「地方ちほうとコロナ」の現実げんじつ…感染かんせんの疑うたがいで村八分むらはちぶ、自殺じさつした感染かんせん者しゃが受うけた嫌いやがらせの中身なかみとは

　コロナ禍わざわいなどの災禍さいかにおびえる人々ひとびとは、時ときとして冷酷れいこく無比むひな人間にんげんになってしまうのか。

　新型しんがたコロナウイルスの世界せかい的てき蔓延まんえんに伴ともなって、このところ田舎いなかへの移住いじゅうがブームになりつつある。長閑のどかな山村さんそんに自分じぶんの仕事場しごとばを持もち、そこで自然しぜんとの共存きょうぞんで心しん癒いやされながらリモートワークを行おこなう人ひとも増ふえてきた。

　私わたしは4年ねんほど前まえ、関東かんとう南西なんせい部ぶのとある山中さんちゅうに自分じぶんの庵あんを構かまえたが、確たしかに近隣きんりんの別荘べっそう地帯ちたいには、デザイン関係かんけいの仕事しごとを持もつ若わかい夫婦ふうふが静岡しずおか県けんから移うつり住すむなど、県けん外がいからの移住いじゅう者しゃが増ふえ続つづけている。

感染かんせんの疑うたがいだけで村八分むらはちぶに？

「見学けんがくに訪おとずれる人ひとは、コロナが流行はやる前まえの1.5倍ばいほどに増ふえました」と、地元じもとで田舎いなか物件ぶっけんを扱あつかう不動産ふどうさん会社かいしゃの経営けいえい者しゃも言いう。

「そのすべてが田舎いなか物件ぶっけんを購入こうにゅうしたわけではないですが、定年ていねんを迎むかえたご主人しゅじんが『田舎いなかで菜園さいえんをしたい』と奥おくさんを都心としんに残のこして移うつり住すんだり、『子こどもをのびのびと育そだてたい』と一家いっかで引ひっ越こしてくる人ひともいます。なかには、山やまを丸まるごと購入こうにゅうしたお客きゃくさんもいます。

　ただ、田舎いなかは自然しぜんが豊ゆたかでのんびりしているというメリットはあるものの、閉鎖へいさ的てきなところがある。人付ひとづき合あいが煩わずらわしいからと田舎いなか暮くらしを始はじめた人ひとはいいですが、そこに定住ていじゅうするとなれば、周囲しゅういの住民じゅうみんとうまくやっていくための、それなりの苦労くろうが待まっています。それは、長ながく田舎いなかに住すむ定住ていじゅう者しゃとて同おなじことで、悪わるくすると村八分むらはちぶになることさえあるんです」

　私わたしが山荘さんそうを構かまえる郡ぐんの自治体じちたいは、「密ひそか」とはほど遠とおい長閑のどかな環境かんきょうもあって、コロナ感染かんせん者しゃは極きわめて少すくない。それでも感染かんせん者しゃはいることはいて、感染かんせんだけでなく感染かんせんの疑うたがいだけでも、村八分むらはちぶの扱あつかいを受うけることも珍めずらしくないという。

中国人ちゅうごくじん夫婦ふうふへの白眼しろめ視しと一人ひとり歩あるきする噂うわさ

　市街地しがいちで接客せっきゃく業ぎょうを営いとなむ男性だんせいから、切実せつじつな話はなしを聞きいた。

「私わたしはここから数すうキロ離はなれた田舎町いなかまちに住すんでいて、近所きんじょには中国人ちゅうごくじんのご夫妻ふさいが営いとなむ飲食いんしょく店てんがありました。もう1年ねんと数カ月すうかげつ前まえの話はなしですが、そのご夫妻ふさいが中国ちゅうごくに里帰さとがえりした。中国ちゅうごくといえば、新型しんがたコロナの発祥はっしょうの国くにと言いわれています。まずそのことで、近隣きんりんの定住ていじゅう者しゃが『変へんなものを持もち込こまないか』と、半なかば敵意てきいの目めを向むけるようになったんです。

　おまけに、間あいだが悪わるいことに、その中国人ちゅうごくじんご夫妻ふさいは帰国きこく後ご、しばらく店みせを閉しめたままだった。ちょうどコロナ禍かが深刻しんこく視しされる頃ころで、とうとう『あの夫婦ふうふはコロナに感染かんせんしたに違ちがいない。だから店みせを閉しめているんだ』という噂うわさが広ひろがり、いつしかそれが『事実じじつ』として一人ひとり歩あるきしてしまったんです。

　おかげで、そのご夫妻ふさいが店みせを開あけても、お客きゃくさんはほとんど来こなくなった。近隣きんりんの人ひとたちも、あからさまにご夫妻ふさいを避さけて、立たち話ばなしさえしなくなりました。悩なやみ苦くるしんだご夫妻ふさいは、PCR検査けんさを受うけると、陰性いんせいの証明しょうめいを自治体じちたいに提出ていしゅつして、感染かんせんしていないことを住民じゅうみんに知しらせてほしいと訴うったえました。それでもしばらくは近隣きんりん住民じゅうみんから白眼しろめ視しされ、疎外そがいされてきたんです」

　この田舎町いなかまちのコロナ疑惑ぎわく騒動そうどうが沈静ちんせい化かしたのは、住民じゅうみんが中国人ちゅうごくじん夫妻ふさいの「身みの潔白けっぱく」を認みとめ、謝罪しゃざいしたからではない。実じつは、地域ちいきに正真正銘しょうしんしょうめいのコロナ感染かんせん者しゃが出でたことに起因きいんする。

「今度こんどは、そちらのほうに敵意てきいと警戒けいかいが集中しゅうちゅうしたんです」と、前出ぜんしゅつの男性だんせいは続つづける。

「ここから出でて行いけ！」玄関げんかんに貼はり紙がみ

「あるご家庭かていですが、ご主人しゅじんは都心としんに単身たんしんで赴任ふにんしていました。そのご主人しゅじんが、体調たいちょうが悪わるいと休やすみを取とって帰郷ききょうしてきたんです。で、しばらくして地元じもとの病院びょういんで検査けんさをしたところ、コロナに感染かんせんしていることがわかった。この田舎いなかにとってはほとんど第だい1号ごう感染かんせん者しゃですから、何なん時じ何なん分ぶんの電車でんしゃの何なん両りょう目めに乗のって帰かえってきたか、地元じもとではどこに買かい物ものに行いったか、どの店みせに入はいったかなど、それこそ事こと細こまかく行動こうどうを調しらべられた。そのことが、住民じゅうみんにアッあっという間まに広ひろがっちゃったんですね。

　ご主人しゅじんは地元じもとの大手おおてスーパーに入はいっていましたが、以来いらい、そのスーパーはお客きゃくさんが極端きょくたんに減へり、閑散かんさんとしてしまいました。住民じゅうみんはもう1軒けんの別べつの小ちいさなスーパーで買かい物ものをするようになったものの、あるとき、そのスーパーの従業じゅうぎょう員いんが窓まどや床ゆかを丁寧ていねいに拭ふいたんです。それを見みた住民じゅうみんが、今度こんどは『このスーパーにも感染かんせん者しゃが来きたに違ちがいない。それで消毒しょうどくしているんだ』と騒さわぎ立たてて、それが噂うわさとして広ひろがった挙あげ句く、そのスーパーにもお客きゃくさんが寄よりつかなくなった。単たんなる掃除そうじだったんですがね。もちろん全員ぜんいんじゃないですが、田舎いなかの人ひとほど、こうしたことに過敏かびんになるのかもしれません」

　しかし、気きの毒どくなのは、その感染かんせんした男性だんせいである。自宅じたくの玄関げんかんには「ここから出でて行いけ！」「これ以上いじょう、迷惑めいわくをかけるな」などの嫌いやがらせの紙かみが、毎日まいにちのように貼はられたという。

　近隣きんりん住民じゅうみんに敵視てきしされる追おい詰つめられた暮くらしのなか、その一家いっかはやがて住すみ慣なれた街まちを離はなれ、別べつの地域ちいきに引ひっ越こしていった。

「それからしばらく経たって、そのご主人しゅじんが自じ死ししたという知しらせが届とどきました。コロナ感染かんせんでまるで犯罪はんざい者しゃ扱あつかいされて、精神せいしん的てきに相当そうとうまいっていたんでしょう。気きの毒どくとしか言いいようがありません」

田舎いなか暮くらしの対処たいしょ術じゅつとは

　老子ろうしの「道徳どうとく経けい」にもあるように、物事ものごとには陰かげと陽ひの2つの対極たいきょく的てきな側面そくめんがある。「愛あい」の背後はいごには「憎にく」が潜ひそみ、「善ぜん」の裏うらには「悪あく」が隠かくれ、「平和へいわ」も「戦争せんそう」に支ささえられている。

　私わたしの場合ばあいは、どちらかといえば「人付ひとづき合あいが煩わずらわしいため」、山荘さんそうに滞在たいざい中ちゅうは近隣きんりん住民じゅうみんとの接触せっしょくを極力きょくりょく避さけるようにしてきた。いわば、都会とかいと田舎いなかの生活せいかつという「陰かげ」と「陽ひ」を行おこなったり来きたりしていることで、うまく心しんのバランスが取とれているのかもしれない。

　しかし、コロナ禍わざわいから逃のがれるため田舎いなかに理想郷りそうきょうを求もとめ、定住ていじゅうを考かんがえている人ひとは、良よくも悪わるくも、まず田舎いなか暮くらしにおける排他はいた的てき、閉鎖へいさ的てきな人間にんげん関係かんけいにうまく対処たいしょする術じゅつを身みにつける必要ひつようがあるだろう。

（文ぶん＝織田おだ淳あつし太郎たろう／ノンフィクション作家さっか）