれません。食たべるだけの人ひとには「イマイチ」だった味あじも、作つくった人ひとにはフィードバックがあり、後悔こうかいもあれば興味深きょうみぶかい発見はっけんもあります。「なるほどこうなったか、なるほどねぇ、まぁこれはこれでいいか」とトライ・アンド・エラーの必然ひつぜんとして功績こうせきを認みとめられ「美味おいしい（≒愛いとしい）」の枠わくに入いれられてしまうのです。まぁ年としに一いち度どくらいは、鍋なべからゴミ箱ごみばこへ直行ちょっこうするような、紛まがうことなき失敗しっぱい作さくもあったりしますが。

「みんな」が美味おいしいと感かんじる味あじ。それは口くちに入いれた瞬間しゅんかん「そうこれこれ」となる、よく知しったわかりやすい味あじとも言いえます。客観きゃっかん性せい、自分じぶんの外そとにある美味おいしさの基準きじゅん。独自どくじ性せいを打うち出だそうとしても、客商売きゃくしょうばいだとそういう味あじを無視むしはできない。ファストフードやチェーン店てん、食品しょくひん産業さんぎょうはむしろそういう味あじを追求ついきゅうします。たくさん売うることが最大さいだい目め的てきなので、より分わかりやすい味あじになり、材料ざいりょうやプロセスには目めをつぶることになります。

同時どうじに、自分じぶんの基準きじゅんに絶対ぜったい的てきな価値かちと信頼しんらいを置おく、アーティストのような料理りょうり家かやお店みせも少すくなからず存在そんざいします。プロセスや材料ざいりょうの公開こうかいに積極せっきょく的てきで、新あたらしい“美味おいしさ”を提案ていあんしてくれます。最先端さいせんたんの食しょく文化ぶんかの幾いくつかはメディアや外食がいしょく産業さんぎょうを通とおしてゆっくりと大衆たいしゅう化かし、みんなのよく知しった味あじの仲間入なかまいりをするものもあるでしょう。どちらがいいとは言いいません。そして家庭かてい料理りょうりというのはその間あいだをゆらぎ、あるいは自在じざいに行いき来きできるものだと思おもいます。何なにを作つくって食たべるのか、クックパッドなどを見みると、ここまで多様たよう化かしてる国くにも珍めずらしいと驚おどろきます。

エンタテインメントの世界せかいも似にたようなもので、“美味おいしさ”を“面白おもしろさ”に変かえると同おなじことが言いえる。わかりやすさとの距離きょり感かんやプロセスの見みせ方かたなど、インディペンデント系けいの作品さくひんと興行こうぎょう会社かいしゃの作つくるものでは、味あじわいが違ちがってくる。これについてはまだ深入ふかいりしないことにしましょう。

自分じぶんで作つくった料理りょうりは、全員ぜんいんの顔かおが見みえる料理りょうり

さて、自分じぶんで作つくった料理りょうりの美味おいしさに戻もどります。プロセスが大事だいじという話はなしでした。少すこし具体ぐたい的てきな話はなしをしていきましょう。私わたしにとって重要じゅうようなのは、口くちに入いれた時ときに全員ぜんいんの顔かおが見みえるということです。どういうことか。例たとえばカブのポタージュ。シンプルな料理りょうりです（歳としをとってくると、大体だいたいの人ひとがシンプルが一番いちばんと言いうようになります。私わたしもご多分たぶんに漏もれず）。

玉たまねぎをバターで炒いため、カブと水みずを入いれて煮にる。カブが柔やわらかくなったら粗あら熱ねつをとってミキサーで撹拌かくはんする。鍋なべに戻もどし牛乳ぎゅうにゅう（or 豆乳とうにゅう）を入いれて沸騰ふっとうさせないように温あたため、塩しおで味あじを決きめる。白しろ胡椒こしょうやコリアンダーなど、お好このみのスパイスを入いれてもいい。

汁物しるものは熱々あつあつよりも少すこし冷さめたくらいが美味おいしいと思おもいます。一口ひとくち飲のんでみます。飛とび上あがるほど美味おいしいものでもありません。二に口くち三さん口くち、じわじわと美味おいしさを実感じっかんします。どろどろの流動りゅうどう体たいですが、入はいっている個々ここの存在そんざいを立体りったい的てきに感かんじることができます。登場とうじょう人物じんぶつそれぞれが役割やくわりを果はたし、無駄むだに目立めだつキャラ、記憶きおくに残のこらないキャラもいません。それでいて全体ぜんたいは、登場とうじょう人物じんぶつの少すくなさを感かんじさせない豊ゆたかさがあります。カーテンコールに並ならんだ俳優はいゆうたちを見みて驚おどろきます。たったこれだけで？ 私わたしは心しんからの拍手はくしゅを送おくります。全員ぜんいんの顔かおが見みえるとは、こういうイメージです。

料理りょうりを食たべた瞬間しゅんかん、入はいっている素材そざいや調味ちょうみ料りょうを当あてられることが偉えらいとは思おもわないし、する必要ひつようもない。私わたしもそんな舌したを持もっていません。もちろん興味きょうみがありますから、作つくってもらったものを食たべた時とき、何なにが使つかわれているか想像そうぞうしますし聞きいたりします。目立めだたないところでいい仕事しごとをしていたやつの名前なまえを聞きいて膝ひざを打うつこともあります。

作つくった人ひとはあらかじめ全すべての登場とうじょう人物じんぶつを把握はあくしています。食たべた時ときに全員ぜんいんがちゃんと仕事しごとをしているのか意識いしきできるのは作つくった人ひとだけです。個々ここの仕事しごとが最低さいていでも足たし算ざんになっていて、掛かけ算ざんが生うまれていれば成功せいこうです。私わたしは拍手はくしゅしたい気持きもちになります。それは作つくった自分じぶんに拍手はくしゅしているのではなく、登場とうじょう人物じんぶつたちに拍手はくしゅしているのです。

「美味うまいなぁ、美味おいしいなぁ」と私わたしは自分じぶんで作つくった料理りょうりを食たべながら言いいます。妻つまが「また自画じが自賛じさんしてるよ」と呆あきれます。違ちがいます。そこに参加さんかしてくれた食材しょくざいを称賛しょうさんしているんです。その料理りょうりは私わたしによって「作つくられたもの」でしょうか。創造そうぞう主ぬしと被ひ造物ぞうぶつの関係かんけいのように、全能ぜんのうの私わたしによって生うみ出だされたものでしょうか。そうは思おもいません。私わたしの関与かんよと見守みまもりの中なか、食材しょくざい自身じしんがそのように成なったのです。誰だれかに「作つくられた」ではなく半なかば自みずからそう「成なった」のです。個々ここの可能かのう性せいを開ひらき、奇跡きせき的てきな結合けつごうによって、自みずからの存在そんざいを超こえるような高たかみに達たっした彼かれら彼女かのじょらを称賛しょうさんしているんです。

ちょっと何なに言いってるかわからない……と妻つまは言いいます。まぁいいでしょう。

料理りょうりも物語ものがたりも俳優はいゆうの演技えんぎも、「作つくられた」ではなく「成なった」が良よいものと考かんがえます。これについてはまた別べつの回かいで。

添加てんか物ぶつの捉とらえ方かた

いきなりですが、添加てんか物ぶつの話はなしをします。皆みなさんの身構みがまえる音おとが聞きこえました。体からだに悪わるいと思おもいつつも、便利べんりだから気きにしすぎたくない。わかります。食品しょくひん添加てんか物ぶつ、化学かがく調味ちょうみ料りょう、ジャンクフードは生活せいかつの一部いちぶだし、罪悪ざいあく感かんを感かんじさせないでほしい。わかります。食しょくや健康けんこう、ライフスタイルについて意識いしき高たかい人ひとと話はなすと、なんとも言いえない引ひけ目めを感かんじる。わかります。実じつは食しょくに興味きょうみが無ないのにい出いだしにくいこの社会しゃかいが苦くるしい。そういう人ひとだっているでしょう。

そのうえで先さきに言いっておきます。私わたしは正直しょうじき、食しょくに関かんしてやや意識いしき高たかいです。遠とおくで舌打したうちする音おとが聞きこえました。わかります。とはいえ妻つまがポテチの在庫ざいこに余念よねんがないことや、息子むすこがカップラーメンやハンバーガーに貴重きちょうな小遣こづかいを費ついやすことを否定ひていはしません。健康けんこうという錦にしきの御ご旗はたで個人こじんの楽たのしみを奪うばってはいけない。家族かぞくといえどもそこは自由じゆうです。

ただここでは、健康けんこうという観点かんてんから添加てんか物ぶつを否定ひていしたいわけではありません。

カブのポタージュに戻もどりましょう。自炊じすいする人ひとなら、さっきのレシピにコンソメが入はいってないと思おもったかもしれません。ポタージュでレシピ検索けんさくすると、ほとんどのレシピにコンソメと入はいっています。料理りょうり家かさんのレシピにも入はいっていたりします。このコンソメとは、当然とうぜん本物ほんもののコンソメスープのことではありません。市販しはんされている固形こけいか細ほそ粒つぶの調味ちょうみ料りょうのことです。コンソメスープ、作つくり方かた、で検索けんさくすると、味あじの素もとのサイトが一番いちばん上じょうに出でます。私わたしたちにとってコンソメとはこういう企業きぎょうが作つくる調味ちょうみ料りょうのことで、日常にちじょう的てきにコンソメを肉にくと野菜やさいからとるという人ひとはほぼいないでしょう。

このコンソメはアミノ酸あみのさんの旨味うまみ、塩分えんぶん、油分ゆぶんなどで構成こうせいされています。お湯ゆで解といただけで美味おいしいスープになります。私わたしもずいぶんお世話せわになりました。さっきのカブのポタージュに塩しおの代かわりにコンソメキューブを一ひとつ入いれます。コンソメ入いり、コンソメ無なしの両方りょうほうを家族かぞくに飲のんでもらいます。コンソメの方ほうが美味おいしいと言いうでしょう。無なしの方ほうはなんだか味あじがぼんやりしていると言いうかもしれません。

コンソメは美味おいしい。でも登場とうじょう人物じんぶつの姿すがたを隠かくしてしまいます。コンソメ入いりのポタージュを口くちにした時ときのイメージは、たくさんの登場とうじょう人物じんぶつがいたはずなのに、カーテンコールには知しらないおじさんが一人ひとり出でてきて、得意とくいげに礼れいをして去さっていった。そんな感かんじ。自分じぶんで作つくったのに、です。私わたしはぽかんとします。確たしかに美味おいしい、でもみんなどこに行いった？ これは食たべるだけの人ひとには関係かんけいのない話はなしかもしれない。食たべるだけの人ひとには美味おいしい方ほうがいいのです。でも登場とうじょう人物じんぶつたちは怒おこっていないだろうか。だってこうなってしまうと、カブがジャガイモでもカリフラワーでも誰だれだって構かまわないことになってしまうから。

私わたしはそういうことが嫌いやなのです。暴力ぼうりょく的てきな「美味おいしい」がプロセスを無効むこう化かしてしまうような。関係かんけい者しゃへの敬意けいいを邪魔じゃまするような。

コンソメなどの旨味うまみ調味ちょうみ料りょうの特徴とくちょうは、とても速はやいことです。舌したから脳のうへ直行ちょっこうするような美味おいしさです。今いまは化学かがく調味ちょうみ料りょうとは呼よばず「アミノ酸あみのさん等とう」と表記ひょうきされます。物質ぶっしつの特徴とくちょうとしてそうなのかわかりませんが、売上うりあげを伸のばすためには、誰だれもがすぐに美味おいしいと感かんじる、わかりやすい旨味うまみである必要ひつようがあったと思おもいます。その速はやさは自然しぜんの速度そくどを超こえていて、素朴そぼくな食材しょくざいは追おいつけないのです。

コンソメ無なしの方ほうは、一口ひとくち目めでははっきりとした旨味うまみを感かんじることはできないかもしれません。旨味うまみは遠とおくからゆっくりとやってくるイメージです。じんわりとゆっくりと、唾液だえきに含ふくまれる酵素こうそをも利用りようして、変化へんかしながら立たち上あがってきます。その間あいだに、素材そざいそれぞれの風味ふうみを感かんじることができます。二に口くち三さん口くち、食たべ進すすめるほどに、微細びさいに変化へんかしていく味あじを楽たのしみます。残のこりも少すくなくなった頃ころ、しみじみ美味うまいと感かんじるのです。まな板いたの上うえにいた全員ぜんいんの顔かおがしっかりと思おもい出だせます。みんなありがとう。こういうことだったのか。拍手はくしゅしたいところだが、日々ひびの食卓しょくたくで大おおげさなことはしない。合掌がっしょう。

カブのポタージュは、コンソメ無むしでもじゅうぶんに美味おいしいです。

私わたしはコンソメや細ほそ粒つぶのガラスープ、出汁だしの素もとのような旨味うまみ調味ちょうみ料りょうを基本きほん使つかいませんが、キッチンにはあります。妻つまは使つかいますし、私わたしも忙いそがしい時ときなど使つかうこともあるので。妻つまがコンソメを使つかって作つくったポトフを私わたしは美味おいしくいただきますし、美味おいしいと思おもいます。作つくってもらった料理りょうりのプロセスを問とうつもりはありません。感謝かんしゃし、受うけ取とり、感かんじるだけです。自分じぶんで作つくる時ときに使つかわないのは、健康けんこうを気きにしてというよりも出でどころ不明ふめいの“美味おいしさ”に、やっていることの邪魔じゃまをされたくないからです。正当せいとうな評価ひょうかができなくなってしまう。美味おいしければいい、というわけにはいかないのです。

コンソメのことを、知しらないおじさんと言いったことを謝あやまります。以前いぜんそう言いったら、妻つまがひどく嫌いやがっていたから。「そのい方いかたはやめろ、使つかう気きが失うせる」と。確たしかに知しらないおじさんの浸つかった風呂ふろの残のこり湯ゆスープのよう、おっと失礼しつれい。では次回じかいは旨味うまみについて、もう少すこし考かんがえてみたいと思おもいます。人類じんるいが大好だいすきでたまらないアミノ酸あみのさんについて。

プロフィール

前川まえかわ知大ともひろ（マエカワトモヒロ）

1974年ねん、新潟にいがた県けん生うまれ。劇げき作家さっか、演出えんしゅつ家か。目めに見みえないものと人間にんげんとの関かかわりや、日常にちじょうの裏側うらがわにある世界せかいからの人間にんげんの心理しんりを描えがく。2003年ねんにイキウメを旗揚はたあげ。これまでの作品さくひんに「人魂ひとだまを届とどけに」「獣ししの柱はしら」「関数かんすうドミノ」「天てんの敵てき」「太陽たいよう」「散歩さんぽする侵略しんりゃく者しゃ」など。2024年ねん読売よみうり演劇えんげき大賞たいしょうで最優秀さいゆうしゅう作品さくひん賞しょう、優秀ゆうしゅう演出えんしゅつ家か賞しょうを受賞じゅしょう。8月から9月がつにかけて「イキウメ『奇きッ怪かい 小泉こいずみ八雲やくもから聞きいた話はなし』」が東京とうきょう・大阪おおさかにて上演じょうえんされる。