天台てんだい南山なんざん無動寺むどうじ建立こんりゅう和尚おしょう伝でん

天台てんだい南山なんざん無動寺むどうじ建立こんりゅう和尚おしょう伝でん（てんだいなんざんむどうじこんりゅうおしょうでん）は、平安へいあん時代じだい前期ぜんきの天台宗てんだいしゅうの僧そう相応そうおうの伝記でんき。通称つうしょう『相応そうおう和尚おしょう伝でん』。書名しょめいは相応そうおうが比叡山ひえいざんに無動寺むどうじを創建そうけんしたことによる。著者ちょしゃ不ふ詳しょう。成立せいりつ年代ねんだいは延喜えんぎ18年ねん(918年ねん)から延長えんちょう元年がんねん（923年ねん）までの間あいだと推定すいていされている。

概説がいせつ

本書ほんしょは相応そうおうの伝記でんき史料しりょうのなかで最もっとも詳細しょうさいであるうえ、相応そうおうの没後ぼつご間あいだもない時期じきに成立せいりつしたとみられることから、相応そうおうの伝記でんきの根本こんぽん史料しりょうとされている。ただし、そのまま史実しじつとすることのできない霊験れいけん譚たん、怪異かいい譚たんに満みちており、どの程度ていど事実じじつを反映はんえいしているのか判断はんだんし難がたい面めんもある。なお、本書ほんしょが載のせる霊験れいけん譚たんのうち、染殿そめどの皇后こうごう（藤原ふじわら明子あきこ）に憑ひょういた天狗てんぐ（真済しんぜいの後生ごしょうとされる）を調伏ちょうぶくする話はなしが最もっとも有名ゆうめいで、他たの相応そうおう伝でんだけでなく、『古事ふるごと談だん』や『宝物ほうもつ集しゅう』といった説話せつわ集しゅうにも採用さいようされ広ひろく流布るふしている。

成立せいりつ

正確せいかくな成立せいりつ年ねんは不明ふめいだが、記述きじゅつ内容ないようによってある程度ていどまで推定すいていできる。本書ほんしょは延喜えんぎ3年ねん（903年ねん）の保明ほうみょう親王しんのう誕生たんじょうについて「これ則そくち儲もうかの君きみ宮みやなり」としているが、保明ほうみょう親王しんのうは延喜えんぎ4年ねんに2歳さいで「儲もうかの君きみ」＝皇太子こうたいしとなったものの、延長えんちょう元年がんねん（923年ねん）3月がつ21日にちに薧去している。また、保明ほうみょう親王しんのうの母はは藤原ふじわら穏子を「五条ごじょう女御にょうご」と呼よんでいるが、穏子は延長えんちょう元年がんねん（923年ねん）4月がつ26日にちに中宮なかみやとなっている。したがって、相応そうおうが没ぼっした延喜えんぎ18年ねん（918年ねん）以後いご、延長えんちょう元年がんねんまでの間あいだに書かかれたと推定すいていされるのである。 ただし、そのころ成立せいりつしたのが現在げんざい伝つたわる形かたちのものとは限かぎらない。没後ぼつご間あいだもない時期じきに書かかれたにしては、あまりに多おおくの霊験れいけん譚たん、怪異かいい譚たんが載のっており、後世こうせいに増補ぞうほされて現在げんざいの形かたちとなった可能かのう性せいも十分じゅうぶん考かんがえられる。 また、長久ながひさ年間ねんかん（1040年ねん-1044年ねん）に成立せいりつした『大だい日本国にっぽんこく法華ほっけ験けん記き』巻まき上じょうの五ごは「相応そうおう和尚おしょうは、その伝つてを見みず。ただし故老ころう一いち両りょうの伝言でんごんを聞きけり」として、本書ほんしょとはかなり異ことなる内容ないようの伝記でんきを載のせている。このため『法華ほっけ験けん記き』著者ちょしゃが本書ほんしょの存在そんざいを知しらなかったか、あるいは本書ほんしょが長久ちょうきゅう年間ねんかんにはまだ成立せいりつしていなかったかのいずれかだとされている。

ほかの相応そうおう伝でんとの関係かんけい

• 『大だい日本国にっぽんこく法華ほっけ験けん記き』巻まき上じょうの五ご

　「相応そうおう和尚おしょうは、その伝つてを見みず。ただし故老ころう一いち両りょうの伝言でんごんを聞きけり」としており、本書ほんしょとは別べつ系統けいとう。メインとなる説話せつわは、本書ほんしょの延喜えんぎ15年ねんの項こうにある、不動明王ふどうみょうおうに祈いのって都と率りつ天てんに昇のぼる話はなしと大筋おおすじで一致いっちするが、相応そうおうを専もっぱら葛川くずがわで不動ふどう法ほうを行ぎょうじてきた修験しゅげん者しゃで、老後ろうごに臨のぞんではじめて法華経ほけきょう読誦とくしょうといった天台宗てんだいしゅうの修行しゅぎょうをするようになったとしている点てんが異ことなる。また、円仁えんにんの入室にゅうしつの弟子でしとしている点てんも、本書ほんしょが鎮操の弟子でしとするのと異ことなる。

• 『扶桑ふそう略記りゃっき』巻まき二に十じゅう四よん

　「相応そうおう和尚おしょう伝でんに云うんはく」として、本書ほんしょのうち相応そうおう入滅にゅうめつ前後ぜんこうの部分ぶぶんを載のせる。

• 『拾遺しゅうい往生おうじょう伝でん』巻まき下かの一いち

　本書ほんしょの主要しゅよう事項じこうをぬき出だしたもの。掲載けいさい事項じこうに関かんしては本書ほんしょとほぼ同文どうぶんだが、略述りゃくじゅつした部分ぶぶんもある。

• 『元げん亨とおる釈しゃく書しょ』巻まき十じゅう

　本書ほんしょの主要しゅよう事項じこうをぬき出だして略述りゃくじゅつしたもの。掲載けいさい事項じこうは『拾遺しゅうい往生おうじょう伝でん』とほぼ共通きょうつう。

出版しゅっぱん物ぶつ

• 『群ぐん書しょ類従るいじゅう』第だい5輯（続つづけ群ぐん書しょ類従るいじゅう完成かんせい会かい、1961年ねん）

参考さんこう文献ぶんけん

• 『群ぐん書しょ解題かいだい』巻まき4上じょう（続つづけ群ぐん書しょ類従るいじゅう完成かんせい会かい、1961年ねん）
• 日本にっぽん思想しそう大系たいけい7『往生おうじょう伝でん　法華ほっけ験けん記き』文献ぶんけん解題かいだい（岩波書店いわなみしょてん、1974年ねん）