かつてフランスの絶対王政の象徴だったベルサイユ。オレンジの木が幾何学式庭園を取り囲む。ルイ14世は、宮殿だけでなく庭園も重視し、完成までに40年かけた。(PHOTOGRAPH BY HERB BENDICKS, ALAMY STOCK PHOTO)
豪華さにおいて、フランスのベルサイユ宮殿ほどの場所はなかなかない。もともと王宮なので、訪れた観光客は王族の気分を堪能できる。
この宮殿を建造させたのはルイ14世。彼は1682年に政府をパリの郊外のベルサイユに移し、自らの輝かしい治世にふさわしい宮殿を求めた。(参考記事:「いつか行きたい欧州の名城10選ギャラリー」)
それがよくわかるのが「鏡の間」。73メートルにわたって広がるルイ14世の優雅な舞踏室だ。巨大なアーチ型の鏡や金色の像、豪華なシャンデリアが飾られ、見る者を17世紀半ばの歴史絵巻へといざなう。誰もが足を止めるのは、ルイ14世の栄華を描いたシャルル・ル・ブランの天井画だ。1919年6月にベルサイユ条約への署名が行われ、正式に第一次世界大戦が終結したのもこの場所だ。(参考記事:「第一次世界大戦 知られざる遺産」)
ギャラリー:ベルサイユ宮殿の知られざる世界、写真20点(画像クリックでギャラリーへ)
鏡の間。かつてはグランド・ギャラリーと呼ばれ、王宮で特に悪名高い部屋の一つだった。廷臣が通路や会合場所として使ったほか、王が70メートルほどの長いギャラリーを歩いて日々礼拝堂に通った。(PHOTOGRAPH COURTESY THOMAS GARNIER, CHÂTEAU DE VERSAILLES (DIST. RMN-GRAND PALAIS))
豪華なのはそればかりではない。ベルサイユ宮殿の近隣にある大トリアノン宮殿も見逃せない。ピンク色の大理石でできた建物で、すてきな庭もある。後年、ナポレオン・ボナパルトもこの離宮にたびたび滞在した。また、シャルル・ド・ゴールはこの宮殿の一部を大統領官邸に改装し、現在もフランスの国賓を迎えている。
ベルサイユは100年以上もフランス王室の権力の中心だったが、それも1789年に群衆が宮殿になだれ込み、ルイ16世とマリー・アントワネットを追放するまでのことだった。2人はパリに送られ、やがて処刑された。(参考記事:「200年前の歴史的人物をDNAで診断、初の試み」)
フランスから君主がいなくなって久しいが、ベルサイユは変わることなくこの国のシンボルであり続けている。19世紀から宮殿の一部は一般公開されており、1979年には豊かな歴史、建造物、景観が認められ、ユネスコ世界遺産に登録された。(参考記事:「2019年に登録された最新世界遺産、全29カ所」)
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