新宿
絵：satsuki
「君もそろそろロレックスぐらいつけたら？」
30代になった頃、仕事で付き合いのある
40代のカメラマンに言われた。
その人は文字盤がゴールドのロレックスをつけていて、
「このまえ誰々（芸能人）を撮った」という話をよくしていた。
僕が会社で残業していると、
「仲良しの芸人と新宿で飲んでるから来ない？」と
その人から連絡があり、
疲れてたけど、ちょっとだけ好奇心もあって行ってみた。
一時期すごくブレイクしていたけど、
最近はテレビであまり見ないその芸人は、
イメージしていたよりも真面目そうで、
地に足が着いている感じがした。
芸能人でもないカメラマンのほうが、よっぽどチャラかった。
40代になった今の僕は、
ロレックスは相変わらずつけていない。
でもある日、就職希望の学生を連れて行った新宿のバーで、
「うちの会社に入ったらモテるよ」とドヤ顔で言っていた、らしい。
隣に座っていた常連客の女性から「おめでたいね」と鼻で笑われた。
一応世間に知られてる会社の社員っていうブランドに頼ってる時点で、
ロレックスおじさんと自分、変わんないじゃん。
つまらない人間にはなりたくないと思ってたはずなのに、と
まあまあ落ち込んだ。
でもやっぱり、つまらない人間になりたくないから、
これからもカッコ悪く、もがき続けると思う。
(BGM - くるり「東京」)
土曜日のバタートースト
週末のお昼の楽しみは、
昭和な喫茶店でバタートーストを食べること。
バターしみしみ具合が絶妙な、
私にとってベストなバタートーストが味わえるお店が、
最近見つかった。
溶けかけているバターの塊を
ちぎった食パンに慎重に移しかえながら
ひとりでじんわり味わっていると、
隣の席の男女の会話が耳に入ってくる。
「休日は何してることが多いんですか？」
「家の掃除したり、ジムへ行ったりですかね。何してますか？」
「ゲームしちゃうことが多いんですよね。ポケモンとか。しないですか？」
「んー、ゲームは全然しないんですよね…」
マッチングアプリで出会ったふうの男女の会話を
週末の喫茶店で何度も聞いているうちに、
この2 人は気が合いそうか、合わなそうか、
なんとなくわかるようになってきた。
超勝手な印象だけど、今日の２人は
ちょっと盛り上がりに欠けていて、消化試合な感じ。
私もそのうちアプリに頼りたくなるかもだけど、
今のところは、バタートーストのしみしみを味わう時間をつぶしてまで
知らない人と会わなくていいかな。
休日にひとりって、予定がないって、最高。
(BGM - 小泉今日子「魔女」)
おしゃれじゃない本棚
最近、私は知ってしまった。
私の本棚はおしゃれじゃないことを。
並んでいるのは、
「きれいな人がやっている100の習慣」とか、
「幸運を引き寄せるための7つの法則」とか、
「自己肯定感を高める魔法の言葉」とか、
「元カレと復縁するために今すぐやるべきこと」とか、
本を買ったときの私の願望を
そのまま言葉にしたようなタイトルばかり。
同世代の女の子の本棚は
みんなこんな感じなんだとばかり思っていたけど、
友達の部屋で本棚をチェックしてみたら、全然違った。
1人の子の本棚には、
太宰治から村上春樹まで小説ばかり並んでいて、
1人の子の本棚には、
マーケティングとか経営学とか、
難しそうなビジネス書がたくさん並んでいた。
自分には知性というものが足りないのかなと
ちょっと落ち込んだけど、
誰かに見せるための本棚をつくるのは違うし、
と思っていたところ、
私のことを気に入ってくれた男の子が、
ひょんなことから私の部屋に来ることになった。
彼を部屋に迎えてから、本棚が恥ずかしい！と
気づいたけどもう遅くて、
彼は本棚をまじまじと見始めた。
「ふーん、こういう本読むんだね」と言ったその声が、
私を軽蔑するでもなく、優しい感じだったから、
なんだかほっとした。
そして、たぶんこの人の本も好きだと思うよと
教えてくれたのが、
佐野洋子さんという人のエッセイ。
その場でアマゾンで１冊ポチって、
次の日に読んだら、どハマりした。
子どもがそのまま大人になったみたいな文章で、
私がなんとなく思っていたことを言ってくれていて、
心にじわじわ沁み入った。
これから私の本棚が、
少しずつ変わっていく予感がした。
(BGM - 岡村靖幸「愛はおしゃれじゃない」)
インタビューを音声で！
ポッドキャスト「好書好日 本好きの昼休み」では、著者の月水花さんのインタビューを配信中。音楽ありバージョンではBGMの曲も一緒に聴けます。
ニュース
