安あん寿ひさしと厨子ずし王丸おうまる

安あん寿ひさしと厨子ずし王丸おうまる（あんじゅとずしおうまる）は日本にっぽんの童話どうわ。『安あん寿ひさしと厨子ずし王おう』とも言いう。悲劇ひげき的てきな運命うんめいにもてあそばれる姉あねと弟おとうとを描えがく。

由来ゆらい

説経せっきょう与あずか七郎しちろう正本しょうほん『さんせう太夫たゆう』（寛永かんえい16年ねん頃ごろ）

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人買ひとかいによって船ふねで丹に後ごに運はこばれる安あん寿ひさし姫ひめと厨子ずし王丸おうまる。

中世ちゅうせいに成立せいりつした説経節せっきょうぶし『さんせう太夫たゆう』を原作げんさくとして浄瑠璃じょうるりなどの演目えんもくで演えんじられてきたものを子供こども向むけに改変かいへんしたもの。ゆかりのある各地かくちで民話みんわ化かしている。近世きんせいになり絵本えほんなどの媒体ばいたいにて児童じどう文学ぶんがくともなっている。

あらすじ

前まえ（さき）の奥羽おうう五ご十じゅう六ろく郡ぐんの太守たいしゅ、岩城いわき判官ほうがん正ただし氏しの一族いちぞくは、讒言ざんげん（ざんげん。虚偽きょぎの悪行あくぎょうをでっち上あげて人ひとを陥おとしいれる事こと）によって筑紫つくしに流ながされた。本国ほんごくに残のこされ落魄らくはくした正ただし氏しの妻つまと、その2人ふたりの子供こども――姉あねの安あん寿ひさし姫ひめと弟おとうとの厨子ずし王おうは、正ただし氏しを訪たずね求もとめて越後えちごの直江津なおえつにたどり着ついたとき、人買ひとかいの山岡やまおか太夫たゆうの手てにかかり、妻つまは佐渡さわたり二郎じろうの手てで佐渡さわたりに、姉あね弟おとうとは宮崎みやざきという人買ひとかいの手てで丹後たんご由良ゆら湊みなとの長者ちょうじゃである山椒さんしょう太夫たゆうにそれぞれ売うり渡わたされた。山椒さんしょう大夫たいふのもとで姉あね弟おとうとは酷使こくしされた。弟おとうとは1日にちに3荷にの柴しばを刈かれ、姉あねは1日にちに3荷にの潮汲しおくみをしろ、間あいだがあれば藻塩もしおを焼やく手伝てつだいをしろ、糸いとを紡つむげ、と追おい使つかわれ、弟おとうとは柴刈しばかり払はらう鎌かまを怨うらみ、姉あねは潮しお汲くむ桶おけに泣ないた。

ある日ひ、安あん寿ひさしは厨子ずし王おうに勧すすめて密ひそかに逃のがれさせようとし、罰ばちとして額がくに焼やけ火箸ひばしを当あてられた。しかし肌身はだみ離はなさぬ守まもりの地蔵じぞう尊みことのおかげで痕あとが付つかなかった。

そして姉あね弟おとうとはついに、再会さいかいを約やくして逃亡とうぼうを図はかった。姉あねを残のこして都とへと行いくのをためらう厨子ずし王おうに、安あん寿ひさし姫ひめは強つよく勧すすめて、弟おとうとが去さった後のち、自身じしんは山椒さんしょう館かんの近ちかくの沼ぬまに身みを投なげて亡なくなった。その亡骸なきがらは村人むらびとにより丁重ていちょうに葬ほうむられた。時ときに永えい保たもつ2年ねん正月しょうがつ16日にち、安やす寿ことぶき16歳さい、厨子ずし王おう13歳さいであったという。

一方いっぽう、厨子ずし王おうは丹後たんごの国分寺こくぶんじに逃にげ込こんで寺僧じそうに助たすけられ、京都きょうと七なな条じょう朱雀すざくの権現堂ごんげんどうに送おくられた。さらにまた摂津せっつの天王寺てんのうじに寄食きしょくするうちに梅津うめづ某ぼうの養子ようしとなり、ついに一家いっか没落ぼつらくの経緯けいいを朝廷ちょうていに奏上そうじょうした。結果けっか、判官ほうがん正ただし氏しの罪つみが赦ゆるされた上うえに旧きゅう国くにを与あたえられ、讒言ざんげん者しゃの領地りょうちは没収ぼっしゅうされて厨子ずし王おうに下賜かしされた。

安あん寿ひさし姫ひめの霊れいはその後ごも母ははと弟おとうとを守護しゅごし、岩城いわき家か再興さいこうの機運きうんにめぐまれた厨子ずし王おうは、丹後たんご・越後えちご・佐渡さどのなかで若干じゃっかんの土地とちを得えたいと願ねがい出でてこれを許ゆるされた。厨子ずし王おうは、領主りょうしゅとなった丹に後ごに行いき、かつて匿かくまってくれた国分寺こくぶんじの僧侶そうりょに謝しゃし、山椒さんしょう大夫たいふとその子こ三さん郎ろうとを鋸のこ挽ひきの刑けいに処しょし、また越後えちごで山岡やまおか太夫たゆうを討うち取とった。報恩ほうおんと復讐ふくしゅうを果はたした厨子ずし王おうは、生いき別わかれた母ははの行方ゆくえを求もとめて佐渡さどにたずね歩あるくと、片辺かたほとり鹿野かの浦うらで老おいた瞽女ごぜ（ごぜ）が鳥とりを追おう唄うたをうたっているのに巡めぐり会あった。「安あん寿ひさし恋こいしやホゥヤレホ。厨子ずし王おう恋こいしやホゥヤレホ」。厨子ずし王おうは、この歌うたを聞きいてこれぞ母ははと知しり、駆かけ寄よりすがりついた。うれし涙なみだに、盲めくらいた母ははの眼めは奇き（くす）しくも開ひらき、母子ぼしは再ふたたび抱だき合あったという。

歴史れきし的てき背景はいけい

歴史れきし上じょうでは安やす寿ことぶきや厨子ずし王丸おうまるの実在じつざいを示しめす資料しりょうはなく、架空かくうの伝説でんせつである。権力けんりょく者しゃの領地りょうちであった荘園しょうえんから逃散（ちょうさん。農民のうみんが集団しゅうだんで土地とちを放棄ほうきして逃亡とうぼうする事こと）したり脱落だつらくしたりで浮浪ふろう化かした者ものを、所ところから散ちった民みん、というので「散ち所ところの民みん」と呼よぶ。これらの人々ひとびとを金かねで買かったり力ちからずくで拉致らちして利益りえきを得えた者ものを「散ち所ところの大夫たいふ」と言いった。一方いっぽう、説教せっきょう節ぶしは仏教ぶっきょう的てき因果応報いんがおうほうを説とくものであり、そのためには散ち所ところの大夫たいふと下層かそう民みんという現実げんじつよりも、没落ぼつらくした貴人きじんの運命うんめいの悲劇ひげきを織おり込こむ方ほうが、聞きく者ものに強つよい印象いんしょうを与あたえ、効果こうか的てきである。安あん寿ひさしと厨子ずし王おうの物語ものがたりの成立せいりつにはこうした背景はいけいがあったものと考かんがえられる。なお「山椒さんしょう大夫たいふ」の名なの由来ゆらいについては、由良ゆら・岡田おかだ・河守こうもりの3ヶ所かしょの庄しょう（荘そう）を領りょうしていたためとも言いう。

伝承でんしょう地ち

東北とうほく地方ちほう

津軽つがる地方ちほうの山岳さんがく信仰しんこうの対象たいしょうである岩木山いわきやまには「山椒さんしょう大夫たいふ」（安あん寿ひさしと厨子ずし王丸おうまる）に登場とうじょうする安やす寿ことぶきが祀まつられている。

説教せっきょう節ぶしでは安やす寿ことぶきは拷問ごうもんによって非業ひごうの死しを遂とげるが、彼女かのじょを酷使こくしし殺害さつがいした山椒さんしょう大夫たいふ・山岡やまおか太夫たゆうらはいずれも丹後たんご国こくの者ものであったため、弘前ひろさき藩はん領りょうに丹後たんごの人間にんげんが入はいると安あん寿ひさしの怨霊おんりょうによって災害さいがいが起おこって人々ひとびとを苦くるしめるとされた。江戸えど時代じだい末期まっきになってさえ、弘前ひろさき藩はんでは丹後たんごの住人じゅうにんを忌避きひした。これは「丹後たんご日和びより」と呼よばれた。

天明てんめい8年ねん (1788年ねん) 7月がつ、江戸えど幕府ばくふ巡見じゅんけん使しの一員いちいんとして弘前ひろさき藩はん内ないに入はいった古川ふるかわ古松こまつ軒のきは、7月がつ15日にちの日記にっきに「丹後たんご日和びより」のことを記録きろくしている。これによると、丹後たんごの人ひとが弘前ひろさき藩はん内ないに入はいると天候てんこうが荒あれ災わざわいが生しょうずるとされ、故ゆえに丹後たんごの出身しゅっしん者しゃは領内りょうないに一人ひとりもいない、というものだった。また同おなじ著述ちょじゅつにより、幕府ばくふ巡見じゅんけん使しの江戸えど出発しゅっぱつに際さいして、幕府ばくふに対たいし津軽つがる藩はんから一いち行ぎょうの中なかに丹後たんご出身しゅっしん者しゃがいるか否ひかの照会しょうかいがあり、万まん一いちいた場合ばあいは構成こうせい員いんから除外じょがいして欲ほしいとの要望ようぼうが出だされ、該当がいとうの人ひとは一いち行ぎょうから外はずされたと記録きろくされている。

古松こまつ軒のき自身じしんは、丹後たんご日和びよりを妄説であると述のべているが、津軽つがる藩はんから要請ようせいされた幕府ばくふはそれを拒否きょひしなかった。これは藩はんの公式こうしきの記録きろくにも残のこっている。

弘前ひろさき藩はんが自みずからの苛政かせいを隠蔽いんぺいし、領民りょうみんの不満ふまんを丹後たんご人じんに向むけて逸そらせようとする策さくであったとする説せつがある。

参考さんこう文献ぶんけん

• 『歴史れきし読本とくほん』　1977年ねん9月がつ号ごう　新人物往来社しんじんぶつおうらいしゃ

関連かんれん項目こうもく

• 山椒さんしょう大夫たいふ - 森もり鷗外による『さんせう太夫たゆう』の小説しょうせつ化か、およびその小説しょうせつの溝口みぞぐち健二けんじ監督かんとくによる映画えいが化か作品さくひん。
  • 1961年ねん、森もり鴎外おうがい版ばんを原作げんさくに『安あん寿ひさしと厨子ずし王丸おうまる』として東映動画とうえいどうがよりアニメーションが劇場げきじょう公開こうかいされた。
• 直江津なおえつ駅えき - 物語ものがたりに出でてくる越後えちご直江津なおえつの地ち。北口きたぐちから市街地しがいちを日本海にほんかい、関川せきかわ河口かこうに向むかって歩あるいて行いくと、安あん寿ひさしと厨子ずし王おうの供養くよう塔とうがある。
• 直江津なおえつ橋きょう - 応化おうか橋きょうの伝承でんしょうを伝つたえ、高欄こうらんも安あん寿ひさしと厨子ずし王おうを現あらわす。
• 津軽つがる (小説しょうせつ) - 太宰だざい治おさむの小説しょうせつ。山椒さんしょう大夫たいふの事ことにからめて、津軽つがるの岩木山いわきやまの神かみ、ひいては津軽つがるの人々ひとびとが丹後たんごの人ひとを憎にくむようになった伝説でんせつを引ひいて、論評ろんぴょうを加くわえている。
• 岩木山いわきやま

外部がいぶリンク

• 家族かぞく物語ものがたりとしての山椒さんしょう大夫たいふ
• 安あん寿ひさし姫ひめの供養くよう塔とう