略りゃく陽ひ縣けん,為ため陝西せんせい省しょう漢かん中ちゅう市之いちの縣けん也。
略りゃく陽ひ之の名な,源みなもと出いずる甘肅かんせい天水てんすい之これ地ち。漢かん天水てんすい郡ぐん有ゆう略りゃく陽ひ道どう,漢かん建たて武たけし八はち年ねん,改あらため街がい泉いずみ縣けん置おけ略りゃく陽ひ縣けん,屬ぞく天水てんすい郡ぐん,治ち今いま秦はた安やすし隴城鎮。永なが平たいら十じゅう六ろく年ねん,天水てんすい郡ぐん改あらため漢かん陽ひ郡ぐん,漢かん獻けんじ帝みかど初はつ平たいら四年分置永陽郡,曹魏再さい改あらため廣こう魏ぎ郡ぐん,略りゃく陽ひ縣けん皆みな屬ぞく之の。晉すすむ武たけ帝みかど泰やすし始はじめ中ちゅう,廣こう魏ぎ郡ぐん改あらため略りゃく陽ひ郡ぐん,治ち臨渭,北きた魏たかし改あらため略りゃく陽ひ縣けん為ため隴城縣けん,隋ずい廢はい略りゃく陽ひ郡ぐん。
北きた魏たかし时,梁やな州しゅう之の武たけ興おき縣けん有ゆう略りゃく陽ひ之の人ひと遷入。隋ずい改あらため順じゅん政せい縣けん,為ため興おき州しゅう治ち,南みなみ宋そう興おき州しゅう改あらため沔州,順じゅん政せい縣けん復ふく改あらため略りゃく陽ひ縣けん。略りゃく陽ひ縣けん明あきら清きよし皆みな屬ぞく漢かん中府なかぶ,中華人民共和國ちゅうかじんみんきょうわこく而屬漢かん中市なかいち也。