ベネディクト・モレル

ベネディクト・モレル（Bénédict Augustin Morel、1809年ねん11月22日にち - 1873年ねん5月30日にち）はオーストリア、ウィーン出身しゅっしんのフランスの医学いがく者しゃ、精神せいしん科か医い。

ベネディクト・モレル

概要がいよう

友人ゆうじんの生理学せいりがく者しゃクロード・ベルナールにジャン＝ピエール・ファルレを紹介しょうかいされ、その影響えいきょうで精神せいしん医学いがくを学まなぶようになった。30歳さいの時ときに、動物どうぶつ学者がくしゃアンリ・ブランヴィルに出会であい、培つちかった精神せいしん医学いがくの知識ちしきを自然しぜん史しで補おぎなうことが必要ひつようだと考かんがえるようになる。

早期そうき性せい痴呆ちほう

初はじめて公式こうしきに精神せいしん疾患しっかんの一ひとつの統合とうごう失調しっちょう症しょう（en:schizophrenia、旧きゅう名称めいしょう・精神分裂病せいしんぶんれつびょう）を仏ふつDémence précoce（「早はや発はつ性せい痴呆ちほう」）として記述きじゅつした。

変質へんしつ論ろん

精神せいしん障害しょうがい者しゃと犯罪はんざい者しゃに関かんして、変質へんしつは遺伝いでんによって伝つたわるという変質へんしつ（デジェネレッサンス、退化たいか）論ろんで後世こうせいに影響えいきょうを与あたえた。（モレルの医学いがく的てき変質へんしつ論ろんは後のちにチャールズ・ダーウィンの進化しんか論ろんと結むすびつけられたが、1857年ねんの著作ちょさくから始はじまるもので、ダ―ウインの進化しんか論ろん（1859 年ねん「種たねの起源きげん」）とは独立どくりつしている。） ダーウィンに影響えいきょうを与あたえた医者いしゃ・遺伝いでん学者がくしゃプロスペル・リュカが少すこし前まえに発表はっぴょうした『神経しんけい系けいの健康けんこう・不健康ふけんこうにおける自然しぜん遺伝いでんに関かんする哲学てつがく・生理学せいりがく理論りろん』（1847-50年ねん）の影響えいきょうを受うけている。

モレルは、変質へんしつによって身体しんたい的てき疾患しっかんや精神せいしん的てき疾患しっかん・道徳どうとく的てき逸脱いつだつ行動こうどうが生しょうじ、変質へんしつの原因げんいんは遺伝いでんにあるとした。変質へんしつの土台どだいには、飢饉ききんや伝染でんせん病びょうといった定期ていき的てきな災害さいがいや、沼地ぬまちや瘴気しょうきなどの自然しぜん環境かんきょう、聾唖ろうあや盲目もうもく等とうの生来せいらいの身体しんたい障害しょうがいやくる病びょう、それに精神せいしん障害しょうがいがあり、これらに「両親りょうしんによる不道徳ふどうとくな、もしくは悪あしき環境かんきょう」が加くわわった時ときに、もとの病的びょうてきな身体しんたいや精神せいしんに倒錯とうさくを兼かね備そなえた「変質へんしつ者しゃ（デジェネレ）」が生うまれると考かんがえた。

変質へんしつは、元もとの（基本きほん又または正常せいじょうな）型がたからの病的びょうてきな逸脱いつだつであり、後こう世代せだいへと遺伝いでん的てきに伝達でんたつされ、種たねの変質へんしつとして広ひろがり、知的ちてき・道徳どうとく的てき進歩しんぽの能力のうりょく、生殖せいしょく能力のうりょくが低下ていかしていき、精神せいしん的てき疾患しっかん、知的ちてき障害しょうがい、道徳どうとく的てき逸脱いつだつ行動こうどうが累積るいせきし、家系かけいの死滅しめつにまでいたるものとした。

近代きんだいフランスの犯罪はんざいや刑法けいほうの歴史れきしの研究けんきゅう者しゃフレデリック・ショヴォーは、変質へんしつとは「怪物かいぶつ性せいの概念がいねん（monstruologie）に精神せいしん医学いがく的てき・人類じんるい学がく的てき概念がいねんが加くわわってできたもの」だとしており、歴史れきし学者がくしゃのオリヴィエ・ルー（Olivier Roux）は、変質へんしつ者しゃの特徴とくちょうとされた特徴とくちょう（独特どくとくの顔かおつきや虫歯むしば等とう）と怪物かいぶつの特徴とくちょうとの類似るいじを指摘してきしている。

影響えいきょう

精神せいしん科か医いの中谷なかたに陽二ようじによると、モレルの変質へんしつ論ろんは、現在げんざいからみれば「未み発達はったつな遺伝いでん理論りろんに基もとづいた、悲観ひかん主義しゅぎ、宿命しゅくめい論ろん、差別さべつ的てきな人間にんげん観かんに刻印こくいんされた疑似ぎじ科学かがく思想しそう」であるが、同どう時代じだい者しゃの人間にんげんには、精神せいしん疾患しっかんの原因げんいん論ろんに踏ふみ込こむ新あたらしい人間にんげん科学かがくの到来とうらいと映うつった。その後ごの精神せいしん障害しょうがいや犯罪はんざいに関かんする研究けんきゅうの方向ほうこう性せいを大おおきく変かえたことでよく知しられている。変質へんしつ者しゃ（デジェネレ）の大半たいはんは遺伝いでん的てき要素ようそによって本能ほんのうを侵おかされているというモレルの主張しゅちょう・アイディアは、1880年代ねんだいにヴァレンティン・マニャンやその弟子でしポール＝モーリス・ルグランへと継承けいしょうされ、変質へんしつ論ろんは、19世紀せいき後半こうはんにおける社会しゃかいダーウィニズムや犯罪はんざい人類じんるい学がく（イタリアの犯罪はんざい学者がくしゃチェザーレ・ロンブローゾの生来せいらい性せい犯罪はんざい者しゃ説せつ等とう）の隆盛りゅうせいとも並なみ走そうしていた。

モレルの説せつは、19 世紀せいき後半こうはんの精神せいしん医学いがく、犯罪はんざい学がく、人類じんるい学がく、社会しゃかい批評ひひょう、文学ぶんがく等とうにも広ひろく影響えいきょうを与あたえた。エミール・ゾラら写実しゃじつ主義しゅぎ・自然しぜん主義しゅぎの小説しょうせつ家か達たちは、当時とうじの医学いがく・犯罪はんざい学がくのテクストから影響えいきょうを受うけ、社会しゃかいに蔓延まんえんする退廃たいはいと当時とうじの遺伝いでん思想しそうを結むすび付つけた作品さくひんを著あらわした。ゾラが作品さくひん全体ぜんたいを通とおしてマニャンの研究けんきゅうと変質へんしつ説せつを用もちいていたことが知しられており、ゾラの作品さくひんを通とおしてマニャンの変質へんしつ説せつは広ひろく普及ふきゅうした

またフレデリック・ショヴォーは、モレル以前いぜんは犯罪はんざい者しゃと精神せいしん障害しょうがい者しゃは医療いりょうや刑法けいほうで区別くべつされていたが、モレル以降いこう、変質へんしつ者しゃ（デジェネレ）として混同こんどうされ、ひとくくりにされてしまったと指摘してきしている。ナポレオンの刑法けいほう典てん(1810年ねん)で犯罪はんざい者しゃは、矯正きょうせいと再さい社会しゃかい化かの対象たいしょうとして捉とらえられていたが、19世紀せいき末まつには犯罪はんざい学者がくしゃたちは、犯罪はんざい者しゃを矯正きょうせい不可能ふかのうな追放ついほうの対象たいしょうとみなすようになっていた。

モレルの説せつは、人間にんげんの変質へんしつ（文明ぶんめい社会しゃかいの退化たいか、民族みんぞくの衰退すいたい）を予防よぼうすることに関心かんしんを向むけさせた。彼かれの「変質へんしつ」とチェーザレ・ロンブローゾの「生来せいらい性せい犯罪はんざい者しゃ」という考かんがえは、危険きけん性せいを生うまれつき刻印こくいんされた特殊とくしゅなタイプの人間にんげん、排除はいじょすることが正ただしい「危険きけんな人間にんげん」という表ひょう像ぞうのプロトタイプとなり、民族みんぞくや国家こっかを守まもるためとして行おこなわれた多おおくの政策せいさくや立法りっぽうに影響えいきょうを与あたえた。19世紀せいき末まつに広ひろまった優生ゆうせい学がく、そこからの逸脱いつだつともいえるナチス・ドイツの政策せいさくもまた、全体ぜんたいの利益りえきのために生物せいぶつ学がく的てき弱者じゃくしゃを切きり捨すてるという意味いみで、この系譜けいふにある。

著作ちょさく

• Traité des maladies mentales, 1852–1853.
• Traité des Dégénérescences(デジェネレッサンス、変質へんしつ論ろん), 1857.
• Le no-restraint ou de l’abolition des moyens coercitifs dans le traitement de la folie, 1861.
• Du goître et du crétinisme, étiologie, prophylaxie etc., 1864.
• De la formation des types dans les variétés dégénérées. Volume 1, 1864.

参考さんこう文献ぶんけん

• 梅澤うめざわ礼あや「奇形きけい学がく、犯罪はんざい学がく、そして文学ぶんがく」『慶應義塾大学けいおうぎじゅくだいがく日吉ひよし紀要きよう. フランス語ふらんすごフランス文学ぶんがく』第だい60巻かん、慶應義塾大学けいおうぎじゅくだいがく日吉ひよし紀要きよう刊行かんこう委員いいん会かい、2015年ねん3月がつ、15-27頁ぺーじ、CRID 1050845763883991680、ISSN 0911-7199。 
• 梅澤うめざわ礼あや「精神せいしん障害しょうがい者しゃと犯罪はんざい者しゃ : デジェネレッサンス理論りろんの形成けいせい過程かていに関かんする一いち考察こうさつ」『立たて命いのち館かん言語げんご文化ぶんか研究けんきゅう』第だい28巻かん第だい1号ごう、立命館大学りつめいかんだいがく国際こくさい言語げんご文化ぶんか研究所けんきゅうじょ、2016年ねん9月がつ、281-290頁ぺーじ、CRID 1390572174775994752、doi:10.34382/00002985、hdl:10367/7653、ISSN 0915-7816。 
• 梅澤うめざわ礼あや「文学ぶんがくと犯罪はんざい学がく ―19世紀せいきフランス文学ぶんがくとデジェネレッサンス（変質へんしつ）理論りろん―」（PDF）研究けんきゅう課題かだい/領域りょういき番号ばんごう 15K16714、科学かがく研究けんきゅう費ひ助成じょせい事業じぎょう、2016年ねん、CRID 1040282256838184960。 
• 中谷なかたに陽二ようじ『危険きけんな人間にんげんの系譜けいふ―選別せんべつと排除はいじょの思想しそう』弘文こうぶん堂どう、2020年ねん。 
• オード・フォーヴェル, 山上やまかみ浩嗣ひろつぐ, 堤崎つつみさき暁あかつき「運命うんめいの女おんな、魔性ましょうの女おんな、倒錯とうさくの女おんな : フランス医学いがく文学ぶんがく史し（19 ～ 20 世紀せいき）」『Gallia』第だい60巻かん、大阪大学おおさかだいがくフランス語ふらんすごフランス文学ぶんがく会かい、2021年ねん3月がつ6日にち、95頁ぺーじ、CRID 1050018218947939328、hdl:11094/79397、ISSN 03874486。 
• 「優生ゆうせい学がく・優生ゆうせい運動うんどうの歴史れきしと概要がいよう」『旧きゅう優生ゆうせい保護ほご法ほうに基もとづく優生ゆうせい手術しゅじゅつ等とうを受うけた者ものに対たいする一いち時じ金きんの支給しきゅう等とうに関かんする法律ほうりつ第だい21条じょうに基もとづく調査ちょうさ報告ほうこく書しょ』、衆議院しゅうぎいん、2023年ねん。 
• 富田とみた三樹みき生せい「精神せいしん神経しんけい学会がっかいと優生ゆうせい学がく法制ほうせい－精神せいしん科か医療いりょうと人口じんこう優生ゆうせい政策せいさく－」『優生ゆうせい保護ほご法ほう下かにおける精神せいしん科か医療いりょう及および精神せいしん科か医いの果はたした役割やくわりに関かんする研究けんきゅう報告ほうこく書しょ』、日本にっぽん精神せいしん神経しんけい学会がっかい 法ほう委員いいん会かい、2024年ねん。