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乗数じょうすう効果こうか

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

乗数じょうすう効果こうか(じょうすうこうか、えい: Multiplier effect)とは、一定いってい条件下じょうけんかにおいて有効ゆうこう需要じゅよう増加ぞうかさせたときに、増加ぞうかさせたがくよりおおきく国民こくみん所得しょとく拡大かくだいする現象げんしょうである。国民こくみん所得しょとく拡大かくだいがく÷有効ゆうこう需要じゅよう増加ぞうかがく乗数じょうすうという。マクロ経済けいざいがくうえ用語ようごである。リチャード・カーンがもともとは雇用こよう乗数じょうすうとして導入どうにゅうしたが、ジョン・メイナード・ケインズがのちに投資とうし乗数じょうすうとして発展はってんさせた。

概要がいよう

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生産せいさんしゃ企業きぎょう政府せいふ)が投資とうしやす→国民こくみん所得しょとく増加ぞうかする→消費しょうひえる→国民こくみん所得しょとくえる→さらに消費しょうひえる→さらに国民こくみん所得しょとく増加ぞうかする→さらに消費しょうひえる→・・・という経済けいざいじょう効果こうか意味いみする。この増加ぞうかのサイクルは投資とうしびにたいして乗数じょうすうざんてきびとなることから、乗数じょうすう効果こうかばれている。

ケインズ乗数じょうすう理論りろんにおいては、不完全ふかんぜん雇用こよう経済けいざい前提ぜんていとされている。

数式すうしき乗数じょうすう効果こうか

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投資とうし乗数じょうすう

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こんかく家計かけい処分しょぶん所得しょとくが1単位たんい(たとえばいちまんえん増加ぞうかしたとき、平均へいきんしてその割合わりあいβべーた消費しょうひし、1-βべーた貯蓄ちょちくまわすとする。(0≦βべーた≦1)。βべーた、1-βべーたはそれぞれ限界げんかい消費しょうひ性向せいこう限界げんかい貯蓄ちょちく性向せいこうばれる。

さて、企業きぎょう国家こっか投資とうしにより、ぜん家計かけい処分しょぶん所得しょとく合計ごうけいがXえん増加ぞうかしたとすると、家計かけいはそのうちβべーたXえんだけ消費しょうひまわす。このβべーたXえん企業きぎょう収入しゅうにゅうとなり、それは給料きゅうりょうとしてふたたかく家計かけいはいる。すると家計かけいはこのβべーたXえんβべーたわりにあたるβべーた2Xえん消費しょうひまわす。このβべーた2Xえん企業きぎょう経由けいゆふたた家計かけいはいり、家計かけいはそのβべーたわりにあたるβべーた3Xえん消費しょうひまわす。以下いか、これがかえされるので、最終さいしゅうてきそう消費しょうひ

増加ぞうかする。 すなわち、最初さいしょおこなわれた投資とうしXの1/(1-βべーた)ばいぶんだけ消費しょうひ拡大かくだいすることになる。 たとえばβべーた=0.9であれば、1/(1-βべーた)=10ばい消費しょうひ拡大かくだいする。 この1/(1-βべーた)のこと乗数じょうすうといい、1/(1-βべーた)ばい消費しょうひ拡大かくだいする現象げんしょうこと乗数じょうすう効果こうかぶ。

なお最初さいしょ投資とうしされたXえんは、上述じょうじゅつした乗数じょうすう効果こうかのサイクルのどこかの段階だんかい家計かけい貯蓄ちょちくとなり、Xえんすべてが貯蓄ちょちくまわった段階だんかいでサイクルは終了しゅうりょうする。したがって消費しょうひ乗数じょうすうばいされるのにたいし、最終さいしゅうてき家計かけい貯蓄ちょちく投資とうしがくおなじXえんである。

べつ計算けいさん方法ほうほう

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乗数じょうすう効果こうかことなる視点してんからみちびこともできる。

こん外国がいこくとの輸出入ゆしゅつにゅうがないとすれば、いちこく全体ぜんたいそう消費しょうひYは家計かけい支出ししゅつCと政府せいふ支出ししゅつGと企業きぎょう投資とうし支出ししゅつIの総和そうわになる(国内こくないそう生産せいさん):

消費しょうひされた金額きんがくYは利益りえきとして企業きぎょうはいり、そして給料きゅうりょうかたち家計かけいへともどってくる。すなわち、そう消費しょうひYは家計かけい所得しょとく合計ごうけいひとしい。 限界げんかい消費しょうひ性向せいこうβべーた定義ていぎより、家計かけい所得しょとくYうち割合わりあいβべーた支出ししゅつする。すなわち、

以上いじょうしき整理せいりすると、

したがって政府せいふないし企業きぎょう支出ししゅつ増加ぞうかさせることでG+IがXだけ上昇じょうしょうすれば、Yはだけ上昇じょうしょうすることになる。すなわち、最初さいしょおこなわれた投資とうしXの1/(1-βべーた)ばいぶんだけ消費しょうひ拡大かくだいする。

雇用こよう乗数じょうすう

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投資とうし乗数じょうすうのアイデア以前いぜんに、イギリスの経済けいざい学者がくしゃR.F.カーンによって雇用こよう乗数じょうすう(employment multiplier)が発表はっぴょうされており、これが先述せんじゅつのケインズによる投資とうし乗数じょうすう着想ちゃくそうへとつながった。最初さいしょにあるかず雇用こよう増加ぞうかがなされると、最終さいしゅうてきにそのかずなんばいかの雇用こよう増加ぞうかにつながるとカーンはかんがえたが、その倍率ばいりつ雇用こよう乗数じょうすうという[1]

貯蓄ちょちくのパラドックス

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投資とうし乗数じょうすうをあるくにたん年度ねんどにおける国民こくみん経済けいざいフローの簡単かんたんなモデルでかんがえる。

  • 限界げんかい消費しょうひ性向せいこう可処分かしょぶん所得しょとくが1単位たんい増加ぞうかしたとき、消費しょうひ増加ぞうかするりょう)=0.9
  • 限界げんかい貯蓄ちょちく性向せいこう可処分かしょぶん所得しょとくが1単位たんい増加ぞうかしたとき、貯蓄ちょちく増加ぞうかするりょう)=0.1
  • 限界げんかい消費しょうひ性向せいこう+限界げんかい貯蓄ちょちく性向せいこう=1
  • 国民こくみん所得しょとく:Y=C+I
  • そう消費しょうひ:C=0.9Y
  • そう投資とうし:I=10

このしきくと、Y=100となる。(I=0.1Y)

ここで、企業きぎょう先行さきゆきへの期待きたいもとにこのとし投資とうしりょうを2やし、そう投資とうしが12になったとしよう。このはじめの段階だんかいでは国民こくみん所得しょとくどうりょうの2しかえない。

しかし、この2はやがて家計かけい所得しょとくとなり、消費しょうひ所得しょとく関数かんすうであるため、その所得しょとくの90%(C=0.9Y より)の1.8が消費しょうひされる。その消費しょうひ1.8はどうりょう国民こくみん所得しょとく1.8を増加ぞうかさせ、さらにその90%の消費しょうひ1.62を拡大かくだいさせる。

こうして、貯蓄ちょちく消費しょうひへのけが十分じゅうぶんはやいペースで最終さいしゅう段階だんかいまですすむと仮定かていした場合ばあい、このとしにおける消費しょうひりょうは18える(=2×0.9+2×0.9^2+2×0.9^3…)。はじめの投資とうし増加ぞうか2と合算がっさんして所得しょとくそう消費しょうひ)の増加ぞうかぶんは20(⊿Y=X/(1-βべーた)、ここでは=2/(1-0.9))であり、これが追加ついかてき投資とうしたいして最終さいしゅうてきられる所得しょとく増分ぞうぶん(⊿Y=⊿C+G+⊿I)となる。一方いっぽう所得しょとくのうち消費しょうひされなかったぶんである貯蓄ちょちくは2(所得しょとくたいする限界げんかい貯蓄ちょちく性向せいこうは1-βべーたでありそう貯蓄ちょちく増分ぞうぶん⊿S=⊿Y×(1-βべーた)、ここではS=20×(1-0.9)=2))となる。

このことは、当初とうしょ投資とうしによって増加ぞうかした所得しょとくのうち、貯蓄ちょちくされずに消費しょうひされたぶんだけが、それとどうりょうあらたな所得しょとく実現じつげんすることをしめしている。つまり、限界げんかい貯蓄ちょちく性向せいこうたかめればたかめるほど、それだけ乗数じょうすう効果こうかよわまるということになる。たとえば限界げんかい貯蓄ちょちく性向せいこうが1であったとすると増加ぞうかした所得しょとくまった消費しょうひせず、全額ぜんがく貯蓄ちょちくまわすことを意味いみしている。このとき、あらたな所得しょとくはまったくまれないことになる。

この投資とうし乗数じょうすうれいでは、当初とうしょ投資とうし増加ぞうかぶん2は、最終さいしゅうてきしょうじた貯蓄ちょちく2と一致いっちしている。また、かりに限界げんかい貯蓄ちょちく性向せいこうたかめたとしても、それまで以前いぜんよりも乗数じょうすうがって消費しょうひ所得しょとく減少げんしょうするだけであり、最終さいしゅうてき貯蓄ちょちくは2のままで変化へんかすることはない。これは、貯蓄ちょちくがマクロてきには投資とうし一致いっちすることを意味いみしている。すなわちそう投資とうし変化へんかしないかぎり、そう貯蓄ちょちく変化へんかすることはない。日常にちじょうてき感覚かんかく(ミクロ)によれば、投資とうしができる分量ぶんりょう貯蓄ちょちくされた分量ぶんりょう制約せいやくされており、貯蓄ちょちくをすればするほどおおきな投資とうし可能かのうになるようにえるが、マクロ経済けいざいではたん年度ねんど追加ついかてき投資とうしりょうによりそのとし追加ついかてき貯蓄ちょちくりょう決定けっていされており、このことを貯蓄ちょちくのパラドックスという。マクロ経済けいざいたん年度ねんど貯蓄ちょちくりょうやそうと当年度とうねんど投資とうしりょうらしたとしても、当年度とうねんど貯蓄ちょちくりょうることになる(参照さんしょう:合成ごうせい誤謬ごびゅう)。

貯蓄ちょちく投資とうし

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モデルでもあらわされるように、そう貯蓄ちょちく増加ぞうかぶんそう投資とうし増加ぞうかぶん同額どうがくになる。これは、現実げんじつ経済けいざいからすると一見いっけんあやまりであるようにおもわれる。たとえば100えん貯金ちょきんをしたとしてもタンスにしまえば、銀行ぎんこう預金よきんする場合ばあいちがって融資ゆうしもされず、投資とうしかわないはずである。

マクロ経済けいざいがくにおいては、この貯蓄ちょちく投資とうし因果いんが関係かんけいがほぼぎゃくになる。そう投資とうし存在そんざいする場合ばあいは、そう貯蓄ちょちくは0にはならない。かりにあるとしそう貯蓄ちょちくを0にしようとして所得しょとくすべてを消費しょうひするような社会しゃかい(そのとし限界げんかい貯蓄ちょちく性向せいこう=0)をかんがえてみた場合ばあい新規しんき追加ついかてき投資とうしをおこなえば乗数じょうすう過程かていにより無限むげん所得しょとく消費しょうひすことになる。

現実げんじつにはこのような社会しゃかいはありえず、これは前提ぜんていとした条件じょうけん(限界げんかい貯蓄ちょちく性向せいこう=0)になんらかの論証ろんしょうじょう矛盾むじゅんふくまれていることを意味いみしている。また国民こくみん経済けいざいフローしき物価ぶっか(P)を考慮こうりょしたより高度こうど分析ぶんせきによれば、これはそのとし名目めいもくでの国民こくみん所得しょとくだけが無限むげん増大ぞうだいハイパーインフレーション発生はっせいしていることとなる。このようにマクロ経済けいざい場合ばあいはあるとしそう投資とうし存在そんざいが、そのとしそう貯蓄ちょちく発生はっせい理由りゆうとなる。

たとえばアメリカ経済けいざい世界せかい同時どうじきょう以前いぜん)は家計かけいによる消費しょうひ企業きぎょう政府せいふ投資とうし意欲いよく旺盛おうせいである。このようにそう投資とうし見合みあったそう貯蓄ちょちく(=Y-C:所得しょとく-消費しょうひ)が存在そんざいしない場合ばあい経常けいじょう収支しゅうし赤字あかじとなる(貯蓄ちょちく投資とうしバランス参照さんしょう)。ある経済けいざい経常けいじょう収支しゅうし赤字あかじは、黒字くろじである外国がいこく経済けいざいが、その経済けいざいにおいて貯蓄ちょちくをしていると解釈かいしゃくされる。また世界せかい経済けいざい枠組わくぐみにおいては、アメリカ経済けいざいひとつの国民こくみん経済けいざいぎず、世界せかい全体ぜんたいそう投資とうしそう貯蓄ちょちくひとしくなる。

政府せいふ支出ししゅつとの関係かんけい

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  • 政府せいふ支出ししゅつ乗数じょうすう政府せいふ支出ししゅつにおける乗数じょうすう投資とうし乗数じょうすう一致いっち
  • 租税そぜい乗数じょうすう増税ぞうぜいにおける乗数じょうすう政府せいふ支出ししゅつ乗数じょうすう×限界げんかい消費しょうひ性向せいこう×マイナス1
  • 均衡きんこう予算よさん乗数じょうすう政府せいふ支出ししゅつ乗数じょうすう租税そぜい乗数じょうすう

このとき均衡きんこう予算よさん乗数じょうすうはつねに1となる。このことは、たとえば政府せいふ支出ししゅつを1ちょうえんおこない、この1ちょうえん増税ぞうぜいあつめたとき、国民こくみん所得しょとくが1ちょうえんだけ増加ぞうかすることをしめしている。

  • 減税げんぜい乗数じょうすう減税げんぜいにおける乗数じょうすう租税そぜい乗数じょうすう×マイナス1

政府せいふ支出ししゅつわりに減税げんぜい選択せんたくするものとする。このときに必要ひつようとなる減税げんぜいがくは「政府せいふ支出ししゅつがく×(政府せいふ支出ししゅつ乗数じょうすう÷減税げんぜい乗数じょうすう)」と計算けいさんされる。たとえば政府せいふ支出ししゅつ乗数じょうすう10と仮定かていした場合ばあい国民こくみん所得しょとくを100ちょうえんだけ増加ぞうかさせるためには、10ちょうえん政府せいふ支出ししゅつ、もしくはやく11ちょうえん減税げんぜい必要ひつようとなる。ここで減税げんぜいがくのほうがおおきくなるのは、政府せいふ支出ししゅつわりに減税げんぜい選択せんたくした場合ばあいには、その一部いちぶ貯蓄ちょちくまわることによる。

公共こうきょう事業じぎょう減税げんぜい乗数じょうすう

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経済けいざい政策せいさくとして財政ざいせい政策せいさく発動はつどうするさいには、かならずとっていほど、公共こうきょう事業じぎょう増額ぞうがくすべきか減税げんぜいおこなうべきかという議論ぎろんおこなわれてきた。一般いっぱんてきえば、日本にっぽんでは公共こうきょう事業じぎょう増額ぞうがくおこなわれることがおおく、米国べいこくでは減税げんぜいおこなわれることがおおかったといえるであろう。

日本にっぽん財政ざいせいで、公共こうきょう事業じぎょう増額ぞうがく志向しこうされることがおおかったのは、おな金額きんがく事業じぎょうたいして公共こうきょう投資とうしほうがGDP(国内こくないそう生産せいさん)の拡大かくだいあたえる効果こうかおおきいとかんがえられたからである。たとえば1ちょうえん公共こうきょう事業じぎょう追加ついかした場合ばあいと、1ちょうえん所得しょとくぜい減税げんぜいおこなった場合ばあい比較ひかくしてみよう。

公共こうきょう事業じぎょう

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公共こうきょう事業じぎょうのうちで名目めいもくGDPの増加ぞうかとなるのは、用地ようちのぞいた公的こうてき固定こてい資本しほん形成けいせい部分ぶぶんである。用地ようち平均へいきんすると15~20%程度ていどであり、用地ようち比率ひりつたかめに見積みつもって20%としても8000おくえん公的こうてき固定こてい資本しほん形成けいせい増加ぞうかとなる。内閣ないかく経済けいざい社会しゃかい総合そうごう研究所けんきゅうじょ短期たんき日本にっぽん経済けいざいマクロ計量けいりょうモデルなどの代表だいひょうてきなマクロ計量けいりょう経済けいざいモデルでは、公的こうてき固定こてい資本しほん形成けいせい乗数じょうすうでは、1ねん1.19、2ねん1.69、3ねん2.05(名目めいもくベース)[2]かり乗数じょうすうを1.2とすれば名目めいもくGDPは9600おくえん増加ぞうかすることになる。

減税げんぜい

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一方いっぽう所得しょとくぜい減税げんぜいした場合ばあいには、おおくの計量けいりょうモデルに採用さいようされている消費しょうひ関数かんすうでは短期たんきてき限界げんかい消費しょうひ性向せいこうは0.6~0.7程度ていどであるため、消費しょうひ性向せいこうたかめに見積みつもって0.7としても1ちょうえん減税げんぜいのうちで実際じっさい消費しょうひ支出ししゅつまわ金額きんがくは7000おくえん程度ていどぎない。かり消費しょうひ乗数じょうすう公共こうきょう投資とうしなみの1.2だとしても、名目めいもくGDPの拡大かくだいはばは8400おくえんとなって、公共こうきょう事業じぎょう増加ぞうかの9600おくえん下回したまわることになる。また実際じっさい推計すいけいでは1ねん0.29、2ねん0.76、3ねん1.02(名目めいもくベース)とよりちいさい。

公共こうきょう事業じぎょう問題もんだいてん

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こうした比較ひかく評価ひょうかにはいくつかの注意ちゅうい必要ひつようである。まず、公的こうてき固定こてい資本しほん形成けいせい増加ぞうかしても民間みんかん消費しょうひ増加ぞうかしてもおなじように名目めいもくGDPは増加ぞうかする。民間みんかん消費しょうひ支出ししゅつ増加ぞうか家計かけい自主じしゅてき選択せんたくによってこるものであるから、かなら家計かけい効用こうようたかめるという意味いみ無駄むだということはない。公的こうてき固定こてい資本しほん形成けいせいすべ名目めいもくGDPにふくめていることは、景気けいき対策たいさくなどでおこなわれる公共こうきょう投資とうしすべ意味いみのあるもので、無駄むだ支出ししゅつはないとかんがえていることになる。しかし現実げんじつには無駄むだだと指摘してきされる公共こうきょう事業じぎょうすくなくない。このため公的こうてき固定こてい資本しほん形成けいせい増加ぞうかぶん消費しょうひ増加ぞうかぶん同等どうとうあつかってよいかどうかは、議論ぎろんのあるところである。

だいてんは、公共こうきょう事業じぎょう増加ぞうかのために建設けんせつ国債こくさい発行はっこうしても、所得しょとくぜい減税げんぜいのために赤字あかじ国債こくさい発行はっこうしても、いずれにせよ将来しょうらい増税ぞうぜいによって国債こくさい償還しょうかんする必要ひつようせい発生はっせいすることになる可能かのうせいたかい。景気けいき対策たいさくによって恩恵おんけいける対象たいしょうと、増税ぞうぜい負担ふたんをする対象たいしょうとは一般いっぱんには一致いっちしないという意味いみで、受益じゅえき負担ふたん不公平ふこうへいかなら発生はっせいするが、公共こうきょう事業じぎょうほう受益じゅえきしゃ限定げんていされているだけこうした不公平ふこうへいおおきくなるおそれがおおきいというてんである。

効果こうか相殺そうさいする要因よういん

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財政ざいせい政策せいさくによる乗数じょうすう効果こうかは、様々さまざま要因よういんによって相殺そうさいされる。

  • 国際こくさいてき取引とりひきかんがえない閉鎖へいさ経済けいざいでは需要じゅよう拡大かくだいはそのまま国内こくない生産せいさん増加ぞうかつながるが、国際こくさい貿易ぼうえき考慮こうりょすると国内こくない需要じゅよう増加ぞうかぶん一部いちぶ輸入ゆにゅう増加ぞうかとなって海外かいがい流出りゅうしゅつしてしまう。
  • 金融きんゆう政策せいさくともなわない財政ざいせい政策せいさく発動はつどうにより、金利きんり上昇じょうしょうをまねくことがある(クラウディングアウト)。金利きんり上昇じょうしょう設備せつび投資とうし抑制よくせい要因よういんとなるほか、金利きんり上昇じょうしょう自国じこく為替かわせレートの上昇じょうしょう日本にっぽんえばえんだか)をまねき、輸入ゆにゅう増加ぞうかによる国内こくない需要じゅよう流出りゅうしゅつ輸出ゆしゅつ減少げんしょうによる外国がいこく需要じゅよう低下ていかから乗数じょうすう効果こうかはたらきをする。
  • 減税げんぜい公共こうきょう事業じぎょうのために財政ざいせい赤字あかじ拡大かくだいすると、将来しょうらい増税ぞうぜい予想よそうして家計かけい消費しょうひ抑制よくせいする可能かのうせいがある(合理ごうりてき期待きたい形成けいせい学派がくは)。
  • 公共こうきょう投資とうし財源ざいげん追加ついかてき国債こくさい発行はっこうぜい増税ぞうぜい)によってまかなった場合ばあい効果こうか大幅おおはば相殺そうさいされる可能かのうせいがある(クラウディングアウト)。ただし、国債こくさい発行はっこう増税ぞうぜいにより将来しょうらいにわたる想定そうてい処分しょぶん所得しょとく割合わりあい低下ていかし、処分しょぶん所得しょとく比例ひれいする想定そうてい貯蓄ちょちくがく減少げんしょうし、国民こくみん所得しょとく全体ぜんたい貯蓄ちょちくりつ限界げんかい貯蓄ちょちく性向せいこう)が低下ていかすれば、乗数じょうすう効果こうかたかまり、一方いっぽう国債こくさい発行はっこう増税ぞうぜいにより徴収ちょうしゅうされた国庫こっこきん所得しょとくさい分配ぶんぱい社会しゃかい保障ほしょう公共こうきょう事業じぎょうなどに支出ししゅつすることで、家計かけい企業きぎょう政府せいふトータルでの支出ししゅつたかまれば経済けいざい規模きぼ拡大かくだいする可能かのうせいがある。

波及はきゅう効果こうかとの区別くべつ

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乗数じょうすう効果こうかあつか場合ばあいに、まれに波及はきゅう効果こうか混同こんどうされている場合ばあいがある。経済けいざいにおいて、波及はきゅう効果こうかとは、「ふうけばおけもうかる」に代表だいひょうされるように、製品せいひん技術ぎじゅつてき慣行かんこうてき嗜好しこうてきにつながりのある産業さんぎょうがそれぞれ影響えいきょうおよぼしあう状態じょうたいす。乗数じょうすう効果こうかは、あえてえばその一種いっしゅである。

たとえば、自動車じどうしゃ生産せいさん増加ぞうかすると、それを鉄鋼てっこうぎょう製鉄せいてつしょ新設しんせつめたとする。これは波及はきゅう効果こうかであるが、この段階だんかいでは乗数じょうすう効果こうか発生はっせいさせているかどうかはからない。たとえば、製鉄せいてつしょ新設しんせつ建設けんせつ会社かいしゃ社員しゃいん給料きゅうりょうがる→社員しゃいん自動車じどうしゃ購入こうにゅうやす→自動車じどうしゃ会社かいしゃ社員しゃいん給料きゅうりょうがる→社員しゃいん住宅じゅうたくてる→建設けんせつ会社かいしゃ社員しゃいん給料きゅうりょうがる、となれば、これは波及はきゅう効果こうかのなかで乗数じょうすう効果こうかしょうじている。土木どぼくかかわる財政ざいせい支出ししゅつえることが、けん購入こうにゅう投資とうしにつながっても、この局面きょくめんって乗数じょうすう効果こうかとはばない(波及はきゅう効果こうかぶ)。

前者ぜんしゃ後者こうしゃちがいは、前者ぜんしゃ投資とうし投資とうし誘発ゆうはつする現象げんしょうであるのにたいして、後者こうしゃは、投資とうし現実げんじつ所得しょとくになり、所得しょとく消費しょうひつうじてさらに所得しょとくになるというプロセスである。後者こうしゃはマクロてき測定そくてい推計すいけい)が可能かのうだが、前者ぜんしゃは「なになに波及はきゅう効果こうかおよぼしているか」という因果いんが関係かんけい特定とくていもとめる要素ようそがあり推計すいけいむずかしい。「プロ野球やきゅうチーム優勝ゆうしょう経済けいざい効果こうか」や「オリンピック開催かいさい経済けいざい効果こうか」「しん空港くうこう開設かいせつによる経済けいざい効果こうか」などは波及はきゅう効果こうか推計すいけいである。

歴史れきし

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乗数じょうすう効果こうか根拠こんきょとして、企業きぎょうによる投資とうしとく設備せつび投資とうし)は好景気こうけいき喚起かんきするとかんがえられている。政府せいふによる投資とうし公共こうきょう事業じぎょう)が景気けいき対策たいさくとなるとかんがえられているのも乗数じょうすう効果こうか根拠こんきょとしている。

19世紀せいきのイギリスでは、戦争せんそう勃発ぼっぱつ軍艦ぐんかんなどの建造けんぞうさかんになると、直接ちょくせつ造船ぞうせんぎょうかかわっていない産業さんぎょう労働ろうどうしゃもそれとなく景気けいきがよくなるという事例じれい記録きろくのこっており、乗数じょうすう効果こうか理論りろん以前いぜんにも、人々ひとびとがその効果こうか実感じっかんとしてかんじていたことがかる。現代げんだいでも、実際じっさい経済けいざいてみると、たしかにこの乗数じょうすう効果こうか観察かんさつすることができる。

1990年代ねんだい日本にっぽんでは、公共こうきょう事業じぎょう乗数じょうすう効果こうか低下ていかしていたとわれる。公共こうきょう事業じぎょうおおくが土地とち収用しゅうよう既存きそん資産しさん取得しゅとく)にもちいられたために純粋じゅんすい投資とうし割合わりあいひくかったこと、企業きぎょうじゅん投資とうし縮小しゅくしょうしたことが理由りゆうとしてかんがえられる。後者こうしゃについては以下いかのように説明せつめいされる。そう投資とうし企業きぎょうのあげる利益りえき投資とうしがくによってまるが、1990年代ねんだい日本にっぽん企業きぎょう投資とうしおおきくひかえたため、民間みんかん部門ぶもんでのマイナスの乗数じょうすう効果こうかはたらいていた。政府せいふのプラスの効果こうか確実かくじつ存在そんざいしたが、民間みんかん部門ぶもんによって相当そうとう部分ぶぶん相殺そうさいされた。とくに、1990年代ねんだい末期まっき企業きぎょう財務ざいむ改善かいぜんから有利子ゆうりし負債ふさい圧縮あっしゅく重視じゅうしされ、小渕おぶち恵三けいぞう首相しゅしょうによるだい規模きぼ財政ざいせい出動しゅつどうはほぼそのまま企業きぎょう債務さいむ返済へんさいによって吸収きゅうしゅうされ、家計かけいまわらなかったため乗数じょうすう効果こうか発生はっせいいたらなかった。

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ 雇用こよう乗数じょうすう」ブリタニカ国際こくさいだい百科ひゃっか事典じてん しょう項目こうもく事典じてん、コトバンクより。2015ねん3がつ14にち閲覧えつらん
  2. ^ 増淵ますぶち勝彦かつひこ飯島いいじま亜希あき梅井うめい寿ことぶき岩本いわもと光一郎こういちろう短期たんき日本にっぽん経済けいざいマクロ計量けいりょうモデル(2006年版ねんばん)の構造こうぞう乗数じょうすう分析ぶんせき内閣ないかく経済けいざい社会しゃかい総合そうごう研究所けんきゅうじょ〈ESRI discussion paper series no.173〉、2007ねん1がつhttp://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis180/e_dis173.html 

関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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  • 乗数じょうすう効果こうかとはなにか> - 小野おの善康よしやす論文ろんぶん乗数じょうすう効果こうか誤謬ごびゅう』によれば、乗数じょうすう効果こうかい。
  • 経済けいざい学者がくしゃは、財政ざいせい政策せいさくを、どうかんがえるか> - 乗数じょうすう効果こうか需要じゅよう不足ふそく別物べつものであり、ケインズの乗数じょうすう理論りろんも、構造こうぞう改革かいかく財政ざいせい支出ししゅつ批判ひはんも、いずれもただしくない。「乗数じょうすう効果こうかい」≠「財政ざいせい効果こうか無意味むいみである」(財政ざいせい政策せいさく役割やくわり=「あまった労働ろうどう資源しげん活用かつようして、経済けいざい全体ぜんたい効率こうりつ改善かいぜん目指めざす」)