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ベイカールー - Wikipedia

ベイカールーBakerloo、かつてのThe Bakerloo Blues Line)は、1960年代ねんだい後半こうはんに、スタッフォードシャーのギタリストであるクレム・クレムソンやテリー・プールらによって、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスクリーム影響えいきょう最高さいこうてんとしてけて、結成けっせいされたイングランドのヘヴィ・ブルースロック・トリオ。このグループはやく1ねん(1968ねん–1969ねん)のみの活動かつどうられ、1まいのアルバムしかリリースしていないが、とりわけ、そのメンバーたちがこうコロシアムハンブル・パイメイ・ブリッツグレアム・ボンドヴィネガー・ジョージューダス・プリーストユーライア・ヒープ関与かんよしたことをかんがえれば、このジャンルの歴史れきしにおいて重要じゅうよう役割やくわりたしたといえよう。

ベイカールー
Bakerloo
出身しゅっしん イングランドの旗 イングランド
ジャンル ブルースロック
活動かつどう期間きかん 1968ねん - 1969ねん
レーベル ハーヴェスト・レコード
共同きょうどう作業さぎょうしゃ コロシアムハンブル・パイメイ・ブリッツグレアム・ボンドヴィネガー・ジョージューダス・プリーストユーライア・ヒープブラック・サバス
きゅうメンバー クレム・クレムソン
テリー・プール
キース・ベイカー
ジョン・"ポリ"・パーマー
ジョン・ヒンチ
ビル・ワード

略歴りゃくれき

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ベイカールー・ブルース・ライン (The Bakerloo Blues Line)は、1968ねん2がつクレム・クレムソンとテリー・プールによって結成けっせいされた。バンドの名前なまえは、ロンドン地下鉄ちかてつのベイカールーせんにちなんで名付なづけられている。キース・ベイカーにおさまるまでに、ジョン・"ポリ"・パーマーとジョン・ヒンチをふくすうめいのドラマーと一緒いっしょ活動かつどうした。ジム・シンプソンのマネージメントのもとで、かれらはバーミンガムにあるヘンリーズ・ブルースハウスにて定期ていきてき演奏えんそうするようになり、Earth(ブラック・サバス)や、Locomotive、Tea And Symphonyと一緒いっしょにシンプソン主催しゅさいによるちょんすぐる「ビッグ・ベア・フォリー」ツアーへと参加さんかした[1]。また、1968ねん10がつ18にちにはロンドンの有名ゆうめいなマーキー・クラブにおいてレッド・ツェッペリンのデビュー・ライブのサポート・アクトとして登場とうじょうしている。

名前なまえを「ベイカールー」に簡略かんりゃくしたのち、グループは1969ねんなかばにハーヴェスト・レコード契約けいやくした。最初さいしょのリリースは、その7がつのシングル「Drivin' Bachwards / Once Upon a Time」(HAR 5004)だった。AめんではJ.S.バッハの「ブーレ・イン・Eマイナー」をアレンジしている。このレコードは、1969ねん8がつジェスロ・タルがセカンド・アルバム『スタンド・アップ』でどうきょくもとづく「ブーレ」をリリースする直前ちょくぜん登場とうじょうした。

シングルAめんは12月にたセルフタイトル・アルバムにも収録しゅうろくされた[2]

アルバム『ベイカールー』

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アルバム『ベイカールー』(Harvest SHVL 762)は、1970ねんのハーヴェストによる2まいぐみサンプラー・アルバム『Picnic - A Breath of Fresh Air』に、スロー・ブルース・ナンバーの「This Worried Feeling」を収録しゅうろくし、BBCのセッションをおこなうことによってさらに宣伝せんでんされた。アルバムはガス・ダッジョンによってプロデュースされている。注目ちゅうもくすべき楽曲がっきょくには、ヘヴィ・ロッカーの「Last Blues」、アルバムにちかい、ドライヴかんのあるメタル・ブルースの「Son of Moonshine」がある。その楽曲がっきょくには「プログレッシブ」なクラシックとジャズの要素ようそふくまれていた[3]

デビューLPにかんするレビューは好意こういてきだったが、グループ自体じたいは1969ねんまつには混乱こんらんしていた。レコードがリリースされるまでに、クレムソン-プール-ベイカーのラインナップは別々べつべつみちすすむことを決定けっていした。クレムソンは当初とうしょコロシアムのギタリストとしてジェイムス・リザーランド後任こうにんえらばれるまえに、ドラマーのコージー・パウエルふくむとされるあたらしいブルースロック・パワートリオを結成けっせいするつもりだった。プールとベイカーもうごし、ボーカルけんギターのジェイミー・ブラックとともメイ・ブリッツ結成けっせいしたが、バンドがヴァーティゴ・レコードと契約けいやくするまえりょうとも脱退だったいした。

その、プールはグレアム・ボンドヴィネガー・ジョーふくほかのいくつかのバンドと共演きょうえんし、ベイカーはスーパートランプからユーライア・ヒープへと躍進やくしんした。クレムソンはコロシアムで、そして1971ねんピーター・フランプトン交代こうたいしてハンブル・パイ加入かにゅうしたことで、よりおおきな名声めいせい獲得かくとくつづけている。

ディスコグラフィ

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  • 『ベイカールー』 - Bakerloo (1969ねん、Harvest)
  • "Drivin' Bachwards"/"Once Upon a Time" (1969ねん、Harvest, HAR 5004)

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ Rockwell (2011ねん7がつ29にち). “I Gave Sabbath Their First Gig” (デンマーク). Vice. 2019ねん3がつ25にち閲覧えつらん
  2. ^ Mark Brennan, Notes to CD reissue of Bakerloo, (Repertoire, 1993, REP 4358-WP), quoted at [1]
  3. ^ Dave Thompson. “Bakerloo - Bakerloo | Songs, Reviews, Credits, Awards”. AllMusic. 2014ねん7がつ22にち閲覧えつらん

外部がいぶリンク

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