怒いかりのようなもので直接ちょくせつ殴なぐりつけてくるような脚本きゃくほん

──シス・カンパニー公演こうえんでの演出えんしゅつは、2020年ねんに上演じょうえんされたオリジナル作品さくひんの「たむらさん」（参照さんしょう：シス×加藤かとう拓也たくやの新作しんさく「たむらさん」明日あした開幕かいまく、橋本はしもと淳あつし・豊田とよだエリーが意気込いきごみ語かたる）、2021年ねんの安部あべ公房こうぼう「友達ともだち」（参照さんしょう：鈴木すずき浩ひろし介かいは「怖こわすぎて笑わらえる」、加藤かとう拓也たくやが大胆だいたんに切きり込こむ「友達ともだち」開幕かいまく）に続つづき3本ほん目めとなります。「ザ・ウェルキン」のどういったところに興味きょうみを持もたれましたか？

まず直訳ちょくやくされた台本だいほんを読よんで、レジナルド・ローズの「十じゅう二に人にんの怒おこれる男おとこ」（編集へんしゅう注ちゅう：父親ちちおや殺ごろしの容疑ようぎに問とわれている少年しょうねんの裁判さいばんで、12人にんの陪審ばいしん員いんの男おとこたちが議論ぎろんを繰くり広ひろげるリーガルサスペンス）がベースにあると思おもいました。そしてそれを作者さくしゃが女性じょせいに関かんするテーマに置おき換かえて再さい構築こうちくした作品さくひんだという印象いんしょうを受うけました。男性だんせいという性別せいべつに所属しょぞくしていると自覚じかくしている人間にんげんがこの作品さくひんを立たち上あげていくことで見方みかたが変かわるとも。女性じょせいの演出えんしゅつ家かがこの作品さくひんをやる場合ばあいと、男性だんせいの演出えんしゅつ家かがやる場合ばあいとでは、お客きゃくさんの中なかにも異ことなるバイアスがかかると思おもいます。ストーリーも良よいと思おもいましたが、そういった劇場げきじょう外がいの部分ぶぶんで、改あらためてジェンダーロールへの先入せんにゅう観かんに対たいして考かんがえを張はり巡めぐらせることができるところも良よいと思おもいました。お客きゃくさんには僕ぼくが男性だんせいという性別せいべつに所属しょぞくしていることは知しれ渡わたっていて、実じつはそのバイアスがかかった状態じょうたいで作品さくひんを観みているわけですが、そのことに気付きづいていない人ひとはいると思おもいます。

加藤かとう拓也たくや

──加藤かとうさんご自身じしんが今いままさに、筆ふでに勢いきおいが乗のった作家さっかですが、本ほん作さくを手てがけたルーシー・カークウッドもまた、「チャイメリカ」（参照さんしょう：「チャイメリカ」開幕かいまくに田中たなか圭けい「セリフでは取とりきれない本質ほんしつを伝つたえたい」）や「チルドレン」（参照さんしょう：「チルドレン」開幕かいまく、栗山くりやま民みん也「人間にんげんにとって必要ひつような劇げきが生うまれた予よ感かん」）など、現実げんじつに起おきた問題もんだいを鋭するどく捉とらえたダイナミックな作風さくふうで注目ちゅうもくを集あつめています。戯曲ぎきょくから、そのような勢いきおいを感かんじたところはありますか？

当あたり前まえですが、僕ぼくとは違ちがったドラマを作つくる方ほうだと思おもいます。僕ぼくも怒いかりの手前てまえにある感情かんじょうから脚本きゃくほんを書かき始はじめることもありますが、最終さいしゅう的てきにはいろいろなオブラートに包つつんでいく。でもこの脚本きゃくほんは、怒いかりのようなもので直接ちょくせつ殴なぐりつけてくるような部分ぶぶんがあります。

──ほかの劇げき作家さっかの作品さくひんを演出えんしゅつすることで刺激しげきを受うけることはありますか？

僕ぼくは書かきすぎてしまうところがあるので、自分じぶん以外いがいの作家さっかの思おもい切きりの良よさが良よいなと思おもうことはありますね。

──そうなんですね。むしろ加藤かとうさんの作品さくひんには、すべてをい切いきらない、“余白よはくの深ふかみ”を感かんじますが……。

いや、書かきすぎです。

──また、加藤かとうさんにとっては初はつの翻訳ほんやく劇げきとなります。

翻訳ほんやく劇げきだからというより、自分じぶんではない人ひとの作品さくひんを演出えんしゅつする場合ばあいは、翻訳ほんやくであろうとなかろうと、難むずかしさがあります。

──「友達ともだち」では、一般いっぱん的てきに使用しようされる“改訂かいてい版ばん”の戯曲ぎきょくに、原作げんさくとなった小説しょうせつや改訂かいてい前まえの台本だいほんのエッセンスを織おり込こみ、新あらたな上演じょうえん台本だいほんを作成さくせいされました。今回こんかいは？

そういうことはないです。この作品さくひんではそうすることにあまり意味いみがないと思おもいます。今回こんかいは、女性じょせいがわかりやすく表層ひょうそう的てきに押おし付つけられてきた役割やくわり、あるいは彼女かのじょたち自身じしんが“自みずからそれを進すすんでやるべきだと考かんがえてしまっていること”など女性じょせいに関かんするテーマが書かかれていて、さらにその批判ひはんは1つの性別せいべつだけに向むけられているものではないので、それらを見落みおとさないようにしたいなと思おもいます。そして、それがこの物語ものがたりの舞台ぶたいである1759年ねんから現在げんざいまで変かわっていない、ということも大事だいじなことの1つだと考かんがえています。さらにそれが、彗星すいせいにたとえられているんじゃないだろうかとも思おもえます。

──“怒いかり”という点てんでは、「チャイメリカ」は天安門てんあんもん事件じけん、「チルドレン」は原発げんぱつ問題もんだいというように、フィクションを織おり込こみつつも、比較的ひかくてき現代げんだいの、現実げんじつ的てきな問題もんだいに対たいする作家さっかの思おもいがつながって感かんじられました。それに比くらべると「ザ・ウェルキン」は、“男性だんせいには不可能ふかのうな妊娠にんしんの判断はんだん時じのみ、妊娠にんしん・出産しゅっさん経験けいけんがある既婚きこん女性じょせいたちが裁判さいばんに陪審ばいしん員いんとして参加さんかした”という史実しじつをもとにしていますが、時代じだい設定せっていが遠とおく怒いかりの対象たいしょうも幅広はばひろく、寓話ぐうわ性せいも高たかいように感かんじます。カークウッドは2020年ねんに、どんな思おもいをもって本ほん作さくを書かき上あげたと思おもわれますか？

どんな思おもいなのかは彼女かのじょに聞きけばいい話はなしで、聞きけば教おしえてくれることを推測すいそくして、「ああなのかこうなのか」と頭あたまを抱かかえるのは良よくないことだと思おもいますが、“個人こじん対たい社会しゃかい”が“個人こじん対たいもう少すこし抽象ちゅうしょう的てきなもの”、というものに代かわった印象いんしょうがあります。

女性じょせいたちの価値かち観かんの多様たようさを俯瞰ふかんして観みてほしい

──最初さいしょに加藤かとうさんがおっしゃった通とおり、「十じゅう二に人にんの怒おこれる男おとこ」を彷彿ほうふつとさせる展開てんかいですが、陪審ばいしん員いんの女おんなたちは、サリーが本当ほんとうに妊娠にんしんしているかどうかを追求ついきゅうすることより、それぞれに対たいする嫉妬しっとや思おもい込こみでぶつかり合あい、互たがいをおとしめ合あっていきます。

「十じゅう二に人にんの怒おこれる男おとこ」は、少年しょうねんの父親ちちおや殺ごろしという事件じけんについてサスペンスがかかっていますが、「ザ・ウェルキン」は（大原おおはら）櫻子さくらこさん演えんじるサリーの事件じけんに対たいしてサスペンスがかかっていくというより、女性じょせいに対たいする偏見へんけんや、女性じょせいに押おし付つけられているものを、妊娠にんしんをしているかどうかを軸じくとして、（吉田よしだ）羊ひつじさんが演えんじるエリザベスを中心ちゅうしんに価値かち観かんを交まじわらせていくところが話はなしの大半たいはんを占しめています。

シス・カンパニー公演こうえん「ザ・ウェルキン」の出演しゅつえん者しゃたち。

──女おんなたちのやり取とりは真剣しんけんで辛辣しんらつですが、イギリスでの上演じょうえんでは笑わらいが起おきていたと聞ききました。

英語えいごの台本だいほんを読よむと笑わらえる部分ぶぶんもあり、そこはイギリスの演劇えんげきらしく笑わらいも大事だいじにされていると思おもいます。ただ、日本語にほんごになったときにどうしても伝つたわらない部分ぶぶんがあるとも思おもうので、その点てんは難むずかしいなと思おもいますが……。

──そして審議しんぎの過程かていで、エリザベスの秘密ひみつが少すこしずつ明あきらかになり、彼女かのじょの内面ないめんにある葛藤かっとうも見みえてきます。

性別せいべつによって押おし付つけられた役割やくわりに対たいし反発はんぱつする部分ぶぶんがありつつ、でもそれを意識いしき的てきにも、無意識むいしき的てきにも受うけ入いれていることが描えがかれています。お客きゃくさんには現実げんじつ世界せかいでも考かんがえることがあるように思おもいます。

──12人にんの陪審ばいしん員いんたちのキャラクターは、裁判さいばんが始はじまる前まえの“宣誓せんせい”のシーンや審議しんぎ中ちゅうのやり取とりから色濃いろこく感かんじられます。多おおくの子供こどもを抱かかえる者もの、多おおくの子供こどもを亡なくした者もの、夫おっとへの不満ふまんをにじませる者もの、年齢ねんれいによる身体しんたいの変化へんかを感かんじている者もの、残のこしてきた家事かじが気きになって仕方しかたない者もの……。「友達ともだち」でも、家族かぞく8人にんを1人ひとりひとり際立きわだたせる演出えんしゅつが印象いんしょう的てきでしたが、今回こんかいはどのように立たち上あげていくのでしょうか？

特とくに僕ぼくから「この役やくはこういう感かんじで……」というような説明せつめいを（俳優はいゆうに）言いったりすることはなく、「結果けっか的てきにこういう人ひとでしたね」という形かたちで立たち現あらわれてくるのが理想りそうです。アプローチにはいろいろな可能かのう性せいがありますし、僕ぼく1人ひとりで台本だいほんを読よんだだけではわからないことも多おおいので、稽古けいこ場じょうでトライアルアンドエラーを続つづけて考かんがえていきたいです。

──バラエティに富とんだ女性じょせい陣じんの顔かおぶれにまずインパクトを受うけますが、土屋つちや佑たすく壱いちさん演えんじる廷吏ていりのクームス、田村たむら健太郎けんたろうさん演えんじるサリーの夫おっとフレデリックといった男性だんせいたちの存在そんざいも、本ほん作さくでは非常ひじょうに重要じゅうようです。

クームスは、女おんなたちが議論ぎろんし合あう傍かたわらにずっと立たっている、あの場ばで権力けんりょくを持もたない存在そんざい。男女だんじょの立場たちばを逆転ぎゃくてんさせ、男性だんせいであるクームスにそれを経験けいけんさせるという構造こうぞうがよくできています。フレデリック役やくのタムケン（田村たむら健太郎けんたろう）は好すきな俳優はいゆうです。いつか劇団げきだん（た組くみ）で一緒いっしょにやりたいと思おもっていたのですが、今回こんかい先さきに一緒いっしょにやれることになりました。

──シアターコクーンでの演出えんしゅつも初はじめてです。美術びじゅつは「友達ともだち」に続つづき伊藤いとう雅子まさこさん、ステージングにはカンパニーデラシネラの小野寺おのでら修二しゅうじさんがクレジットされています。

伊藤いとうさんとは先日せんじつ4回かい目めの美術びじゅつ打うち合あわせをして、やりたいイメージがようやくまとまってきたところです。小野寺おのでらさんには主おもに、冒頭ぼうとうシーンの描写びょうしゃについてお願ねがいしています。

男性だんせいか女性じょせいかではなく、人間にんげんとしてどういう行動こうどうに出でるのか

──幼おさななじみの2人ふたりの女性じょせいを軸じくにした「私わたしは私わたしの家いえを焼やくだけ」（参照さんしょう：劇団げきだんた組くみ「私わたしは私わたしの家いえを焼やくだけ」開幕かいまく、加藤かとう拓也たくや「この作品さくひんはラッキーな作品さくひん」）、やりたいことが見みつからず現実げんじつと空想くうそうの間あいだを行いき来きする女性じょせいを描えがく「ぽに」（参照さんしょう：劇団げきだんた組くみの新作しんさく「ぽに」上演じょうえん中ちゅう、松本まつもと穂香ほにおい「自由じゆうに想像そうぞうしながら楽たのしんで」）、妊娠にんしんを巡めぐってすれ違ちがっていく夫婦ふうふを描えがいた「もはやしずか」（参照さんしょう：すれ違ちがう人間にんげん模様もようを描えがく、加藤かとう拓也たくやの意欲いよく作さく「もはやしずか」開幕かいまく）など、加藤かとうさんは女性じょせいの心理しんりをとても細ささやかに、リアルに描えがき出だされます。毎回まいかい、「加藤かとうさんはなぜこんなに女性じょせいの心理しんりがわかるんだろう」と驚おどろくのですが、そんな加藤かとうさんが、「ザ・ウェルキン」をどのように立たち上あげていくのか、楽たのしみです。

女性じょせいの気持きもちが、わかっているとは思おもわないんですけどね。女性じょせいのことがわかるから女性じょせいの登場とうじょう人物じんぶつの言葉ことばが書かけるのではなく、女性じょせいが演えんじたからそのセリフが女性じょせいの言葉ことばとして受うけ止とめられた、という可能かのう性せいもあるんじゃないかなと。僕ぼく自身じしんは、男性だんせいか女性じょせいかということよりも、ある出来事できごとに対たいし、その人ひとがいち人にん間あいだとしてどういう行動こうどうに出でるのかを考かんがえています。それから一般いっぱん化かされた理論りろんと比くらべることはあるかもしれません。それでもこの性別せいべつに所属しょぞくしている意識いしきのある人間にんげんはこうはしない、またはその逆ぎゃく、といった判断はんだんはしません。作家さっかが所属しょぞくしていると認識にんしきしている性別せいべつに、演出えんしゅつ家かや俳優はいゆう、観客かんきゃくも作つくり方かたや見みえ方かたが左右さゆうされてしまうことがあるかもしれません。雑ざつな例れいですが「ぽに」も、もし僕ぼくが女性じょせいの作家さっかだったら、お客きゃくさんは「ああ、作家さっか自身じしんにプライベートでひどいことをした男おとこのことが描えがかれている」という解釈かいしゃくをする人ひともいたかもしれません。

──ジェンダーに対たいしフラットであろうとする加藤かとうさんの目線めせんは、どういったところで培つちかわれたのでしょうか。

うーん、どうなんでしょうね……。僕ぼく、子供こどもの頃ころに野球やきゅうをやっていたんですが、少年しょうねん野球やきゅうって“ザ・男おとこ社会しゃかい”なんです。例たとえば、山やまの中なかで練習れんしゅうしているとよく蜂はちが寄よってくるんですけど、怖こわいじゃないですか。するとその様子ようすを見みていた監督かんとくが「男おとこなんだから蜂はちを怖こわがるな！」とか、そうやって常々つねづね「男おとこなんだから」と言いわれたことで当時とうじ、なぜ男おとこは虫むしを怖こわがってはいけないのかと疑問ぎもんを持もち始はじめて、そこから社会しゃかいの仕組しくみのようなものへと意識いしきが向むいていったのかもしれないです。わかりませんが。

──また加藤かとうさんが描えがく女性じょせいたちは、あまり被害ひがい者しゃ的てきな意識いしきにとらわれず、自分じぶんの置おかれた状況じょうきょうを冷静れいせいに捉とらえている印象いんしょうがあります。その点てんも、多おおくの観客かんきゃくに支持しじされるポイントではないでしょうか。

ありがとうございます。

──人間にんげん同士どうしの価値かち観かんの違ちがい、それぞれの正義せいぎのずれを描えがいた人間にんげんドラマである本ほん作さくですが、タイトルには英語えいごの古語こごから派生はせいした、“天空てんくう”を意味いみする言葉ことば「ウェルキン」が冠かんされています。俯瞰ふかん的てきかつ文学ぶんがく的てきなタイトルだと思おもいますが、加藤かとうさんはどんなふうにタイトルを捉とらえていますか？ また劇げき中ちゅうたびたび言及げんきゅうされる彗星すいせいの存在そんざいについては？

彗星すいせいに関かんしては、繰くり返かえしやってくるもの、長ながい期間きかんを経へてやってくるものに対たいして、自分じぶんたちの変かわっていなさを表あらわしているのかと思おもったり、いろいろと当あてはめてみたりしますが、「ではなぜ『ウェルキン』というタイトルなのか」と点てんについては、僕ぼくはまだわからないです。稽古けいこの中なかで、その意味いみがいずれわかると良よいなと思おもっています。