真済しんぜい

真済しんぜい（しんぜい、延のべ暦れき19年ねん（800年ねん） - 貞さだ観かん2年ねん2月がつ25日にち（860年ねん3月25日にち））は、平安へいあん時代じだい前期ぜんきの真言宗しんごんしゅうの僧そう。父ちちは巡察じゅんさつ弾正だんじょう紀きの御園みその。 空海くうかいの十じゅう大だい弟子でしの一人ひとりで、真言宗しんごんしゅうで初はじめて僧官そうかん最高さいこう位いの僧正そうじょうに任にんぜられた。詩文しぶんにも優すぐれ、空海くうかいの詩文しぶんを集あつめた『性せい霊れい集しゅう』を編集へんしゅうしている。また、長ながく神護かんご寺てらに住じゅうし、その発展はってんに尽力じんりょくした。高雄たかお僧正そうじょう・紀きの僧正そうじょう・柿本かきもと僧正そうじょうとも称しょうされる。

生涯しょうがい

• 幼少ようしょう時じは学問がくもん・文筆ぶんぴつの道みちに励はげむ。紀きの氏し一門いちもんは奈良なら時代じだいの紀きの清人きよひと、平安へいあん時代じだい前期ぜんきの紀きの長谷ながたに雄つよしなど著名ちょめいな学者がくしゃ、文人ぶんじんを輩出はいしゅつしている。
• 弘ひろし仁ひとし5年ねん（814年ねん）、15歳さいのとき出家しゅっけして空海くうかいの弟子でしとなる。
• 天てん長ちょう元年がんねん（824年ねん）、25歳さいのとき両部りょうぶ大法たいほうを受うけ伝法でんぼう阿闍梨あじゃりとなる。空海くうかいに才能さいのうを見込みこまれての、異例いれいの若わかさでの受法、灌頂であり、当時とうじの人々ひとびとを驚おどろかせたといわれる。
• 天てん長ちょう元年がんねん～承うけたまわ和わ2年ねん（835年ねん）、高雄たかお山寺やまでら（神護かんご寺てら）に篭こもり12ヶ年かねん修行しゅぎょうする。ただし、通説つうせつでは承うけたまわ和わ3年ねんからとされている。
• 天てん長ちょう3年ねん（826年ねん）11月から翌年よくねん5月がつまでと天てん長ちょう7年ねん（830年ねん）11月～9年ねん（832年ねん）3月がつ、一説いっせつに空海くうかいから種々しゅじゅの密教みっきょうの奥義おうぎを伝授でんじゅされる。それを真済しんぜい自みずから記録きろくしたものが『高雄たかお口訣くけつ』だといわれる。
• 天てん長ちょう9年ねん11月、一説いっせつにこのとき空海くうかいから高雄山たかおやまを託たくされる。
• 承うけたまわ和わ2年ねんころ、嵯峨天皇さがてんのう（上皇じょうこう）が12年ねん篭山こもりやまの苦行くぎょうを評価ひょうかして内うち供奉ぐぶ十じゅう禅師ぜんじに抜擢ばってきする。ただし、通説つうせつでは承うけたまわ和わ7年ねん。
• 承うけたまわ和わ2年ねんころまでに『性せい霊れい集しゅう』を編纂へんさんする。序文じょぶんによれば、自みずからが空海くうかいに侍じして書かき取とるなどして集あつめた詩文しぶんに、空海くうかいが在ざい唐とう中ちゅうにやりとりしたものを加くわえ、取捨選択しゅしゃせんたくして10巻かんにまとめた。
• 承うけたまわ和わ3年ねん（836年ねん）、入唐にっとう請益僧そうとして遣唐使けんとうし船せんに乗のり唐とうを目指めざす。同門どうもんで留学りゅうがく僧そうの真しん然しかも同船どうせん。ところが、嵐あらしで船ふねが難破なんぱし、筏いかだに移うつり23日間にちかん漂流ひょうりゅう。30余人よにんの同乗どうじょう者しゃはみな餓死がしして、真済しんぜいと真しん然しかだけが奇跡きせき的てきに生いき残のこり、南海なんかいの島しま（具体ぐたい的てきな場所ばしょは不明ふめい）民みんに救助きゅうじょされた。帰朝きちょう後ごは神護かんご寺てらの経営けいえいに尽力じんりょく。このころ多宝塔たほうとう建立こんりゅう、五大ごだい虚空蔵菩薩こくうぞうぼさつ像ぞう造立ぞうりゅうを仁明天皇にんみょうてんのうに表ひょう請しょうし認みとめられる。
• 承うけたまわ和わ4年ねん（837年ねん）7月がつ、嵯峨さが上皇じょうこうの皇子おうじ、源みなもと鎮が出家しゅっけして神護かんご寺てらに入はいり真済しんぜいの弟子でしとなる（一説いっせつに白雲しらくも禅師ぜんじと号ごうす）。
• 承うけたまわ和わ7年ねん（840年ねん）12月、実じつ恵めぐみに代かわり神護かんご寺てら別当べっとうに任にんぜられる。
• 承うけたまわ和わ10年ねん（843年ねん）11月、権けん律師りっしに任にんぜられる。また、東寺とうじ二に長者ちょうじゃとなる（二に長者ちょうじゃの初はじめ）。
• 承うけたまわ和わ14年ねん（847年ねん）4月がつ、律師りっしに任にんぜられる。11月、実じつ恵めぐみの後のちを継つぎ東寺とうじ一いち長者ちょうじゃとなる。
• 仁じん寿ことぶき元年がんねん（851年ねん）7月がつ、少しょう僧都そうずに任にんぜられる。文徳ふみのり天皇てんのうの厚あつい信任しんにんを受うけ急速きゅうそくに昇進しょうしん。
• 仁じん寿ことぶき3年ねん（853年ねん）4月がつ、真言宗しんごんしゅう年とし分ぶん度ど者しゃを新あらたに3人にん加くわえ6人にんとすることを認みとめられる。増加ぞうか分ぶん3人にんは神護かんご寺てらで得度とくど。
• 仁じん寿ことぶき3年ねん10月がつ、権けん大だい僧都そうずに任にんぜられる。
• 斉ひとし衡3年ねん（856年ねん）10月がつ、僧正そうじょうに任にんぜられるも、師し空海くうかいに僧正そうじょう位いを譲ゆずることを上表じょうひょうして辞退じたい。以後いご、三さん度どにわたり任命にんめいと辞退じたいを繰くり返かえす。
• 天てん安やす元年がんねん（857年ねん）10月がつ、文徳ふみのり天皇てんのう、真済しんぜいの師しを思おもう心しんに感激かんげきし、空海くうかいに大僧正だいそうじょう位いを追贈ついぞうし、真済しんぜいを僧正そうじょうとする。
• 天てん安やす2年ねん（858年ねん）8月がつ23日にち、文徳ふみのり天皇てんのうが突然とつぜん病やまいに倒たおれる。真済しんぜいの看病かんびょうも空むなしく、27日にち、32歳さいで崩御ほうぎょ。天皇てんのうの急死きゅうしで世論せろんの激はげしい批判ひはんを浴あび隠居いんきょする。
• 貞さだ観かん2年ねん（860年ねん）2月がつ25日にち、没ぼつ。享年きょうねん61。

弟子でし

元もと慶けい2年ねん（878年ねん）11月11日にちの真ま雅みやび言上ごんじょう状じょうによれば、真済しんぜいの付づけ法ほう弟子でしは一人ひとりもいない。真済しんぜいの地位ちいからすれば極きわめて不自然ふしぜんで、文徳ふみのり天皇てんのうの急死きゅうしに際さいし激はげしい批判ひはんを浴あび隠居いんきょしたこととの関連かんれんが疑うたがわれる。 なお、真済しんぜいと師弟してい関係かんけいにあったことが史料しりょうに見みえる者ものが数すう名めいある。

• 真しん然しか…『日本にっぽん三さん代だい実録じつろく』貞さだ観かん2年ねん2月がつ25日にち条じょうの真済しんぜい卒そつ伝でんに「弟子でし真しん然しか」とある。5巻かん本ほん『東寺とうじ長者ちょうじゃ補任ほにん』（続々ぞくぞく群ぐん書しょ類従るいじゅう2）に「真ま雅みやび僧正そうじょう灌頂、真済しんぜい受法」とある。
• 白雲しらくも…『続ぞく日本にっぽん後ご紀き』承うけたまわ和わ4年ねん7月がつ22日にち条じょうに神護かんご寺てらに登のぼり入道にゅうどうしたことが見みえる源みなもと鎮は、『尊卑そんぴ文脈ぶんみゃく』によれば白雲しらくも。
• 峯みね斅…5巻かん本ほん『東寺とうじ長者ちょうじゃ補任ほにん』に「真ま紹僧都そうず入室にゅうしつ、真済しんぜい僧正そうじょう弟子でし、宗そう叡あきら僧正そうじょう灌頂資し」とある。
• 恵めぐみ運うん…『真言しんごん血脈けちみゃく』（続つづけ群ぐん書しょ類従るいじゅう28下か）では真済しんぜいの付づけ法ほう弟子でしだが、信憑しんぴょう性せいに乏とぼしい。

伝説でんせつ

• 恵めぐみ亮あきらとの験けん争あらそい

文徳ふみのり天皇てんのうの第だい一いち皇子おうじ・惟おもんみ喬たかし親王しんのうと第だい四よん皇子おうじ・惟おもんみ仁じん親王しんのう（後ごの清和せいわ天皇てんのう）の皇位こうい継承けいしょう争あらそいにからんで、惟おもんみ喬たかし側がわの真済しんぜいと惟おもんみ仁じん側がわの天台宗てんだいしゅう恵めぐみ亮あきらが験けん力りょくを競きそい、真済しんぜいが敗やぶれたため惟おもんみ仁じんが皇太子こうたいしとなったというもの。『平家ひらか物語ものがたり』巻まき八はちには相撲すもう、『曽我そが物語ものがたり』巻まき一いちには競馬けいばで争あらそう話はなしが載のっている。なお『江こう談だん抄しょう』巻まき二には、同門どうもんの真ま雅みやびが惟おもんみ仁じん親王しんのうの護持ごじ僧そうで、真済しんぜいと不仲ふなかだったと伝つたえており、こちらは信憑しんぴょう性せいがある。

• 情欲じょうよくに惑まどい天狗てんぐ・鬼おにと化かす

文徳ふみのり天皇てんのうの女御にょうごで清和せいわ天皇てんのうの母ははである藤原ふじわら明子あきこ (染殿そめどの后きさき)に一目惚ひとめぼれした真済しんぜいが、死後しご、紺青こんじょう色しょくをした鬼おに、あるいは天狗てんぐと化かして彼女かのじょのもとに現あらわれ悩なやませる。そして比叡山ひえいざん無動寺むどうじの相応そうおう和尚おしょうに退治たいじされるという話はなし。延喜えんぎ18年ねん（918年ねん）～23年ねんの間あいだに書かかれたとされる『天台てんだい南山なんざん無動寺むどうじ建立こんりゅう和尚おしょう伝でん』をはじめ、『拾遺しゅうい往生おうじょう伝でん』巻まき下かの相応そうおう伝でん、『古事ふるごと談だん』巻まき三さん、『宝物ほうもつ集しゅう』巻まき二になどに載のっている。なお、類似るいじの説話せつわに『今昔こんじゃく物語ものがたり集しゅう』巻まき二に十じゅう、第だい七なな話わ「染殿そめどのノ后きさき、為ため天宮てんぐう嬈乱事ごと」があるが、この話はなしでは紺青こんじょう鬼おに（表題ひょうだいは「天宮てんぐう＝てんぐ」だが本文ほんぶんでは鬼おに）と化かすのは真済しんぜいでなく大和やまと葛木かつらぎの金剛山こんごうさんの聖人せいじんで、相応そうおう和尚おしょうによる退治たいじもなく、后きさきは衆人しゅうじん環視かんしの中なか、鬼おにと情交じょうこうに及およぶに至いたり、天皇てんのうもなすすべがなかったという絶望ぜつぼう的てき結末けつまつとなっている。この真済しんぜいや相応そうおう和尚おしょうが登場とうじょうしない形かたちの説話せつわの出典しゅってんは、延喜えんぎ17年ねん～18年ねんころ三善みよし清行きよゆきが書かいた『善ぜん家か秘ひ記き』（散逸さんいつ）とされる。時期じき的てきに相応そうおう和尚おしょうの伝記でんき成立せいりつとほぼ同おなじだが、おそらくは、『今昔こんじゃく』型がたの説話せつわが先さきにあって、それを相応そうおう和尚おしょうの伝記でんきに素材そざいとして取とり込こんだ際さい、天台宗てんだいしゅう対たい真言宗しんごんしゅうという構図こうずが持もち込こまれ、真済しんぜいが紺青こんじょう鬼おに・天狗てんぐにされたのであろう。

• カササギ･小人こどもの姿すがたで現あらわれる

　天台てんだい僧そう玄げん昭あきらが宇多うた法皇ほうおうの亭ちん子こ院いんで修法しゅほうを行おこなっていたところ、真済しんぜいの霊れいがカササギの姿すがたで現あらわれる。玄げん昭あきらはカササギを護摩壇ごまだんの火ひで焼やくが、その後ご、真済しんぜいの霊れいは小人こどもの法師ほうしの姿すがたで玄げん昭あきらのもとに現あらわれるようになり、玄げん昭あきらを恐怖きょうふに陥おとしいれる。だが、玄げん昭あきらの弟子でし浄きよし蔵ぞうによって真済しんぜいの霊れいは調伏ちょうぶくされる。『扶桑ふそう略記りゃっき』巻まき二に十じゅう三さん、延喜えんぎ17年ねん2月がつ3日にちの項こうに玄げん昭あきら在世ざいせい中ちゅうのこととして載のっている。また、同おなじ話ばなしが『拾遺しゅうい往生おうじょう伝でん』巻まき中ちゅうの浄きよし蔵ぞう伝でんにもある。

• 東北とうほく巡錫じゅんしゃく、入定にゅうじょう

文徳ふみのり天皇てんのうの死後しご、真済しんぜいは奥羽おううを巡錫じゅんしゃく、貞さだ観かん元年がんねん、出羽でわ国こく置賜おきたま郡ぐん小松こまつの山麓さんろくに精舎しょうじゃを建たて、松まつ光山こうやま長岡ながおか寺てら大光たいこう院いんを開ひらけ創そう。翌年よくねん、この地ちに入定にゅうじょうしたという。大光たいこう院いんには真済しんぜいの墓はかがあり、毎年まいとし2月がつ25日にちに真済しんぜい僧正そうじょう忌き法要ほうようが行おこなわれている。

参考さんこう文献ぶんけん

本文ほんぶん・補注ほちゅうに載のせていないもののみ

• 小山田おやまだ和夫かずお「真済しんぜいについて―実じつ恵めぐみ・真ま紹との関係かんけい―」（『立たて正史せいし学がく』42、1978年ねん）
• 智さとし灯とう『弘法大師こうぼうだいし弟子でし伝でん』
• 道みち猷『弘法大師こうぼうだいし弟子でし譜ふ』