【コロナ】安倍あべ首相しゅしょう会見かいけん、手話しゅわ通訳つうやく者しゃは“命いのちがけの仕事しごと”だった…超ちょう高度こうどなスキルが必要ひつよう

　今般こんぱん、首相しゅしょう会見かいけんや知事ちじ会見かいけんといった官公庁かんこうちょうで実施じっしされる記者きしゃ会見かいけんには、必かならずといっていいほど手話しゅわ通訳つうやく者しゃが同席どうせきしている。これは、政府せいふをはじめとする行政ぎょうせいが発信はっしん・提供ていきょうする情報じょうほうが公的こうてきであり、広ひろく伝つたえられなければならないと認識にんしきされているからだ。

　官公庁かんこうちょうの記者きしゃ会見かいけんで手話しゅわ通訳つうやくがつくようになった出発しゅっぱつ点てんは、２０１１年ねんの東日本ひがしにっぽん大震災だいしんさいまで遡さかのぼる。当時とうじ、被災ひさい状じょう況きょうや原発げんぱつ関連かんれんの情報じょうほうは刻一刻こくいっこくと変かわり、政府せいふは断水だんすい・給水きゅうすい、計画けいかく停電ていでん、避難ひなん指示しじといった生活せいかつ全般ぜんぱんにかかわる情報じょうほうを発信はっしんしなければならなかった。未曾有みぞうの危機ききを迎むかえ、国民こくみんの多おおくは不安ふあんに苛さいなまれていた。

　枝野えだの幸男ゆきお官房かんぼう長官ちょうかん（当時とうじ）は１日にちに２回かいの定例ていれい会見かいけんを実施じっしし、情報じょうほう発信はっしん・提供ていきょうに努つとめた。１日にち２回かいの会見かいけんと聞きくと、枝野えだの長官ちょうかんが情報じょうほう発信はっしん・情報じょうほう公開こうかいに熱心ねっしんだったような印象いんしょうを受うけるかもしれないが、歴代れきだいの官房かんぼう長官ちょうかんは平日へいじつの午前ごぜんと午後ごごの２回かい、定例ていれい会見かいけんを実施じっしすることが慣習かんしゅう化かしている。つまり枝野えだの長官ちょうかんの会見かいけんも、そうした慣習かんしゅうに則のっとって実施じっしされていたにすぎない。官房かんぼう長官ちょうかんは政府せいふのスポークスマンであり、政府せいふの意向いこうを伝つたえる代弁だいべん者しゃでもある。

　東日本ひがしにっぽん大震災だいしんさいの際さい、非常時ひじょうじのため枝野えだの長官ちょうかんは定例ていれい会見かいけんのほか、臨時りんじに記者きしゃ会見かいけんを開ひらくことはあった。会見かいけんは長時間ちょうじかんにわたることもあり、その獅子奮迅ししふんじんぶりからSNS上じょうで「エダノ　ネロ」がホットワードになる現象げんしょうも起おきた。

　しかし、枝野えだの長官ちょうかんから発はっせられる情報じょうほうが届とどかない人ひとたちもいた。それが聴覚ちょうかく障害しょうがい者しゃの人ひとたちだ。視覚しかく障害しょうがい者しゃは音声おんせいによって情報じょうほうを得えることができるが、聴覚ちょうかく障害しょうがい者しゃは字幕じまくで情報じょうほうを得えるしかない。当時とうじの技術ぎじゅつでは、生なま中継ちゅうけいされる官房かんぼう長官ちょうかんの言葉ことばを即座そくざに字幕じまく化かできなかったため、聴覚ちょうかく障害しょうがい者しゃは情報じょうほう面めんで大おおきなハンディキャップを負おっていた。そうした聴覚ちょうかく障害しょうがい者しゃの声こえが枝野えだの長官ちょうかんに届とどき、会見かいけんで手話しゅわ通訳つうやく者しゃがつくようになる。この決きまりは、その後ごの首相しゅしょう会見かいけんでも踏襲とうしゅうされ、今いまに至いたっている。

「枝野えだのさんは障害しょうがい者しゃ支援しえんに力ちからを入いれていたわけではないのですが、困こまった人ひとの声こえに対たいして真摯しんしに耳みみを傾かたむけたということでしょう。手話しゅわ通訳つうやくをつけるというスタイルは、枝野えだのさんが代表だいひょうを務つとめる立憲りっけん民主党みんしゅとうにも受うけ継つがれています。立憲りっけんが実施じっしする大おおきな街頭がいとう演説えんぜつでは手話しゅわ通訳つうやく者しゃを同行どうこうさせています。手配てはいの関係かんけいなどもあって、すべての街頭がいとう演説えんぜつではないのでしょうが、こうした動うごきが政党せいとうに関係かんけいなく広ひろまり、最近さいきんではさまざまな党とうの党とう大会たいかいや街頭がいとう演説えんぜつといった集あつまりで手話しゅわ通訳つうやくを見みるようになっています」（全国ぜんこく紙し記者きしゃ）

　こうした流ながれを受うけて、地方自治体ちほうじちたいも手話しゅわ通訳つうやくの導入どうにゅうを積極せっきょく的てきに進すすめている。先鞭せんべんをつけたのは鳥取とっとり県けんだ。鳥取とっとり県けんは13年ねんに地方自治体ちほうじちたいとして全国ぜんこく初はつの手話しゅわ条例じょうれいを制定せいてい。同どう条例じょうれいが制定せいていされたことによって、これまでは聴覚ちょうかく障害しょうがい者しゃや介助かいじょ者しゃ、福祉ふくし関係かんけい者しゃの一部いちぶの人ひとたちだけで使用しようされてきた手話しゅわが正式せいしきに言語げんごとして認みとめられた。鳥取とっとり県けんが手話しゅわ条例じょうれいを制定せいていすると、ほかの自治体じちたいも追随ついずいするように手話しゅわ条例じょうれいを制定せいてい。都道府県とどうふけんのみならず、基礎きそ自治体じちたいの市区しく町村ちょうそんでも手話しゅわ条例じょうれいの制定せいていが相次あいついだ。

フェイスシールドの導入どうにゅう

　今般こんぱん、新型しんがたコロナウイルス禍かという国難こくなんを迎むかえている。緊急きんきゅう事態じたい宣言せんげんが発出はっしゅつされ、繁華はんか街がいから人ひとが消きえ、経済けいざい活動かつどうも停止ていししている。そして、これまでは政治せいじに関心かんしんが薄うすかった人々ひとびとも、コロナ禍かを機きに政治せいじに対たいしての関心かんしんを高たかめ、テレビやインターネットで生なま中継ちゅうけいされる首相しゅしょうや知事ちじの会見かいけんを視聴しちょうする人ひとも増ふえている。

　会見かいけんをする首相しゅしょうや知事ちじのかたわらに立たつ手話しゅわ通訳つうやく者しゃたちを見みて、当初とうしょは違和感いわかんを抱だいた視聴しちょう者しゃもいるだろう。首相しゅしょうや知事ちじが感染かんせん防止ぼうしの観点かんてんからマスクを着用ちゃくようしているのに対たいして、手話しゅわ通訳つうやく者しゃはマスクを着用ちゃくようしていなかったからだ。

　実じつは手話しゅわは手ての動うごきだけではなく、口くちの動うごきも重要じゅうような要素ようそになっている。口くちの動うごきで表あらわす言葉ことばが変かわるので、正確せいかくに情報じょうほうを伝つたえるために口元くちもとを隠かくすマスクを着用ちゃくようできない。ウイルスに感染かんせんするという危険きけんに身みを晒さらしながら、手話しゅわ通訳つうやく者しゃたちは国民こくみんに情報じょうほうを届とどけるという大任たいにんにあたっていたのだ。

　しかし緊急きんきゅう事態じたい宣言せんげんの期限きげんを延長えんちょうすると表明ひょうめいした５月がつ４日にちの安倍晋三あべしんぞう首相しゅしょう会見かいけんでは、ようやく手話しゅわ通訳つうやく者しゃにフェイスシールドが導入どうにゅうされたのだ。透明とうめいな板いたで顔かおを覆おおうフェイスシールドは、装着そうちゃくしても口元くちもとが隠かくれない。これなら、手話しゅわを正確せいかくに伝つたえることができ、同時どうじに手話しゅわ通訳つうやく者しゃを飛沫しぶき感染かんせんのリスクからも守まもれるのだ。

「手話しゅわ通訳つうやくは、政治せいじ家かの言葉ことばを瞬時しゅんじに伝つたえる仕事しごとです。手話しゅわができるだけでは務つとまりません。素早すばやく発言はつげん内容ないようを理解りかいし、それを淀よどみなく伝つたえる能力のうりょくが求もとめられるのです。いわばプロ中ちゅうのプロ。仮かりに手話しゅわ通訳つうやく者しゃが新型しんがたコロナウイルスに感染かんせんしてしまったら、替かわりを見みつけることは難むずかしく、『そんな危険きけんな仕事しごとはできない』と拒否きょひが相次あいつぐかもしれない。フェイスシールドで手話しゅわ通訳つうやく者しゃを守まもることは、政府せいふの義務ぎむでもありますし、情報じょうほうのバリアフリーという観点かんてんからも非常ひじょうに重要じゅうような取とり組くみです」（福祉ふくし業界ぎょうかい関係かんけい者しゃ）

　政府せいふや地方自治体ちほうじちたいが発信はっしんする公的こうてきな情報じょうほうは、全ぜん国民こくみんの知しる権利けんりに応こたえるものであり、それを保障ほしょうするための取とり組くみは与野党よやとう関係かんけいなく一丸いちがんで取とり組くまなければならない。また、国政こくせいのみならず地方ちほうでも導入どうにゅうを加速かそくしなければならない

　今般こんぱん、情報じょうほう過多かたともいわれる社会しゃかい情勢じょうせいだが、情報じょうほうのバリアフリー化かはまだ緒いとぐちに就ついたばかり。これから整備せいびされていく必要ひつようがある。

（文ぶん＝小川おがわ裕夫ひろお／フリーランスライター）