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舩後靖彦「私は!悔いなく死にたい!!――“貴方も自身への問い掛けをなさいませんか?”」
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わたしは!いなくにたい!!

貴方あなた自身じしんへのけをなさいませんか?”

舩後 靖彦やすひこ 2009/08/22
於:熊谷くまがや八木橋やぎはしデパート


一章いっしょう、はじめに

わたし舩後(ふなご)の10ねんれき
1999ねんがつすじ萎縮いしゅくせいがわさく硬化こうかしょう通称つうしょうALSを発症はっしょう
2000ねんがつ大学だいがく病院びょういんでALSとの告知こくちける。延命えんめい拒否きょひする
2000ねんがつ国立こくりつ病院びょういん受診じゅしんさき変更へんこう(※神経しんけい内科ないか)と出会であ
2001ねん12がつ肺炎はいえん防止ぼうしのためのど切開せっかいこえうしな
2002ねんがつ食物しょくもつめなくなりから栄養えいよう摂取せっしゅ出来できるようにする
2002ねんがつ延命えんめいするとの意志いし変更へんこうつたえる。ほぼ全身ぜんしん麻痺まひとなる
2002ねんがつ息苦いきぐるしくなり人工じんこう呼吸こきゅう装着そうちゃく延命えんめいする
2003ねんがつ栄転えいてんともな同年どうねんがつ身体しんたい障害しょうがいしゃ療護りょうご施設しせつうつ
2008ねんがつ半生はんせい自作じさく短歌たんかしるした『しあわせの王様おうさま出版しゅっぱん
2008ねん12月じゅうにがつえんがあり大学だいがく非常勤ひじょうきん助手じょしゅ就任しゅうにん現在げんざいいたる。


  「充実じゅうじつしたいちにちしあわせなねむりをもたらすように、充実じゅうじつした一生いっしょう幸福こうふくをもたらす」:ダ・ビンチ。

  いま衝動しょうどうてきにたいとおもっている貴方あなたにたいのに、どうしようかとまよっている貴方あなた!これをんでから、あらためてくべきみちえらんでください。黙読もくどくならほんの、すうふんえます。そしておいたら、いや是非ぜひしょうその4でもうげますわたしふたつのねがいのうちひとはおかなかったら結構けっこうですので、ふたをどうかおききいください。なぜなら、そのふたねがいこそ、このエッセイでわたしもうげたかったことのすべてがあるからです。

しょう即答そくとう延命えんめい拒否きょひ

  その1、かつて
  かつてわたしも、「にたいにたい」と、2ねんわたねがっていました。それは2000ねんがつ、ここ2ねん全身ぜんしん麻痺まひになることにくわ呼吸こきゅう不全ふぜんこし、人工じんこう呼吸こきゅう延命えんめいしなければ死亡しぼうする難病なんびょうALSにおかされていると、ある大学だいがく病院びょういんわれてからの2年間ねんかんです。この2年間ねんかんのことにつきましては、此処ここしょうもうげることとします。
  さて、そんな黄泉よみ(よみ)つまりあのからのまねきともえる告知こくちきながらわたしは、「あ〜これでおれ人生じんせいおわったな。人工じんこう呼吸こきゅう延命えんめいしたところで全身ぜんしん麻痺まひじゃなに出来できやしない。家族かぞくにもまわりにも迷惑めいわくをかけるだけだ。もうぬしかないな。いや、にたいよ!本当ほんとうにたいよ!!」と、瞬時しゅんじおもいました。そう瞬時しゅんじおもいました理由りゆうみっつのうちひとつをもうげますと、じつは、ALSと告知こくちける直前ちょくぜんころわたしは、ブランド時計とけい・ダイヤモンドなどをあつか貿易ぼうえき会社かいしゃ宣伝せんでんマンという自身じしんでも自分じぶんきとかんがえていた仕事しごとくわえて、社長しゃちょうのアシスタントてき役割やくわりになものとして毎日まいにちのように、FAXふぁっくす電話でんわ海外かいがいとやりりをしたり、スイス・イタリア・香港ほんこんなどにカ月かげつないしさんヶ月かげついち出張しゅっちょうくという、わば仕事しごとじんとしてのあぶらがのりっていたころだったのです。そんなビジネスマンとしての絶頂ぜっちょうから、やまいとは人生じんせいのどんぞこまでちなければならないという落差らくさから絶望ぜつぼうかん消失しょうしつかんくわえて、このエッセイではもうげないあとふたつの理由りゆうで、告知こくちけたその延命えんめいしないことを大学だいがく病院びょういん医師いしつたえたのでした。いまおもしてみても、おのれ(おのれ)で瞬時しゅんじめたこととはえ、それはわたし人生じんせいいてもっとつら決断けつだんでした。そんな決断けつだんを「にたい」との言葉ことばえ2ねんきょうねがつづけたのち2002ねんがつまつ延命えんめいするとの意志いし変更へんこう大学だいがく病院びょういんから2000ねんがつうつった国立こくりつ病院びょういんの、わたしいまあおもと主治医しゅじいつたえたのでした。そんな劇的げきてきともえる意志いし変更へんこうについては、さんしょうよんしょうくわしくべますが、このもと主治医しゅじいとの出会であいがなければわたしは、2002ねんがつちゅうには黄泉よみへと旅立たびだっていたことでしょう。

  その2、一時いちじ(いっとき)の忘却ぼうきゃく
  ところで、延命えんめい拒否きょひめたからとって、あるいは「にたい」とねがったからとって、ALSという不治ふじやまい患者かんじゃ場合ばあいすぐにねるわけではありません。いたるまでには、大学だいがく病院びょういん医師いし告知こくちにもあったように、全身ぜんしん麻痺まひとなり呼吸こきゅう不全ふぜんになるという、難病なんびょうゆえのくようなとげ(いばら)のみちを、すべての延命えんめい拒否きょひ患者かんじゃあゆまねばなりません。わたし此処ここしょうその2その3をとおしてもうげますようにALSも初期しょきいかえますと麻痺まひ呼吸こきゅう障害しょうがいかるうちには、人生じんせい挫折ざせつしたという苦悶くもんから自然しぜんしんはっした「にたい」とのねがいも、にわかあめのように気紛きまぐれなものでのだいたいはわすれていられたのでした。ともうしますのは、わたしつま一人娘ひとりむすめは2000ねんがつから2002ねんがつあいだ大黒柱だいこくばしらとしてはたらつまわりははわたし介護かいごをしてもらうため、わたし実家じっかうつんでいたのです。やはり、だい人数にんずうむのはいいものです。一日中いちにちじゅうだれかの笑顔えがおられて、その笑顔えがおにより病気びょうきからなる麻痺まひくるしさもやわらぎ、そのやわらぎにより「にたい」とのねがいも、さきにももうげましたようにのだいたいはわすれていられたからです。

  その3、せざるをないもの
  ですが、ALSもじゅうあつし(じゅうとく)になりますと麻痺まひいち症状しょうじょうとして、あやまって唾液だえき気管支きかんしれてしまいむせつづけ、をシロクロさせてしまったりします。これはひと簡単かんたん肺炎はいえんにしてしまう、かなり危険きけん症状しょうじょうです。ゆえ、肺炎はいえん防止ぼうしのためにしゃべれなくはなりますが、のどあなをあけ部品ぶひんけます。ある突然とつぜんとしてひととコミュニケーションがはかれなくなる。人生じんせいいて、これほどショッキングな出来事できごとはないとえるもののひとつとおもいますが、みなさんは如何いかおもわれますでしょうか?たとえば、平気へいきでいられるようなことなのでしょうか?おおしください。また、同様どうよう麻痺まひいち症状しょうじょうとして、した麻痺まひによりくちからものめなくなります。ゆえ、餓死がししないためあじはわからなくなりますが、おなかあなをあけ栄養剤えいようざいれられるようにします。あじがわからない食事しょくじほどむなしいものはありませんが、さん食事しょくじもろくろくれなくなったわたしかねた家人かじん説得せっとくもあり、手術しゅじゅつ絶対ぜったいにしないとつづけてはいましたが、2002ねんがつまつなかあなをあけるため入院にゅういんすることにしました。わたしは2001ねん12月じゅうにがつにはすでのど手術しゅじゅつませていましたので、そのときにはおなか手術しゅじゅつうでいためたははわたし介護かいごから永久えいきゅう解放かいほうするために、長期ちょうき入院にゅういんはいったのでした。ところが、2ヶ月かげつひとままにインドやヨーロッパなどを放浪ほうろうしたわり孤独こどくれなかったわたしには、家族かぞく笑顔えがおられないことがよほどこらえ(こた)えたのでしょう。まるでどしゃぶりのあめのように「にたい」とのねがいが、気弱きよわ(きよわ)になったわたしおそたと同時どうじに、あらためて自身じしんとげみちあゆんでいることを自覚じかくしたのでした。

  その4、黄泉よみとな
  まして病院びょういんというところは、一般いっぱんのかたの日常にちじょうとは隔絶かくぜつしたかお世界せかいひろがっています。わたし入院にゅういんしたときも、病気びょうきおもわれるかたの嗚咽おえつ病棟びょうとうひびわたったり、したしかった患者かんじゃさんが突然とつぜんとしてかえらぬひとになったり、りんりのベッドにておられた患者かんじゃさんがらぬあいだ臨終りんじゅうになっていたりするような、あちらの世界せかいとつながっているところなのです。

  さて此処ここらで、ここまでたことをふたためてみますことをおゆるください。そんな、どんどんじゅうあつしになって身体しんたい状況じょうきょう孤独こどくれないということからさびしいなどの諸々もろもろ心理しんりひと絶望ぜつぼうふちへと入院にゅういん環境かんきょうなどにより、延命えんめい拒否きょひめた2ねんまえ時点じてんより絶望ぜつぼうしてしまい、より延命えんめい拒否きょひ意志いしつよめてしまっていたのでした。

さんしょう自身じしん

  その1、わたしのしたけとは
  ところが、「あとなん週間しゅうかんくらいのいのちかな?」と、月明つきあかりのようにぼんやりとかんがした2002ねんがつまつごろのある、2000ねんがつから2003ねんがつまつまでもらっていた国立こくりつ病院びょういんもと主治医しゅじい指導しどうで、ピアサポートという患者かんじゃ仲間なかまはげます所謂いわゆるひとくす活動かつどう”をしていたからでしょうか?いや、間違まちがいなくそれをしていたからです。大袈裟おおげさいようですが、朝日あさひらされた大地だいちごとくクッキリとそしてハッキリと、「自分じぶん自身じしん延命えんめいして、ひとくすというきがいのもとしあわせにならなければ、おれがしているピアサポートなどたんなる患者かんじゃによる、ALSになってからの苦労くろうばなしぎず、愚痴ぐちほどではないが無意味むいみだ!」とおもいました。そして、前記ぜんきのよう、ピアサポートのことにはしはっした「きる!」とのおもいは、またた気球ききゅうせんサイズまでにふくらんでいったのです。ですが、それはやはりしんのどこかに介護かいごすまいなどのさきへの不安ふあんかかえたもので、気球ききゅうせんたとどお何処どこくやらわからない、下手へたをしたらさきへの不安ふあんからもとの「にたい」との気持きもちもどってしまうような、不安定ふあんていなものでした。やはり、「きる!」とめたかぎりは大空おおぞらをゆったり目的もくてきむかってすす飛行船ひこうせんのように、「きる!」という目的もくてきむかってすすまねばなりません。そこで、あらためて「きる!」との決意けつい強固きょうこかためるために、つぎのようなことを自分じぶん自身じしんけてみました。

  「おれ家族かぞくをこの人生じんせいのなかであいってれただろうか?ひと草花くさばなは?自分じぶん自身じしんは?そして、それらをあいすることによってられるよろこびやたのしさがもたらす満足まんぞくかんは、この人生じんせいられたのだろうか?いや、られたのなら、“こんな病気びょうきにならなかったらいつかあるはずむすめ結婚式けっこんしきて、つまとそのよろこびをわかちあえたのに”などとおもわずらって、真夜中まよなか口惜くやし泣などするはずはない。おれはやはり、これまでの人生じんせいられるはずのものをられておらず、それを、いやそれらをられるまで“本当ほんとうは、このまま病気びょうきごときでおめおめとにたくなどないんだ”とおもっている。なあ!そうだろうおれ?」

  その2、貴方あなたもなさいませんか?
  と、“自身じしんへのけ”をした結果けっか、「きる!」との決意けついをあらためて、本当ほんとうにあらためてがためたのでした。これは、うらかえせば「本当ほんとうは、にたくなどない」ということです。「にたいにたい」と、2ねんわたねがっていたわたしでさえこのわりようです。いまにたいと衝動しょうどうてきおもっている貴方あなたがもし、わたしのように“自身じしんへのけ”をしたなら、「本当ほんとうは、にたくなどない」とおもうかもしれません。いや、間違まちがいなくそうおもはずです。前述ぜんじゅつした“自身じしんへのけ”の経験けいけんと、後述こうじゅつするすべてのしょう内容ないようからそう確信かくしんします。貴方あなたいち、“自身じしんへのけ”をしてみたらどうでしょうか?いや、どうかそうしてください。

よんしょうあきらめずに

  その1、わたしという人間にんげん
  ところで、元来がんらいわたしという人間にんげんあきらめがわるく、小学校しょうがっこうねんからの17年間ねんかんながいブランクはありましたが、ふられてもふられても独身どくしん時代じだいつまきまとったすえ、結婚けっこんというよろこびをれたり。かみにどうしてもわかれをげられず、35ねんわた頭皮とうひ育毛いくもうざいんだりする、とにかくまわりから嘲笑ちょうしょうされてもしつこくやるような、さきにもべましたようにあきらめのわるやつなのです。そんなわたしなのに、前述ぜんじゅつのような“自身じしんへのけ”を、ALSとの告知こくちけてからの2ねんの2002ねんがつまつにするまでは、自分じぶんでも不思議ふしぎくらいきてゆく”ことをあきらめていました。わたしおもいます。“自身じしんへのけ”ほど、おのれかんがかたえるものはないと。そんなわたししん変化へんかをおつたえしたく、“自身じしんへのけ”からいたったおもいを、ここではわかやすくするねらいから、前述ぜんじゅつしましたけと対比たいひしたかたちしるしますので、おください。

  「おれ家族かぞくをこれからさき人生じんせいのなかでいままで以上いじょうあいし、ひと草花くさばなあいし、自分じぶん自身じしんをゆきぎることなくあいしてゆこう。そして、これからの人生じんせいで、あいすることによってられるよろこびやたのしさから満足まんぞくかんを、すこしでもかんじられるようにきよう。くわえて、んでしまったらられないいつかあるはずむすめ結婚式けっこんしきて、つまとそのよろこびをわかちあい、これまでの人生じんせいを、そしてこれからの人生じんせいをもいなきものとしよう。それからんでもおそそくなどい。そのためにはまず、人工じんこう呼吸こきゅう延命えんめいすることを、主治医しゅじいつまはなそう」。

  その2、もと主治医しゅじい
  そして同月どうげつまつわたしは、つま同席どうせきのもともと主治医しゅじい延命えんめいすることをつたえたのでした。じつはそのときまで、延命えんめいするとの意志いし変更へんこうだれにもげていませんでしたので、それをいたときつまかおときたら、“まるでんだ亭主ていしゅかえった!”のようなおどろきにちたかおをしていました。内緒ないしょですがつまは、つとさき部下ぶか30にんふるがるほどのきびしい教育きょういくをする、むかしおに軍曹ぐんそうかスパルタぐん将官しょうかんった性格せいかく女性じょせい、いやオンナなのです。そんな、気強きづよつまけ、日頃ひごろからあたまがらないつよ恐妻きょうさいわたしは、すこ愉快ゆかい気分きぶんになったことを、此処ここらいま告白こくはくいたします。くわえて、もと主治医しゅじいはそのときたり”とばかりにほそめていたことを、おぼえています。いまにしておもいますに、結局けっきょくもと主治医しゅじいわたしにピアサポートをやらせたのは、“きるよろこびといのち大切たいせつさをめさせ、延命えんめいすることを決意けついさせる!”ためだったのではないでしょうか?

  その3、おどろきのなが
  はなしわりますが、このように、実際じっさい対比たいひのアレンジをしますと、“わたししん変化へんかしるした”ぜん記文きぶんが、おくださいましたようにみじかくなってしまいます。ですが、このおもいにいたるまでをもしこまかくべるとなると、わたし半生はんせいとALSになってからの苦悶くもんしん変遷へんせんしる出版しゅっぱんした、『しあわせの王様おうさまというほんくわえて、あいするははの「わたしきているかぎ介護かいごわたしがします。だからあなたは人工じんこう呼吸こきゅうけてつづけなさい!」という言葉ことばえた『まよい』なる講演こうえんよう文章ぶんしょうを、計算けいさんしてみますと、黙読もくどくならだいたい3あいだ朗読ろうどくなら6あいだぐらいはつづけねばならないことになってしまいます。このエッセイをいているわたしが、おどろいています。

しょういなくぬには

  その1、ひょうにはさないねが
  ここでのはなし本筋ほんすじからそれ、タイトルのことになりますことをおゆるください。さて、批判ひはんへの不安ふあんかくさずもうげますが、このしょうのタイトル「いなくぬには」をごらんになられ、おそらくおおくのかたが「なんでこんな、ぬことをすすめるようなタイトルをつけるのだ」と、いかにもたショックをおぼえられたこととおもいます。そんな、ショックをおぼえられたかたがた、本当ほんとうもうわけありません。じつは、このよんしょうのタイトル「いなくぬには」、「前向まえむきに人生じんせい満足まんぞくのゆくものとする」という、わたしねがいをめた、ひょうにはさないつづきがあるのです。しかしながら、もしわたしねがいをめたつづきをひょうし、「いなくぬには、前向まえむきに人生じんせい満足まんぞくのゆくものとする」というタイトルにしますと、ながくなりぎてしまいどなたにもおぼえていただけません。ゆえ、タイトルとして相応ふさわしいながさにするために、その前半ぜんはん部分ぶぶんのみをし、このしょうのタイトルとしました。そうえば、このエッセイ自体じたいのタイトル『わたしは!いなくにたい!!』も、ショッキングなものでしたね。どうか、おゆるください。でも、そのタイトル『わたしは!いなくにたい!!』にも、「いなくぬには」とどうじ、ひょうにはさないねがいをめたつづきがあるものとしてきました。つまり、「(そのためには今日きょうをそして明日あしたからを)前向まえむきに人生じんせい満足まんぞくのゆくものとする」という、わたしねがいをめたつづきがあるものとして。

  その2、きたい!
  はなし本筋ほんすじもどします。さて、どなたでもご存知ぞんじのことですが、なかにはがんのう疾患しっかんなど多種たしゅ多様たよう病気びょうきあるいは事故じこ天災てんさい内紛ないふんさらには戦争せんそうなどで、“きたいとねがいながらも、なざるをない”かたが沢山たくさんおられます。また、危篤きとく状態じょうたいというギリギリのところにありながらもつづけ、人生じんせい満足まんぞくのゆくものにせんと、無意識むいしきのうちにも頑張がんばっているかたもおられます。そんな前者ぜんしゃの、たとえば病気びょうきのかたの「もっともっときたいのになんななくてはならないのだ?」という、こたえが“病気びょうき”とじつは“そのかた”もわかっているだけに、医師いしにもだれにもぶつけられない疑問ぎもんと、くやしさをかんがえますとわたしは、なにもしてげられないもどかしさがあつくすると同時どうじに、“そのかた”のにゆくかなしさくやしさが、かつて絶望ぜつぼうふちたされたことがあっただけにいたいほどかり、くもらすほどのなみだながします。また、後者こうしゃのかたにはかげながら、その人生じんせい満足まんぞくのゆくものにせんとする頑張がんばりに、声援せいえんくもたくしておくります。かなしいかなそれをすることだけが、いまわたし出来できることのすべてなのです。

  その3、しんのメッセージ
  かつて、ある世界せかいてきにそのられている、精神せいしんでもあり、終末しゅうまつ医療いりょうならびにサナトロジー、所謂いわゆる科学かがくのパイオニアてき存在そんざいであるかたが、ご自分じぶんさとられたときに、にゆくひとだからこそけるほんしるわしました。じつは、その冒頭ぼうとうには、「「一生いっしょう」とよばれるこの時間じかんのあいだには、まなぶべきさまざまなレッスンがある。とりわけ直面ちょくめんしたひとたちとともにいるとき、そのことを痛感つうかんする。人々ひとびと人生じんせいわりにおおくをまなぶが、ほとんどの場合ばあいまなんだ教訓きょうくんかすための時間じかんのこされていない。1995ねんにアリゾナの砂漠さばく移住いじゅうしたわたしは、あるとしはは脳卒中のうそっちゅうたおれ、麻痺まひ状態じょうたいおちいった。それからすう年間ねんかんは、戸口とぐちたされたままだった。すぐにもがやってくるだろうと、幾度いくどとなく覚悟かくごした。そして幾度いくどとなく、それがおとずれてこないことに失望しつぼうした。準備じゅんびはできていたからである。でも、ななかった。なぜなら、わたしにはまだまなぶべきレッスンが、最後さいごのレッスンがあったからだった。そのレッスンの数々かずかず人間にんげんせいかんする究極きゅうきょく真実しんじつであり、いのちそのものの秘密ひみつである。わたしはもういちさつほんきたいとおもうようになった。今度こんどは「とその過程かてい」についてではなく、「なまとその過程かてい」、つまり人生じんせいかたについてのほんを。(後略こうりゃく)」

  という、2004ねん残念ざんねんながら故人こじんになられた、“そのかた”のメッセージがかれていました。2006ねんはじめてそれをんだときわたしは、「がせまりつつあるのに、人生じんせいかたについてかんがえるとはすごい!」とだけ…おもいました。それから3ねんいま叔父おじにん旧友きゅうゆうの15さいだった難病なんびょうのおじょうさん、そしておおくの同胞どうほう(はらから)のというかなしみをなおしてみますと、その冒頭ぼうとうのメッセージがっているしんのメッセージがわかったようながしました。勿論もちろんわたしれい能力のうりょくしゃでも陰陽いんよう陰陽いんよう(おんみょう)あるいは密教みっきょうそうでもありませんので、加持かじ祈祷きとうをして、黄泉よみ世界せかい旅立たびだたれた“そのかた”になにかをたずねたりするなどという、ミラクルなことは出来できません。したがいまして、本当ほんとうしんのメッセージがあるかは、くやしいかなわかりません。しかしながら、読者どくしゃ読後どくご、そのひとなりの感想かんそうつことは自然しぜんなことです。ゆえ、この場合ばあい冒頭ぼうとうのメッセージのみとはなりますが、わたしなりの感想かんそうとして、“わかったようながしたしんのメッセージ”をご紹介しょうかいします。それは、

  「ひとは、病気びょうき天災てんさい事故じこ戦争せんそうなどにより、なざるをないときにあっても、のこされしとき、すなわちのこされた人生じんせい満足まんぞくのゆくものにせんとする努力どりょくをせねばならない。さすれば、きっと“いなくねる”ことであろう。」

  具体ぐたいてきには、「その2、きたい!」でもうげた、“きたいとねがいながらも、なざるをない”前者ぜんしゃのかたのような状態じょうたいかれても、おなじく「その2」でもうげた後者こうしゃのかたのように、ギリギリのところにありながらもつづけ、人生じんせい満足まんぞくのゆくものにするために頑張がんばってしいということです。これを、さらにいまぬような状態じょうたいかれていないかたのためにもうげますと、

  「いつてるかわからない人生じんせいいなきものにするためには、いま精一杯せいいっぱいそしておも前向まえむきにきなければならない。」

と、なります。

  その4、今日きょうをそして明日あしたからを
  さて、このエッセイ『わたしは!いなくにたい!!』のしょうさんしょうよんしょうわたし自分じぶんを、一口ひとくちかたれるようにまとめてみますと、

  「わたし舩後は2ねんものあいだ延命えんめい拒否きょひつづけたがために、かん片足かたあしれてしまった。だが、死期しきせまってころのあるおれ本当ほんとうにたいのかと“自身じしんへのけ”をした。その結果けっか人生じんせいあらたに「きてゆく!」ことにしたのであった」。

  とまるで、連続れんぞくドラマの“前回ぜんかいまでの荒筋あらすじ”のようなまとめになってしまいましたが、おおまかには、このような経緯けいいいまいたっています。そんなわたしがここ“その4”で、一章いっしょうもうげると予告よこくしたふたつのねがいのうちひとに、いま衝動しょうどうてきにたいとおもっている貴方あなたにたいのに、どうしようかとまよっている貴方あなたもうげたいことは、「わたしとも明日あしたへとむかあゆんでみませんか?」という、おねがいともえるおさそいです。そしてふたは、ややながくなりますが、「ひとはいつかかならぬのに、わたし本当ほんとういまにたいのかと、“自身じしんへのけ”をしてみてください。きっと、貴方あなたしんおくおく本当ほんとう貴方あなたが「わたしきたいんだ!本当ほんとうきたいんだ!!」というはずです。それがこえたなら、貴方あなたのダイヤモンドより貴重きちょう人生じんせいを、いなきものにするために今日きょうをそして明日あしたからを、精一杯せいいっぱいそしておもきてください。」というおねがいです。ところで、おねがいをおききいくださいます貴方あなたわたしから、これからむか今日きょうそして明日あしたにおやくつと、わたししんじるショートエッセイをプレゼントします。このエッセイは、5ねんまえいたものですが、そのおもいはいまわりません。おください。

  ショートエッセイ/『きてゆく』

  『きてゆく』とは、“挑戦ちょうせんしゃ”として『人生じんせいゲーム』をたのしむこと

  人生じんせいとは『永遠えいえんねむり』につくまでは、ゲームのかえしです。これをわたしは、『人生じんせいゲー ム』とんでいます。これに、つねつづけることはありません。でも、けたからといって、そこでグズグズしていると、またたとしかさねてしまいます。それはじつさびしいことです。つまり、人生じんせい』んだもおなじです。だからわたしは、ことすなわち“ち”も、わることすなわち“け”もおなじにあじわい、たのしめればとおもっています。こと素直すなおよろこび、わることでもつぎ期待きたいする。という具合ぐあいに、たとけてもそのまることく、つぎつぞとまえすすむのです。人生じんせいおわりがいつなのかは、だれにもわかりません。が、まればおわり、かえしますがすなわち『』とおなじです。『永遠えいえんねむり』につくまでは “挑戦ちょうせんしゃ”として、『人生じんせいゲーム』をつづけてきます。そこには、『』のすき、つまり『』をおそれるひまなどはありません。『きてゆく』とは、そういうことだとわたしおもいます。[2004ねんなつしるす]。

ろくしょう、ラストメッセージ

  いま衝動しょうどうてきにたいとおもっている貴方あなたにたいのに、どうしようかとまよっている貴方あなた最後さいごわたしらしくしつこくもう一度いちどねがいします。「ひとはいつかかならぬのに、わたし本当ほんとういまにたいのか」と、“自身じしんへのけ”をしてみてください。きっと、貴方あなたしんおくおく本当ほんとう貴方あなたが「わたし本当ほんとうきたいんだ!本当ほんとう本当ほんとうきたいんだ!!だから、きてこう。ね!」と、貴方あなた耳元みみもとでキッパリとはずです。しんおくおくからのぼ自分じぶん真意しんいおどろ貴方あなたやさしくつめながら…。それがこえたなら貴方あなたの、てん唯一ゆいいつ太陽たいようかがやきのような人生じんせいいなきものにするために、今日きょうをそして明日あしたからを精一杯せいいっぱいそしておもきてください。

  「さむさにふるえたものほど太陽たいようあたたかさをかんじる。人生じんせいなやみをくぐったものほど生命せいめいとうとさをる」:ホイットマン

  では、またおいしましょう。


UP:200911105 REV:
舩後 靖彦やすひこ  ◇ALS(すじ萎縮いしゅくせいがわさく硬化こうかしょう  ◇自殺じさつ  ◇安楽あんらく尊厳そんげん
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