コロナ禍か前まえから疲弊ひへいしていたミニシアター文化ぶんか、生いき残のこりの条件じょうけんと苦戦くせんの裏うら事情じじょう

　コロナ禍かで大だい打撃だげきを受うけた映画えいが業界ぎょうかい。なかでも、ニッチで個性こせい的てきな作品さくひんを上映じょうえいするミニシアターは大手おおてシネコンに比くらべて苦戦くせんを強しいられている。2022年ねん7月がつには1968年ねん創業そうぎょうの「岩波いわなみホール」、同年どうねん9月がつには大阪おおさかの「テアトル梅田うめだ」が閉館へいかん。ミニシアター界かいの重鎮じゅうちんとも呼よばれた歴史れきしあるスクリーンが続々ぞくぞくと閉館へいかんし、その衝撃しょうげきは業界ぎょうかいを震撼しんかんさせた。

　1982年ねんに渋谷しぶや・桜丘さくらがおかで創業そうぎょうし、現在げんざいも円山まるやま町まちで営業えいぎょうを続つづけるミニシアター「ユーロスペース」の支配人しはいにん・北條ほうじょう誠人まさと氏しもまた、コロナ禍かの苦境くきょうを憂うれいている。

「コロナ禍かから約やく3年ねん経たちますが、いまだに売うり上あげは戻もどっておらず、コロナ前まえの75％ほど。特とくに中高年ちゅうこうねんの女性じょせい客きゃくの割合わりあいが減へりました。この世代せだいは、一度いちど映画えいが館かんに足あしを運はこぶ習慣しゅうかんが途絶とだえると、また戻もどってくるのが難むずかしいようです。また、若わかい世代せだいでも『実家じっかにいる高齢こうれい者しゃに感染かんせんさせられない』という理由りゆうで、映画えいが館かんから足あしが遠とおのいてしまった人ひともいるようです」

　コロナ禍かの影響えいきょうが直撃ちょくげきしたミニシアターは苦境くきょうにあえぎ、クラウドファンディングなどで存続そんぞくを模索もさくしてきた。とはいえ、ここ最近さいきんは新あらたなミニシアターが開館かいかんする動うごきも見みられる。2021年ねん5月がつには東京とうきょう都と青梅おうめ市しに「シネマネコ」がオープン。2022年ねんは1月がつに下北沢しもきたざわ「K2」、7月がつには「モーク阿佐ヶ谷あさがや」、9月には東京とうきょう都と墨田すみだ区くに「Stranger（ストレンジャー）」と、ミニシアターの新設しんせつが続つづいた。

　この状況じょうきょうは、一見いっけんするとミニシアターが息いきを吹ふき返かえす兆きざしにも思おもえるが、北條ほうじょう氏しは「ここからさらにミニシアターが増ふえ、文化ぶんかとして盛もり上あがることが確約かくやくされたわけではない」と考かんがえている。

「そもそも映画えいが館かんをつくるには、さまざまな申請しんせいや許可きょかなどの手順てじゅんを踏ふむ必要ひつようがあり、最低さいていでも立たち上あげから1年ねん半はん以上いじょうの歳月さいげつが必要ひつようなんです。なので、今回こんかいの開館かいかんラッシュは、コロナ禍か以前いぜんから計画けいかくしていたものが形かたちになったという部分ぶぶんはあります。ビジネス的てきな観点かんてんから言いえば、コロナ禍かの打撃だげきを目めにして新あらたにミニシアターを作つくろうという人ひとは少すくないんじゃないでしょうか」

　北條ほうじょう氏しによれば、ミニシアタークラスの映画えいが館かんを立たち上あげようと思おもったら、家賃やちんなどに加くわえて、スピーカー・椅子いす・映写機えいしゃきといった機材きざい費ひ、内装ないそう費ひ、それに人権じんけん費ひなどを含ふくめると、最低さいていでも約やく1億おく円えんはかかるという。また、お金かねがあればいいというものでもなく、スクリーンを設置せっちできるだけの高たかさがあり、かつ消防しょうぼう法ほうや保健所ほけんじょの審査しんさなどをクリアできる物件ぶっけんを探さがせるかどうかも大おおきな問題もんだいとなる。

　ただでさえ資金しきんも時間じかんもかかる映画えいが館かん経営けいえいに、コロナ禍かで業界ぎょうかいが受うけた打撃だげきを見みたうえで新あらたに乗のり出だそうという人ひとは、確たしかに少すくなそうだ。

コロナ前まえから疲弊ひへいしていたミニシアター文化ぶんか

　実じつは、ミニシアター業界ぎょうかいはコロナ禍かの前まえからジワジワと苦戦くせんしていたという側面そくめんもある。

「1980年代ねんだいに始はじまった“ミニシアターブーム”では、万まん人にん受うけしない尖とがった作品さくひんでも観客かんきゃくが訪おとずれ、ミニシアターごとにファンがついたり、『この支配人しはいにんの選えらんだ映画えいがなら間違まちがいない』と思おもえるような個性こせいがありました。しかし、9.11のテロやリーマンショック、3.11東北大とうほくだい震災しんさいといった景気けいきの変動へんどうや天変地異てんぺんちいを体験たいけんするごとに観客かんきゃくに余裕よゆうがなくなってきたのか、尖とがった作品さくひんは受うけ入いれられにくくなり、わかりやすく感動かんどうできる作品さくひんを求もとめる傾向けいこうに変かわっていきました。」

　ミニシアターが推おす作品さくひんと客きゃく側がわのニーズに不一致ふいっちが生しょうじたうえ、スクリーン数すうの多おおいシネコンの隆盛りゅうせいも重かさなり、ミニシアターの力ちからは弱よわまっていったという。もうひとつ、北條ほうじょう氏しがミニシアターの衰退すいたいについて指摘してきするのは客層きゃくそうの変化へんかだ。

「ひと昔むかし前まえはミニシアターには学生がくせいからサラリーマン、それにさまざまな業界ぎょうかい人じんなど、多種たしゅ多様たような人ひとが集あつまる場ばでしたが、現在げんざいは客きゃくのシニア化かが顕著けんちょ。そのため、作品さくひんの選えらび方かたも基本きほん的てきにはシニア向むけになっています。かつては映画えいがに興味きょうみのない人ひとでも気軽きがるに立たち寄よれる雰囲気ふんいきはありましたが、今いまでは『ミニシアターは映画えいが通どおりが通かよう場所ばしょ』と、敷居しきいが高たかく感かんじる人ひとも多おおいはずです。このような方向ほうこう性せいで営業えいぎょうを続つづけていけば、遅おそかれ早はやかれ市場いちばは縮小しゅくしょうしていくでしょう」

　加くわえて、家庭かていで多彩たさいな映画えいがを視聴しちょうできるサブスクリプションサービスの普及ふきゅうにより「映画えいが館かんでお金かねを払はらって観みるなら絶対ぜったいにハズしたくない」と、前ぜん情報じょうほうで“おもしろい”と確信かくしんを持もてた作品さくひんしか観みなくなった人ひとも増ふえているという。北條ほうじょう氏しはそうした人ひとたちに「つまらないという評判ひょうばんの映画えいがでも、自分じぶんでちゃんと観みないと何なにがおもしろいかもわからなくなるのでは」と、疑問ぎもんを投なげかけている。

今後こんごのミニシアターの存在そんざい意義いぎとは

　近年きんねんはミニシアターのあり方かたにも変化へんかが見みられるという。

「大手おおてシネコンの新宿しんじゅくピカデリーで上映じょうえいされている作品さくひんをユーロスペースでもかけたり、ユーロスペースでヒットした作品さくひんが日比谷ひびやTOHOシネマズで上映じょうえいされるなど、かつては存在そんざいしたシネコンとミニシアターの垣根かきねが緩ゆるやかになってきました。お客きゃくさんも昔むかしは大作たいさくならシネコン、インディペンデント映画えいがはミニシアターで、といった区別くべつをしていたと思おもいますが、現在げんざいはそうしたイメージに縛しばられない楽たのしみ方かたをしているように思おもいますね」

　また、北條ほうじょう氏しによれば、ミニシアターならではのトークショーやティーチインのようなイベント上映じょうえいの客きゃく入いりはいいという。近年きんねん誕生たんじょうしたK2、Strangerなどは、映画えいがの感想かんそうを誰だれかと共有きょうゆうできるコミュニティ施設しせつを設もうけており、新あらたなミニシアター文化ぶんかの特徴とくちょうのひとつになる可能かのう性せいもある。

　作品さくひんの記憶きおくだけでなく、イベントや館内かんないの雰囲気ふんいきなど、実際じっさいにミニシアターに行いってみたという“体験たいけん”の強つよさが、これから生いき残のこっていくためのヒントになりそうだ。

「コロナ禍かで改あらためてミニシアターの存在そんざい意義いぎを考かんがえたのですが、やはりシネコンでは上映じょうえいされないおもしろい映画えいがや、可能かのう性せいのある若わかい才能さいのうを発掘はっくつするという役割やくわりは大おおきいと思おもいます。そうした才能さいのうや作品さくひんが、ミニシアターでのヒットを経へて、シネコンクラスで受うけ入いれられて成長せいちょうしていくという過程かていそのものを共有きょうゆうできることも醍醐味だいごみです。映画えいが界かいの未来みらいのために、そして観客かんきゃくの好奇心こうきしんを満みたすためにミニシアターは必要ひつようだと考かんがえてもらえるといいですね」

　このままミニシアター文化ぶんかが減退げんたいの一途いっとをたどったら、新進しんしん気鋭きえいの才能さいのうが埋うずもれ、国くにの文化ぶんかの減退げんたいに直結ちょっけつすらしてしまう。逆ぎゃくに言いえば、ミニシアター文化ぶんかが盛もり上あがれば、地域ちいきや国くにを活性かっせい化かすることもできる。

「2009年ねんに日本にっぽんで初はじめてアカデミー賞しょう外国がいこく語ご映画えいが賞しょうをとった『おくりびと』は、撮影さつえい地ちだった山形やまがた県けんがおおいに沸わき、現地げんちに新あたらしいミニシアターが誕生たんじょうするきっかけになっています。また、2020年ねん2月がつに韓国かんこく映画えいが『パラサイト』がアカデミー賞しょうで4冠かんを達成たっせいした時とき、韓国かんこくの人ひとはどれだけ自国じこくの映画えいが文化ぶんかを誇ほこりに思おもったんだろうと考かんがえましたが、そのポン・ジュノ監督かんとくの長編ちょうへんデビュー作さく『ほえる犬いぬは噛かまない』が日本にっぽんで最初さいしょに上映じょうえいされたのはミニシアターでした。それだけ、自分じぶんの住すむ街まち・国くにから世界せかいに誇ほこれる作品さくひんが登場とうじょうすることには価値かちがあり、人々ひとびとを前向まえむきにする力ちからがある。そうした作品さくひんを生うむ土壌どじょうとしても、ミニシアター文化ぶんかは持続じぞくさせていくべきだと思おもいます」

　コロナ禍かで佳境かきょうに立たたされたミニシアターだが、その文化ぶんか的てきポテンシャルは計はかり知しれない。その可能かのう性せいを求もとめて、新あらたにチャレンジする人ひとたちも増ふえていくのだろう。