大気中に漂い、人が吸うと呼吸器などに影響がある微小粒子状物質(PM2・5)。九州は中国大陸に近く、大陸で発生した粒子が風に乗って届くとされ、国の環境基準を満たさないことが多い地域が目立つ。ただ、近年の研究では中国の濃度は低下傾向。代わって発生源として懸念されているのが、国内で続く稲わらや麦わらの野焼きだ。
コメや麦の二毛作が盛んな福岡県うきは市。約60ヘクタールで作付けする石井好人さん(60)と田んぼを歩いた。青々と伸びる稲の根元に、枯れた麦わらが散らばっている。「麦を収穫した後、麦わらを土にすき込んで田植えをするとよ」
石井さんは5~6月の麦の収穫後、刈ったわらを農地にまき、土と一緒に耕す。その後に水を入れて土をかきならし、田植えをする。10月の稲刈り後も同様にすき込む。土の養分が豊かになるという。
ただ、作業は苦労が多い。田んぼにすき込む麦わらは、細かく刻みすぎると軽くて水面に浮き上がってしまい、苗を覆って生育を妨げる。雨の日はわらが排水溝に詰まり、田の水が増えてジャンボタニシの活動を招く。一晩で被害が出るという。
古くから周囲ではわらを野焼きする農家が多い。屋外でのごみの焼却は廃棄物処理法などで禁じられているが、農業の野焼きは対象外。野焼きはPM2・5の発生につながるものの、「すき込みは手間がかかるから、特にお年寄りの農家は面倒で焼いてしまう。PM2・5が出るなんて誰も知らんとじゃないか」。
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国内の大気環境は大気汚染防止法や、自動車から排出される有害物質の総量を減らす法整備で、呼吸器に影響を与える二酸化硫黄や二酸化窒素などの汚染は改善されてきた。一方でPM2・5は発生源と原因物質が多岐にわたり、生成過程も複雑で対策が不十分という。健康への影響もはっきりと解明されていない。
環境省が2015年にまとめたPM2・5対策では、国内で工場や発電所、自動車などの発生源の排出抑制を進めると明記。大陸からの越境汚染は、九州で年平均濃度に与える汚染の影響が約7割(中国6割、朝鮮半島1割)に上るとみて、アジア諸国との連携を盛り込んだ。黙認されてきた野焼き対策も検討することにした。
そして今年3月、野焼きが濃度上昇に直接影響すると初めて都道府県に通知。(1)風が弱い日(2)秋から冬にかけての晴天の日(3)気温が低く湿度が高い日-は、高濃度になりやすいとして注意を呼び掛けた。自治体では秋田県が稲わら焼きを条例で原則禁止し、青森県も焼却を避けて有効利用するよう条例で定めており、参考にするよう求めた。
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同省の16年度調査によると、全国に約千カ所あるPM2・5測定局のうち、「健康維持のため望ましい濃度の水準」=ワードBOX=を達成しているのは一般環境大気測定局で88・7%、自動車排出ガス測定局で88・3%に上り、改善傾向にある。しかし、越境汚染の「入り口」に当たる福岡県の一般局は全国で最も低い33・3%。佐賀県も同58・3%など、九州を含め西日本は未達成の地域が多い。
福岡県では野焼きの時期の昨年11月7日、久留米市内にあるコメや麦の生産が盛んな地域の測定局で、大気1立方メートル中のPM2・5の1時間平均値が187マイクログラムに上った。その結果、1日平均値は環境基準を大幅に超す同62マイクログラムに。県環境保全課は「他の測定局では急激な数値の上昇はなく、野焼きが濃度上昇につながったと推定できる」とする。国内では、濃度への野焼きの影響が3~9%とする研究結果もあり、無視できない水準になっている。
九州大応用力学研究所の鵜野伊津志教授(環境気象学)によると、中国では北京や上海の測定局などの観測データから、濃度が低下傾向にあるという。鵜野教授は「PM2・5は体内にどの程度取り込むと危険なのか十分解明されておらず、越境汚染が軽減されても濃度が高止まりする地域は対策が急務。野焼きを含めた国内の発生源がどの程度、濃度上昇に影響しているか調べ、排出を抑える対策が必要だ」と指摘する。
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【ワードBOX】微小粒子状物質(PM2.5)
工場のばい煙や車の排ガスなどに含まれる。直径2・5マイクロメートル(1マイクロメートルは千分の1ミリメートル)以下で髪の毛の太さの30分の1ほど。肺の奥深くまで入りやすく、呼吸器や循環器に疾患を引き起こす恐れがある。国は環境基準で「健康維持のため望ましい濃度の水準」を、大気1立方メートル当たりの1年平均値が15マイクログラム以下かつ、1日平均値が同35マイクログラム以下の場合-としている。
=2018/08/22付 西日本新聞朝刊=