人倫じんりん形而上学けいじじょうがく

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人倫じんりん形而上学けいじじょうがく(じんりんのけいじじょうがく、 Die Metaphysik der Sitten )とは、ドイツ哲学てつがくしゃイマヌエル・カント哲学てつがく体系たいけいのうちに構想こうそうされた、「自然しぜん形而上学けいじじょうがく」に対比たいひされる形而上学けいじじょうがくいち部門ぶもんのことである。

人倫じんりん形而上学けいじじょうがく」の構想こうそうは1760年代ねんだいにはすであらわれており、『純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん』のなかでもれられ、『人倫じんりん形而上学けいじじょうがく基礎きそづけ』や『実践じっせん理性りせい批判ひはん』などの実践じっせん哲学てつがくかんするしょ著作ちょさくて、晩年ばんねんになって1797ねん公刊こうかんされた『人倫じんりん形而上学けいじじょうがく』に結実けつじつした。『人倫じんりん形而上学けいじじょうがく』は『法論ほうろん』と『とくろん』とからなる著作ちょさくである。

人倫じんりん形而上学けいじじょうがく』 (Die Metaphysik der Sitten) の概説がいせつ[編集へんしゅう]

人倫じんりん形而上学けいじじょうがくは、ほう権利けんりあつかった法論ほうろん道徳どうとく義務ぎむあつかとくろんとのふたつの部門ぶもんけられる。著作ちょさくとしては、まず『法論ほうろん形而上学けいじじょうがくてき基礎きそ』(『法論ほうろん』とよくりゃくされる)がさき単独たんどく出版しゅっぱんされ、つづいて『とくろん形而上学けいじじょうがくてき基礎きそ』(おなじく『とくろん』とりゃくされる)が出版しゅっぱんされた。

カントの道徳どうとく理論りろんにおける『実践じっせん理性りせい批判ひはん』の倫理りんり、とりわけ自由じゆう意志いしからみちびかれるていげんいのちほうからすすめて、カントはとく義務ぎむほう法則ほうそくいのちほう対置たいちさせた。かれ行為こうい規定きていさいして意志いし純粋じゅんすいさを道徳どうとくせい (Moralität) としてもとめるとく義務ぎむを、あくまでも外面がいめんてき行為こういただしさだけがもとめられる適法てきほうせい (Legalität) としてのほう義務ぎむから区別くべつした。その区別くべつさいして、とく義務ぎむにおいては自分じぶん行為こうい動機どうきたいする内面ないめんてき強制きょうせいが、ほう義務ぎむにおいては行為こういりっするための外部がいぶ強制きょうせいが、ひとをその行為こういへとうなが行為こうい拘束こうそくせい基礎きそになっている。

法論ほうろん』 (Rechtslehre)[編集へんしゅう]

法論ほうろん』においては、個人こじん自由じゆう実践じっせんてき使用しよう普遍ふへんてき法則ほうそくもとづいて可能かのうにするほう普遍ふへんてき原理げんり展開てんかいされる。

法論ほうろん』はおおきく私法しほう公法こうほうとに区分くぶんされ、私法しほうにおいては自然しぜん状態じょうたいにおける人間にんげん自然人しぜんじん)の生得しょうとくてき権利けんりほう自然しぜんけん自然しぜんほう、いずれも Naturrecht )が、公法こうほうにおいては国家こっか状態じょうたいにおけるほう国家こっかほう国際こくさいほう世界せかい市民しみんほう)があつかわれている。

カントは、すべての人間にんげん自由じゆうたいする生得しょうとくてき権利けんり要請ようせいする。かれ見解けんかいによれば、個人こじん個人こじんてき自由じゆう使用しようを「普遍ふへんてき法則ほうそくしたがったすべてのひと自由じゆう」との調和ちょうわのうちにもたらすことは権利けんり問題もんだいである。

国家こっかほう国家こっかてき秩序ちつじょ設立せつりつ役立やくだつが、そこにおいて主権しゅけんしゃ―それは人民じんみんであるが―はすべての国家こっか公民こうみん自由じゆう平等びょうどう保障ほしょうする。自由じゆう法則ほうそくしたがって国家こっか機能きのうするために不可欠ふかけつ前提ぜんていは、権力けんりょく分立ぶんりつである。

世界せかい市民しみんほう人民じんみん共同きょうどうてき共生きょうせい戦争せんそう防止ぼうしのために規制きせいする。カントは「あらゆる民族みんぞく交流こうりゅうできるあるしゅ普遍ふへんてき法則ほうそくかんしてあらゆる民族みんぞく統合とうごう可能かのう場合ばあい、この権利けんり世界せかい市民しみんけん(ius cosmopoliticum)とぶ」と定義ていぎし、「たとえまで友好ゆうこうてきではないにせよ、効力こうりょくをもった相互そうごてき関係かんけいにありうる地上ちじょうすべての民族みんぞく例外れいがいなく妥当だとうしうる平和へいわてき共同きょうどうたい理性りせいてき理念りねん世界せかい市民しみんほう博愛はくあいてきではなく法的ほうてき原理げんりである。」と主張しゅちょうした。この理論りろんは「永遠えいえん平和へいわのために」にがれ、国際こくさい連合れんごう憲章けんしょう世界せかい人権じんけん宣言せんげんはこの「法論ほうろん」とつぎの「とくろん」の影響えいきょうけている。

とくろん』 (Tugendlehre)[編集へんしゅう]

とくろん』はおおきく原理げんりろん方法ほうほうろんからなり、さらに原理げんりろんは「自分じぶん自身じしんたいする義務ぎむ」にかんする部分ぶぶんと「他者たしゃたいする義務ぎむ」にかんする部分ぶぶんとにけられている。さらに、原理げんりろんでは義務ぎむ説明せつめいのあとに実際じっさい行為こういにおいてどのようにその義務ぎむ適用てきようされるのかをけつうたぐろんはさまれている。

カントは、人間にんげん尊厳そんげん承認しょうにんとしての同胞どうほうへの尊敬そんけい人間にんげんたいするとく義務ぎむのなかにかぞえいれる。その義務ぎむは、人間にんげんけっして「たん手段しゅだんとして」だけでなく、つねに同時どうじに「目的もくてき」それ自体じたいとしてもあつかえ、と命令めいれいする。この人間にんげん尊厳そんげん概念がいねんドイツ連邦れんぽう共和きょうわこく憲法けんぽうだい1じょう世界せかい人権じんけん宣言せんげんだい23じょうだい3こうにも存在そんざいする。

自分じぶん自身じしんたいするとく義務ぎむは、理念りねんしたがってかつ道徳どうとくてき目的もくてきとして、自分じぶん自身じしん人格じんかくせい完成かんせい役立やくだつ。それにもかかわらず、この義務ぎむは、はしてき人倫じんりんてき目的もくてきである。そうした完成かんせい状態じょうたいへの移行いこうは、自己じこ認識にんしきよわさのためにまった完全かんぜんには実現じつげんされない。

引用いんよう[編集へんしゅう]

「その行為こうい行為こうい格率かくりつかんして、各人かくじん選択せんたく意志いし自由じゆうがどのひと自由じゆうとも普遍ふへんてき法則ほうそくしたがって両立りょうりつしうるようなどの行為こういも『ただしい』(recht)」(『法論ほうろん』§C)

日本語にほんごやく[編集へんしゅう]

熊野くまのじゅんわけだい一部いちぶ 法論ほうろん形而上学けいじじょうがくてき原理げんり」、宮村みやむらゆうかいやくだい とくろん形而上学けいじじょうがくてき原理げんり

脚注きゃくちゅう出典しゅってん[編集へんしゅう]

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • Kant, Werke in 6 Banden, Bd. 4, Schriften zur Ethik u. Religionsphilosophie, Darmstadt, 1956 (ISBN 3-534-13918-6)
  • Ottfried Hoffe (Hrsg.), Klassiker Auslegen, Bd. 19: Immanuel Kant, "Metaphysische Anfangsgrunde der Rechtslehre", Berlin, Akademie Verlag 1999

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]