ヘクサメトロス

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アエネイス冒頭ぼうとうラテン語らてんご(Arma virumque cano)のダクテュロス・ヘクサメトロス(長短ちょうたんたんろくかく英語えいごばん

ヘクサメトロス[1]またはヘクサメトロン[2]英語えいご: Hexameter, ギリシア: ἑξάμετρον)、ろく脚韻きゃくいん[1][2](ろっきゃくいん)、ろくかく[3](ろくぶかく)とは、西洋せいよう詩形しけいの1つで、1ぎょうが6つ(hexa)の韻脚いんきゃくからなるものである。

ホメロスの『イリアス』ならびに『オデュッセイア』がこの詩形しけいかれている。古代こだいギリシアでは叙事詩じょじし標準ひょうじゅんてき韻律いんりつで、ウェルギリウスの『アエネイス』などラテン語らてんご叙事詩じょじしもそれにならった。

叙事詩じょじし以外いがいにも、ホラティウスの『風刺ふうし英語えいごばん』やオウィディウスの『変身へんしん物語ものがたり』などに使つかわれた。ギリシア神話しんわでは、ペーモノエー英語えいごばんがヘクサメトロスを発明はつめいしたとわれている[4]

ギリシアのヘクサメトロス[編集へんしゅう]

厳格げんかくなヘクサメトロスでは、韻脚いんきゃくのおのおのは長短ちょうたんたんかくダクテュロス)でなければならない。しかし古代こだい韻律いんりつはほとんどの場所ばしょで、長短ちょうたんたんかくわりに長長ながながかくスポンデイオス)をもちいることをゆるしていた。具体ぐたいてきには、最初さいしょの4韻脚いんきゃく長短ちょうたんたんかくでも長長ながながかくでもかまわない。ただし5つめの韻脚いんきゃく長短ちょうたんたんかくで(ホメロスの時代じだいにはやく95%がそうだった)、最後さいご韻脚いんきゃくまって長長ながながかくだが、たんでもちょうでもよい、つまりアンケプスでもよい。「-」をちょう、「u」をたん、「U」をながまたはたんたんとすると、つぎのようにあらわされる(「|」は韻脚いんきゃく区切くぎり)。

  • - U | - U | - U | - U | - u u | - -

ホメロスの『イリアス』の冒頭ぼうとう、「μみゅーνにゅーιいおたνにゅー ἄειδε, θεά, Πηληϊάδεω Ἀχιλῆοςうたえ、女神めがみよ、ペレウスのアキレウスのいかりを)」をれいにあげると、

  • μみゅーνにゅーιいおたνにゅー | εいぷしろんιいおたδでるたεいぷしろん, θしーたεいぷしろん | ά, Πぱいηいーた | ληϊά | δでるたεいぷしろんωおめがχかいιいおた | λらむだῆος

であり、 長短ちょうたんたん長短ちょうたんたん長長ながなが長短ちょうたんたん長短ちょうたんたん長長ながなが、になる。なお、ホメロスはヘクサメトロスにうようにかたり方言ほうげんイオニア方言ほうげん)にえていた。のヘクサメトロスによる詩作しさくはホメロスにもとづいている。

ラテン語らてんごのヘクサメトロス[編集へんしゅう]

古代こだいギリシアのヘクサメトロスは叙事詩じょじしを「うたう」という音楽おんがくてき表現ひょうげん自然しぜん結果けっかであったが、ラテン語らてんご(ローマ)のヘクサメトロスはむしろ固有こゆうの「法則ほうそく」としてまなばれた。一般いっぱんラテン語らてんごはギリシアよりなが音節おんせつおおいからである。そのことから、ラテン語らてんごのヘクサメトロスは独特どくとくのものとなった。その初期しょきれいエンニウスの『Annales(年代ねんだい)』で、世代せだいルクレティウス カトゥルスキケロ、さらに世代せだいのウェルギリウス、オウィディウス、マルクス・アンナエウス・ルカヌスユウェナリスらはそれを基準きじゅんとした。

ウェルギリウスの『アエネイス』の最初さいしょくだりラテン語らてんごのヘクサメトロスの代表だいひょうてきれいである。

  • Arma virumque cano, Trojae qui primus ab oris

長短ちょうたんたん長短ちょうたんたん長長ながなが長長ながなが長短ちょうたんたん長長ながなが、となっている。

ホラティウスも『詩論しろん』のなかで、ヘクサメトロスでこんなことをいている(263)。

  • Non quivis videt inmodulata poemata iudex,

適切てきせつカエスーラ中間なかま休止きゅうし句切くぎれ)がけているが、翻訳ほんやくすると「すべての批評ひひょう調子ちょうしのあわないをわかるわけではない」になる。

英語えいごのヘクサメトロス[編集へんしゅう]

英語えいごでは、ぜん時代じだいまでのちょう母音ぼいん現代げんだいまでに重母音じゅうぼいんかまたはたん母音ぼいんへと変化へんかしてえていく過程かていにあり、じゃくきょうかく標準ひょうじゅんてきなので、ヘクサメトロスはあまりポピュラーではなかった。しかし、何人なんにんかの詩人しじんたちがヘクサメトロスのいている。そのなか代表だいひょうてきなものが、マイケル・ドレイトン英語えいごばんの『Poly-Olbion』(1612ねん)である。

  • Nor any other wold like Cotswold ever sped, / So rich and fair a vale in fortuning to wed.

17世紀せいきには、じゃくきょうろくかくまたはアレクサンドルかくヒロイック・カプレット英雄えいゆうたいいん)の代用だいようとして、さらに抒情詩じょじょうしエイブラハム・カウリージョン・ドライデンピンダロスふう頌歌なかで、許容きょようされるくだり代用だいようの1つとして使つかわれた。19世紀せいきにはヘンリー・ワズワース・ロングフェローアーサー・ヒュー・クラフ英語えいごばんたちがダクテュロス・ヘクサメトロスを英語えいご移植いしょくしようとしたが成功せいこうにはいたらなかった。ジェラード・マンリ・ホプキンスじゃくきょうろくかくスプラング・リズムおおいている。20世紀せいきになると、ウィリアム・バトラー・イェイツがおおざっぱにバラッドふうつよいカエスーラをともなろくかく使つかった。じゃくきょうろくかく時折ときおり使つかわれ、音節おんせつ強弱きょうじゃくがあるろくかくラテン語らてんごなどからの翻訳ほんやくもちいられた。

リトアニアのヘクサメトロス[編集へんしゅう]

18世紀せいき後期こうきには、クリスティヨナス・ドネライティスリトアニアにヘクサメトロスを適用てきようした。ドネライティスの『Metai(四季しき)』はリトアニアもっと成功せいこうしたヘクサメトロスとわれている。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ a b ヘクサメトロス』 - コトバンク
  2. ^ a b 2020/11/17 ホメロスの反映はんえいされた時代じだい文化ぶんかについて”. clsoc.jp. 日本にっぽん西洋せいよう古典こてん学会がっかい. 2024ねん3がつ2にち閲覧えつらん
  3. ^ ろくかく』 - コトバンク
  4. ^ パウサニアスギリシアあん内記ないき』10.5.7。ペーモノエーはアポローンむすめデルポイ最初さいしょ託宣たくせん代行だいこう巫女ふじょわれる。

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]