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パーマカルチャー (英語 えいご : Permaculture )とは、エコロジカルデザイン ・環境 かんきょう デザイン分野 ぶんや の用語 ようご であり、自然 しぜん のエコシステム を参考 さんこう にし、持続 じぞく 可能 かのう な建築 けんちく や自己 じこ 維持 いじ 型 がた の農業 のうぎょう システムを取 と り入 い れ、社会 しゃかい や暮 く らしを変化 へんか させる総合 そうごう 的 てき なデザイン科学 かがく 概念 がいねん [1] [2] 。完結 かんけつ 自給 じきゅう 型 がた 農業 のうぎょう 開発 かいはつ とも[3] 。
パーマカルチャー (Permaculture) という言葉 ことば は1970年代 ねんだい にオーストラリア南部 なんぶ のタスマニア島 とう で暮 く らしていたデビッド・ホルムグレン[1] とビル・モリソンが作 つく った造語 ぞうご である。ふたりによれば最初 さいしょ その言葉 ことば はパーマネント (permanent) とアグリカルチャー (agriculture) を組 く み合 あ わせ「永続 えいぞく する農業 のうぎょう 」という意味 いみ が込 こ められている。パーマカルチャーを初 はじ めて世 よ に問 と うふたりの唯一 ゆいいつ の共著 きょうちょ 『パーマカルチャー・ワン』(1978年 ねん )によれば、「動物 どうぶつ や多年生 たねんせい の植物 しょくぶつ 、および自家 じか 更新 こうしん する植物 しょくぶつ を人間 にんげん が利用 りよう する目的 もくてき で組 く みあわせたシステムであり、それは常 つね に進化 しんか する」と定義 ていぎ されている。
パーマカルチャーの元 もと となるパーマネント・アグリカルチャーという概念 がいねん は、ふたりが『パーマカルチャー・ワン』の中 なか で指摘 してき するようにモリソンやホルムグレンの創造 そうぞう ではない。パーマネント・アグリカルチャー(永続 えいぞく する農業 のうぎょう 、持続 じぞく 型 がた 農業 のうぎょう )はアメリカの土壌 どじょう 学者 がくしゃ 、FHキングが日本 にっぽん 、中国 ちゅうごく 、朝鮮半島 ちょうせんはんとう の視察 しさつ について綴 つづ った『東 ひがし アジア四 よん 千 せん 年 ねん の永続 えいぞく 農業 のうぎょう (農文協 のうぶんきょう 、 杉本 すぎもと 俊朗 としろう 訳 やく )[2] の副題 ふくだい で使 つか われていた。また、J・ラッセル・スミスが1929年 ねん に出版 しゅっぱん した『トゥリー・クロップス (Tree Crops)』[3] の副題 ふくだい もパーマネント・アグリカルチャーだった。すでに20世紀 せいき 初頭 しょとう において、そのような考 かんが え方 かた が生 う まれてきたことから、「永続 えいぞく しない」農業 のうぎょう が支配 しはい 的 てき になりつつあったことがうかがえる。
このようにパーマカルチャーは、少 すく なくともその創世 そうせい においては動物 どうぶつ や多年生 たねんせい の木 き を組 く み合 あ わせ、その特性 とくせい を利用 りよう する。そして野菜 やさい など一 いち 年生 ねんせい の植物 しょくぶつ を野生 やせい 化 か し、多年生 たねんせい 化 か する、それが基本 きほん の概念 がいねん だった。一 いち 年生 ねんせい の野菜 やさい や穀物 こくもつ に依存 いぞん する現代 げんだい 人 じん の暮 くら し方 かた 、単一 たんいつ 作物 さくもつ 栽培 さいばい 、モノカルチャーを指向 しこう する農業 のうぎょう に頼 たよ りっきりな現代 げんだい 社会 しゃかい への批判 ひはん であり、もうひとつの生 い き方 かた の可能 かのう 性 せい 、社会 しゃかい のあり方 かた を提示 ていじ するものだった。「永続 えいぞく 的 てき な農業 のうぎょう (パーマネント・アグリカルチャー)」を指 さ すとされたパーマカルチャーだが、提唱 ていしょう されてから30年 ねん 以上 いじょう を経 へ て、最近 さいきん では「永続 えいぞく 的 てき な文化 ぶんか (パーマネント・カルチャー)」を意味 いみ するという解釈 かいしゃく が広 ひろ がりつつある。ホルムグレンは2012年 ねん に邦訳 ほうやく が出版 しゅっぱん された『パーマカルチャー:農 のう 的 てき 暮 く らしを実現 じつげん するための12の原理 げんり 』(コモンズ、リック・タナカら訳 やく )[4] で「食物 しょくもつ や繊維 せんい 、エネルギーなど人間 にんげん の必要 ひつよう を満 み たすため、自然 しぜん の中 なか に見 み られるパターンや関係 かんけい を真似 まね し、風土 ふうど を意識 いしき 的 てき にデザインすること」と定義 ていぎ している。ホルムグレンは、ピークオイルと気候 きこう 変動 へんどう の発症 はっしょう など人間 にんげん 社会 しゃかい がこれまでにない変動 へんどう を迎 むか える時代 じだい 、右肩 みぎかた 上 あ がりに成長 せいちょう しない不 ふ 確実 かくじつ な時代 じだい に、パーマカルチャーは「下降 かこう の時代 じだい の文化 ぶんか 」としてその真価 しんか を発揮 はっき すると説 と く[5] 。
パーマカルチャー、3つの倫理 りんり [ 編集 へんしゅう ]
パーマカルチャーの初期 しょき の文献 ぶんけん では、以下 いか に掲 かか げるデザイン原理 げんり 同様 どうよう 、倫理 りんり (道徳 どうとく 的 てき な訓戒 くんかい 、原理 げんり )についても明記 めいき されていなかった。世界 せかい 各地 かくち での教育 きょういく や実践 じっせん を経 へ て、パーマカルチャーは次 つぎ の三 みっ つの倫理 りんり に基 もと づくと理解 りかい されるようになった。これらの倫理 りんり は宗教 しゅうきょう や共同 きょうどう 体 たい の倫理 りんり に関 かん する研究 けんきゅう から抽出 ちゅうしゅつ されたとされる
[4] 。
地球 ちきゅう に配慮 はいりょ する (Care for the earth ) - 全 すべ ての生命 せいめい システムが持続 じぞく し繁栄 はんえい できる状態 じょうたい を維持 いじ する。人間 にんげん は地球 ちきゅう の健康 けんこう なしに繁栄 はんえい できないのであり、これが最 もっと も基本 きほん の倫理 りんり である。
人 ひと びとに配慮 はいりょ する (Care for the people ) - 人々 ひとびと が存続 そんぞく するために必要 ひつよう な資源 しげん を供給 きょうきゅう する。
余剰 よじょう は分 わ かち合 あ い、消費 しょうひ と再 さい 生産 せいさん には限度 げんど を設 もう けよ (Set limits to consumption and reproduction, and redistribute surplus ) - 健康 けんこう な自然 しぜん システムは、それぞれ生存 せいぞん に必要 ひつよう な要素 ようそ を互 たが いに供給 きょうきゅう しあっている。人類 じんるい も同様 どうよう のことができる。我々 われわれ が各々 おのおの らに必要 ひつよう なものを供給 きょうきゅう しあうことで、我々 われわれ は上記 じょうき の方針 ほうしん に必要 ひつよう な資源 しげん を確保 かくほ する事 こと ができる。
パーマカルチャーの原理 げんり [ 編集 へんしゅう ]
パーマカルチャーの原理 げんり はシステム思考 しこう やデザイン思考 しこう と呼 よ ばれる世界 せかい 観 かん から生 う まれており、自然 しぜん と産業 さんぎょう 化 か 以前 いぜん の持続 じぞく 可能 かのう な社会 しゃかい を観察 かんさつ することで普遍 ふへん な原理 げんり が抽出 ちゅうしゅつ できるという考 かんが えに基 もと づいている。パーマカルチャーのデザイン原理 げんり は生態 せいたい 学 がく 、特 とく にハワード・オーダムなどのシステム生態 せいたい 学 がく に基 もと づくとされ、環境 かんきょう 地理 ちり 学 がく や民族 みんぞく 生物 せいぶつ 学 がく などにも影響 えいきょう を受 う けた。
これらの原理 げんり は、これからの脱 だつ 産業 さんぎょう 化 か 社会 しゃかい において土地 とち や資源 しげん を持続 じぞく 可能 かのう に利用 りよう する際 さい 、世界 せかい のどこにでも適用 てきよう できると考 かんが えられている。パーマカルチャーの原理 げんり は簡潔 かんけつ な文章 ぶんしょう やスローガンで表 あらわ される。これらの原理 げんり は、さまざまな選択肢 せんたくし を検討 けんとう する時 とき にチェックリストとして利用 りよう される。原理 げんり は万国 ばんこく 共通 きょうつう に当 あ てはまるが、その具体 ぐたい 的 てき な適用 てきよう はそれぞれの場所 ばしょ や状況 じょうきょう により、大 おお きく異 こと なる。ホルムグレンは「パーマカルチャーの花 はな 」で個人 こじん 、経済 けいざい 、社会 しゃかい 、政治 せいじ の再 さい 編成 へんせい にもこれらの原理 げんり が有効 ゆうこう であるとしている。
パーマカルチャーの原理 げんり が最初 さいしょ から重要 じゅうよう 視 し されていたわけではなく、『パーマカルチャー・ワン』では「パーマカルチャーの木 き 」と呼 よ ばれる図 ず が原理 げんり を紹介 しょうかい するために用 もち いられ、デザイン理論 りろん とその適応 てきおう 例 れい が紹介 しょうかい されるにとどまっていた。デザイン原理 げんり をモリソンが初 はじ めて提示 ていじ するのは1991年 ねん に出版 しゅっぱん されたレニー・スレイとの共著 きょうちょ 『パーマカルチャー:農 のう 的 てき 暮 く らしの永久 えいきゅう デザイン』(農文協 のうぶんきょう 、 田口 たぐち 恒夫 つねお 、小祝 こいわい 慶子 けいこ 訳 やく )においてである。このリストはアメリカ人 じん パーマカルチャー教師 きょうし 、ジョン・キネイが作成 さくせい したもので、それ以降 いこう 、広 ひろ く使 つか われるようになった。ホルムグレンは『パーマカルチャー』で、次 つぎ の12のデザイン原理 げんり を掲 かか げている。ホルムグレンは「パーマカルチャーが新 あたら しい思想 しそう であり、まだ、発展 はってん 途上 とじょう にあることを考 かんが えれば」と断 ことわ った上 うえ で、「このリストは有効 ゆうこう ではあるが、不断 ふだん の見直 みなお しが必要 ひつよう で、さらに明晰 めいせき にしていかなければ、創造 そうぞう 的 てき な解決 かいけつ 方法 ほうほう をさっと見 み つけ出 だ す助 たす けにはならない」と、それを盲目的 もうもくてき に教条 きょうじょう 的 てき にとらえることを戒 いまし めている。
【原理 げんり 1】 まず観察 かんさつ 、それから相互 そうご 作用 さよう
【原理 げんり 2】 エネルギーを獲得 かくとく し、蓄 たくわ える
【原理 げんり 3】 収穫 しゅうかく せよ
【原理 げんり 4】 自律 じりつ とフィードバックの活用 かつよう
【原理 げんり 5】 再生 さいせい 可能 かのう な資源 しげん やサービスの利用 りよう と評価 ひょうか
【原理 げんり 6】 無駄 むだ を出 だ すな
【原理 げんり 7】 デザイン――パターンから詳細 しょうさい へ
【原理 げんり 8】 分離 ぶんり よりも統合 とうごう
【原理 げんり 9】 ゆっくり、小 ちい さな解決 かいけつ が一番 いちばん
【原理 げんり 10】 多様 たよう 性 せい を利用 りよう し、尊 とうと ぶ
【原理 げんり 11】 接点 せってん の活用 かつよう と辺境 へんきょう の価値 かち
【原理 げんり 12】 変化 へんか には創造 そうぞう 的 てき に対応 たいおう して利用 りよう する
日本 にっぽん におけるパーマカルチャー[ 編集 へんしゅう ]
日本 にっぽん におけるパーマカルチャー運動 うんどう の歴史 れきし は、1993年 ねん に農文協 のうぶんきょう からモリソンの『パーマカルチャー』が翻訳 ほんやく 出版 しゅっぱん されたことから始 はじ まる。それ以前 いぜん にも雑誌 ざっし などでパーマカルチャーの概念 がいねん などが紹介 しょうかい されたことはあったが、あまり人 じん の注目 ちゅうもく するところとはならなかった。翌年 よくねん の1994年 ねん にオーストラリアよりパーマカルチャーの教師 きょうし であるリー・ハリソンが日本 にっぽん に招 まね かれ、日本 にっぽん 各地 かくち でワークショップや講演 こうえん を行 おこ ない、翌年 よくねん には日本 にっぽん で初 はじ めてのパーマカルチャーデザインコース(PDC)が開催 かいさい された。1996年 ねん にパーマカルチャー・センタ−・ジャパン[6] が設立 せつりつ され、翌 よく 1997年 ねん には創始 そうし 者 しゃ のビル・モリソンが日本 にっぽん に招 まね かれ、パーマカルチャーセンタージャパンや愛 あい 農学 のうがく 園 えん などで講演 こうえん やワークショップが開催 かいさい された。2001年 ねん にはパーマカルチャーネットワーク九州 きゅうしゅう [7] が設立 せつりつ された。2003年 ねん に初 はじ めての全国 ぜんこく 大会 たいかい が開 ひら かれ、各地 かくち からパーマカルチャー活動 かつどう 家 か が安曇 あずみ 野 の にあるシャロムヒュッテ[8] に集結 しゅうけつ した。2004年 ねん 、パーマカルチャー・センタ−・ジャパンのNPO法人 ほうじん 化 か を記念 きねん し、ホルムグレンを招 まね いた講演 こうえん ツアーが実施 じっし された。2009年 ねん にパーマカルチャー関西 かんさい [9] が、2011年 ねん にはパーマカルチャー中部 ちゅうぶ [10] ができ、2012年 ねん にはホルムグレンの『パーマカルチャー』が邦訳 ほうやく 出版 しゅっぱん された。
ホルムグレンの日本 にっぽん 滞在 たいざい 記 き 『日本 にっぽん におけるパーマカルチャー[11] 』参照 さんしょう 。
出典 しゅってん は列挙 れっきょ するだけでなく、脚注 きゃくちゅう などを用 もち いてどの記述 きじゅつ の情報 じょうほう 源 げん であるかを明記 めいき してください。記事 きじ の信頼 しんらい 性 せい 向上 こうじょう にご協力 きょうりょく をお願 ねが いいたします。(2017年 ねん 5月 がつ )