ローザンヌ学派がくは

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ローザンヌ学派がくは(ローザンヌがくは、英語えいご:Lausanne School)は、一般いっぱんてきには、レオン・ワルラスはじまり、ヴィルフレド・パレートクヌート・ヴィクセルグスタフ・カッセルがれ、精緻せいち数学すうがくてき手法しゅほう駆使くしすることを特徴とくちょうとするミクロ経済けいざいがく中核ちゅうかくをなす経済けいざい学者がくしゃ一派いっぱローザンヌ大学だいがく研究けんきゅう拠点きょてんだったことからばれる。なお、パレートは主義しゅぎ主張しゅちょうえた経済けいざい現象げんしょう主観しゅかんてき認識にんしきろんかたむき、ワルラスによって指名しめいされた直接ちょくせつ後継こうけいしゃではあったが、ワルラスの社会しゃかい主義しゅぎてき理念りねんないし思想しそうきらい、両者りょうしゃ関係かんけいかならずしもくなかった。パレートからひろがる系列けいれつとはべつに、ワルラスの社会しゃかい経済けいざい思想しそう配慮はいりょした研究けんきゅうは、ローザンヌ大学だいがくのブスケ、ボソン、ブジノとう研究けんきゅうしゃによってつづけられ、今日きょういたっている。

業績ぎょうせき[編集へんしゅう]

当初とうしょ、ジェボンズ[だれ?]、メンガー[だれ?]ともに、このにんとは独立どくりつして限界げんかい効用こうようから価値かち説明せつめいしようとする限界げんかい革命かくめい当初とうしょ限界げんかい効用こうよう革命かくめいばれたものの、、「効用こうよう」という主観しゅかんてき概念がいねん排除はいじょするかたち分析ぶんせき手段しゅだん強調きょうちょうする、この表記ひょうきがなされるようになった)の出発しゅっぱつてん評価ひょうかされていた。しかし、現在げんざいではウィリアム・ジャッフェの指摘してき以来いらい、その業績ぎょうせき中心ちゅうしん経済けいざいがくへの数学すうがく応用おうようならんで、多数たすうざい需給じゅきゅう同時どうじ均衡きんこう方程式ほうていしきにより解明かいめいしようとする一般いっぱん均衡きんこう理論りろん主眼しゅがんかれて評価ひょうかされている。一般いっぱん均衡きんこうろんがミクロ経済けいざいがく標準ひょうじゅんてき理論りろんとして認知にんちされるにしたがって、拡散かくさんしていき、ケンブリッジ学派がくはやオーストリー学派がくはほど明確めいかく学派がくはとしてのこっているとはがたい。

アルフレッド・マーシャル部分ぶぶん均衡きんこう分析ぶんせきわせてミクロ経済けいざいがく素地そじつくげられた。しかし、部分ぶぶん均衡きんこうろんいちざい市場いちば注目ちゅうもくし、一時いちじ短期たんき長期ちょうきちょう長期ちょうきという時間じかんてき拡大かくだい目指めざしたのにたいして、一般いっぱん均衡きんこうろんは(複数ふくすうざい相互そうご依存いぞんせい注目ちゅうもくしているため)、ざい交換こうかん多数たすうざい交換こうかんのモデルから出発しゅっぱつして生産せいさん理論りろん信用しんよう理論りろんへと拡大かくだいしていく。このてんで、視点してん方法ほうほうおおきくことなる。なお、ワルラス自身じしんは、数学すうがくもちいたみずからのモデルを現実げんじつから抽象ちゅうしょう要素ようそもとにしてさい構成こうせいしたモデルであり、現実げんじつそのものとうより、仮説かせつてき理念りねんモデルであることを、主著しゅちょの『純粋じゅんすい経済けいざいがくようろん』(意味いみするところは『理論りろん経済けいざいがくようろん』)でことわっており、そのままに現実げんじつ適用てきよう出来できるものとはしていない。さらに、みずからのモデルは絶対ぜったいてき自由じゆう競争きょうそう完全かんぜん競争きょうそう)のしたでの、交換こうかんつうじてのかく個人こじん経済けいざいてき厚生こうせいの(前提ぜんていとなる初期しょき条件じょうけんによる相対そうたいてき最大さいだいしめすこと、さらには、自由じゆう競争きょうそう適用てきようされるべき範囲はんいとそうするべきではない「社会しゃかいてき効用こうよう」にかかわる範囲はんいとを画定かくていすることだと、明記めいきしている。

学者がくしゃ[編集へんしゅう]

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]