インターカルチュラル・シティ：活躍かつやくする外国がいこく人じん市民しみんインタビュー【湯浅ゆあさロベルト淳あつしさん】

一流いちりゅうレストランが認みとめた木製もくせいのカトラリー

　ある日ひ、一いち通つうのメールが湯浅ゆあさロベルト淳あつしさんに届とどきました。「世界せかいを驚おどろかせるプロジェクトに参加さんかしませんか」。

ロベルトさんは天然てんねん木きを素材そざいに、お皿さらやスプーン、フォークなどを作つくり出だす木工もっこう作家さっか。誰だれかに師事しじしたことはなく、自分じぶんの感性かんせいと試行錯誤しこうさくごの上うえにたどり着ついたやり方かたで製品せいひんを生うみ出だしています。作品さくひんはSNSにアップ。その写真しゃしんからは作品さくひんに対たいする愛情あいじょうがあふれ出でています。

　そのメールには「noma.dk」の文字もじがあり、「noma」の文字もじをインターネットで検索けんさくすると最初さいしょに出でてきたのはコペンハーゲンにあるレストランでした。ここは世界せかいのレストラン誌し「世界せかいのベストレストラン50」で2010年ねんからたびたび第だい1位いに輝かがやいた超ちょう有名ゆうめい店てん。「ここは関係かんけいないな…」。そう思おもったロベルトさんはnomaの手てがかりを探さがすべくインターネット検索けんさくを続つづけました。差出人さしだしにんの名前なまえも含ふくめてあらゆる可能かのう性せいを探さがしていた時とき、その名前なまえが先さきの一流いちりゅうレストランのスタッフである記事きじを見みつけたのです。「鳥肌とりはだが立たちましたよ」。2018年ねん、東京とうきょうにnomaの姉妹しまい店てんをオープンする際さいに「スプーンとフォークを提供ていきょうしてほしい」という依頼いらいでした。

オーダーから半年はんとし後ご、オープンしたレストランのテーブルに着つき、自分じぶんのカトラリーを使つかって食たべる一流いちりゅうの食事しょくじは格別かくべつなもの。決けっして忘わすれることのできない至福しふくの時間じかんでした。

幼おさないころから家庭かてい内ないに日本語にほんごが　人種じんしゅのるつぼの中なかの日系にっけい人じん

　ロベルトさんは生うまれも育そだちもブラジル・サンパウロ。両親りょうしんは日系にっけい移民いみん、看板かんばん屋やとして生計せいけいを立たて、姉あね、兄あに、ロベルトさん3兄弟きょうだいとともに暮くらしていました。家いえの中なかでは日本語にほんごが飛とび交かい、ロベルトさんも両親りょうしんから日本語にほんごで話はなしかけられ、ポルトガル語ごで返事へんじをしていたといいます。

　サンパウロは南半球みなみはんきゅうで最大さいだい級きゅうの都市とし。ロベルトさんが暮くらしていた家いえの通とおりにも日系にっけいはもちろん、フランス系けい、スペイン系けい、ドイツ系けいなど、さまざまな国くににルーツを持もつ人々ひとびとが暮くらしていました。「日系にっけい人じんを“ジャパ”と呼よぶ人ひともいます。すべての人ひとが悪意あくいを持もって使つかう言葉ことばではなく、僕ぼく自身じしんもそう呼よばれることに嫌悪けんお感かんはありませんでした」。

　小学生しょうがくせいの頃ころは都会とかいっ子こらしく地下鉄ちかてつで通学つうがく。帰宅きたく後ごは近所きんじょの子こと自転車じてんしゃやスケボーなど、外そとで遊あそぶのが日常にちじょう。時ときには両親りょうしんに店番みせばんを頼たのまれることもあり、その最中さいちゅうには看板かんばん製作せいさくの際さいに余あまった木きを使つかっておもちゃなどを作つくっていました。

バブル期きに17歳さいで来日らいにち　夢ゆめのような毎日まいにちがそこに

　人生じんせいの転機てんきは17歳さい、1990年ねんにロベルトさんは日本にっぽんへやってきました。「兄あにといとこが先さきに日本にっぽんに来きていて、良よいところだよというので来きてみたという単純たんじゅんな理由りゆうです」。海外かいがいへの冒険ぼうけん心しん、親元おやもとを離はなれてみたいという独立どくりつ心しんを胸むねに「1年ねんぐらい…」と軽かるい気持きもちで来日らいにちしました。

　到着とうちゃくしたのは磐田いわた市し。成田なりたから東京とうきょうを経由けいゆし、どんどん田舎いなかに向むかう車窓しゃそうからの景色けしきは、ロベルトさんを少すこし不安ふあんにさせるものでした。とはいえ当時とうじ、バブル景気けいきだった日本にっぽんは出稼でかせぎ外国がいこく人じんに対たいするサポートは万全ばんぜん。「住すむところを探さがすのも、何なになら日常にちじょうの買かい物ものにだって常つねに通訳つうやくさんが同行どうこうしてくれたので何なにの不便ふべんもありませんでした。職場しょくばは自動車じどうしゃ部品ぶひんの工場こうじょう。日本語にほんごのき取きとりがそれなりにできたこともあったし、指導しどう者しゃも丁寧ていねいに教おしえてくれましたから、苦くに思おもうことは本当ほんとうに何なにもありませんでした。それより17歳さいの若者わかものが日本にっぽんへ来きたら30万まん円えんを超こえるお給料きゅうりょうがもらえて、しかも両親りょうしんの目めの届とどかないところで。それはそれは楽たのしい毎日まいにちでしたよ（笑）」。

リーマンを機きに木工もっこう作家さっかへ　貧富ひんぷの差さが育そだてた生いきる力ちから

　ビザの更新こうしんを重かさねるうちに「正社員せいしゃいん」として働はたらくようになったロベルトさん。次つぎの転機てんきはリーマンショックでした。当時とうじ働はたらいていた会社かいしゃは社員しゃいんの半分はんぶんをリストラ。ロベルトさんは1年間ねんかんの自宅じたく待機たいきを命めいじられました。運うんよく給料きゅうりょうは保証ほしょうされていましたが、復帰ふっきのめどはまったくの未定みてい。何気なにげなく自宅じたくで家具かぐを作つくることを思おもいつき、流木りゅうぼくを使つかった椅子いすなどの製作せいさくを進すすめていました。

　すでに日本人にっぽんじん女性じょせいと結婚けっこんしていたロベルトさんは妻つまに相談そうだん。成果せいかが出でる期限きげんを決きめて、木工もっこう作家さっかへの道みちをスタートさせました。「そのころから食器しょっきやカトラリーを作つくってクラフトフェアに出展しゅってんしていました。会場かいじょうでお客様きゃくさまからの良よい感触かんしょくは得えていたので、自信じしんはありました」。クラフトフェアでしか出会であえない作家さっかたちやお客様きゃくさまとのふれあいは何なに物ぶつにも代かえがたい貴重きちょうな経験けいけんでしたが、経営けいえいとしては不安定ふあんていなのが現実げんじつ。会場かいじょうによって客層きゃくそうやニーズが変かわったり、イベント当日とうじつに雨あめが降ふれば客足きゃくあしが鈍にぶったり、売上うりあげが思おもわしくないこともしばしばありました。

　日本にっぽん中ちゅうのクラフトフェアに出展しゅってんして5年ねんが過すぎたころから安定あんていした注文ちゅうもんが入はいるようになり、今いまでは落おち着ついて工房こうぼうで製作せいさくをする日々ひびに。現在げんざいは天竜てんりゅうの山奥やまおくに一軒家いっけんやを借かりて、製作せいさくに専念せんねんしています。「ブラジルでの暮くらしは今いまの暮くらしを支ささえる基礎きそになっています。サンパウロは貧富ひんぷの差さが激はげしい町まちですから、視野しやを広ひろげ工夫くふうをしなければ生いきていくことができません。例たとえばバレーボールで遊あそびたいとき。日本にっぽんで生うまれ育そだっていたらきっと体育館たいいくかんのコートを借かりたでしょう。でも私わたしが子供こどもの頃ころのサンパウロでは、街路がいろ樹じゅにネットをくくりつけて道路どうろにコートを作つくりました。それが良よいとは言いいませんが、でもそれが当あたり前まえ。今いまの工房こうぼうのリフォームもすべて自分じぶんでやりました。その自由じゆうな発想はっそうのおかげで今いまの暮くらしが成なり立たっていることを誇ほこりに思おもいます」

（取材しゅざい時期じき：2022年ねん3月がつ）