人生じんせいの転機てんきに訪おとずれた“奇跡きせき”を描えがくホラー3冊さつ

怪談かいだんの意義いぎに迫せまる「三島みしま屋や」シリーズ最新さいしん作さく

　江戸えどは神田かんだの袋物ふくろもの屋や・三島みしま屋やで催もよおされている〈変かわり百ひゃく物語ものがたり〉。黒白くろしろの間あいだと呼よばれる座敷ざしきを訪おとずれた語かたり手ては、き手きてと差さし向むかいになり、長年ながねん胸むねに秘ひめてきた不思議ふしぎな体験たいけんを語かたり始はじめる――。『猫ねこの刻こく参まいり　三島屋変調百物語拾之続』（新潮社しんちょうしゃ）は、宮部みやべみゆきの人気にんき時代じだい小説しょうせつ「三島みしま屋や」シリーズの最新さいしん作さくだ。

　良縁りょうえんを得えて三島みしま屋やを離はなれた初代しょだいき手きて・おちかに代かわり、現在げんざい百ひゃく物語ものがたりのき手きてを務つとめているのは三島みしま屋やの次男じなん坊ぼう・富次郎とみじろうである。登場とうじょう当初とうしょは頼たよりなかった彼かれも、今いまでは絵師えしになるという夢ゆめの実現じつげんに向むけて一いち歩ほを踏ふみ出だしている。そんな決断けつだんを下くだすことができたのも、百物語ひゃくものがたりを通とおしてさまざまな人ひとの生いき方かたに触ふれ、内面ないめん的てきに成長せいちょうしてきたから。このシリーズは開幕かいまく以来いらい一貫いっかんして、怪談かいだんを語かたること・聞きくことで人ひとはどう変かわるのか、なぜ人ひとはこうも怪談かいだんに惹ひきつけられるのか、というテーマに正面しょうめんから向むき合あっている。

　今回こんかい富次郎とみじろうが聞きくことになるのは、婚家こんかで虐しいたげられている女性じょせいの思おもいが猫ねこたちに通つうじる「猫ねこの刻こく参まいり」、水みずに住すむ守まもり神がみと村むらの子こどもたちとの交流こうりゅうを、盗賊とうぞく集団しゅうだんとの攻防こうぼう戦せんを背景はいけいに描えがく「甲羅こうらの伊達だて」、山中さんちゅうに迷まよい込こんだ母子ぼしが、不思議ふしぎな屋敷やしきの料理人りょうりにんを務つとめることになる「百ひゃく本ほん包丁ぼうちょう」の3話わ。名なもなき人々ひとびとがただ一いち度どだけ体験たいけんした人生じんせいの不思議ふしぎが情感じょうかん豊ゆたかに描えがかれており、どのエピソードもしみじみ胸むねを揺ゆさぶる。

　一方いっぽう、三島みしま屋やでも富次郎とみじろうの兄あに・伊一郎いいちろうの縁談えんだんをめぐって大だい事件じけんが起おこり、富次郎とみじろうはまたしても人生じんせいの岐路きろに立たたされる。百物語ひゃくものがたり完遂かんすいを目指めざして書かき継つがれているこのシリーズは、怪談かいだんは人ひとの営いとなみそのものである、と教おしえてくれているようだ。

極限きょくげん状況じょうきょうと切実せつじつな思おもいを背景はいけいに生うまれた奇蹟きせきの物語ものがたり

　1970年代ねんだいに刊行かんこうされた伝説でんせつ的てきアンソロジーの令れい和わリニューアル版ばん「新編しんぺん怪奇かいき幻想げんそうの文学ぶんがく」が、めでたく完結かんけつを迎むかえた。最終巻さいしゅうかんとなる『新編しんぺん怪奇かいき幻想げんそうの文学ぶんがく6　奇蹟きせき』（紀田きだ順一郎じゅんいちろう・荒あら俣宏監修かんしゅう、牧原まきはら勝志かつし編へん、新しん紀元きげん社しゃ）のテーマは〈奇蹟きせき〉。ひとり暮くらしの老女ろうじょが深夜しんやのミサで懐なつかしい人ひとと再会さいかいするアナトール・フランス「影かげたちのミサ」を筆頭ひっとうに、キリスト教きょう文化ぶんかが生うみ出だした奇蹟きせきの物語ものがたりを15編へん収おさめている。娯楽ごらく性せいの強つよいホラーや幻想げんそう小説しょうせつを中心ちゅうしんに編あまれたシリーズ既刊きかんとはやや毛色けいろが異ことなるが、その分わかこのジャンルの源流げんりゅうにダイレクトに触ふれられるような一いち冊さつになっていた。

　幼おさないイエスと両親りょうしんのエジプトへの旅たびを題材だいざいにしたジュール・シュペルヴィエル「エジプトへの逃亡とうぼう」、教会きょうかいの使用人しようにんと聖餐せいさん式しきのパンとの微笑ほほえましい会話かいわを描えがくT・F・ポウイス「ピム氏しと聖せいなるパン」のような宗教しゅうきょう的てき寓話ぐうわがある一方いっぽう、ヒンドゥー教きょうの個性こせい豊ゆたかな神かみ々が登場とうじょうするラドヤード・キプリング「橋はしをかける者ものたち」、ロボットをテーマに魂たましいの救済きゅうさいという側面そくめんから迫せまったチャールズ・ボーモント「終おわり油ゆの秘蹟ひせき」などより自由じゆうに〈奇蹟きせき〉を扱あつかった作品さくひんも収録しゅうろくされており、編者へんしゃの目配めくばりの広ひろさが感かんじられる。

　もっとも印象いんしょうに残のこったのはイギリス作家さっかセシル・スコット・フォレスターの「ミリアムの奇蹟きせき」。ナチスの強制きょうせい収容しゅうよう所しょに連行れんこうされた少女しょうじょミリアムは、命いのちを奪うばわれる最後さいごの瞬間しゅんかんまで、奇蹟きせきの訪おとずれを待まち続つづけるが……。宗教しゅうきょう的てき奇蹟きせきを扱あつかった物語ものがたりの多おおくは、こうした人間にんげんの極限きょくげん状況じょうきょうと、切実せつじつな願ねがいを背景はいけいに生うまれたものではないだろうか。

　解説かいせつを寄稿きこうしているのは荒あら俣宏。ともにオリジナル版ばん「怪奇かいき幻想げんそうの文学ぶんがく」編者へんしゃを務つとめた紀田きだ順一郎じゅんいちろうとの出会であいや戦後せんごの日本にっぽん怪奇かいき幻想げんそう文学ぶんがくの歩あゆみが、〈奇蹟きせき〉というキーワードとともに綴つづられており、ファン必読ひつどくの貴重きちょうな一文いちぶんとなっている。

夢野ゆめの久作きゅうさくのエッセンスが濃縮のうしゅくされた怖こわい短歌たんか

『ドグラ・マグラ』で怪奇かいき幻想げんそう文学ぶんがく史しにその名なを刻きざむ夢野ゆめの久作きゅうさくは、「猟奇りょうき歌か」と名なづけられたホラー・ミステリー色しょくの強つよい短歌たんかを多数たすう残のこしていた。『猟奇りょうき歌か　夢野ゆめの久作きゅうさく歌集かしゅう』（中公ちゅうこう文庫ぶんこ）は、1927年ねんから35年ねんにかけて発表はっぴょうされた「猟奇りょうき歌か」全編ぜんぺんと関連かんれん作品さくひんを収録しゅうろくし、歌人かじん・夢野ゆめの久作きゅうさくの全貌ぜんぼうを浮うかび上あがらせる好こう企画きかくだ。

〈人ひとの来きて／世間せけん話ばなしをする事ことが／何なにか腹立はらだたしく殺ころし度たびくなりぬ〉〈だしぬけに／血ちみどろの俺おれにぶつかつた／あの横よこ路次ろじのくら暗くらの中なかで〉〈腸詰ちょうづめに長ながい髪かみ毛げが交つてゐた／ヂツト考かんがへて／喰くえつてしまつた〉――。

　生々なまなましいむき出だしの言葉ことばで詠うたわれるのは、人生じんせいにふと訪おとずれる魔まのような一瞬いっしゅんと、その中なかで怪あやしくうごめく人間にんげん心理しんり。これはデビュー作さく「あやかしの鼓つづみ」から畢生ひっせいの大作たいさく『ドグラ・マグラ』まで、久作きゅうさくが生涯しょうがい描えがき続つづけたものでもあった。「猟奇りょうき歌か」は久作きゅうさく文学ぶんがくのエッセンスがコンパクトに、しかも濃縮のうしゅくされた形かたちで封ふうじ込こめられたいわば“猟奇りょうきの原液げんえき”なのである。その意味いみで、久作きゅうさく文学ぶんがくへの入門にゅうもん編へんにもぴったりだろう。