エムスリーの市場評価復活の条件
第15回 プラットフォームの構築に加えて求められる付加価値提供
日本知財総合研究所 代表取締役、日本知財総合研究所 証券アナリスト
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エムスリーの株価の下落が止まらない。エムスリーの株価は、2021年1月25日の終値で最高値となる1万565円を付けたが、その後下落を続け、2024年6月10日の終値は1551.5円。実にピークからは6分の1となっている。
もともと成長期待で高い評価を受けていた面もあるが、不祥事もなく増収を続けている中でここまで評価が下がったのはなぜなのだろうか。
エムスリーの株価推移
(出所:Quick資料に基づき日本知財総合研究所が作成)
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増収は続くが利益は伸びず
売上収益は順調に増加していると言っていい。2018年度から2023年度の5年間の年平均成長率(CAGR)は16%に達し、今期も同様の増収率を予想している。売上収益の伸びが止まると市場の評価が大きく低下することが多いが、エムスリーの場合はセグメント別に見ると、製薬会社の情報提供を支援するメディカルプラットフォームが着実に増収を続けている。
メディカルプラットフォームは、医師会員33万人以上(2024年4月26日現在)が利用する医療従事者専門サイト「m3.com」を中心に様々なサービスの展開を行っており、過去5年間の平均成長率は18%に達している。
エムスリーの業績の推移
(出所:エムスリーのIR資料に基づき日本知財総合研究所が作成)
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また、海外とサイトソリューションも好調だ。海外は、欧米、中南米、アジアなどで医療従事者向けWebサイトを運営しており、5年間の年平均成長率は23%に達している。また、医療機関の運営をサポートするサイトソリューションも、同じく5年間の年平均成長率は29%に達するなど、この3部門が売上収益の伸びをけん引している。
エムスリーのセグメント別売上収益の推移
(出所:エムスリーのIR資料に基づき日本知財総合研究所が作成)
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一方で、成長が期待された事業の足踏みもある。臨床開発業務の支援及び大規模臨床研究の支援を行うCRO、治験実施医療機関において治験業務全般の管理・運営を支援するSMO、臨床開発・臨床研究などの実施に必要な被検者の募集並びに周辺業務の支援を行うPROなどの事業を展開するエビデンスソリューションの5年間の年平均成長率は3%にとどまる。
また、医師や薬剤師向けの求人求職支援サービスを行っているキャリアソリューションも、5年間の年平均成長率は4%と伸び悩んでいる。
問題なのは利益だ。5年間の年平均成長率で見ると売上収益と同様の伸びを示しているが、2021年度に営業利益がピークを打った後、減益が続いている。特に2021年度のピークをけん引した海外の落ち込みが大きい。また、その他の事業も2021年度以降はほぼ横ばいが続いている。
エムスリーのセグメント別営業利益の推移
(出所:エムスリーの資料に基づき日本知財総合研究所が作成)
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エムスリーが展開するプラットフォームビジネスは一般的に限界利益率が高く、一定以上の売り上げを確保すると利益率が大幅に向上するという特徴を持つ。その点で、2021年度の最高益ではこのまま利益拡大が続くとの期待感から株価が上昇したが、実際には減益が続き、期待が高かった分、失望売りが続いたということだろう。
もちろん、エムスリーも手をこまぬいていたわけではない。インオーガニック(合併・買収)な成長を実現するために、2023年11月には企業の福利厚生サービス支援を展開するベネフィット・ワンの買収を試みたが、第一生命ホールディングスとのTOB(株式公開買い付け)合戦に敗れ、実現しなかった。ただし、ベネフィット・ワンの営業利益は76億円(2024年3月期)と今のエムスリーの営業利益の10%程度にとどまるため、実現したとしても利益拡大のドライバーとしては小粒であっただろう。